冬の廟所
「オマエ?墓守って」
その冬一番冷えた日の朝。山裾の廟所で掃除をしていると、挨拶も無しに無作法に聞いてくるものがある。
「ああ」
慣れたものだ。冬というやつらはみなそうだからだ。好かれようとしないし、そもこちらのことを好きでもなんでもない。
「これオレの?」
「そうだよ」
ここは冬の廟所。読んだ字のまま、冬という季節はその終わりに、死してこの廟に入ることになっている。ここに個人が葬られることはない。けれど、目の前のこの冬というやつを今年も迎え入れるため、手入れを欠かすことはない。
「へえ……思ったよりシッカリ作ってあんのな。ビックリしたよ、穴掘って埋めて終わりだと思ってたから」
「元はそうだったんだけどね」
「オマエがでかくしたんだ?」
「うん」
僕がここの墓守になる前、先代までは冬の廟所には何も無かった。ただ、糸杉の木が一本立っているだけで、それが冬の墓の全てだった。今はそこに、小さいが石を組んで、素人なりに平らな石に文字を刻んだものを置いて墓碑代わりにしている。
「なんでここまですんの?冬なんて死んだほうがみんな嬉しいんじゃねえの?」
こいつの疑問ももっともだと思う。ほかの季節はその季節の死を惜しまれるけれど、冬だけはその死を祝うお祭りがたくさんあって、だから、冬の終わりを惜しむ廟所だけは、ほかの季節たちの廟所と違って、長い間葬るか捨てるか分からないような粗雑な作りをしていたのだった。
「たぶんさ、僕がひねくれてるからだろうね。みんな都合のいい季節ばっかり有難がるのが、なんだか、すごく意地汚く見えて」
夏の廟所なんか珊瑚の柱で出来たぴかぴかの神殿まであるのだ。そりゃ思い出深かったり、いろいろ好ましい季節なんだろうけど。
同じくらい冬を愛してやれない人間が、ひいては自分が、とても後ろめたかった。だから、罪滅ぼしなのだろう。そんな話を短く冬のやつに話してやった。マイナス10度の朝の寒さで、話すたびに息が白く立ち昇る。
「変なやつだなあ」
冬は笑う。そうかも。と僕は答えて、つられるみたいに笑った。
「あと2か月くらい、ひとしきり暴れたらここに来る。今年もさ、それなりに死んだぜ。ヒトも、それ以外も」
「どの季節だってたくさん殺してるよ。へんだよね、冬ばっかりそういう季節だって言われるの」
「生き物はそう出来てる。冬を憎むように。仕方ねえよ」
冬は踵を返した。
「オマエは豊かなんだろ。今の生活に困ってねえし、身体も病気が無い。だから無駄なこと考えて、あげく冬の墓守になる。でもな」
冬は背を向けたままそう言う。
「もし、オレのこともっとみんなに好いてほしいならよ、オマエの優しさを、ヒトにもちゃんと向けてやれ。そうしたら、今はほかの季節が好きなどっかの誰かにも、もうちょっと余裕が出来て、冬が好きだってやつも増えるんじゃねえか」
そう言い残して冬は歩いていく。さよならはお互いに言わなかった。それを言うべきときはもっと先だから。
3月になればもうボロボロになって、身体のあちこちが傷み始めた冬が、最期にここにやってくる。たいていはもう話すことも出来なくなって、来てから数日経たず、静かに事切れる。
けれど、今年は、最期に少しだけ話したいと思った。まだ、2ヶ月あるのだから。冬が好きな人の話を、1つでもいい。あいつに聞かせたいと思うのだ。
冬の日の冷え込んだ朝。山すそにある廟所に、ようやく朝日が入り始めていた。
確か就職してから3年目くらいに書いたもの。もっと過激な作品だったのを角を丸めて公に見せられる状態にした。
テーマ的繋がりがあるのでこれは「風を悼む」のシリーズ内に収めようと思う。




