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光を綴る少年、命を唄う少女  作者: タチバナ ナツメ
第一章 銀狼と紅い月
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新米騎士の憂鬱

 風が鋭くうねりをあげている。

 外は雨。

 夜半に差し掛かる頃から降り出した雨は、時とともに着々と勢いを増していた。

 おそらく朝方まで、この嵐が止むことはないだろう。

 時折空を疾り抜ける激しい稲光が、これから起こる顛末の予兆を描いているように思われて、アレイオンは、気が気でない思いが沸々と起こってくるのを感じていた。

 アレイオンの居るこの場所は、城内の図書室の一角である。

 図書室の片隅には、まるで一目を避けるかのようにひっそりと、有り合わせのテーブルを寄せ集めた特設の会議場が作られていた。

 この場所を“作戦室”と呼んでしまうには、幾分手狭すぎるように思えてならない。

 その証拠に、先ほどから街の被害状況報告を読み上げている、天馬騎士団第四師団長――テオドール・シャルデニーの重厚な鎧姿が、アレイオンにはいつもの倍増しほども窮屈そうに見えていた。


「――以上が、第四師団からの報告だ」


 淡々と、やや無機質とも取れる声音で報告を終えたテオドールは、後方に控えていた彼の部下の一人――第四師団第一分隊長ヒルベルタ・ソルに、そっと役割を終えた羊皮紙の書類を手渡した。

 ソル。私はきちんと“報告”をやれていたか。分かりにくい部分はなかっただろうか――

 大丈夫ですよ、団長。ここに書いてあることをそのまま読むだけだったんですから。そんなのは、字が読めれば普通誰にでも出来ます。

 どうせいつものことだからと、周囲が全く気にしていないこともあり、テオドールの相変わらずの気弱げな様子にきっちりと反応するつもりはなかったのだが、緊張しきった空気の中で、いつものやり取りが耳に届いてくるのを聞き取ったアレイオンは、胸の奥に小さな安堵が生まれるのを感じていた。


「ご苦労だった、テオドール」


 しかし、うんざりしたように瞼を据わらせた“彼女”の方は、どうも自分と同じ思いでは居なかったようである。

 白い包帯の巻きつけられた左腕を、肩から下がった三角巾で吊りあげたその姿は、彼女の体格がとてもとても小柄で、あどけない少女のような顔立ちをしていることを思うと、ことさら痛々しく思われて仕方がない。

 しかし、その空色の瞳に宿る光は、負傷者――左腕複数箇所に渡る骨折、および縫合を必要とする広範囲の裂傷。おそらくはかなり重傷の部類に入る――であることを感じさせないほどの生命力と、精神力に溢れていた。

 彼女――天馬騎士団副長ペルセフォネ・ガーランドは、この張り詰めた会議場をはらはらと見守る新米騎士アレイオン・ガーランドの、たった一人の姉である。

 姉は昨晩の一件以来、空席となってしまっていた天馬騎士団長のポストを埋めるべく、不眠不休のまま陣頭指揮を執り続けていた。

 頑固で融通の利かない姉に、“少しは休んだ方がいい”と忠告したところで、何の効果もないであろうことは重々承知の上だったが、いくら団員の皆から“例のあの人”と畏れられる姉といえど、一人の人であることに違いはないのだ。

 この会議が終わったら、声を掛けてみよう。もしも相手にされないようなら、ここは誰かに頼んででも――

 もやもやと思いを募らせながら、アレイオンはひたすら、議場を執り仕切る姉の横顔をじっと見つめていた。




 それにしても、今回ばかりは姉にも荷が重すぎる。この難事件を収束させるにあたって、全面協力を要請できるチームが、たったひとつだけしかないなんて。

 ――こういうとき、あの方が居てくれたら。

 考えたところで意味が無い――というよりも、そう考えること自体に矛盾が生じることくらいは分かっていたが、この平和な常若の国(ティル・ナ・ノーグ)において、滅多と出くわすことのない危殆に瀕したことで、アレイオンはリーダーである“彼”の存在の大きさを、改めて思い知らされていた。

