贈り物と嫁入り道具、婚約者様はどちらが高いと思われますか
婚約披露の席は、両家の親族と招待客で賑わっていた。庭に面した広間には秋の花が飾られ、楽団の演奏が控えめに響いている。私、クロディーヌ・アシュフィールドは、婚約者であるバジル・レンドール様の隣で、形式通りの挨拶を交わしていた。
この婚約披露に合わせ、私は数ヶ月かけて嫁入り道具を選定してきた。子爵家の娘として、実家を出る前に、家具・食器・織物などの一つ一つを吟味し、商会に発注する。それが、私に課せられた最後の務めだと思っていた。
披露の席が和やかに進んでいたその時、バジル様が席を立ち、会場の隅にいた女性に歩み寄った。
「ミレーヌ、これを。以前から欲しがっていた品、ようやく手に入れたよ」
小箱を差し出す彼の仕草に、会場が一瞬静まり返る。ミレーヌ・コーデル男爵令嬢――幼馴染だと聞いている。彼女は驚いた様子もなく、慣れた仕草でそれを受け取った。
「まあ、嬉しい。ありがとう、バジル」
「ただの友人への贈り物だよ。大した額ではないさ」
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バジル様は笑いながら、周囲に向けてそう言った。悪びれる様子は一切ない。親族の何人かが、困惑した表情でこちらを窺っているのがわかった。私の父も、眉をひそめている。
隣に座っていた年配の伯爵夫人が、小さく私に囁いた。
「幼馴染とは伺っていましたが……婚約披露の場で、贈り物を渡すものかしら」
「バジル様は、昔から面倒見の良い方でいらっしゃいますから」
私はそう答えるにとどめた。この場で表立って何かを言うつもりはなかった。ただ、贈り物の意匠に、見覚えのある特徴があることに気づいていた。この数ヶ月、商会に通い詰めて相場を学んできた目が、思いがけない場所で役立つことになるとは、まだこの時は思ってもいなかった。
贈り物の細工に施された蔦模様には、確かに見覚えがあった。以前、母と共に商会を訪れた際、店主が誇らしげに見せてくれた一品と、よく似ている。私はしばらく、二人のやり取りを黙って見ていた。それから、静かに口を開いた。
「バジル様。贈り物と嫁入り道具、どちらが高いと思われますか」
「――何を、藪から棒に」
バジル様が怪訝そうな顔で振り返る。
「先ほどの贈り物と、私が用意した嫁入り道具、値段を比べてみたいと思いまして」
「比べるようなものではないだろう。あちらはただの品だ」
「では、確かめてみましょう」
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私は持参していた見積書を開いた。この数ヶ月、商会を通じて選定してきた嫁入り道具一式の明細だった。
「寝室の家具一式に、金貨にしておよそ八十枚。食器一式に、五十枚。織物・寝具一式に、四十枚。細々とした日用品を合わせて、総額はおよそ二百枚でございます」
会場が小さくざわめく。半年近くかけて、一つ一つ吟味しながら選び抜いた品々の値を、こうして人前で読み上げるのは初めてのことだった。
「それで、先ほどの贈り物でございますが」
その時、招待客として同席していた商会主レオナが、静かに進み出た。手には、日頃扱う宝飾品の相場表を携えている。
「畏れながら、あの意匠には見覚えがございます。彫金の細工から見て、王都でも指折りの職人による品かと」
「相場は、いかほどでしょうか」
「あの大きさ、あの細工の細かさであれば、金貨にしておよそ百五十枚は下らないかと存じます。実を申しますと、私どもの店にも、同じ職人による品が並んでおりまして、先月お売りした際の金額を、はっきりと覚えております」
会場から小さなどよめきが起こる。近くにいた若い令嬢が、思わずといった様子で口を挟んだ。
「百五十枚といえば、私の一年分の衣装代に匹敵しますわ」
バジル様の顔から、笑みが消えていく。
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「そ、それは……店員に勧められるまま選んだだけで」
「一つの贈り物に、嫁入り道具一式の四分の三に相当する金額をかけていらっしゃったということでございますね」
「大した額ではないと、思っていたんだ」
「大した額ではない、というのは、いかなる基準でございましょうか。私の嫁入り道具は、家具から食器、織物まで、これから始まる二人の暮らし全てを支えるための一式でございます。それと同等に近い金額を、単発の贈り物に費やされたということかと存じます」
