よみがえれ火あぶりにされたサンタクロースよ
三年前の聖夜のこと。
サンタクロースが、火あぶりにされた。
大きな教会の前の広場で十字架にかけられ、足元には藁がしきつめられた。そして、子どもたちが大勢見る前で、サンタクロースに火がつけられたのだった。
サンタクロースは「異端」であるから、火あぶりにされたらしい。
その年から、サンタクロースは子どもに贈り物を持って来なくなり、子どもたちは贈り物のない聖夜をすごすこととなった。
ある村の女の子、クリスタには仲の良い幼なじみの男の子、マランがいた。
マランは、一年前の聖夜に突然、姿を消してしまった。村中の人がマランを探したけれども、ついに見つかることはなかった。
マランはいたずらっ子で有名で、よく大人たちを困らせていた。
マランは「悪い子」だったから、神様から罰が下ったのだ。
大人たちはそう言って、マランを探すことをあきらめてしまった。
しかし、クリスタはあきらめられなかった。クリスタは村中を探し回った。マランは見つからなかった。村の外から来る人たちに、マランに似た男の子を見なかったかとたずねた。マランを見た人はいなかった。
クリスタは神様に、幼なじみを返してほしいと祈った。
神様、どうかマランを村に返してください。
が、マランはいつまでたっても帰って来ない。
「クリスタ、マランはもう、死者の世界にいざなわれてしまったんだよ。祈るのなら、マランの冥福を祈ってあげなさい」
落ち込むクリスタに、大人たちはそう言ってなだめた。
「絶対にそんなことないわ。私はマランが帰ってくるって信じてる」
再びマランに会えるよう、クリスタは神様に祈り続けた。
もうすぐ一年が経とうとしていた。マランはまだ帰ってきていなかった。
クリスタは、神様に祈ることをやめた。代わりに、火あぶりにされたサンタクロースに望みをかけた。
たしかに三年前、サンタクロースは火あぶりにされた。しかし、実はサンタクロースは復活していて、今年こそは贈り物を持ってきてくれるのではないか、と子どもたちは毎年期待していた。毎年、その期待は裏切られてしまっていたが。それでも、子どもたちはサンタクロースの復活を信じていたのだった。
クリスタもその一人だった。
神様は私の願いを聞いてはくださらない。それなら、私はサンタクロースにお願いするわ。
クリスタはサンタクロースに手紙を書いた。どうか、消えてしまった幼なじみのマランを連れ戻してください、と。
クリスタは親の目を盗み、こっそりと村のポストへと向かった。きょろきょろと周囲を見回して、誰もいないことを確認した。そして、ポストに手紙を入れる。
コトン、という手紙がポストの中に入った音を聞くと、クリスタは一目散にポストから駆け出した。誰かに見つかって、サンタクロースに手紙を送ったことがばれないうちに。
サンタクロースは復活する、なんてことを言えば、大人たちに怒られた。サンタクロースに手紙を送っただなんてことがばれたら、こっぴどく怒られてしまうだろう。
クリスタが駆け去った後、ポストの中に入れられた手紙は投函口から外へと飛び出し、光をまとって空へと舞っていった。
それを見た者は誰もいなかった。
聖夜の日、クリスタの家族は家の中で聖夜を祝うあたたかな祝宴を開いていた。テーブルの上には香ばしいにおいのするチキンやほかほかとしたパン、グラスの中でゆらゆらと揺れるワインがところせましと並んでいた。家族はみんな、楽しそうに食事をしていた。しかし、クリスタは楽しくなんかはなかった。相変わらず神様は祈りを聞き入れてはくれなかったから。
クリスタは早々に食事を終えると、暖炉の前に一人で座り、ぼうっとしていた。
大人たちはワインに酔って、大騒ぎしていた。クリスタが一人暖炉の前にいても、誰も気にしていなかった。
クリスタは腕の中に顔をうずめ、パチパチと音を立てて燃える薪を見つめる。
サンタクロースは、本当に死んでしまったのかな。
赤い火に包まれて崩れていく薪を見ながら、クリスタは悲しくなってきてしまった。
子どもに贈り物をしてくれるはずのサンタクロースがいなくなってしまったのなら、誰が贈り物をしてくれるのだろう?
その時、コンコン、と誰かが家のドアをたたく音が聞こえた。
クリスタは顔を上げた。酔っ払った大人たちは訪問者に気がついていないようだった。
クリスタは立ち上がると、ドアの方に向かう。
こんな聖夜の日に、一体誰が訪ねてきたのだろう?