 ティル・ナ・ノーグ天馬騎士団長ジークヴァルト・アンスヘルム。

 彼はティル・ナ・ノーグ公ノイシュの最も信頼する忠臣であり、友人でもある。

 騎士としての比類ない強さを持ち、アレイオン自身も含め、部下からの篤い人望を集めるジークヴァルトは、まさになるべくして騎士団の長になった男であると、多くのものが全幅の信頼を寄せる人物でもあった。

 しかしながら、今回の任務の核心部分には、公には知らされていない、彼の過去にまつわる複雑な内情が深く関係している。それゆえに、核心の絡む情報を扱う人員は、慎重に選ばなくてはならないのだ。



 

 ジークヴァルトの“複雑な内情”が形を結んだ経緯(いきさつ)は、彼がまだ駆け出しの騎士であった頃の出来事にまで遡る――

 今から十五年前、悪戯心を起こした幼き日のノイシュが、城の側の泉に現れた天馬を捕まえようとし、妖精の女王(ニーヴ)の逆鱗に触れ、呪いの魔法を掛けられるという事件が起きた。事件の折、その場に居合わせたジークヴァルトは身を呈してノイシュを庇ったのだが、それ以来彼は、満月の夜が訪れる度、自分の意思とは無関係に、人狼(ワーウルフ)と呼ばれる恐ろしい怪物に変容する体質となってしまったのである。

 彼の身に起きた不幸な内情を知る者は、ここに集められた人員と、ノイシュの側近たちを除けば、ごく僅かしか存在しない。

 通常、人狼に変じた人間は、人としての理性を保つことが非常に難しくなり、殆どの場合が、凶悪な魔獣と同等の存在に成り果ててしまう。それゆえ、人の前から姿を消してしまったり、場合によっては“駆除”という形で殺されてしまったりと、非業の結末を辿るケースも少なくない。

 しかし、強靭な精神力によって理性の崩壊を抑え込んでいたジークヴァルトは、奇跡的にその過酷な体質と共存を果たすことができていた。

 獣の人格と向き合わねばならない満月の夜の間だけ、自室に引きこもってさえいれば、どうにか呪いの効験をやり過ごすことが出来ていたのである。

 それなのに。

 こんなことは今までになかった――満月の日を待たずして人狼の姿に変じてしまったジークヴァルトは、それまでずっと保ち続けてきた理性を辛くも崩壊させ、もう一人の親友であるはずの“魔眼使い”フォルトゥナートや、長年に渡って肩を並べてきた同朋であるはずのペルセフォネをも傷つけ、そのまま闇夜の中に姿を消してしまったのである。

 もしかすると彼の心は、ニーヴの呪いに負けてしまったのでは――

 口に出すことはなかったが、この小さな会議室に集まった僅かな者たちの面差しに、そんな絶望が色濃く浮き出ているのは一目瞭然であった。

 目下のところ、第四師団以外の騎士団の面々や民間に向けては、“街の各所に人狼が出没している。住民に被害が出ることのないよう、警戒を怠らないように”との情報だけを下ろしている状態である。しかし、このまま事態が収束に向かうことがなければ、ジークヴァルトの内情が公になることは、時間の問題であると覚悟しなくてはならないだろう。

 そうなれば、おそらくあの方は――

 街の平和を脅かす危険因子として、街を追放されるか、もしくは“排除”されるか。

 もしもそうなったとして、一体誰があの方に手を下すというのだろう。

 考えたくもない。

 考えてはいけない。

 今はただ、そうならないための策を考えなくては。

 静かに拳を硬くしたアレイオンは、尚も毅然と指揮を執り続けるペルサの横顔を見つめ、心の中で何度もそう呟いていた。




 今回の一連が、姉にとって荷が重すぎるのではと考えたことには、他にも理由があった。

 ティル・ナ・ノーグ天馬騎士団は、総勢二千人をゆうに超える国内最大級の常備軍であるが、街の元々の自由な気風に加え、出身地域や身分を問わず、騎士としての才能最優先でメンバー構成が行われていることなどから、時にはそれが不和のもとと成り得るほど、個性的な顔ぶれが揃っていたりもする。

 どのような人間にも、対人関係において得手不得手があるのは当然のことで、どんなに心を砕いても、打ち解けることの出来ない部類の人間というのは、必ず存在するものである。

