表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/23

第6章――レガシーチャイルド

ハルがメインロビーへ戻るのに、そう時間はかからなかった。

すぐに叔父の姿を見つける。――

受付カウンターの前で、まだ(そして見事に)失敗しながら、フレイヤとの会話を試みている。フレイヤは、まるでレンガの壁のように無反応だ。

「だから俺は言ってやったんだよ、『どうやって俺を止めるつもりだ?』ってな!」レオニダスは身振り手振りを交え、興奮気味に話す。「そしたらそいつをコントロールルームの端から端までバックハンドでぶっ飛ばしてやって、街を水素爆弾から救ったってわけだ。」

「ほとんどの犯罪者ってやつはな、悪党ですらない。ただの馬鹿だ。わかるだろ?」

「へぇ。」フレイヤは画面から目を離さない。

「次にそんなやつに出くわしたら、顔面を壁に叩きつけて、多元宇宙中に配信してやるぜ!」

「へぇ。」

「でさ、フレイ、あの時の――おっと。」途中で振り返る。「おお、ハル!どうだった?」

フレイヤはちらりとハルに視線を向けるが、すぐに二人とも無視して画面に戻った。

「上手くいったよ。」ハルは歩み寄りながら言う。「番号をもらって、ラボに行けって。……見たい?」

ハルが右手を掲げると、レオニダスが一歩前へ出た。

淡く光る数字――87。

その瞬間、レオニダスの表情がわずかに揺れた。認識の色。そして、その軽口の奥に隠れた重みが、一瞬だけ見えた。

「……ほぉ。」小さく呟き、すぐに笑みに戻る。「よし、それじゃラボに行くぞ。」

「うん。」ハルは隣に並ぶ。

空気が変わった。わずかに。静かに。

けれど確かに。

その数字は、レオニダスの中から何かを引きずり出した――記憶かもしれない、言葉にならない何かを。

「じゃあな、フレイ。」レオニダスは片手を上げる。

返事はない。

ハルは一応手を振り、小さく微笑んだ。

フレイヤは顔を上げずに、ほんのわずかな笑みを見せた。

それだけで、ハルは少しだけ肩の力が抜けた。――悪くない第一印象だったのかもしれない。

すぐそばにエレベーターがあり、二人は足早に乗り込む。今度はハルが先に立つ。

右手を差し出し、自信を込めて告げる。

「はちじゅうなな。」

柔らかな黄金の光が脈打ち、扉が開いた。

中に入り、再び数字を使って操作盤を起動させる。目的地を選択。

――地下7階 ラボ。

エレベーターが動き出す。

胸の奥で、ドラムのビートのように階数表示のチャイムが響く。

ハルは背筋を伸ばし、口元に小さな笑みを浮かべた。

ようやく、自分の流れが来た気がした。

「そうだ、坊主。」レオニダスが何気なく言う。「覚悟しとけよ。」

「何の――」

次の瞬間、エレベーターが急降下した。

0階までは普通だった。しかし、それを過ぎた瞬間――

それは稲妻のように加速した。

魂だけが置き去りにされたような感覚に、ハルの視界がぶれる。

止まった瞬間、ハルは手すりを掴んで体勢を立て直した。

レオニダスも軽く頭を振って感覚を戻す。

「言っただろ。」

「……わかってるよ。」

扉が開く。ハルは瞬きをした。

予想していた「ラボ」とはまるで違う。

そこは広大な多層式の研究施設だった。

白く輝く壁と透明なガラスが延々と伸び、複数の棟へと繋がっている。

通路には様々な人々が行き交っていた。

滑らかなラボスーツの研究員、軍人のような者、戦士、学者……。

検査を受けに来た者もいれば、この施設で暮らしているような者もいる。

視線を向けるたびに新しいものが目に飛び込む。

檻の中で暴れる炉心。

調整中の浮遊型コア。

声に反応して変化する立体ホログラム。