周囲の招待客たちが、顔を見合わせ始めた。先ほどまでの和やかな空気は、既に消えていた。
「私は、贈り物そのものを咎めるつもりはございません。ただ、ご自身の金銭感覚の基準が、少々ずれていらっしゃるのではと、申し上げているだけでございます」
「基準がずれているとは、どういう……」
「例えば、屋敷の使用人の年俸は、金貨にしておよそ十枚と伺っております。今回の贈り物は、その十五年分に相当いたします。バジル様にとって、それがどれほどの重みを持つ金額か、実感していただけますでしょうか」
バジル様は、言葉に詰まった。実際の金額を、身近な基準に置き換えられて初めて、その大きさを理解したようだった。
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近くで話を聞いていたバジル様の叔母が、堪えかねたように口を挟んだ。
「バジル、あなた、そんなに高価な品を、ただの友人に贈っていたの」
「そんなつもりじゃ、なかったんです。値段を確かめもせず……」
「値段も確かめずに贈り物を選ぶことと、嫁入り道具の相場を吟味することと、どちらが誠実な金銭感覚だと思われますか」
叔母は絶句した様子で、扇を握りしめた。
「クロディーヌさんの仰る通りだわ。バジル、あなたは自分がどれだけの金額を動かしているか、まるでわかっていない」
ミレーヌ嬢は、居心地悪そうに視線を逸らしていた。
「わ、私はただ、いただいただけで……重い意味なんて」
「あなたを責めるつもりはございません。贈る側の判断の問題でございますから」
私はそう言って、ミレーヌ嬢に小さく頭を下げた。彼女もまた、金額を知らされないまま贈り物を受け取っただけなのかもしれない。ミレーヌ嬢は何か言い返そうとしたが、言葉にならなかったようだった。扇を握る手に力がこもり、口元だけが動いて、結局は何も発しないまま俯いた。
「ただ、一つだけお伺いしてもよろしいでしょうか」
「な、なんでしょう」
「その品の値が、金貨百五十枚に及ぶことを、ミレーヌ様はご存じでいらっしゃいましたか」
「……存じませんでした。バジルが選んだものですから」
「でしたら、今回のことは、判断された方お一人の問題かと存じます」
私はそう言うと、それ以上ミレーヌ嬢を追及することはしなかった。
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私はミレーヌ嬢にそう告げると、再びバジル様に向き直った。
「バジル様は、物の価値を、深く考えずに扱われる方だと理解いたしました。それ自体は、性分の問題として仕方のないことかもしれません。ですが、これから家計を共にする者として、それを見過ごすわけにはまいりません」
「クロディーヌ、その、悪気があったわけでは……」
「存じております。悪気がないからこそ、金額を確かめる必要があったのです。無自覚な浪費ほど、気づかぬうちに積み重なるものでございますから」
父が重々しく頷いた。
「クロディーヌの言う通りだ。バジル君、君は今日、自分がどれほど無自覚であったかを、よく胸に刻んでおきなさい」
バジル様は、何も言い返せずにうつむいていた。会場の空気は、先ほどまでの和やかさとはまるで違うものになっていた。親族たちの視線は、もはや彼への同情ではなく、静かな失望に近いものへと変わっている。
先ほど声を上げた若い令嬢が、小さく囁く声が聞こえた。
「クロディーヌ様、ずいぶんと落ち着いていらっしゃるのね。私だったら、とても冷静ではいられないわ」
「感情的になったところで、事実は変わりませんので」
その一言に、周囲の何人かが小さく頷いていた。
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「値段の大小を、問題にしているのではございません」
私は静かに続けた。
「ご自身の判断の基準を、今一度お確かめいただきたいだけでございます。物の価値を正しく測れない方が、これから先、私たちの家計をどう扱われるのか、私には少し不安が残ります」
「クロディーヌ、すまなかった。……本当に、何も考えていなかったんだと思う」
「見えていないことに気づけただけでも、今日は意味があったのではないでしょうか」
「これから、どうすれば……」
「まずは、ご自身の支出を、一度きちんと数字で確かめてみることかと存じます。感覚ではなく、記録として。私も、これから同じことを続けてまいります」
