表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

2

 足場から落ちて死んだんですわ。死亡診断書言うんかいな、あれには転落と書いてありました。書いた医者が字の汚い奴で、転落による脳の何たらかんたらと書いてありましたが、まぁ転落だけは何とか読めたんで、ほっとしました。死んでましたけど、死んでも死にきれんとはあのことですわ。

 ほんま、それだけが気になって、医者の周りをうろうろさまようてましてん。

 同僚の吉野が医者にもふざけたことぬかしてたから気になってね。そやけど、医者のプライドいうか、そういうのが、あったんやろね。薄汚れた身なりのいかにも無学のやつが何言うても聞く耳持たずですわ。まぁそれが幸いでした。字は汚いけど、ええ医者やと思いました。

 わしは建設現場で働いとってね、そこで、落ちたんです。たいした高さやないんです、4m、いや、3mくらいかな。わしにとっては丁度ええ高さやったんですわ。もっと若かったらせいぜい骨折くらいで済んでたからね。そやけど、わしももう六十過ぎてて、みんなには、身軽に受け身もできんかったんやろと思われました。

 運悪く頭を打って、中で大量に出血して、すぐに病院に運ばれたけど、間に合わんかったちゅうことです。


 そやけど……、違うんですわ。本当は足場から落ちる前に、わし、くも膜下出血起こしたらしいんです。運ばれた病院でも、医者がくも膜、くも膜って言うてました。

 わしも、いつかやるやろなと思てたんですわ。おやじも兄貴も、脳溢血で死んだからね。くも膜かどうかまでは知らんけど。

 おやじは風呂場で、兄貴は便所でした。お袋の方は体は元気ですが、呆けてます。一番下の妹が婿をもらって農家を継いでるんですが、お袋は世話になってる自分の娘の顔ももうわからんのですわ。

 そんなやからわしも死ぬか呆けるか、どっちにしても頭やろと思てました。若い頃に盲腸をやったんですが、その時も血管が脆いて言われてね、点滴をどこに刺してもすぐ破れるんですわ。医者からは、煙草も酒も控えなあかんて、うるさく言われてたけど、あきませんな。好きなもん辞めるくらいならはよ死んでもええと思てました。後悔先に立たずってやつですわ。

 生きてる時はおやじにも兄貴にも頭が上がらんかったんです。兄貴は出来がようて、比べられて、お前はしょうもない奴やとよう言われました。顔をあわせたら、小言ばかり言われて、ほんま、偉そうに、もうわかってることをくどくどとね。けど、もうええんです。昔のことで、みんな死んでるしね。ただ、そんな親父や兄貴にたった一つだけ自慢できるのは、わしは風呂場でも便所でもない、仕事場で死んだちゅうことです。おかげで、女房もわしの骨を持って堂々とわしの田舎の墓に行けます。わしが望んでたふるさとの墓に入れてもらうのに、相応の金を包んでいけるはずですわ。わしはくも膜下出血で死にました、でも、医者は「転落による」と書いたんです。建築現場の足場から落ちたせいやと。ゆうなれば仕事中の事故、労災ですわ。あの時は風も強かった。みんなそう言うてくれました。


 さっきも言うた吉野ってやつが、小ずるいやつで、たまたまわしの一番近くにいたんです。そいつが、おやっさんは、落ちる前からふらふらしてたとか、声かけても返事せんかった、病気やったんと違うんかなんて言いやがってね。まったく頭にくるやつです。人が金貰うのか許せんのですわ。いつも人の金ばかりあてにしやがって。おごってやったらへつらうくせに、ごちゃごちゃぬかすなら、試しに呪い殺してやろかと思いましたわ。

 そやけど、なんですか、あれは……、ちゃんと調べたらわかるんかいな。血管破裂したんが落ちた後か、先やったんか。なに、時間にすればほんのちょっとです。なんやふらっとした思うたらもう、地面に頭打ち付けてました。確かにちょっと前からもう意識がなかったんですわ。何も覚えてません。頭打ち付けても痛いとも思わんかったしね。吉野はそれを見てたんですわ。あいつはいつも仕事さぼってるから、そういうのだけはよう見とるんです。腹の立つことに。だからって助けるような奴やないんです。わしが地面に頭打ち付けて目を剥いてるのを面白がって見てたんですから。今夜の飲み屋の話の種くらいにしか思うてへんのです。それが、一番近くにいたからってことで病院にまで連れてこられたんやけど、駆けつけてきた事務方の人間が労災とか見舞い金やらと口にした途端に、ねじ曲がった性質がむくむく出てきたんですわ。

 そやけど、あいつは日頃からいい加減で相手にされてなかったからまともに聞くやつはおりませんでした。それにわしが一人息子を、高校へ、それも金がかかる私学へやるのに、仕事増やして大車輪で仕事してたのをみんな知ってましたから。小さな下請け会社で、たいていが昔からの仲間ばかり、そんなに無茶したら、息子の晴れ姿見る前に、死ぬで、そう、冗談に言われてたんやけどなぁ……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