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辺境開発公社・悪役令嬢課――断罪されたので国を黒字化します  作者: 妙原奇天


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19/25

第19話「共船(ともぶね)の約定、損の歌」

 潮の匂いが少し鉄臭く、空は羊の背のように割れ目を作っていた。

 ——海が、機嫌を崩す前触れ。

 港務所の柱に、海商組合からの短い報せが貼られていた。「沖で北東荒れ。二隻、遅延。一本、帆柱折損」。


「共船の仕掛け、出番だね」

 ギータが御者台で、いつもの軽口に少しだけ重みを混ぜる。

「損を誰か一人に落とさない。歌で割り、旗で寄せ、紙で抱える。——共船票、やります」


 わたくしは机を外に出し、角をさらに太くした。紙の上の見出しは、風でめくれても読めるように太字。


共船ともぶね約定・初版——平均出合/損の歌/寄せ旗」


 章は四つ。

 一:共船票(総票・損票・寄票)

 二:損の歌(宣言→保全→分担)

三:寄せ旗と黒匣こくばこ——記録と救助のCRC

四:公開“割り前”計算法と事情空白(怒りを燃料に変える)


 ノアが水位棒を撫で、「波高が短長長の周期だ。喪に近い。——禁の拍は使わず、長長短で行こう」と呟く。

「損は喪の親戚だけど、約定にすると働きになる」リースが剣の柄を軽く叩く。



 一:共船票

 机に三種の札を並べる。


 総票そう:航海全体の名を束ねる票。船主/荷主/船員代表/港務所/公社の五者連署。

 — 記載:便名(渡為/海道)、潮路図、乗り組み名、拍為の基準、寄せ旗の配置、黒匣の位置。角は分厚く、橋印(錨)+為署の横に**船印(帆)**を焼く。


 損票そん:事故時の投荷/帆柱切り/曳航費などの保全行為を記す。

 — 欄:損の種別、時刻(拍)、場(潮路)、決定者名、目撃名、“損の歌”の確認拍。斜光灯で透かすと水目が長長短で並ぶ。


**寄票よせ**:**割り前**を配分する小票。

— 欄:**名**、**積み高(拍幅)**、**免/段**、**寄付点**換算、**割当%**、**遅拍許容**。角は握りやすく、**削角**で支払履歴を刻む。



 ギータが鼻で笑う。「投荷で荷主が火を噴く。その火で紙を焼くなよ」

「怒りは最初の燃料です」わたくし。「公開で計算し、事情空白で詩にする」



 二:損の歌

 宣言→保全→分担、三節の歌。


 宣言(船上):長長短+チ。——“喪”回避の長長短に確認拍。

 保全(現場):短短長+灯脈。——帆柱切り/投荷の実施。

 分担(陸上):短長短+チ。——割り前の承認。

 禁則:短長長は使わない(喪)。翻の旗で他国には**“トン・トン・カッ/ツ”へ写像。

 歌抜けは“要再審”。黒匣(後述)に拍が残っていなければ無効**。

 ——詩にすると、誰がいつ怒っても辿れる。


 サト婆さんが頷く。「“宣”のチがない損は、詩にならない。噂になる」

 ノアは潮を見て、「宣のタイミングを灯脈に連動させよう。黒匣が拾う」



 三:寄せ旗と黒匣

 寄せ旗:白地に群青の波一本。共船宣言中は船尾に、陸では計算台の上に。旗棒の先に小鈴、チに合わせてチリと鳴る。

 救助旗:薄赤の十字に白円(静)。曳航や人命救助の時に掲げ、“救の歌”=短短長+小チ×二。


 黒匣こくばこ拍匣はくばこ

 — 木製の記録匣。灯脈/基準拍/宣・保・分の拍を刻音で記録。触接を備え、水没に耐える。

 — 陸に戻ると斜光灯で側面を読み、音位/律の人歌であることを確認。機歌なら要再審。


 ジュードが黒匣を持ち上げ、「重いな。名は重いって言ったろ」

「重いものは飛ばない。海では沈みすぎても困るから、浮きも付けます」

 リースが笑う。「刃は違反へ、浮きは人へ。覚えた」



 四:割り前の公開計算

 式は紙に太字で。

 割前金=保全損害合計 ÷(積み高合計+船体評価)×各自積み高

 拍為の拍幅で積み高を表し、免旗の段で軽減、寄付点で微調整。

 遅拍は白円+小チで呼吸を挟む手順に置換。怒りは見える式の前で弱る。

 事情空白は大きく。「投荷:香味“強”十壜。漂流回避のため。名:船長エーレン」——汚い字は、強い。


 ハンクが角を撫でる。「角、今日は波で濡れても剥げない塗りを重ねとく」

 ハーシュは旗倉から寄せ旗/救助旗を抱え、「耳の学校の若耳を旗係に回す」と言った。



 初運用は、その日の午後にやって来た。

 渡為二十三便、帰港。帆の一本が短い。甲板に投荷の跡。塩袋が二つ、海の色を帯びて戻ってきた。


 寄せ旗が船尾で上がり、長長短+チの宣。

 黒匣の口がチリと鳴り、刻音の窓が灯脈に合わせて震える。

 船長エーレンが、濡れた髭のまま板の前に立つ。

「宣言——荒天・波高・舵故障。投荷:香味“強”十壜。帆柱切り:一。曳航:遠市側小舟一。目撃:鼓番ザハラ」

