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辺境開発公社・悪役令嬢課――断罪されたので国を黒字化します  作者: 妙原奇天


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22/25

第22話「法制化と逆風——中央の風穴、こちらの歌孔」

 王都は乾いた白。石畳は冷たい水を吸い、建物の角は無駄に鋭い。

 議場の扉は重く、音を嫌う材でできていた。歌が嫌いな扉は、だいたい紙が好きだ。

 ——本採択の最終審。条から拍を抜こうとする手が、白い手袋で待っている。


 通された控室の長机に、角の薄い束が置かれていた。

 「平均出合・王都標準(最終案)」

 ——条末の小チ削除、黒匣=中央検認のみ、救値=固定率、歌孔=“任意”のさらに任意。

 紙は白いほど黒い。


「風穴を開けるしかない」ギータが御者台の代わりに長椅子に立ち、肩を回す。

「孔はこちらで用意しました」わたくしは木箱を開けた。携行基準拍塔、斜光灯、孔具、名護符、黒匣、そして丸めた薄帆——風穴幕。


「今日は舞台を持ち込むのか」ジュードがにやつく。

「条の舞台を条の真ん中へ」



 議場は半円形。席の背は高く、言葉は上へ逃げ、音は布に吸われる。

 ——逆風の設計だ。


 議長の木槌が乾いた音で始まりを告げる。

 旧ギルド連盟の紳士たちが、光沢のある条を胸に抱え、にこやかに座っている。

 監督官ヴァレンは別席。表情は硬いが、靴は今日も少し濡れている。現場の匂いだ。


「辺境案の**“拍”は本文から外すべきだ」最初の議員が言う。「確認拍は習俗**。法は無音でよい」

 別の声が重なる。「黒匣は中央で一元。現地の揺れは誤差だ」


 わたくしは一礼し、携行基準拍塔を議場中央へ置いた。

 「詩は飾りではありません。手順です。——舞台を、開きます」


 風穴幕を半分だけ高窓にかけ、細い隙を作る。風が一本、議場に入る。

 歌孔の列を打ち抜いた条を掲げ、斜光灯を点す。孔の縁が光る。

 黒匣を机に置き、灯脈の小鈴を結ぶ。

 条を読む声は長長短+小チで始まり、喪越の注を先に置いた。


 ——舞台ができると、紙は裏を見せる。



 第一幕:条は音を持つか

 旧ギルド側の**「無音条」をそのまま読み上げる。

 小チがないと、文の切れ目で議場の空気が咳をする。質問と怒りが重なり、発話が衝突する。

 次に、同じ条へ小チだけを戻す。基準拍塔の灯が小脈で寄り添う。

 ——混線が消える。反対と確認**が分かれ、議長の木槌が要らない。


「本文に小チを置くのは法の品位に欠ける」別の議員が眉を吊り上げる。

 サト婆さんが立った。

 「婆でも読める法が品位さ。字は目、拍は耳。どっちも使うと転ばない」


 笑いが一つ、仕様通りに流れた。



 第二幕:黒匣は誰のものか

 中央検認のみ——という条文に、人歌/灯脈の二重CRCを実演で重ねる。

 黒匣から刻音を出し、塔の鈴に人歌の揺れを取らせる。

 続いて灯脈と刻音の位相を合わせ、遅れゼロが機歌の疑いであることを示す。

 旧ギルドの紳士が笑った。「揺れなど主観だ。数字にしろ」


 ノアが即答。「揺刻は短長短×十で一周。偏差がゼロの記録は機歌濃厚。CR-海20-02で決めている」

 ヴァレンが頷く。「中央でも**“甲合”以外は現地所見を添付する。番号は走らせる」

 ——机が現場**の匂いを思い出す。



 第三幕:救値は固定か、呼吸か

 王都案の固定率で試算した表を板に出す。怒りは倍数で跳ね、喪越の黙が入らない。

 次に生重(時間×危険×回復)で同じ事例を回す。

 救助旗の時間、波高の比率、温印の段。数字は同じでも息のある列になる。

 議員の一人が呟く。「恣意が入るだろう」

 リースが剣の柄をコツン。「恣意は公開で抜く。事情は空白で残す。恣意は隠、事情は晒」

 ——晒すのではなく、抱える。議場の空気が、わずかに温度を持った。



 逆風、吹く

 旧ギルド連盟の代表が緞帳紙を取り出す。歌孔を塞ぐための薄膜。

 係の者が壇上に上がり、掲げた条の孔に膜を貼り始める。

