表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
辺境開発公社・悪役令嬢課――断罪されたので国を黒字化します  作者: 妙原奇天


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/25

第16話「蓄は設計、熱は通貨」

 朝の空は薄い鉄の色。塩皿の水面は針のように静かで、指先に触れる空気が固い。

 ——冬が来る。

 塩は保存の筋肉。けれど冬は、熱で筋肉を動かす季節だ。熱の道、熱の通貨、熱の規格。やる。


「薪が足りない、って顔だね、課長」

 ギータが御者台で手をこすりながら笑う。

「足りないのは、薪じゃなくて設計です」わたくしは机を外に出し、角をさらに太くする。紙の上の見出しは長く、でも寒さに強い。


「冬支度・初版——“蓄”の設計/熱の道歌/湯権と免湯」


 章立ては四つ。

 一:薪規格・炭規格(乾き/密度/灰の出典)

 二:蓄熱ちくねつ器の規格——“塩湯壺”と“石床”

三:熱の道歌(焚→湯→食→眠 の四拍)

四:湯権ゆけんと免湯旗、暖簾のれん台帳


「熱にまで歌をつけるの?」ジュードが半笑い。

「歌は骨。冬は骨が痛むから、骨を先に置きます」

 ノアが水位棒に手を当てる。「水も熱を運ぶ。道歌に湯を入れよう」



 一:薪規格・炭規格

 掲示板にでかでかと出す。

 「薪規格・初版」

 - 長さ:肘一つ分(※子どもは二つで一本)。

- 含水:“粉の息”の竹筒を逆用、息を当てて紙が二十以下。越えたら**“静(白円)”+乾き棚**。

- 密度:沈み試験(桶に入れて半分沈むが合格)。軽すぎは火力弱、重すぎは水もらい。

- 皮:痛み皮は剥ぐ、守り皮は残す。

- 灰の出典:焚いたあと灰の色・触り・音(握ってサラサラ)を記録。灰印を灰袋に押す。

 「炭規格・初版」

- 火持ち:拍で測る(短短長×十を一持)。

- 割れ:“チ”で指弾、澄んだ音は合格。

- 灰:白灰は塩湯壺へ再利用、黒灰は畦の凍み止め。


 サト婆さんが鼻で笑う。「灰印なんざ聞いたことないけど、いいねえ。灰にも名の居場所が要る」

 ハーシュが港務所から樽を転がしてくる。「沈み試験の桶、十個持ってきた。印交換は港・公社・炭焼きの三者印」



 二:蓄熱器の規格

 塩湯壺えんとうこ石床せきしょうを設計。

 塩湯壺:厚い陶壺に薄塩水を満たし、底に石。昼の焚き火で温め、夜に湯気で放熱。湯印を壺の肩に押す。

 石床:薄い板石を床下に敷き、昼の日と酒場の火で温め、夜は足へ返す。触接で静電を逃がす。

 「蓄熱器 規格・初版」

- 湯印:温印おんいんを導入。手の甲を湯気に当て十呼吸後、ぬくあつの三段。印は指形。

- 湯のCRC:“ぽん”(手の平を壺に軽く叩き、水音が二度返ること)。抜けは要確認。

- 石床:脈で温む(短長短で温脈)。温印が透以下の日は薪×一束を追加。

- 安全層:静(白円)と無音窓、換気、触接。火は水灯準拠。


「“ぽん”て音、正式に入れるの?」リースが苦笑。

「声は資産です。冬は舌より手の**“ぽん”が信用されます」

 ノアが頷く。「水の音速は温度で変わる。“ぽん”はCRC**になる」



 三:熱の道歌

 板に大書する。

 焚→湯→食→眠。

 :短短長+チ(火入れCRCと同じ)。

:短長短+“ぽん”(確認水音)。

:長長短+チ(基準拍塔の灯が脈)。

:静(白円)+小“チ”(就寝確認)。

 ——四拍の熱循環。昼に蓄えて、夜に返す。

 道札の裏に熱の穴を追加。穴は丸(湯)と四角(焚)と三角(食)と無結(眠)。触っても読める。


 ギータが口上を作る。「見出しは“熱は通貨、湯は署名”」

 ジュードが木槌で壺の縁をぽんと叩く。「音が腹に気持ちいいな」



 四:湯権と免湯、暖簾台帳

 冬の弱い名を守る仕掛け。

 湯権:昼の焚→湯の回に壺を共用する権利札。帯旗(税旗)の隣に湯旗(薄茶の円)を掲示。

 免湯旗:白地に薄茶の斜線。立ち上げ三十日/乳飲み子/病に免。免は誇り。