 ザハラが翻の旗を軽く振り、鼓でツを一度。「翻署、後で。今は“損の歌”」


 保全は黒匣の刻音で追える。

 短短長+灯脈(投荷)、長長短+灯脈(帆柱)、短短長+小チ×二(救助)。

 分担の前に、公開計算。

 保全損害合計:帆柱×一(評価:拍幅二十)、投荷×十(評価:拍幅十)、曳航費(評価:拍幅五)。

 積み高合計:白×八十、香味“中”×二十、香味“強”×十、船体評価×三十。

 ——板に式が走り、拍で数字が並ぶ。角太の上を怒りが滑って、詩に変わる。


 香味“強”の荷主が眉を吊り上げたが、事情空白に**「投荷は最尾の積み位置、重心回復のため。名:甲板長ベル」と汚い字が置かれると、肩が少し落ちた。

 ギータが囁く。「怒りは名と事情の隣で、諦めじゃなく承知**になる」


 割り前が出た。

 白の小口はわずか、香味“中”は中くらい、香味“強”の荷主も薄く、船主は厚い。救助側には寄進票が配られ、寄付点が利根板と連動する。

 遅拍は白円+小チで一回まで。罰は笑線整備や耳の学校補助へ置換。



 事件は、計算の後に来た。

 旧ギルドの男が、“損の歌”を偽装した黒匣もどきを持ち込み、機歌で完璧な拍を刻んだ**“神記録”を見せて割り前を歪めようとした。

 黒い匣は軽すぎ**、角が薄い。斜光灯で透かすと中の刻線が均質。

 ハンクが言う。「機歌だ」

 ノアが匣を軽く叩き、耳を寄せる。「揺れがない。人は必ず揺れる」


 公開解体。

 匣を割ると、中から薄板と錘。灯脈は偽の振り子。

 リースが**“切”を一拍。

 男は肩を落とし、「名:オット。割り前が重いという噂に乗った」と汚い字で書いた。

 事情は空白へ、罰は黒匣本物の磨きと救助旗の縫い**。刃は違反へ、詩は抱える。



 海路版・橋印も動いた。

 遠市側の小舟——救助の当事者——に寄票を渡す。

 ザハラが鼓でツを二度打ち、救助歌に翻を乗せる。

 “救”の寄票には**「喪に近い拍は使わない」と太字。喪の家に寄進するときは白布符を添える。

 共船票の裏面には“寄せ旗”の印影が並び、笑印/白点/翻点/耳印と同列に“寄点よりてん”が新しく立った。

 ——寄せは強制じゃない。けれど見える**。見える寄せは羨望ではなく合図になる。



 読み合わせは夜に続いた。

 損の歌の三節を子ども隊が叩き、婆さんが禁則を唱える。

 黒匣は天幕の端で人歌を吐き、拍為板は平常で脈打つ。

 怒りは二拍で笑に変わり、笑は寄せに変わる。

 ——笑は仕様だ。損は設計だ。


 監督官ヴァレンが、海風を連れて現れた。

「数字を見せてくれ」

「共船KPI、立てました」

 板には共船宣言数、損票の適正率、黒匣“機歌”検出、割り前遅拍解消率、寄点累計。

 ヴァレンは頷き、「王都の商法に平均出合を戻すとき、“損の歌”を運用規程に付けたい」と言った。

「詩は条文の隙を埋めます」

「知っている。——“喪”に近い拍は、禁だ」

 彼は長長短+小チを一度。確認拍は、人の側にある。



 翌朝、まだ波は高い。

 共船票は濡れにくい紙に刷られ、寄せ旗は少し潮で重い。

 救助旗は日で乾き、黒匣は太陽の下で人歌を返す。

 香味“強”を投荷した件の割り前は、遅拍を一回使って白円+小チで呼吸を置き、返角が糸に二つ、気持ち良く通った。


 ラスクが寄票を握って笑い、トーベンは寄せ旗の鈴を磨き、カイは黒匣の触接を締め直す。

 ザハラは翻署で救助歌の祭版を考え、ハーシュは海難見本として紐に吊るす札の角を太らせた。

 ギータは御者台で帳面を叩く。「見出しは“誰も一人で沈まない——共船の約定”」

 ノアは潮の匂いを嗅いで、「水は分け合うと軽い」と言った。

 わたくしは頷き、長長短を一打。喪ではない、働きの拍だ。


 靴は今日も汚い。白と黒と土に、薄群青(寄せ旗)と塩の結晶が付いた。

 なら、やっぱり、正しい。


【辺境KPI / 第19話】


塩産出量:0.79 → 0.78(荒天による一時遅延/投荷による損耗)


用水稼働率:53% → 53%(海路遅延の影響を港内動線で相殺)


共船・海難指標(新):

 - 共船宣言 3/損票 作成 3/寄票 配布 27

 - 黒匣“機歌”検出 1 →公開解体


割り前 遅拍解消率 92%/事情記入率 81%


寄点 累計 114(救助側・夜警・笑線整備へ)


治安指数:75 → 76(黒匣偽装摘発/事情化)


ガバナンス:共船票 運用開始/損の歌 採択/寄せ旗/救助旗 配備(港・遠市 合計 19)


市場・遠市:救助歌 翻署 導入/橋印(海路) 便 7/割り前 公開計算 会 2


住民満足度:+0.97(公開計算 参加 356/寄せ旗 鳴子満足 +0.91)


次回予告:「海難と平均出合——“喪”を越えるくだり」。規模の大きい海難で、王都が標準書を求めてくる。“損の歌”の条文化、黒匣の検認、救助の値。喪の拍を避けつつ、詩を法へ渡す。

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