第18話「紙は海を渡る、音で数える」
潮の匂いに、見知らぬ金属の薄い甘さが混じった。
港務所の台の上に、他王国の硬貨が小山になっている。銀に見えて銀じゃない。紙片に見えて紙じゃない。
——外貨が、海ごと流れ込んできた。
「換金の列、伸びっぱなし」ハーシュが額の汗を袖でぬぐう。
「“王都と遠市の値付けは拍で読めるのに、外は耳が滑る”ってさ」
「耳を滑らせない仕組みを出します」
わたくしは机を外へ引きずり出し、角をさらに太くした。紙の表面は潮で気持ちよく重い。見出しは長く、海風に負けない。
「換手規格・初版——拍為/外貨CRC/偽金“音位”」
章は四つ。
一:拍為——為替を“拍”で刻む
二:外貨CRC——音と透かしの確認拍
三:橋印拡張(海路版)——“海道札”と翻署FX
四:公開“両替見世物”と偽金対策——音位の等級/斜光・塩印
ギータが鼻を鳴らす。「“為替を拍で?”」
「値は言葉、為は翻訳。翻訳には拍が必要です」
ノアは水位棒に沿って指を滑らせ、「海は脈が長い。確認拍を二度に増やすといい」と言った。
◆
一:拍為
板に大書する。
基準拍を双CRCへ。
- 辺境基準:短短長 + チ(一度目)/灯脈(二度目)
- 外貨基準:トン・カッ・トン + ツ(一度目)/紙透かし(二度目)
通貨レートは**“拍幅”で表す。
- 一拍幅=白小瓶一。
- 辺境銅一枚=0.6拍幅、遠市鼓銀=2.8拍幅、海沿い他国の“薄銀”=?(検査待ち)。
変動は“揺”で示す。±一小チ以内は平常**、二超で**“静”を挟む。
掲示は“拍為板”。灯の脈と連動し、確認拍が抜けると板の角が赤**で光る。
サト婆さんが笑う。「耳がわかれば、目も手も追いつく」
ジュードが木槌を回し、「拍幅の板、角を厚く。偽の拍は角に負ける」
◆
二:外貨CRC
こいん(硬貨)は音、ペイパ(紙片)は透。
こいんCRC:
- “鳴”——板の上で一指弾。澄/鈍/嘘。
- “啼く”——二指で挟みねじり。薄銀は泣かない、真銀は細く啼く。
- “撫で”——縁を撫でて段を見る。段なしは偽の疑い。
ペイパCRC:
- “透かし”——斜光で見る。水目が拍のリズムに並ぶものは正規。
- “鳴”——紙弾のチ。繊維混の角太は短く鳴る。
- “香ぐ”——塩水を指先に付け軽く撫でる。正規は香が出典を語り、偽は沈む。
結果を音位で等級化。甲(澄)/乙(並)/丙(鈍)/丁(嘘)。
“丁”は即“切”。公開で事情を紙に。名を求める。
ハンクが目を輝かせた。「斜光灯、作る。角度は四十五固定。影拍も見える」
◆
三:橋印拡張(海路版)
海道札を道札に増設。
- 表:潮路図/風筋/寄港の名。
- 裏:拍為の記録(灯脈で刻むバー)。
- 橋印は錨の小印、翻署FXは**“為”の字**。
STT-FX(Song Translation Table – Forex)を掲示。
- 短=トン、長=カッ、チ=ツは共通。
- 禁則:長短長は他国の喪に近い合図につき禁止、代替は短短長。
翻の旗の端に小チ(翻CRC)を縫い、外貨の翻訳者は**“為署”**として名を残す。
ギータが口上を作る。「見出しは“為替は翻訳、名は橋”」
◆
四:公開“両替見世物”
天幕に長机、斜光灯、拍為板、基準拍塔。
列の先頭は、海沿い他国の女商人。名はサーラ。
「薄銀を鼓銀に替えたい。拍幅は?」
ハーシュがこいんCRCを順に通す。鳴は鈍、啼かず、段が浅い。音位=丙。
拍為板が灯脈で小赤。
わたくしは短短長+チ、サーラはトン・カッ・トン+ツ。
「丙は拍幅が薄い。“静”を一拍置き、分を減らして受ける。事情を空白に——“港の薄銀、今年は粗い”」
サーラは肩を竦め、「名は残す」とだけ言って署名した。汚い字は、強い。
次は紙束を抱えた若者。
「“青猟券”、遠市でも通用」
斜光灯で透かす。水目の拍がずれている。紙弾のチが長い。香は沈む。
——丁。
リースが**“切”を一拍。人垣が静かに割れる。
「名をください」
若者は唇を噛んで、「名:エド。海沿いで“現金化早い”って……」
「事情の空白へ。罰は灯と“斜光灯”磨き**。紙は見本として吊るします」
群衆の怒りは一拍で笑いへ。見せ物にすると、噂は道具になる。
◆
午後、事件が来た。
港の荷から**“鐘銀”が出た。見た目は完璧。鳴は澄**、段も正しい。
なのに、拍為板の灯脈が赤で警告を出す。
——音が良すぎる。
ジュードが指で弾き直し、「歌わない音だ」と眉をひそめた。
ノアが水を一滴、銀の縁に落とし、耳を寄せる。「啼き方が均質。人の音じゃない」
