第4章――会長
そこに、すべてを見下ろすようにそびえ立つ巨大な監視塔があった。
天を突く神槍のような建造物。超高層オフィスビルにも似ているが、その構造はもっと動的で、生き生きとしていた。堅苦しさも、企業的な冷たさもない。まるで生命を宿しているかのようだった。
彼らは塔の上層部のひとつへと近づき、側面の入口から滑り込む。そこは飛行船用の駐機場で、まるで空飛ぶ船のための巨大な駐車場のようだ。
レオニダスは通路をすいすいと進み、空いたスペースを探しながら、最後はほとんど投げやりなほど簡単に〈ピンサー〉を後部駐機させた。
普通なら、ハルは「宇宙船の駐車場って何だよ…」とツッコミを入れただろう。
だが今となっては、もう驚く気力すらなかった。
「アズラエル、お前も来るか?」レオニダスが声をかける。
「いや、やめておく。」猫はダッシュボードの上で伸びをしながら答えた。「意味がない。」
「了解だ。」レオニダスは小さくつぶやく。
「行くぞ、坊主。荷物は後で取りに戻ればいい。」
「どこに行くんだ?」ハルが眉をひそめる。
「決まってるだろ、大統領に会うんだよ。」レオニダスは気楽な笑みを浮かべた。「他に何がある?」
「……だよな。」ハルは皮肉混じりにため息をついた。
彼らは格納庫を抜け、レオニダスが右手のナンバーでゲートやセキュリティを次々と解除しながら進む。すべてがその数字に反応し、まるで霊的なキー・カードのように道を開いていく。
やがて、滑らかな白い大理石の壁と柔らかな金色の間接照明に包まれた、上品で効率的なロビーにたどり着いた。
受付カウンターの奥には、若い女性――いや、正確には女性型の何か――が座っていた。
狐耳を持つ少女。
明るい栗色の髪をきちんと後ろでまとめ、グレーのストライプスーツに紺色のネクタイ。
焦げ茶色の瞳、小さな唇、陶器のような白い肌。絶世の美女というよりは、どこかくたびれた可愛らしいOLという雰囲気で、その素朴さが逆に魅力的だった。
頬の端には薄くひげのような模様があり、彼女が顔を上げるとわずかにぴくりと動いた。
まるで異世界ラノベから抜け出してきたような存在。
ハルはぎこちなく微笑んだが、彼女は無反応だった。
「久しぶりだな、フレイヤ。」レオニダスが気楽に声をかける。
彼女は椅子にもたれ、目を転がすようにして返す。
「ええ……久しぶりね、レオ。」
「調子はどうだ、フレイ?」
「いつも通りよ。退屈。そして今は、あなたのせいで少しイライラしてる。」
「おいおい、それはちょっと手厳しいな。」
ハルは後ろで息を殺し、成り行きを見守った。
「で、こんな朝っぱらから何の用?」
「正午だぞ。」
「同じことよ。要するに興味ないってこと。」
「大統領に会いに来た。」
「……何のために?」
「新入りだ。大統領が会いたいそうだ。」
「新入りなんてたくさんいるじゃない。なぜこの子?」彼女の視線がハルに向かい、じっと見つめる。
「……やあ。」ハルは弱々しく手を振る。
無視された。
「特別だからだよ。いいから通せ。」
「予約が入っていれば通すわ。」彼女は淡々とキーボードを叩く。その端末は見た目こそ普通のPCだが、ハルは中身がもっと高度であることを願わずにはいられなかった。
「名前は?」
「ハル・タダシマ。」
フレイヤの目が再びハルへと向き、ほんのわずかに眉が動いた。すぐに画面へ視線を戻す。
「……通っていいわ。」
「ほら見ろ――」
「でもあなただけ。レオはダメ。」
「……は? なんでだ?」
「知らないわよ。私はただの受付だから。」
レオニダスはため息をつき、ハルの肩を軽く叩いた。
「まあ大丈夫だ。いつも通り礼儀正しくして、騒ぎは起こすな。何か変なことがあったらすぐ俺のところに戻れ。ラウンジで待ってる。」
「了解、叔父さん。」
「でも早めにな。退屈するのはごめんだ。」
ハルは目を転がし、背中を押されるようにして前へ進む。
「ついてきて。」フレイヤは無表情のまま背を向けた。
廊下は静まり返り、足音だけが響く。ハルは壁や床、そして彼女の後頭部を交互に見やった。
「大統領って、どんな人?」ようやく口を開く。
フレイヤは一瞬だけ振り返り、彼を観察するように見つめた後、また前を向く。
「優しい人よ。寡黙で、接しやすい。あなたに害はないわ。安心していい。」
「そりゃ助かる。失敗一発で処刑とかは嫌だからな。」
ハルは苦笑したが、彼女は何も答えなかった。
やがて、銀色の装飾と光の筋が走る大型ドアにたどり着く。
フレイヤは自分のナンバーをスキャナーにかざすが、その数字はハルから見えないように隠していた。
「どうぞ。」
ハルは頷き、中へ足を踏み入れた。
そこは今まで見た中で最も広い執務室だった。
半分は大統領執務室、半分は展望台。巨大なガラス越しにミヴツァル全域を一望でき、その壮大な景色が余すことなく広がっている。
「はじめまして。」ハルは視線を奥へ向けた。
部屋の奥に立つのは――人型のハゲタカ。
体型は人間のようにすらりとしているが、皮膚も顔もハゲタカそのもの。翼は見当たらない。
苔色のビクトリア風スーツに金の縁取り、真紅のネクタイ。左目には青銅のモノクルが光っている。
「おお……やっと会えた。レイコウとエスター・タダシマの息子にして後継者――ハル君だな?」
声はしわがれながらも温かい。
立ち上がったその姿は、軽く二メートルを超える長身。少し背を丸めているのに、威圧感は増すばかりだった。
「はい。」
「私はアークナイツの大統領、サー・ナルクル・パールボトムだ。だがナルクルと呼んでくれて構わん。」
「……ずいぶんくだけてますね。」
「見た目は堅そうだろうが、性格は案外くだけているんだよ。」ナルクルはくすりと笑った。
「じゃあ、大統領ってことはウォッチャーの一員なんですか?」
「いやいや、とんでもない。」羽毛の手を振る。
「私は元は普通のアークナイトだ。ウォッチャーの代行として、この組織の運営と管理を任されている。」
「忙しい中ありがとうございます。」
「タダシマ家の子なら、私の時間を割く価値がある。」ナルクルの声が少し柔らかくなる。
「君のご両親とは親友だった。二人に何があったかは……本当に悲しかった。だが私は心に誓ったのだ。いつか君を守り導くと。」
「……ありがとうございます。」
「さあ、まずはお茶でも飲みながら話そうじゃないか。」
ハルは深く頷いた。質問は山ほどある。
そしてそれを聞くのに、この場所ほどふさわしい場所はなかった。