 けれど、ことジークヴァルトという男に関しては、奇跡的と言えるほど、対人関係に不穏な影が存在しないのだ。

 誰もがただ率直に、騎士団の長たる彼の立場を不動のものであると認め、その意向に諸手を挙げて賛同する。騎士団そのものに恨みを抱く者や、城の外の人間に関して言えばその限りではないのかもしれないが、少なくともアレイオンは、幼い頃から姉を通して交流のあったジークヴァルトの陰口を零す人間を見た事が無かった。

 しかしながら、副長として彼の補佐を務めるペルセフォネは、ジークヴァルトとは全く毛色の違う人間だと言える。両人とも、騎士としての資質に溢れていることだけは共通しているものの、忠節や仁義を重んじるジークヴァルトとは違い、彼女の最も優先するものは、能率と実益だ。ジークヴァルトの追い求めるものが、形のない理想に近いものであるとするならば、姉の追い求めるものは、はっきりと目に見える現実だけなのである。


 理想と現実は、表裏一体のものだ。

 ジークヴァルトが、理想を思うあまり、現実性を欠く主張を突き通そうとすることがあれば、ペルセフォネがすぐさまそれに苦言を呈する。

 逆もまた然りで、ペルセフォネが実益を優先するあまり、義を欠く振る舞いに出ることがあれば、ジークヴァルトがすぐさま忠節の何たるかを説く。

 真逆の気質を宿してはいても、二人の間には絶妙なバランス関係が存在していた。どちらが欠けても均衡が保たれることはなく、ゆえに二人が、揃って騎士団に必要とされる逸材であることは揺るぎない事実だ。しかし、騎士団の統率を図りながら、“みんなで”何かを成し遂げるということに関して言えば、圧倒的にペルセフォネの方が不得手であることは確かなのである。

 何故なら彼女は騎士団の参謀であり、各所から挙がってくる様々な思惑を、感情に流されることなく吟味しなければならない立場にあるから――というのは建前で、実のところ彼女には“極端に人望がないから”というのがその主たる理由であったりする。

 徹底した合理主義者で、絆や情けといった形のないものを全くと言っていいほど信用しようとしないペルセフォネは、当然自らの手腕以上に信頼の置けるものはないと思っている。それゆえに、“命令”という言葉で強制的に人を動かすことは出来ても、部下の心そのものを動かすことは出来ないし、また、自ら進んで部下の信頼を得ようなどとは夢にも考えないのである。

 したがって今回の一連においても、“わざわざ素性のよく分からない人間ばかりを集めて、軽々しく上層部の秘密を打ち明けるくらいなら、少数の人員だけで解決にあたった方がマシだ”と、(はな)から周囲の助力を得る気など毛頭ない様子でいる。

 彼女はまた、自分のことだけを頼りに何とかしようとするつもりなのだ――傷付いた体をさらに痛めつけることとなっても。

 内情を知る立場のアレイオンとしては、指を咥えて見ているのはとても辛かった。

 第四師団から強く提案されたこともあり、アレイオンは、過ぎた独断であることは覚悟の上で――とはいえ自分には、姉の手酷い反撃を甘んじて受ける勇気が絞り出せなかったので、ソルの口から“何かあった場合、いざとなればうちの副師団長あたりの提案だったということにしておけばいい”という頼もしい後ろ盾を得ることが出来たからこその行動なのだが――ジークヴァルトの内情に関してはどうにか伏せたまま、各師団に向けて協力要請を出してはみた。けれど。


『街の非常事態とも言えるこの状況で、何故ジークヴァルト様が陣頭指揮をお執りになられないのですか。副長殿に指揮をお任せになると、正式にジークヴァルト様のお言葉をいただかない限りは動けません』

『それなら、我が師団は独自の行動で解決の糸口を見つけてみせましょう。公爵家と団長への忠義は、成果で示してみせます』


 結果は(ことごと)く惨敗。皆が皆、ジークヴァルトが不在と分かるや否や、好き勝手な方向へ突っ走ろうとしてしまうのだ。

 街の非常事態だからこそ、皆で足並みを合わせなければいけないっていうのに――

 絶対的な統率者を欠いた集団というのは、ここまで浮き足立ってしまうものなのだろうかと、アレイオンは当惑を隠せずにいた。

 結局、ペルセフォネへの全面協力を承諾したのは、テオドール率いる第四師団のみだったのである。

 末端の騎士たち――主に女性の騎士たちが多かったようだが――の中には、ペルセフォネに心酔するあまり、元々あった縦割りを無視してまで彼女に協力しようと考えたものも居たようだが、それを受け入れてしまえば、師団長との不和がますます深まるどころか、天馬騎士団という組織自体の崩壊を招き得ることは想像に難くない。