「どなたですか?」
クリスタはおそるおそるドアを開け、誰が来たのかうかがった。そして、クリスタは驚きで目を見開いた。
「トナカイ…?」
思いがけない来訪者に、クリスタはあんぐりと口を開く。
大きな角に、フカフカとした茶色の毛皮。そこにいたのは、サンタクロースの相棒のトナカイだった。
「やあ、こんばんは。君がクリスタ?」
トナカイはにこっとほほえみ、クリスタにたずねた。
呆気にとられながらも、こくりとうなずくクリスタ。
クリスタははっとして、家の中を見る。大人たちは変わらず食事を楽しんでいた。クリスタは家の外に出て、後ろ手にドアを閉める。なんとなく、トナカイがいることがばれてはいけない気がした。
外は寒かった。トナカイがクリスタにたずねる。
「手紙を送ってくれたのは君かい?」
「…!うん、そうよ」
だめもとで送った、サンタクロースへのお願いの手紙。どうやらあの手紙は、無事に届いていたらしい。クリスタは嬉しくなって、笑顔を浮かべた。
「ならよかった。今日はね、君に贈り物をしに来たんだよ」
「!」
クリスタはごくりと息をのむ。
「サンタクロースは生きているの?サンタクロースはどこ?」
思わずたずねるクリスタ。トナカイは悲しげにほほえんだ。
「生きているよ。生きているけど、…まだここにはいないんだ」
「どういうこと?」
トナカイの言う意味がよくわからず、クリスタは首をかしげる。そんなクリスタに、トナカイはにこっと笑う。
「一緒に来てほしい。そうしたらサンタクロースに会えるし、サンタクロースが君に贈り物をしてくれるよ」
サンタクロースはいるんだ。
クリスタはこくこくとうなずいた。
「わかった。一緒に行く。準備してくるから、ちょっと待ってて」
「ありがとう、クリスタ」
クリスタは家の中に戻ると、自分の部屋へ行き、コートを着る。そしてポケットにあるだけのおこづかいを詰めた。
こそこそと玄関まで戻る。大人たちは相変わらず酔っぱらっていて、玄関の方は見向きもしていなかった。大人たちの目をゆ盗めたことにほっとしながら、クリスタはドアを開け、外に出た。
「おまたせ」
「うしろに乗って」
「わかった」
クリスタはトナカイの背によじのぼる。フカフカとしていて、乗り心地がよかった。
「じゃあ行くよ。つかまっててね」
「うん」
クリスタが言うと同時に、トナカイは走り出した。
サンタクロースを探す冒険が始まった。
クリスタをのせて、トナカイは雪の舞う夜を駆けていく。どの家の中にもあたたかな光がともっていた。
「ねえ、トナカイさん」
「なんだい?」
「サンタクロースはどこにいるの?これからどこに行くの?」
クリスタはあらためてたずねた。
「サンタクロースはいるよ。いるけれど見えないんだ」
「…?」
よく理解できないクリスタ。
「サンタクロースは火あぶりにされちゃったんでしょ。サンタクロースは復活したの?」
「これから復活する、て言えばいいかな。ところでクリスタ、君はどうしてサンタクロースが火あぶりにされたのか知っているかい?」
「『異端』だからでしょ?大人たちはみんな、サンタクロースは悪いやつだったからだって言ってる。サンタクロースのことを話すと、怒られちゃうの」
「異端」が何か、よくわからないけど。
「君はどう思う?サンタクロースは悪いやつだと思うかい?」
「ううん、思わないわ。だって、サンタクロースは私たちに贈り物をくれるんだよ。いい人に決まってる」
クリスタの言葉を聞いて、トナカイは嬉しそうに鼻を鳴らした。
ふと、クリスタは一つの疑問を感じた。
「ねえ、トナカイさん。どうして、サンタクロースは『異端』にされちゃったの?」
「サンタクロースが子どもたちに贈り物をするからだよ。聖夜は、救世主の誕生を祝う日だ。そんな日に、誕生のお祝いそっちのけで、子どもたちがサンタクロースを待ってるのがよくないらしいよ」
「ふーん…。むずかしいな」
「大人の事情ってやつだよ。むずかしくても仕方ない」
そう言ったトナカイは、少し悲しそうだった。
クリスタは別の質問をすることにした。
「トナカイさん、さっき、サンタクロースはこれから復活するって言ってたよね。でも、どうやって?」
「材料がそろったら教えるね。その前に、クリスタにやってもらわないといけないことがあるんだ」
「私は何をすればいいの?」
「パンとワインを、手に入れてほしいんだ」
クリスタは目をぱちくりとさせる。
