第17話「春の利根(りね)、影の利に光を」
雪が薄紙みたいに剥がれて、畦の土が指を出した。
冬は、湯で越えた。春は、利で転ぶ。
——前貸し、後払い、先渡し、掛け。**“いま”と“あとで”**をつなぐ橋は、甘くて、折れやすい。
「先渡しの札、増えてる」ギータが御者台の上で帳面を閉じる。
「冬前に“香味強を三十”って約束で、春に香草が足りない家が出る。値は上がる、約束は重い、胃は待てない」
「約束は殴らない。殴るのは手順違反だけ」わたくしは外に机を出し、角をさらに太くした。
見出しは、少しだけ勇ましい。
「利根票・初版——貸し借りは“名”で回す/拍で利を刻む」
章は四つ。
一:利根票(本票・分票・橋票)
二:拍利——利の拍化/“遅拍”の手順
三:公示と事情(掲示=光、影=空白)
四:影貸対策——“影拍”検査と名帯
「利根票?」ジュードが眉を上げる。
「利の根っこを紙に出す票です。名を背骨に、拍で筋。角は刃。——影は写らない」
ノアが頷き、棒で地面に四拍を書く。「焚→湯→食→眠みたいに、借→働→返→休だな」
「休が入るの、いい」リースが笑う。「息継ぎのない約束は、溺れる」
◆
一:利根票
机の上に三種の札を並べる。
本票:額・品・名・拍・返期・遅拍(猶予)・事情空白・反故CRC(破るときの公開手順)。三者印(貸・借・相互監査)。
分票:本票を拍で分割。短短長×三=一分。返のたびに角を小さく削る。削角が履歴になる。
橋票:遠市との連結用。翻署欄付き。STTの利版(短=トン/長=カッ/チ=ツ)。橋印を焼く。
紙は角太、香るラベルと同じ繊維を一部混ぜ、指で歌う。偽は爪で折れる。
「反故CRCって?」ギータ。
「“破るときの確認拍”です。事情が積んだら、逃げる前に公開で拍を一打。誰でも出せる“切”の親戚」
「破るのに手順があると?」
「破綻は事故。事故には手順が要る。名を残すために」
◆
二:拍利
利を拍で数える。
基準は**“短長短=月”。
一月ごとに“小チ”一つ=拍利一。免旗や寄付点で減拍**(利下げ)。影に出る加算は禁止。
遅拍:遅れた拍は**“白円(静)+小チ”を一回挟んでから返す。遅延罰は笑線整備や夜拍の寄付点に変換。
上限:拍利は三が上限**。越えは反故CRCの対象。
税は段で薄く。逆進はしない。
名の横に**“拍利”が並ぶと、利が音楽**に見える。音楽は、嘘を嫌う。
サト婆さんが鼻で笑った。「利を音で数えるっておかしいようで、耳は嘘に敏いからね」
ノアが追加する。「水位棒にも拍利を刻む。水も利も、溜めすぎは腐る」
◆
三:公示と事情
掲示板に**“利根板”を打ち付ける。
名は表**。額と返期は角太。事情は空白で太い。
“返了”の拍が入るたび、分票の削角が掲示板の下に落ち、子どもが拾って糸に通す。返角の紐。
返角が多い名は、春風の中でカラカラと鳴る。
鳴る名は、温度がある。
「晒すの?」小さな声。ラスクだ。
「晒すのではなく、抱える」わたくし。「事情は罰でなく詩。——事情が書けるなら、利は薄くなる」
◆
四:影貸対策
旧ギルドが回していると噂の**“影貸”。
——紙は薄い、角は弱い、名はない。利は影拍で増える。拍の間に半拍を挟み、気づかせず増やす。
対抗は三つ。
影拍検査:紙を斜めに透かし、半拍の水目を探す。指弾すると“チ半”と濁る。
名帯:貸与の帯**。帯旗に名を刺繍。譲渡不可。橋票へ連結可。
抹消手順:反故CRCで影貸を光へ移す。“影→事情→名”の三段。罰は灯と返角の労。
ハンクが紙を掲げる。「影拍は角で殺せる。角太は半拍を潰す」
ジュードが笑う。「影ってのは、角が嫌いだ」
◆
読み合わせ。
人垣が春の光を反射して、掲示板の角がまぶしい。
利根票の見本を一枚、わたくしが自分の名で書く。
「借:セリーヌ工房→貸:女主人ミナ/品:香味“中”十/返期:短長短×二(月二)/拍利:一/遅拍:白円一回まで/事情:工房人手不足→耳学校へ二人寄付」
——見本の札が付いて、角はさらに太った。
最初に列へ来たのは、塩湯壺を運んでいたベン。
「湯権の返礼で小瓶五。利は拍一でいい?」
「拍は一、寄付点があるから半分は免。返角は笑線で取れる仕事に変換」
彼は分票を握り、「角、気持ちいい」と笑った。
二番目、旧ギルド系の商人が来た。
「影貸じゃない。“早返し割”だ。半拍ごとに利が増えるが、早く返せば得」
ギータが鼻で笑う。「半拍は影拍だよ」
わたくしは紙を透かし、水目の細い筋を見せた。
「“チ半”が鳴ります。——影です。反故CRCを開きます」
公開解体。
半拍の増殖を書き直し、“短長短×二(=月)”で拍利を再計算。事情欄を開き、“卸先の“喪”で遅延”と書かせる。
名は汚いが、強い。影が名になった瞬間、利は音楽になった。
◆
——事件は、遠くから来た。
遠市で**“影帯”が出回った。名帯に似せた黒帯で、翻署なし、譲渡自由。鼓番の若い者が数本を握って震えている。