 暖簾台帳:湯屋・飯屋・酒場の暖簾の名と出典を記す。旧ギルドの“暖簾売り”対策。

 - 暖簾印:角太の布札。“のれん”の裂け・色・匂い・端の縫いを記録(布出典)。

- 連署:店主/仕込み人/相互監査+料理組合。橋印は扉に焼く。

- 偽暖簾は**“音”がない**(布を弾く音が弱い)。**“笑線”**の読み合わせで公開検分。


 ミナ女主人が腕を組む。「暖簾売りね。“名の外注”は味を薄くする」

「味は時間の投資。暖簾は時間の布。出典を書けば、借りても薄くならない。借りを隠すのが悪です」

 ハンクがにやり。「布出典票、刷っとく。角は分厚いぞ」



 読み合わせの人垣に、冬の吐息が混じった。湯旗の薄茶は目に温かい。免湯の白茶は胸にやさしい。

 そのとき、港から二つの知らせ。

 ひとつ、薪の寄進の列。寄付点がたっぷり付いた束。

 もうひとつ、旧ギルドの“暖簾売り”の口上。

 ——「王都直伝“暖簾”。温印不要。“名”も不要。一幕三枚、即日開業」

 名のない暖簾は影だ。影は冬に長い。


「見せ物にしましょう」わたくしは言う。「暖簾検分」

 笑線の隣に暖簾線。布を指弾して音、香るラベルを擦って匂い、端の縫いで指の引っかかり、布出典票で名。


 最初の偽暖簾は、音が弱かった。ぽそ。

 次の正規暖簾は、角が歌い、糸がちりと鳴った。

 群衆は笑いながら学び、拍で記憶する。

 ——学びは笑いに似て、速い。



 昼、熱の道歌——試運転。

 焚(短短長+チ)。薪の含水が二十を切っているかを粉の息で確認。

 湯(短長短+ぽん)。塩湯壺の温印は温、湯のCRCのぽんは二返。

食(長長短+チ)。香味塩“弱”で粥を回す。鼻印が浅で並ぶ。

眠(白円+小チ)。石床の温脈、短長短が静かに通る。

 湯権の札が行き交い、免湯旗の下で子どもと老人が一緒に湯気を撫でる。湯の詩は目に見える。


 ジュードが壺を軽く叩いて笑った。「ぽんで安心すんの、不思議だな」

 ノアは指を湯気に通す。「音は温度の影。影の形が規格になる」

 リースは兵に火見張りの交代を回し、触接の結びを二段に増やす。



 ——夜、事件は湯屋から来た。

 偽暖簾の店が免湯旗を勝手に掲げ、湯権を売った。

 「免は売り物じゃない」とギータ。

 わたくしは**“切”を一拍だけ出して列を止め、公開検分へ切り替える。

 暖簾線で布を弾く。音が弱い**。

 湯印を求める。温印がない。

 湯のCRCのぽんを打たせる。一返のみ。要確認。

 暖簾台帳を開く。——名がない。

「名をください」

 店主は唇をかみ、やがて汚い字で書いた。「名:ビオ。暖簾売りから買った。湯は薄い。旗で客は来ると思った」

「事情は紙に。罰は灯と湯壺運び。店は閉。免湯は真正の湯屋に振替」

 群衆の怒りは一拍で笑いに変わり、「ぽんが一つ足りなかったね」と誰かが言った。

 笑いは手順の味方。怒りは最初の燃料。


 その脇で、旧ギルドの男が暖簾売りの札を配ろうとした。

 ザハラの鼓番が**“喪”回避の旗を上げ、基準拍塔が長長短+灯脈で掲示**。

 リースが**“集”で囲い、“止”で締め、橋印の扉に男の名を紙で残す。「名:ディレ。事情は台帳へ」

 刃は違反にだけ向く。詩は抱える**。



 翌朝、王都監督官ヴァレンが来た。吐く息は白いが、声はいつも通り冷たい——拍に合っている。

「冬支度、数字を見せてくれ」

「KPI板と**“熱層”です」

 新しい列が並ぶ。温印“温以上”率、湯のCRC抜け、薪含水>20%の是正率、免湯旗 発行数、暖簾台帳 記入率。

 ヴァレンは頷き、「一律の“冬税”案を撤回する理由にしやすい。湯権と免湯の公開が効いている。——数字を続けてくれ」

「期限は?」

「冬の間。黒字で越せ」

「湯と紙**で殴ります」



 CRも増えた。

 CR-12:塩湯壺の塩度の幅(0.8〜1.2)。

 CR-13:石床の脈の最小回数(短長短×二十を一夜)。

CR-14:暖簾布の“角”に鈴糸を一本(音で真贋)。

CR-15:免湯旗の浮遊(御者台の上/子守の傍)