「音位の下に**“律”を足す」わたくしは即興で書く。
音位:甲/乙/丙/丁
律:人歌/石歌/機歌
鐘銀は音位=甲**、律=機歌。——偽。
機歌は音が正しすぎる。確認拍の微妙な揺れがない。
機歌は刃向けの対象。公開解体へ。
ハンクが小さな切り溝を銀の縁に入れた。中から鉛、上に銀膜。
角が歌い、偽は沈む。
港の柱の陰で、若い男が肩をすくめていた。
「名をください」
「……名:シド。鐘銀で拍を早くしたかった」
「早い拍は喪の親戚。事情を空白へ。罰は**“拍為板”の更新手伝い**」
汚い字は、強い。強い字は揺れを持っている。揺れは人歌だ。
◆
海道札での初渡。
渡為一便は薄銀→鼓銀、青猟券→香珠券、鼓番翻署付き。
橋印に錨、為署にザハラの汚い字。
STT-FXで短短長+チ⇄トン・カッ・トン+ツ、灯脈で二重CRC。
途中、風食丘で砂声袋が再び見つかる。音を吸い、確認拍を曖昧にする古い手。
若耳が指弾二回で翻CRCを通し、婆さんが無音窓を挟んで十呼吸。確認は戻る。
——確認が戻ると、利も為も戻る。
遠市商館の前で両替見世物・第二幕。
鼓銀の**“啼”と香珠券の“透”を並べ、音位/律を掲示。
商館長は相変わらず口を尖らせていたが、機歌の鐘銀が割れて鉛が出るや、眉がわずかに落ちた。
ザハラが鼓でツをひとつ。「“機歌”**、覚えた」
◆
夕刻、港の風が落ち、拍為板の灯が平常で脈打つ。
両替見世物で集めた偽金/偽券は、見本として天幕に吊るされた。角太の札が横に事情を語る。
甲・人歌の正規は歌う。丁・機歌の偽は怒らない。怒らない音は、詩を嫌う。
監督官ヴァレンが、斜光灯の影を跨いで現れた。
「外貨の数字を見せてくれ」
「為替KPIを新設しました」
板には拍幅変動、外貨CRC合格率、音位“丁”摘発、律=機歌検知、翻署FX精度。
ヴァレンは頷き、灯脈のリズムに合わせてチを一度。「鐘銀の機歌、いい学びだ。王都でも**“律”**を導入する」
「詩は規格の隙を埋めます」
「知っている」
◆
終盤、海商組合からCRが飛んできた。
CR-FX-01:音位判別の手順(鳴/啼/撫の順)
CR-FX-02:機歌検出の**“均質度”基準(再鳴の差が小なら機歌**)
CR-FX-03:斜光灯角度は四十五±一、光源は水灯二芯
CR-FX-04:塩印——塩水を微量含ませた印泥で為署を押す。偽券は滲む。
ハンクが笑う。「塩は通貨にも友だちだな」
ギータは御者台から声を張った。
「見出しは“紙は海を渡る、音で数える”。——角は分厚いまま!」
◆
夜。
基準拍塔が短短長+チ、灯脈で確認。
拍為板は平常、外貨CRCの札には甲・乙が多く並ぶ。丙は控え、丁は見本として吊るされる。
海道札の潮路図は白線で光り、橋印の錨が小さく歌う。
子どもが斜光灯を磨き、婆さんが耳印“軽”を掲げ、若耳が為署の字を練習する。
——汚い字は、強い。強い字は通貨になる。
ノアが触索に指を置き、「水は歌で量れる。金も歌で量れる」と言う。
「歌は信用の音訳です」
「信用は名の温度」
彼は小さく笑って、チをひとつ。確認拍は、海にも効く。
リースが剣の柄をコツン。「夜番、両替路の**“切”は二拍。丁・機歌は即封**」
ジュードは刻印台で錨の角を深く彫り、ハーシュは**“拍為板”の脇に“為署”**の名札柱を増やした。
ギータは帳面を閉じ、「角の手触り、今日は潮でいい具合」と笑う。
靴は今日も汚い。白と黒と土に、銀粉(鐘銀の破片)と塩の粉が付いた。
なら、やっぱり、正しい。
【辺境KPI / 第18話】
塩産出量:0.79 → 0.79(為替導入の混乱最小化/物流平常)
用水稼働率:53% → 53%(変化なし/港門の両替待機を“静”で緩和)
為替指標(新):
- 拍為板 平常率 93%(±一小チ以内)
- 外貨CRC 合格率 88%(こいん:91%/ペイパ:84%)
- 音位“丁”摘発 11(律=機歌 7)→事情化 11
- 翻署FX 精度 +0.91(二重CRC一致)
治安指数:74 → 75(鐘銀摘発/青猟券偽排除/影帯→名帯 継続)
ガバナンス:STT-FX 採択/海道札 運用開始/CR-FX-01〜04 採択
市場指標:薄銀→鼓銀 両替 147件/香珠券 導入店 23/為署 名札柱 登録 39
文化・教育:斜光灯 磨き手 26/音位・律 読み合わせ参加 201
次回予告:「共船の約定——海の損失を“歌”で割る」。海難、沈み、遅れ。保ち合いと平均出合。**“損の歌”と“寄せの旗”**で、誰も一人で沈まない仕組みを作る。




