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 息子は才能がありました。親馬鹿ですやろ。でもほんまにあいつはすごかったんです。足は速い、勘がいい、わしも長く野球観てきたから、多少はわかります。こいつ、もしかしたらと思いました。何より野球が好きですねん。誰より早く練習に行って、誰より遅く帰ってくる。練習のない日も一人で素振りしてね。キャッチボールはしてくれませんでしたけど、練習を見ているのはええみたいでした。たまにわしが、足の開きが早いんちゃうかなどと言っても怒りませんでした。ただの偶然かもしれんけど言われたとこを気をつけてるようにも見えました。息子は、母親に野球選手になってでかい家を建ててやるというとったらしいです。再婚する前、あいつがまだ保育園くらいの時からね。その夢を持ち続けてたんやろね。


 中学生になっても、野球、野球で勉強は全然できんかったけど、いくつか高校から誘いがきたんです。女房から高校の名前を聞いて驚きました。一度は聞いたことがあるような高校ばっかりでね、わしの息子はすごいんやぞと大声で叫びたいくらい嬉しかったです。

 女房は、近いところでええと思うてたみたいですが、わしは、その中の一つの私立がええんと思うでと言いました。一番遠いとこでしたが、甲子園の常連、天下に名だたる名門校です。そやけど、私立ですから、金がかかります。声をかけてもらった言うても、ただというわけにはいかんのですわ。全寮制で、寮の費用や試合の遠征費もかかります。何やかやで、結構な金がかかるらしいんです。女房は納める金額を見てさすがに困った顔をしてました。わしの稼ぎと女房のパートの金で、息子と三人なら、まぁそこそこの暮らしです。そやけど、贅沢できるほどではなかったですわ。女房が心配するのも無理はないんです。わしももう歳でしたし、会社は建築の孫請けみたいなことばかりの小さな会社やからね。老後のことも心配やったんやと思います。

 でも、甲子園で何度も顔を見ていたその学校の監督は一徹で、やる気のある奴はよう面倒みて、育ててくれると評判でした。厳しいかも知れんけど、野球しかできんやつにはこのくらいの人がちょうどええと思いました。


 息子が進路に迷っている頃、引退したばかりの部活の仲間が遊びに来たことがありました。

 滅多に息子の部屋には行かんのですが、その日は雨でたまたま仕事が休みやったんで、出前でもとってやろうかと思たんです。育ち盛りの男ばかりですから。それで部屋の前まで言ったとき、声が聞こえました。

「お前、あの高校行くん? すごいやん、絶対甲子園行けるやん」

「お前やったら一年からレギュラー取れるし」

「あほか、そううまいこと行くか」

 息子の声でした。

「そやけど、私立で全寮制やろ、めちゃ金かかりそうやん、すごいな」

「別に、俺はどこでも良かったんやけどな」

「ほんならなんでそこにしてん」

「おやじがええ学校や言うし。まぁ俺も興味はあったしな」

「まじか、ええなぁ。俺もそんなおやじが欲しかったわ、俺のおやじなんか、お前はあほやから高校いかんと働いた方がええんちゃうか言いやがる。あ、そうや、プロいっても俺等のこと無視すんなよ、どっかでおうた時、誰ですか言うたら殺す!」

「あほか、どんだけ先の話や」

 賑やかな笑い声が聞こえてました。わしは、何も声かけられんようになってドアから離れました。頭の中では、「おやじ」と言った息子の声がぐるぐるしてました。

 今まで、こんなじいさんが父親だと知られたら、恥ずかしいやろと思うてなるべく目立たんようにしてたんですわ。それやのに、こんなじいさんを「おやじ」と。

 その時思うたんです。何が何でも、どんな苦労してもあいつがプロにはいるまで、金を稼ぐと。

 それから、女房や息子には言いませんでしたが、仕事を増やしました。危ないところやきつい作業をやると手当が出るんですわ。それが欲しくて働きました。その頃からもう時々、頭が痛い時もあったけどね、息子をプロにやるいう夢があったから毎日楽しかったですわ。

 チームはどこでもええんです、ただ、プロになったあいつをわしはネット裏の一番ええ席で応援するんです。

 同僚はみんなわしの夢を知ってましたから、無理すんなとはいいながら、仕事を回してくれてました。ありがたいことです。

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