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辺境開発公社・悪役令嬢課――断罪されたので国を黒字化します  作者: 妙原奇天


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20/25

第20話「海難と平均出合――“喪”を越える条(くだり)」

 朝の潮は鈍く、空の端は灰を擦った指の跡。

 港の防波堤に、黒い帯の旗が半分だけ上げられていた。喪ではない。注意の黒。

 王都から来た早便が、厚い紙束をどさりと置いた。封蝋は固く、角は無駄に薄い。


 「海難標準書(草案)——平均出合および救助評価」

 添え状は、監督官ヴァレンの手ではなかった。文言は冷たく、拍は無し。

 要旨:

 - 共船は認める。だが式を王都式に。

 - 黒匣は提出。中央検認で判定。

 - 救助の価値は固定率。

 - “損の歌”は添付資料(参考)に降格。


 ——紙の冷たさが、潮の寒さと合流する。


「降格ね」ギータが御者台で紙をめくり、鼻で笑った。「詩は参考じゃ回らないよ」

「条に拍を縫い込みます」わたくしは机を外に出し、角をさらに太くした。紙の上の見出しは、冷気を直立させる。


「平均出合・採択版(辺境案)——条に拍を、法に詩を」


 章は五つ。

 一:くだり素案——“宣・保・分・検・寄”の五条

 二:黒匣検認の二重CRC(人歌/灯脈)

三:救助評価の“生重いきおも”——固定率の代わりに“呼吸率”

四:公開審読パブコメの手順——角太意見の集め方

五:喪越もこし儀——喪を踏まない条文の渡し方


 ノアが水位棒に掌を置く。「喪の拍を避ける条は水位に似てる。基準が要る」

「拍が基準です」リースが短く頷き、剣の柄をコツン。



 一:くだり素案

 第一条(宣):共船宣言は長長短+チで行い、寄せ旗を掲げ、黒匣に灯脈とともに記録。短長長(喪)禁止。

 第二条(保):保全行為(投荷/帆柱切り/曳航)は短短長+灯脈で刻む。見張名/実施名/目撃名を三者で残す。

第三条(分):割り前計算は式に従い、事情空白を併記。遅拍は白円+小チを挟む。

第四条(検):黒匣検認は人歌/灯脈の二重CRC。機歌の場合は要再審。斜光灯で刻線の揺れを読む。

第五条(寄):救助評価は**“呼吸率”に拠る(後述)。寄票は寄点として利根板**と連動。寄せ旗の印影を添付。


 条の末尾ごとに小チを打つ欄を設ける。条の確認拍。

 ——条が音を持つと、読まれやすい。


 ジュードが刻印台で**「条」の字の角を深く彫った。「角のない条は、影が好き勝手に潜る」

 サト婆さんが笑う。「条に拍**があれば、婆でも読める」



 二:黒匣検認の二重CRC

 王都は黒匣を中央で開けたがる。——開ける前に、現地で嘘を薄くする。

 人歌CRC:刻音を耳と塔でなぞる。長長短/短短長/短長短の微揺を塔の鈴が拾う。均質は機歌の疑い。

 灯脈CRC:灯の脈動記録(水灯二芯)。宣・保・分の拍と灯に位相があるか。遅れゼロは疑い。

 検表:“人歌=甲/乙/丙/丁”、“灯脈=合/半/不”。“甲合”以外は要再審。

 封印:錨+帆+橋印の三重封。角太シールに塩印。滲みは偽封。


 ハンクが黒匣の縁に小さな揺刻ゆれきざみを刻んだ。「指で撫でると揺れが触れる。触も記録だ」



 三:救助評価の“生重いきおも

 王都草案の固定率は平たい。命の重さは状況で息をする。

 生重=時間×危険×回復の拍。

 - 時間:介入拍の長さ(短長短×n)

- 危険:救助旗(薄赤十字+白円)の掲示時間/波高/喪域接近(長長短の比率)

- 回復:救助後の“静”と灯脈での体温戻り(温印=温/熱/透)

 救値=生重×拍為幅×寄点係数(救助側の日常の寄)。

 寄点係数を入れるのは、日頃の寄を救へ接続するため。見せ物ではなく基盤にするため。

 ——命を固定率に閉じない。呼吸に合わせる。


 リースが兵の帳から顔を出す。「救が仕事と誇りの両方になる。刃は出さずに走れる」



 四:公開審読パブコメ

 天幕下に条を張り出し、角太意見をもらう。

 投句欄(十七音)、条墨欄(追記)、逸脱例欄(見本)。

 見本:

 「第四条“検”——機歌の揺れ判定、塔の鈴が風で誤る時あり→無音窓で十呼吸後に再検」(名:ノア)

 「第三条“分”——白円+小チ、子でも宣言可と明記」(名:サト)

 「第五条“寄”——寄点係数の上限を二**。見せ金防止」**(名:ギータ)

 汚い字は、強い。角の太い字は、条の骨になる。


 ハーシュが読会の司会をし、ハンクが条墨の補筆を刷り、ジュードが帆印を焼く。

 ——条が街の手垢で黒くなるほど、法は人に寄る。



 五:喪越もこし

 喪の家は海にある。条は喪に触れる。触れ方に礼を。

 喪拍(短長長)は禁のまま。代わりに喪越の黙を置く。

 手順:

