第24話「白と黒と土(終)」
朝の光は薄い白。夜の名残は細い黒。靴の裏は昨日のままの土。
——終わりは、いつもこの三色から始まる。
王都からの本採択文が港務所に届いた。封蝋は厚く、角は今日は少しだけ太い。
表紙には、「平均出合・本文採択」、「黒匣・二重CRC 標準」、「救値=生重」、「小チ 記号の明記」、そして小さく**「歌孔署:掲示要件」**。
詩は本文に残った。孔は塞がれなかった。風は一本、通り続ける。
「終幕の段取り、やろうか」
ギータが御者台から飛び降りる。
「白は読ませ、黒は刃へ、土は匂いへ。——見出しは“白と黒と土”。角は遠慮なく太く」
わたくしは机を外へ出し、角をさらに太くした。紙の見出しは三段重ね、最後の段は白(規格)、真ん中は黒(違反の刃)、一番下は**土(生活)**の色で縁取る。
「終幕・運用書——白の掲示/黒の封/土の祝」
章は三つ。
一:白の掲示——本文・注・“注継”・孔署の最終配列
二:黒の封——違反の“最後手順”と刃の向け先
三:土の祝——笑線と湯と拍の合わせ、名の最後の“全小チ”
◆
一:白の掲示
掲示板を張り替える。本文を最上段、注を並段、“注継”の小票を下段に帯状で。
歌孔は本文の見出しに縫い込み、孔署の名柱を左に立てる。小チの位置は赤丸。
条鑑票は余白へ移し、汚い字の“注継”を太く許す。
利根板、拍為板、共船票、海道札、白黒審、名継——全部の角を一枚ずつ撫で、孔鳴を確かめる。
黒匣の封は錨+帆+橋印、塩印が乾いた白に薄く滲む。
風穴幕は畳んで保管。ただし窓の鎧戸を二枚、あえて外したまま。風の通り道は仕様になった。
ジュードが刻印台で最後の**“本文採択”の印を彫り、ハンクが斜光灯のガラスを磨き、ハーシュが孔具の針を一本、新しく箱に収めた。
サト婆さんは赤丸を指で叩き、「小チは子でも打てる。——これが本文**の顔だ」と笑った。
◆
二:黒の封
旧ギルドの最後の影は、予想通り静かに来た。
港の裏手、倉の隙間に**“空名”の白札。孔は空き、条は美しい。金粉紙の匂い。
貼った連中はもう逃げた。逃げ足は、紙より速い。
わたくしは逆委宣言**の小札を掲げ、短短長+小チ。三番号の照合は空振り。
封の手順に入る。
最後手順:
1. 歌孔穿ち(孔が鳴らなければ偽の疑い濃厚)
2. 斜光灯検(裏の水目が均質なら機歌)
3. 触りCRC(チ・チが出なければ撤去)。
4. 事情空白に名を書く欄を残し、空名であることを明記。
5. 黒封——黒糸一本で隅を縫い、黒印(刃の向け先)を小さく押す。
黒印は人ではなく手口へ向く。——金粉紙/緞帳紙/静殺し粉。刃は違反へ。
リースが兵を引き、倉の裏手に薄黒の札を一枚。「終封——機歌・金粉紙・撤去」。
通りがかりの若者が立ち止まる。「名をください」と、彼のほうから言った。
彼は汚い字で一行、「名:セリ。貼れと言われたけど、孔が鳴らないのが怖かった」と書いた。
事情は詩に変わる。怒りは最初の燃料になる。燃料は灯に化ける。
◆
三:土の祝
終幕の祭は、笑線から始める。
連結祭の仕様をひと回りひねり、利根の返角紐、共船の寄せ旗、名継の継角鈴、拍為の拍幅板、全部を一本の動線に通す。
水灯は二芯、火入れCRCは短短長+チ、湯はぽん二返で確認。
喪越の黙を一度置き、長長短+小チで条の前置きを読んでから、笑線へ。
笑線は今日は波形ではなく、円環。
白(規格)を示す白点、黒(刃)を示す黒三角、土(生活)を示す茶の点を線上に撒き、踏み方で小さな職を割り振る。
——白を踏んだ子は掲示の読み手、黒を踏んだ若者は角打ちの係、土を踏んだ婆は湯印の確認。
笑は仕様。人を役へ連れて行く連絡線だ。
広場の中央で、基準拍塔の足に黒匣を置く。人歌/灯脈が二重で流れ、塔の鈴が小脈で寄り添う。
海道札は白線で光り、橋印の錨は小さく歌い、為署の名柱は汚い字で満員。
条は高い位置で風に揺れ、歌孔が孔鳴で薄く返事をする。
返角の紐は継角に束ね替わり、鈴があちこちでチリと鳴る。
湯権の札は薄茶でやわらかく光り、免湯旗は白茶でやさしく揺れる。