 角太の束は、冬に手を温める。



 中旬、雪が一度落ちた。

 熱の道歌は息をし、湯権の札は手から手へ、免湯旗は子どもの背でひらひら。

 石床が冷えた夜、温印は透へ下がり、“薪×一束”の追加が基準拍塔から灯脈で告げられた。

 湯のCRCは抜け0。ぽんは二返。

 暖簾売りは減り、暖簾台帳には汚い字の布出典が並ぶ。——汚い字は、強い。


 ラスクが小瓶を抱えて湯屋の手伝いに入り、トーベンが石床の触接を締め直し、カイが薪棚の含水を粉の息で測って回る。

 サト婆さんは若耳に手を当て、「静と眠を間違えるなよ」と笑った。静は止め、眠は受け渡し。詩の違いは骨の違い。



 遠市からも風が届いた。

 鼓番の家々に塩湯壺が入り、ぽんはツの横で通貨になった。

 香珠と鼻印は冬に静を好み、湯の上で香りを一瞬だけ返す儀式が増えた。

 ——香りは証、湯気は通訳。

 ザハラから翻署の紙が届く。「湯の“ツ”は二返で良し。喪には近づけない」

 STTの冬版に**“ぽん↔ツ”**の注釈が太字で追記される。



 終盤、旧ギルドが最後の牙。

 偽“温印”の焼き印を出回らせた。壺の肩に温の字を焼いて偽る。ぽんは一返。

 ギータが肩をすくめる。「音と紙に勝てる焼印はないよ」

 公開“湯検分”——ぽん二返/温印の手形/湯旗の位置/湯権の帯/布出典。

 偽温印は音で潰れ、紙で乾いた。

 事情を書いた若者の名はベン。「名のない暖簾に憧れた。名のある湯に戻る」

 汚い字が強く、冬は少しだけやさしくなった。



 夜。

 塩湯壺の湯気が短長短でゆっくり脈打ち、石床が足の裏から眠の拍を返す。

 基準拍塔は薄く灯り、長長短で食の片づけを締め、最後に白円が一枚ふわりと浮いた。

 湯旗の薄茶が月の下で温度を持ち、免湯旗の白茶が子どもの肩で揺れる。

 ——熱は通貨になった。通貨は歌で数え、紙で残る。名は重心。


 ヴァレンが壺のぽんを一回、無言で確かめた。

「黒字で越せそうか」

「ぽん二返が続けば、黒字です」

 彼は珍しく、ほんのわずかに手をこすった。「詩で殴るのを、湯で癒やすのだな」

「刃は違反へ。湯は人へ」

 彼はチを一度、静かに打った。


 靴は今日も汚い。白と黒と土に、薄茶(湯旗の糸)と灰の粉が付いた。

 なら、やっぱり、正しい。


【辺境KPI / 第16話】


塩産出量:0.77 → 0.78(冬前の在庫回転最適化/熱の道歌で作業時間平準化)


用水稼働率:51% → 52%(塩湯壺の補水サイクル整備/石床の熱回収で夜間搬出安定)


安全層指標:湯のCRC(ぽん二返)遵守 99%/薪含水>20% 是正 94%/静・眠 混同行為 0


住民満足度:+0.95(免湯旗 発行 61/湯権 配布 203/暖簾検分 参加 412)


治安指数:70 → 72(偽温印摘発 3→事情化/暖簾売り排除 4)


供給鎖指標:熱の道歌 実施率 92%/湯旗掲示店 37/暖簾台帳 記入率 88%


財務指標:冬税案 撤回見込み(根拠:温印・湯権・免湯の公開KPI)/燃料寄付点 使用率 61%


文化・技術:温印(手形)普及/**ぽん↔ツ(冬STT)**採択/布出典票 運用開始


次回予告:「春の利根りね——貸し借りは“名”で回す」。冬を越えたら前貸し/後払いが動く。先渡しの罠を**“利根票”で解体し、信用を拍と角で可視化。そこへ旧ギルドの“影貸”**。名の温度で、利を澄ます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