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第7章――戦闘試験

レオニダスは静かな展望室に立っていた。そこは純白の訓練室を見下ろす、洗練されたオフィスだった。

目の前のガラスは一方通行で、下にいる人物からはこちらは見えない。

腕を組み、視線はずっと下の空間に注がれている。

部屋自体は質素だが品があった。くつろぐためというより、仕事をするための場所。

白く清潔な壁。

脇のカウンターには科学的な器具が整然と並び、壁の奥には淡く光るデジタルホワイトボードが静かに待機していた。

机の上には小さな名札が置かれている。

ソウタ・タナカ

そして、その名札のすぐそばに——本人が立っていた。

ソウタは二十代後半ほどに見える若さだった。だが、その瞳は多くの世界を見てきた者の深さを宿している。

見た目はごく普通の日本人。背は高くも低くもなく、特別鍛え上げられてもいない。だが、どこか愛嬌のある理系男子のような可愛らしさが顔立ちに滲んでいた。

丸いワイヤーフレームの眼鏡。その奥で、柔らかな目がきらりと光る。

真っ白な白衣の下にはシンプルな黒いシャツ。

少し乱れた焦げ茶色の髪は、寝起きのようにも、徹夜明けのようにも見える。おそらく両方だろう。

ソウタは眼鏡を指で押し上げながら、レオニダスに視線を送った。

レオニダスは下を見たまま口を開く。

「今回は助かった」

「もちろんです」ソウタは穏やかな声で答えた。「私も彼に会えるのを楽しみにしていましたから」

訓練室の中では、ハルが肉体的・精神的な総合評価を受けていた。

二人はその様子を上から見守る。

もう一時間以上が経過している。

走力、持久力、打撃力、反応速度、調整力、認知シミュレーション——次々と試験が進む。

今回は能力の使用は禁止。あくまで「地球人としての基礎」を測るためだ。

持ち上げる力? 年齢相応の平均。

走力も同じく平均的。

だが持久力や筋持久力は平均以上。

これはレオニダスによる長年の訓練の賜物だろう。

バランス感覚と敏捷性も安定している。

打撃力は突出してはいないが、明らかに一定の技術とコントロールがあった。

器用さと空間認識力は予想以上。戦闘経験がないにしては高い数値だった。

精神面の評価も高い。

学力は科目によって波があるが、生の知能、パターン認識力、適応力、発想の柔軟さは鋭い。

さらにシミュレーションによって判明したのは——感情知能の高さだ。

自己認識。洞察力。状況を瞬時に読み取り、対応を変える力。

それらはかなりの水準にあった。

だが、それもあくまで「地球人」としての範囲。

多元宇宙の中では、まだまだ控えめな出発点にすぎない。

「素質は十分ありますね」ソウタは腕を組み、浮遊ディスプレイにメモを打ち込みながら言った。

「少なくとも地球の少年としては」

そして独り言のように呟きながら操作を続ける。

「筋力——特に押す・持ち上げる・瞬発力は下位寄り。無酸素運動とパワー系の特訓が必要です。

体脂肪を少し落としてもいいでしょう。動作効率は向上するはずです。特に後鎖筋と体幹安定筋群を——」

レオニダスは横目で見やる。ソウタはもう完全に分析モードだ。

「——ただし固有受容感覚は強く、敏捷セットから得られた運動感覚フィードバックは高レベルの運動制御へ育てられるポテンシャルを示しています。これに社会的圧力下での神経・感情反応を組み合わせると——」

半分も理解できなかったが、レオニダスは笑みを浮かべた。

天才が甥のために本気で頭を使っている。それが妙に嬉しかった。

——だが、次は本番だ。

スカイラがハルの方へ向き、冷静な声をかける。

ハルは訓練室の中央に立っていた。

今は学校の制服ではなく、身体にぴったりと張り付く高機能スーツ姿。

予想外に快適だが、一日の疲れは重くのしかかっている。

学校。

地球からの出発。

新しい世界への到着。

一時間以上続く試験。

もう、足も腕も鉛のようだ。

スカイラは平然とデータパッドを構えたまま告げる。

「これが最後の試験です。相手は“運動型ホログラム”になります」

言葉と同時に、空間に異形の人影が現れた。

男女の要素が混ざったような、人工的に整いすぎた光の人形。十体以上、いや二十近くか。

無言で彼を取り囲む。

「波状で攻めてきます。心配いりません、実体はありません。攻撃を受けても痛みはありませんが、軽い圧迫感は残ります」

スカイラは続けた。

「課題は一つ——能力を使って、五分間でできるだけ多くの敵を倒すこと」

エメラルド色の瞳がハルを見据える。

「できますか?」

全身が悲鳴を上げている。だがハルは静かにうなずいた。

「結構。それでは私は外で見守ります。“スタート”と叫べばプログラムが作動します」

彼女が去り、扉が閉まる。

残されたのはハル一人と光の影たち。

金色の光が彼の瞳を満たす。

眼鏡を外し、肩を回す。拳を握り、軽く跳ねる。

「……長い一日だな」

疲労は限界に近い。それでも退く気はなかった。

「……さっさと終わらせるか」

深呼吸。集中。

「スタート」

光が弾け、全方位から影たちが突進してくる。

——まずは距離を作る。

左右へ滑るように移動。攻撃をかわし、接近を許さない。

動きを読み、角度を測り、死角を見抜く。

後退しながらデータを積み重ねる。間合い、リズム、癖。

——掴んだ。

マナが脈打つ。二つ目の心臓のように。

呼吸に合わせ、全身へ巡らせる。金の光が瞳に宿る。

「……やっぱ、いいな」

踏み込み、ジャブ。クロス。回し蹴り。掌打。

舞うように敵の間を抜け、流れるような連撃を叩き込む。

感覚が研ぎ澄まされる。動き出す前から敵の気配が読める。

「……試してみるか」

二体が同時に突進。ハルは身を沈めてかわし、体をひねって両掌を突き出す。

胸の奥でマナが沸き上がる。

——解放。

黄金の衝撃波が前方の敵を吹き飛ばす。だが同時に、自分も後方へ弾き飛ばされた。

背中から床に叩きつけられ、息が詰まる。

「これは……二度とやらん」

体が空っぽになる感覚。呼吸は荒く、筋肉は悲鳴を上げる。

二十体以上は倒したが、まだ終わらない。

上の観測室では——

「やるじゃないか」レオニダスが腕を組む。

「戦術的には最悪ですがね」ソウタが眉をひそめる。

「だが俺は感心したぜ。あの放出、教えてもいない」

「……独学で?」ソウタが振り返る。

「ああ。完全にな」

「信じられない……やっぱり父親譲りだ」

訓練室では、ハルが残りの力で必死に応戦していた。

動きは鈍く、パンチは重く遅い。足もふらつく。

光の拳が頬をかすめ、苛立ちだけが募る。

「……マジで悪手だったな」

渾身のオーバーハンドは空を切り、敵のカウンターが——

完璧な角度で、ハルの顎を狙って振り下ろされる——



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