ザハラから翻署が飛び込む。「“影帯”、喪の家に刺さる。名が外れ**る。助言、急ぎ」
「橋票で受け直す」わたくしは即答する。
渡便を組み、橋印を焼き、“影帯”→“名帯”の交換所を丘に設ける。
交換の拍は長長短+ツ。
翻の旗に小チ(翻CRC)を追加。名の刺繍をその場で縫い、香珠/鼻印と相互監査で連署。
影帯は事情に吸い込む。“影→事情→名”。角の紐で封じる。
交換所の列の端で、影帯を配っていた男が走った。
リースは**“集”で包囲、“止”で締める。
男は叫ぶ。「名なんか寒い**! 影は軽い!」
サト婆さんが笑う。「軽いものは風で飛ぶ。名は重いから、湯で温まる」
男の肩が落ち、名が紙に落ちた。汚い字は、強い。
◆
利根票の運用はゆっくりだけど進んだ。
分票の削角が糸に通され、返角の紐は橋印の柱に下がる。
拍利は一〜二が多く、三は少ない。四は反故へ回る。
遅拍は白円+小チで呼吸を取り戻し、罰は笑線や耳の学校の寄付点へ変わる。
——罰が仕事に変わると、人は笑って返す。
それでも一件、反故が来た。
女が涙で本票を濡らし、“切”を一拍、静かに打った。
事情欄に“喪:父”、“病:子”。
返角は三つ戻っている。拍利は一。
わたくしは反故CRCを読み上げる。「破るときの公開手順——事情を掲げ、名を残し、寄付点で再開の小票を渡す」
ギータが**“再開小票”を刷る。角は薄いが、太くなる余地がある。
群衆の怒りはすぐ静になり、静は拍**へ戻った。
◆
王都監督官ヴァレンが来た。
彼は利根板の前で立ち止まり、返角の紐の音を一度だけ鳴らした。
「上限利を拍で刻む。明快でいい。“一律上限”にしたいが、事情は総則に入らない。——“反故CRC”を王都の商法の試行に入れよう」
「名の温度は、条文を温めます」
彼は横目で笑い、「詩で殴ると言うが、利には詩がいる」と言った。
「利は時間の翻訳です。翻訳には詩が要る」
彼はチを一つ、軽く打った。
◆
遠市でも利根が回り始めた。
STT(利版)の“短=トン”, “長=カッ”, “チ=ツ”が、鼓の皮の上で利に化ける。
拍利はツで数え、遅拍は白布符で示す。香珠/鼻印は利根票の裏で香り、影帯は翻署で死ぬ。
ザハラが翻署に汚い字で書いた。「利は拍、喪は禁。影は角に弱い」
汚い字は、強い。
◆
影貸の最後の牙は、“連鎖”だった。
——子票に子票、子子票。名が薄まるほど、利が濃くなる。
わたくしは机の角をさらに太くして、「連鎖禁止・一手戻し」を掲げる。
分票の再分割禁止。橋票は一橋のみ。連鎖は反故CRCへ。
一手戻し:子票は本票へ戻して再設計。事情を空白に集める。名を太くする。
ギータが口上を付ける。「見出しは“薄まる名には、太い角”」
旧ギルドの若造が舌打ちした。
——舌打ちは音だ。音は拍に吸われる。拍は返角で歌う。
若造はやがて、分票の削角を一本拾って、糸に通した。汚い動作は、強い。
◆
夕暮れ、利根板の前。
返角の紐が風で微かに鳴り、香味の匂いが薄く戻る。
湯権の札が薄茶で光り、免湯旗が淡く揺れる。
税旗は端に寄り、翻は丘に向く。
拍は短く、確認拍は小さく。利は音楽になって、詩に抱えられている。
ノアが触索に指を置き、「水は返る先がある。利も返る先を作った」と言う。
「利は感謝の代用です。感謝は笑で払う。利は拍で払う」
彼は短く笑い、小チを一つ打った。小さい確認拍は、気持ちがいい。
リースが剣の柄をコツン。「夜番、利旗(緑の細帯)も持ち回り。影帯は黒で即時停止」
ジュードは刻印台で**“利根”の字の角を深く彫り、ハンクは影拍検査灯**(斜め光)を組んだ。
ギータは御者台で帳面を叩く。「見出しは“利は拍、名が根”」
わたくしは手帳を閉じる。
白と黒と土の靴に、今日は緑の細帯(利旗)の粉が付いた。
——なら、やっぱり、正しい。
【辺境KPI / 第17話】
塩産出量:0.78 → 0.79(先渡し再設計で作業計画の乱れ減)
用水稼働率:52% → 53%(返角の紐/分票運用で受渡しタイミング平準化)
金融・信用指標(新):
- 利根票 発行 本票 83/分票 241/橋票 19
- 拍利 分布:1=62%/2=33%/3=5%/>3=0%(反故CRC移行)
- 遅拍 解消率 91%(罰→寄付点置換)
- 返角 紐 長さ累計 312角(返済の可視化)
治安指数:72 → 74(影貸摘発 7→事情化 7/影帯→名帯 交換 23)
ガバナンス:反故CRC 公開運用 開始/連鎖禁止・一手戻し 採択/拍利上限=3 明文化
市場・遠市:STT(利版) 遵守 96%/影帯 鎮静化/橋票 翻署 精度 +0.9
住民満足度:+0.96(利根読み合わせ 参加 287/返角糸 通し手 114/事情記入率 58%)
次回予告:「紙は海を渡る——“外貨”は歌で数える」。沿岸の他王国から硬貨と紙片が流れ込む。換手と拍為、橋印の延長で為替を詩にする。偽金の牙、音で折る。