バジル様は、しばらく黙り込んでから、小さく頷いた。
私は淡々とそう答えた。責めるつもりも、慰めるつもりもない。ただ、事実の続きとして、これからどうするかだけが問題だった。
私は見積書を閉じた。
「今後の金銭の使い方について、改めてご相談させていただきたく存じます」
それだけ言うと、私は一礼して席を立った。
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屋敷への帰り道、馬車に揺られながら、私は膝の上の見積書をそっと撫でた。数ヶ月かけて選んだ嫁入り道具の明細が、こんな形で誰かの目を覚まさせることになるとは、選定を始めた当初は思ってもいなかった。
もともと、物の値段に詳しかったわけではない。子爵家の娘として、いずれ嫁ぎ先の家計を担うことになるのだから、今のうちに相場を学んでおくように――母にそう言われて始めた勉強だった。最初は退屈にしか感じられなかったが、続けるうちに、物の値段から見えてくるものがあることに気づいた。誰が、何に、どれだけの金額をかけるか。それは、言葉よりもずっと雄弁に、その人の判断力を語る。
商会に足繁く通い、家具の木目一つ、織物の織り目一つを見比べる日々は、決して華やかなものではなかった。それでも、一つ一つの品を吟味するたびに、これから始まる暮らしへの期待が積み重なっていくようで、私はその作業が嫌いではなかった。
屋敷に戻ると、母が心配そうな顔で出迎えた。事の次第を簡単に伝えると、母は少し驚いた様子を見せたが、すぐに落ち着いた声で言った。
「あなたらしい終わり方ね。声を荒げるでも、泣くでもなく」
「感情で訴えても、バジル様には響かなかったと思います。数字であれば、誰の目にも明らかでございますから」
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「それにしても、嫁入り道具の相場をあれほど正確に把握していたなんて。よく勉強したこと」
「面倒だと思うことは、正直ございました。ですが、任された以上は、途中でやめるわけにはまいりませんので」
母は少し呆れたような、それでいて誇らしげな表情を浮かべた。
「あなたのそういうところ、私は好きよ。地味だけれど、誰にも真似できないことだもの」
「地味、というのは否定できません。ですが、地味な作業ほど、いざという時に力を発揮するものだと、今日、まさにそれを実感いたしました。誰にも見せるつもりのなかった見積書が、まさかこんな形で役に立つとは、正直、私自身も驚いております」
母は紅茶を淹れながら、少し考える様子を見せた。
「バジル殿は、悪い方ではなかったのでしょう」
「はい。ただ、物の価値を測る目を、持ち合わせていらっしゃらなかっただけかと存じます」
「それは、なかなか厄介な弱点ね。金銭感覚は、一朝一夕には身につかないもの」
「だからこそ、今日、はっきりとお伝えする必要があったのだと思います」
扉が軽く開き、父が顔を覗かせた。
「クロディーヌ。大変だったな」
「お騒がせいたしました」
「騒がせたのはバジル君の方だろう。……お前が半年近くかけて、あれほど丁寧に嫁入り道具を選んでいたことは、私も知っていた。まさか、それがこんな形で役立つとは」
「私自身も、同じでございます。まさか今日、あのような形で役立つとは、選定を始めた頃には考えてもおりませんでした」
父からも、後日、短い手紙が届いた。「よくやった。物の値段を正しく測れる者は、いずれ人の判断力も正しく測れるようになる」とだけ書かれていた。飾らない一文だったが、私には十分だった。
窓の外はすでに暗くなっていた。灯りを一つ灯し、私は見積書の最初の頁をもう一度めくる。数ヶ月前、まだ何も決まっていなかった頃の余白が、そこにはまだ残っていた。
あの日、商会に足を運んで最初の一品を選んだ時、まさかこの記録が誰かの目を覚まさせることになるとは、想像もしていなかった。ただ、これから始まる暮らしを、誠実に整えたい一心で選び続けただけだった。これから始まる暮らしが、どのような形になるのかは、私たち二人の、これからの振る舞い次第だった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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