 そうした経緯ゆえ、ペルセフォネは――本人の意向が尊重された結果であるということは抜きにして――この過酷極まりない状況に立ち続けなければならなくなっていたのである。




「では、人狼(ワーウルフ)の目撃談と被害状況の報告は、これにて――」


 議場に広がった沈黙をもって、それまでの話し合いにひと区切りがついたと判断を付けたのだろう。明くる議題に駒を進めようと、テオドールが控えめな号令を掛けた。


「待て。お開きにはまだ早い」


 しかし、無傷の右手を軽く持ち上げたペルセフォネがそれを制止していた。


「もう一人、街からの情報提供者を呼んである」


 言葉と共にペルセフォネが小さく顎先を横へ動かすと、一同の視線が一斉にそちらへ集まる。

 促されるまま見遣ったそこには、もう一つの人影があった。

 この人、いつからここに居たんだろう――

 テーブルの周囲の空気が、俄かにざわつき始めている。

 おそらく他のメンバーも、少なからず同じ動揺を抱いていたのではないかと、アレイオンは感じていた。

 天井近い高さまで伸びた書棚に、黒ずくめの青年がもたれかかっている。

 彼は、振り返ったペルセフォネと視線を交わした途端、つい先ほどまで浮かべていた退屈そうな表情をころりと入れ替えると、満面の笑みを浮かべていた。


「やあ、どうも。此度は微賤(びせん)極まりないこの(わたくし)めのために、一席を設けていただきましたことを――」

「能書きは要らんぞ、ヨハン。いつも通りにやれ」


 黒い手袋に包まれた細長い指先を胸元に滑らせ、(うやうや)しく会釈をしたその流麗な立ち居振る舞いは、公式の場における作法としては完璧な出来栄えだったのではないかと思えたが、彼の醸す空気そのものにどこか違和感のようなものを感じてしまうのは――おそらくその奇抜な出で立ちのお陰だろうか。

 ヨハンと呼ばれた青年は、艶やかな紅の髪を除けば、確かに上から下までの全身を黒一色の色合いで固めてはいる。

 けれど、衣装の着こなしそのものが、個性の塊のようなファッションセンスに溢れているのだ。

 いかにも“ボタンを止める気はさらさらない”といった具合に開ききった胸元と、その雪のように白い胸元の間を飛び交う、派手な蝶のタトゥー。見方によっては、まるで彼の蜜の如く甘いマスクに群がっているかのようにも思える、大柄な蝶の髪飾り。そして極めつけは、やたらと強い存在感を放つ、ピンクのフリルをたっぷりとあしらった腰巻きストール――

 きっと自分が同じ格好をしたとすれば、問答無用で不審者として警ら中の騎士に捕縛された挙句、姉からは絶縁の烙印を押されかねないのではないかと思う。

 しかしながら彼には、その奇抜なスタイルを難なく自分のものにしてしまうほどの、卓越した美しさとプロポーションが備わっているのだ。

 どちらにしろ、この緊迫した状況にそぐわない雰囲気であるということには、変わりがないのだが――


「はぁ、しかしですね。ここはやはり、高貴なお方の集まるところですから」


 舌を噛みそうなほどの格式張った言い回しを、たったの一言二言でつっけんどんにあしらわれてしまったヨハンは、翡翠色の瞳をぱちくりとさせて、無愛想な招待者(ホスト)を見つめていた。