 同時に、天井から静殺し粉が薄く撒かれ、塔の鈴が鈍になる。

 ——孔を塞ぐ、風を殺す、音を鈍らせる。議場を紙にする手口。


「風穴儀」とわたくしは言った。

 風穴幕を一気に引き、高窓の鎧戸を二枚外す。

 外の風が一本、議場を走る。緞帳紙は風に弱く、孔の縁でひらと剥がれる。

 ハンクが孔具で孔署を打ち、孔は再鳴。

 ノアが水灯を二芯にし、鈴の位置を低へ下げ、静殺し粉の層の下で脈を拾わせる。

 従来の設計を別設計で迂回する。怒りは手順で冷め、反対は検査に変わる。


 議長が驚いた顔で言う。「議場に風穴を開けた者は、君が初めてだ」

 ギータが肩をすくめる。「法の風穴は現場の窓です」



 第四幕:紙か、名か

 旧ギルド側が**「代表委任状」を振る。名が一つに束ねられ、条の注は空白。

 逆委宣言の札を掲げ、三番号(名帯/名護符/利根本票)を求める。

 案の定、どれもない。

 責を発行元へ返し、事情欄を開く。

 若い書記官が震えながら汚い字で書く。「名:ユレ。条の書き方しか習っていない」

 サト婆さんが条墨の手を取って、小チの位置を教える。「音読してみな」

 ユレの声に揺れが入る。条が人になり、その条は議場**で初めて息をした。



 採択、加工

 議長は木槌を軽く叩き、「妥結案」を読んだ。

 - 条本文に小チ記号を標準で入れる(読み上げ時は小チを打つ)。

 - 黒匣は中央検認+現地二重CRC(“甲合”以外は現地注を併記)。

- 救値=生重を本文に。寄点係数は上限二。

- 歌孔署は**“任推標準”(強推に相当)。議場・庁舎は歌孔を持つ条のみ掲示可**。

- 喪越の黙を条前置に明記。

 ——拍は本文から消えなかった。孔は塞がれなかった。風は一本、通った。


 旧ギルドの代表は口を曲げ、紙を束ね直した。噛んだ笑顔は歌わない。

 ヴァレンは短く頷き、小チを一つ打った。議場が人の音に一度だけうなずく。



 議場の外

 広場に条の舞台を移し、公開“風穴”見せ物。

 緞帳紙(見本)を貼って孔鳴を止め、風穴幕で剥がし、孔署で再鳴。

黒匣は人歌/灯脈の二重で鳴り、斜光灯は機歌を薄くする。

 子どもが小チの場所に赤い丸を描き、婆さんが条の注に汚い字を足す。

 笑は仕様。怒りは最初の燃料。燃料は舞台で燃やすと灯になる。



 夜、王都の宿。

 窓を少しだけ開ける。風穴。

 机に置いた条の角が、指で触るとチと鳴る。歌孔の縁は、今日の風で少しだけ丸くなった。

 ギータが帳面を閉じる。「見出しは“中央の風穴、こちらの歌孔”。——角は今日も太い」

 ノアは水差しに指を沈めて、「水は窓を好む」と笑った。

 ヴァレンから短い紙片が届く。「本文採択。運用注は継続協議。——小チは残す」

 紙の端が少し濡れている。現場の濡れ方だ。


 靴は今日も汚い。白と黒と土に、金粉(議場の飾り)と紙粉(孔具の屑)が付いた。

 なら、やっぱり、正しい。


【辺境KPI / 第22話】


塩産出量:0.80 → 0.80(王都出張で港オペ微減も在庫平準で相殺)


用水稼働率:55% → 55%(変化なし/港内は“利根+共船”で安定)


法制化・中央対応指標(新):

 - 本文採択項目:小チ記号/黒匣二重CRC/救値=生重/喪越前置


任推標準:歌孔署(議場・庁舎掲示要件化)


条修正提案 提出 17(採択 11/保留 4/却下 2)


風穴儀 実施 2(緞帳紙剝離 2/静殺し粉 迂回 2)


治安指数:79 → 79(王都内騒擾 0/旧ギルド妨害 収束)


ガバナンス:条の舞台 運用マニュアル化/議場小チ 実装/揺刻・位相 指標の中央採用


文化・教育:条読み公開 参加 889/小チ位置赤丸 子ども描画 311/孔具体験 146


次回予告:「名の継承——薄れる字と太る角」。

引退する名、新しく生まれる名。名護符と共帯、返角の紐と条の注。“名”を移し替える手順を作る。旧ギルドが残した**“空名からな”**の遺恨に、歌孔で穴を開ける。

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