サト婆さんが、最後の**“耳の学校”を若耳に譲った。
ザハラは翻署に「喪越・祭版」を汚い字で追記し、鼓の縁でツをひとつ。
ミナ女主人は香味“強”を弱に割った粥を配り、鼻印を静の段で押す。
ベンは湯壺を、ラスクは小瓶を、トーベンは触接を、カイは水位棒を、ハンクは孔具を、ハーシュは拍為板**を見て回る。
ジュードは刻印台の前で、最後の角をもう一段深く彫った。角は拳。拳は握手のためにある。
◆
王都監督官ヴァレンが来た。靴は今日も少し濡れている。
彼は条の赤丸に指を置き、小チを一度だけ鳴らした。
「数字を」
「終幕KPIを持ってきました」
板には、本文遵守率、黒匣“甲合”比率、救値・生重の適用率、歌孔掲示率、名継の完了数、影手口の摘発→事情化、そして住民満足が並ぶ。
ヴァレンは静かに頷く。「本文は音を持って残った。——それでいい。法は包む。現場は鳴る」
彼はわたくしを見て、小さく笑い、「詩で殴れ。湯で抱け。紙で残せ」とだけ言った。
「歌で数えます」
わたくしは答え、机の角を最後に撫でた。角は、もう丸太のように太い。
◆
最後の“事件”は、事件というより告白だった。
旧ギルドの生き残り、名をロフ。
最初の風箱の若者。彼が列の端に立っていた。
「名を、薄くしてくれ」
名継の儀を縮小版で行う。薄字宣言、名護符写し、返角束ね。
事情欄に**「粉で人を集めたかった。喪が怖かった。笑が手順だと知らなかった」**
わたくしは**“注継”の欄を開き、「笑は手順」の注**を渡す。
ロフは汚い字で受け取った。汚い字は、強い。強い字は、揺れを持ち、人歌になる。
◆
全小チ
夕刻、白は薄金に、黒は藍に、土はしっとり濃く。
基準拍塔が短長短で眠の前置きを打ち、喪越の黙を一度置き、全員で小チを一打。
子の小さな指、婆のしわのある指、兵の固い指、商の角に慣れた指、鼓番の皮で鍛えた指、翻署の汚い字の指、監督官の濡れた指。
全部が、同じ小チで並ぶ。
音は小さい。けれど揺れは豊かだ。人歌は、小さくて、強い。
ギータが御者台から叫ぶ。「見出し:白と黒と土!」
ノアは水位棒の刻みを数え、「水はここまで来た」と呟く。
リースは剣の柄をコツン、「刃は違反へ。——今日は刃、いらない」と肩を落とした。
ザハラは鼓でツを一つ、確認拍を返した。
サト婆さんは耳に手を当て、「聞こえるよ」と笑った。
夜の白が踊る。黒は刃を収める。土は靴で歌う。
——なら、やっぱり、正しい。
【辺境KPI / 第24話(終)】
塩産出量:0.81 → 0.82(運用安定/“土の祝”で作業再配分スムーズ)
用水稼働率:56% → 57%(夜間石床→昼間湯壺の熱回収、拍で平準化)
法・運用:
- 本文遵守率 97%(小チ明記/喪越前置)
黒匣 検認:“甲合” 88%/“乙半・丙半” 11%/“丁不” 1%→現地再審
救値=生重 適用 100%(上限超→寄点移管 3)
歌孔 掲示率 95%(議場・庁舎 掲示要件 満たす)
信用・市場:
利根票 流通 本票 131/分票 402/橋票 33
拍為板 平常率 94%/音位“丁”(機歌) 検出 0
共船宣言 5/割り前 遅拍解消率 93%/寄点 累計 201
白黒審・継承:
白札 撤去 7(金粉紙 3/緞帳紙 2/静殺し粉 2)→事情化 7
名護符 移行 完了 102/共帯 再縫 63/返角→継角 317角→106継角
空名 解体 完了 19(仮継→白 本採択 12)
住民満足度:+0.99(“土の祝” 参加 1,287/全小チ 体験 1,151/条読み上げ満足 +0.94)
治安指数:80 → 82(影手口 鎮静/違反の刃 出番 極小)
終章のあとがき(紙の余白に小さく)
白は規格。光を通す。
黒は刃。違反へ向く。
土は生活。匂いを持つ。
詩で殴り、湯で抱え、歌で数え、紙で残し、名で温める。
最後の小チは、いつでも誰でも打てる。
いつかまた、白と黒と土の靴で、あなたがここを歩くとき——小チをひとつ、お願いします。