「そんな事はどうでもいい。“海竜亭”の一室を間借りしていると思っておけばいいんだ」

「そうですか……それでは、遠慮なく」


 言われてすぐに喜色満面を取り戻したヨハンには、元よりペルセフォネから受ける扱いを予測した上で、敢えてその扱われ方を楽しもうとしている節があるような――

 こういう人、他にもどこかで見た事があるなあ……他人から冷たくされて、何が面白いんだろう。

 自分には到底及びも付かない感情だ――船乗りの酒場“海竜亭”の名を聞いた瞬間に、アレイオンは、酒場の常連客の中から、見知った顔を順繰りに思い浮かべていた。


「ペルセフォネ・ガーランド副長より招致に預かりました。情報屋のヨハン・ペタルデスと申します。以後お見知り置きを」


 先のものとほとんど変わらない調子でぺこりとお辞儀をしたヨハンは、黒猫のような翡翠色の瞳を緩やかに細めた。

 露骨に口を挟む者は誰も居ないが、皆が一様に、ペルセフォネの連れてきた奇妙な客人に不穏な目遣いを向けているのが分かる。

 おそらく誰かが思い切らなくては、始まらないぞ――

 そうしてアレイオンが、煩悶を持て余していたときのこと。

 最初に動いたのは、ペルセフォネのすぐ脇で押し黙っていた、テオドールであった。


「ペルセフォネ――大丈夫なのか、あの男は」

「ああ。見た目も言動も八割方フザけているが、得られる情報の正確さだけは私が保証しよう。“大海蛇(リントブルム)”からのお墨付きだぞ」

「何と、あのマクシミリアン殿からの――! 私の目は節穴だったようだ。本当にすまない」

「いや……あれだけ見た目がチャラチャラしていれば、信じられないのも無理はないと思うが。私も最初、海竜亭でマクシミリアンから紹介を受けたときには、てっきりユリシーズの弟か何かかと」

「私も真っ先にユリシーズ殿の顔が浮かびました。もしくは、エドゥアルト殿の親戚かなと。顔は全く似ていないと思いますが」


 いくら何でも、言い過ぎなのでは――

 アレイオンは密かに肝を冷やしていたが、言われたヨハン本人は聞いているのかいないのか、涼しげな表情を崩す様子がない。

 テオドールの話し振りが、小声の腹話術に近いほどこそこそとしていたお陰で、対するペルセフォネ、ソルの声量も、自然と小さく絞られる形となったことは幸いだったと思えた。


「内から漂ってくる雰囲気は遊び人そのものだが、肝心の売り物のことだけは全面的に信用出来る。それ以外のことは、九割方フザけているが」

「さっきは八割方と言っていなかったか、ペルセフォネ――」

「八割も九割も大して変わらんだろう」


 この期に及んで姉はまだ、ヨハンの外見と言動を(けな)し続けたいようである。

 もしかすると姉は、わりと普段からヨハンに対して今と同じような言動を取り続けてきているのかもしれない――だとすればきっと、彼の方は慣れっこなのだろう。

 そう思うとアレイオンは、張り詰めた空気を和ませる意味でも、自然とこの流れに乗ってしまった方が良いような気がしていた。


「フザけた言動に紛れてしまって、本当のことがわからなくなってしまうような気がしなくもないんですが」


 刹那。

 ぐさりと突き刺さるような視線を感じた。

 視線の先を辿ってみると、そこには先ほどまで滞りなく喜色満面を続けていたヨハンが立っている。

 アレイオンと視線を付き合わせた途端、目にも止まらぬ速さで面差しを入れ替えはしたものの、彼は十中八九、アレイオンを射抜くような目遣いで()めつけていたはずだ。

 厭な奴。何で俺だけ――


「そう思えるようなら、お前はまだまだ若輩者ということだな、アレイ」


 姉にまで辛辣な言葉を浴びせられ、これではまるで踏んだり蹴ったりだ。

 けれど、姉への絶対服従心が、本能の一部と化してしまうほど根深く刷り込まれているアレイオンに、反発する気概など生まれるはずもなかった。


「それではご一緒に、事件の復習といきましょう」


 もはや嫌味でしかないと思える明け透けな笑顔を貼り付けて、ヨハンは再び恭しく頭を下げた。


ここまでお読みくださってありがとうございます!

今回の更新分には、猫乃鈴さん考案・デザインのヤーヤ、香栄きーあさん考案・ジョアンヌさんデザインのテオドール、同じくきーあさん考案のソル、ヤスヒロさん原案・デザインのヨハンを新しく使わせていただきました♪


お子さんを貸してくださった皆様、ありがとうございます♪

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