 1. 白布符を掲げ、無音窓を三倍。

2. 灯は脈を止めず弱める(短長短の小脈)。

3. 条読みは長長短+小チで前置きし、“喪に触れぬ条”を明記。

4. 名を残し、寄票の片端に黒糸を一本通す。

 ——喪は詩の骨。折らない。跨ぐときに歌を下げる。


 ザハラが鼓でツを弱く二度。「遠市もこの喪越を翻して使う」



 王都との擦り合わせ

 監督官ヴァレンが来た。今日は靴が濡れている。良い兆候。

 彼は条を一つずつ指で撫で、小チを各条末に静かに置いた。

「条の確認拍、いい。中央の紙でも音が要る。救値=固定率は撤回へ動かす。ただし、黒匣の中央検認は続ける」

「二重CRCを標準に。“甲合”以外は現地再審**。中央の判は最後で良い」

「理解している。条の**ノート**に入れよう」


 ギータが御者台で口上を付ける。「見出しは“条に拍を、法に詩を”」

 ヴァレンの口端がわずかに動く。「詩で殴る、ときみは言う。法は包む」



 大海難、来る

 夕刻、遠礁で座州ざす。積み高大、渡為便四本分。救助旗が複数上がり、救助歌と損の歌が交差する。

 ——試金石。

 宣:各船が長長短+チで共船宣言、寄せ旗が多重に揺れる。

保:短短長+灯脈が続き、投荷は香味“中”“強”あわせて二十八。帆柱二、曳航三。

黒匣:揺刻が全匣に刻まれ、人歌/灯脈が二重で走る。

救:救値は生重で刻み始め、温印が温/熱に分かれる。

分:港の計算台に条が開かれ、式が走る。事情空白が黒糸で縁取られ、喪越の黙が三度置かれた。


 怒号は二拍で減衰し、質問は条の注へ吸い込まれ、合意は小チで増殖する。

 固定率を叫んだ商人も、温印の掌を見て息を飲み、寄点の柱で自分の名を探して黙った。

 ——見えるものは、沈む。沈んだものは、底になる。



 黒匣・中央検認

 翌朝、王都便に載せる黒匣の束。錨+帆+橋印の封に塩印。

 出立前に公開“耳合わせ”。人歌の揺れを塔で、灯脈の位相を水灯で、斜光灯で刻線を。

 “甲合”→そのまま。“乙半/丙半”→現地追加所見を添付。“丁不”→要再審、王都へは見本のみ送る。

 ヴァレンは頷き、「中央の机も揺れを習う」と言った。



 喪越の夜

 座州の喪は避けた。けれど喪は海にある。

 港の端で喪越を行う。白布符、小脈、黒糸。

 条読みの前置きに長長短+小チ。

 わたくしは条を読み上げ、名を置く欄に空白を残す。空白は事情の先にある。

 ザハラが鼓でツを二度、静かに。確認拍は、誰のものでもない。


 サト婆さんが若耳の肩を叩いた。「喪は禁。でも禁は抱える手順を持てば橋になる」

 若耳は頷き、小チを一つ打った。小さい確認拍は、喪に触れない。



 審読の結び

 角太意見は束になり、注が増え、条は太った。

 CR-海20-01:灯脈CRCの位相ズレ許容(±小チ)。

 CR-海20-02:揺刻の標準ピッチ(短長短×十で一周)。

CR-海20-03:生重の上限(救値が割り前の三割を越える場合、寄点へ超過分移管)。

CR-海20-04:喪越の黒糸は一本。二本は喪に触れすぎ。

 ——CRはネジ。詩は梁。条は柱。角は、拳。


 ギータが御者台で帳面を叩く。「見出し:“平均出合、条に拍”」

 ハンクが黒匣の留め金を磨き、「機歌が入ってきても、揺れで分かる」

 リースは救助旗の縫い直しを命じ、ノアは水位棒に小脈の刻みを足す。

 ヴァレンは封蝋を押しながら短く言った。「王都へ送る。参考でなく本文に——できるように」


 わたくしは頷き、長長短を一打。喪ではない。働きの長調。


 靴は今日も汚い。白と黒と土に、黒糸(喪越)と薄群青(寄せ旗)の粉が付いた。

 なら、やっぱり、正しい。


【辺境KPI / 第20話】


塩産出量:0.78 → 0.78(海難影響継続も港内同調で横ばい)


用水稼働率:53% → 54%(割り前“遅拍”運用で搬出入の詰まり解消)


共船・法制化指標(新):

 - 条素案 公開意見 126(採択 78/保留 31/却下 17)

 - 黒匣 検認前整備 “甲合” 81%/“乙半・丙半” 18%/“丁不” 1%→現地再審


救値“生重” 適用 9件(超過→寄点移管 2)


喪越 儀 2回(苦情 0/追補意見 7)


治安指数:76 → 77(黒匣もどき流入 0/機歌検出 0/公開審読での騒擾 0)


ガバナンス:平均出合・辺境案 成文化/CR-海20-01〜04 採択/条確認拍 運用開始


市場・遠市:救値 生重 翻署導入/寄点 連動 追加 +41/橋印(海路) 便 11


住民満足度:+0.98(審読参加 603/条読み上げ満足 +0.92/喪越への理解 +0.89)


次回予告:「旧ギルド最終手——“白を黒にする紙”」。

偽の条、機歌をまぶした白札、名を剥がす委任状。角太の拳で受ける。詩を喰う紙には、歌で穴を開ける。

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