そして隅の一角では、小さな異星生物たちが知能と運動能力のテストを受け、障害物を協調して回避していた。

もっと見たい――そう思ったが、レオニダスが肩を軽く押す。

二人は公衆エリアと内部施設を隔てるレール式ゲートへ向かった。

灰緑色の肌に鋭い黄色い瞳を持つ、背の高い火星人のような男が前に立つ。

「あなた方は民間人ですか?」穏やかだが確かな声。「許可がなければ、この先には進めません。」

「だ、大統領から許可をもらってます!」ハルは慌てて言い、ナルクルの助言を思い出す。「ナ――いや、大統領から!」

男の視線が鋭くなる。「番号は?」

「はちじゅうなな。」

即座に、ゲート上の透明スクリーンが点灯する。情報が表示され、アクセスが確認された。

火星人は姿勢を正し、深く一礼する。

「少々お待ちください。我々の主任科学者、スカイラ・ヴォルコフ様が参ります。施設長室までご案内いたします。」

そして脇の通路へと消えていった。

「主任科学者?」ハルが呟く。

「そうだ。これから会うのは運営責任者本人だ。」レオニダスはポケットに手を突っ込んだまま答える。

「名は田中颯太。並行世界の地球出身。本物の天才だ。誇張抜きで、多元宇宙でも指折りだ。」

胸に圧がかかる。確かに、高い期待だ。

「そのスカイラって人は?」

「彼の助手だ。俺も会ったことはないが、彼に匹敵する知性だと言われてる。お前、VIP待遇だぞ。」

ニヤリと笑う。「ガッカリさせるなよ。」

「……全力は尽くすけど、約束はできないな。」ハルは頭をかく。

しばらくして、彼女は現れた。

――美しい、の一言では足りなかった。

ハルとほぼ同じ背丈、ブーツ込みなら少し高いくらい。年齢は二十代前半だろう。

白衣を羽織り、その下には機能的な黒いフィットベストとタイツ。

象牙色の肌、流れるような金髪、丸眼鏡の奥には深いエメラルドグリーンの瞳。

数歩前で立ち止まり、柔らかく微笑むと、優雅なカーテシーを見せる。

「私の名はスカイラ・ヴォルコフと申します。スカイラとお呼びください。お会いできて光栄です。」

突然の美貌に、ハルは反射的に深くお辞儀をした。

「ハル・タダシマです!こちらこそよろしくお願いします!」

「落ち着け、坊主。」レオニダスが笑う。「よろしくな、スカイラ。」

「お二人にお会いできて光栄です。」彼女はハルを見て、穏やかに言う。「ハルさん?」

「は、はい!」

「ではこちらへ。テストと初期評価を始めましょう。」

「え、えっと……叔父は?」

「レオニダスさんは運営室に向かわれるはずです。そうですよね?」

「ああ、任せろ。颯太と合流してからそっちに行く。」

去る前に、スカイラは彼に大きめのマントを差し出した。

「これを着れば、制限区域も問題なく通れます。」

「助かる。」レオニダスはそれを羽織る。

ハルはちらりとスカイラを見た。白衣の下は動きやすい装備。それでも、自然と目を引く。

「準備はいいですか、ハルさん?」

「は、はい。」声が少し上ずる。

気持ちを切り替える。

今日は、あまりにも多くの期待が自分にのしかかっている。

集中しなければ。

スカイラの後に続き、光るパネルと未知の技術が並ぶ廊下を進む。

――ずっと感じていたことが、改めて胸に響く。

自分は金持ちでも貧乏でもない。天才でも落ちこぼれでもない。

どこにでもいる平均的な人間……そう思っていた。

だが、ずっと自分を孤立させてきた“才能”――理由もわからず、ただ異質さだけを与えてきたもの。

今なら、その意味がわかる。

自分はただの名もなき一人ではない。

――自分は〈レガシー・チャイルド〉なのだ。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