「パンとワイン?」
「うん」
「出発する前に言ってくれればよかったのに。家にあったよ」
トナカイはふるふると首を横に振った。
「普通のパンとワインじゃ、だめなんだ。特別なパンとワインじゃないと、サンタクロースは復活しない」
「ふーん」
トナカイがクリスタを連れてやってきたのは、街だった。
ろうそくの光が建物や木に飾られた飾りを照らし、街はきらびやかに輝いていた。たくさんの人が楽しそうに街を歩いていた。
しかし、そこに子どもの姿はなく。
子どもで、しかもトナカイを引き連れているクリスタは目立ってしまっていた。大人たちからの視線が居心地悪かった。
「トナカイさん、ここに特別なパンとワインがあるの?」
「うん」
クリスタはトナカイから降りる。クリスタとトナカイは街の中を歩いていった。
クリスタは、ワインのビンが描かれた看板を見つけた。
「トナカイさん、ワイン屋さんならあそこにあるよ」
クリスタは酒屋を指差した。トナカイは首を横に振った。
「そこは違うんだ」
「そうなの?…あ」
クリスタはパン屋を見つけた。
「あそこにパン屋さんがあるよ」
「そこも違うんだ」
クリスタはパン屋を指差したが、そこも違ったらしい。
クリスタはむっとする。
「それならどこにあるの?」
「普通のお店じゃ売ってないんだ。特別なパンとワインは、教会にあるんだよ」
「教会?」
教会にある礼拝用の特別なパンとワインは、たしかに普通のお店では手に入らなかった。
いつのまにか、教会の前に着いていた。
教会の窓から中をのぞくクリスタとトナカイ。
教会の中はろうそくの光がチラチラと光っていて、薄暗かった。奥の祭壇には、特別なパンとワインが捧げられていた。パンは薄くて丸い形をしていた。ワインも何の変哲もないビンに入っていた。
普通のワインと見分けがつかないや。何が違うんだろう。
「あれが特別なパンとワインなの?」
クリスタは祭壇の上を指差してたずねる。
「そうだよ。…あれがないと、サンタクロースは復活しないんだ」
トナカイはしょんぼりとしながら言った。
教会の特別なパンとワインを手に入れなきゃいけないの?
「…どうすればいいの」
クリスタはぼそりとつぶやいた。手に入れる方法なんて、思いつかなかった。
「クリスタ、無理しなくてもいいよ」
「?」
「今は無理でも、きっと幼なじみには会えるから。きっと神様が会わせてくれるよ」
トナカイは悲しげにほほえんでいた。
クリスタはぶんぶんと首を横に振る。
「ううん、そんなことはないわ。きっと神様は会わせてくださらない。今だって私の願いを聞いてくださらないんだもの」
いい子にしてたって、神様はマランを連れてきてはくださらなかったわ。
そのとき、クリスタははっと気づいた。
「ねえ、トナカイさん」
「なんだい?」
「いい子ってどんな子?」
突然のクリスタの質問に、トナカイはとまどった。
「いい子?うーん、思いやりのある、困っている人を助けられる子のことじゃないかな」
クリスタはにこっと笑う。
「それなら私、悪い子になるわ」
「えっ?」
びっくりするトナカイ。
「私、幼なじみとまた会いたいんだもの。教会の神父様たちを、困らせちゃおうと思うの」
クリスタは、くすくすといたずらっ子のように笑う。
「困らせるって…、どうやって?」
「これからわかるわ。トナカイさん、私、行きたいところがあるの」
「? わかった」
トナカイは首をかしげながら、クリスタについていった。
クリスタがやってきたのは、パン屋だった。
クリスタはパン屋に入ると、平べったいパンを買ってきた。
「パン?食べるの?」
「ううん」
今度は、クリスタはワイン屋へ向かった。そして、あやしむ視線を向けられながら、ワインを一本買ってきた。
クリスタのおこづかいはなくなってしまった。
「クリスタ、そのパンとワインだと、だめなんだよ」
トナカイは困ったように言った。
「大丈夫、これでいいの」
クリスタは自信ありげな笑みを浮かべた。
クリスタは突然、道端に落ちている木の枝や葉を拾いはじめた。びっくりするトナカイ。
「何してるの?」
「ちょっとね」
クリスタは拾い集めたもので、何かを作った。
「これで大丈夫。教会に戻ろう」
クリスタとトナカイは教会に戻った。
「どうするの?」
トナカイがクリスタにたずねた。
「見てて。特別なパンとワインを手に入れて来るから」
クリスタはフードを深くかぶった。
「トナカイさん。私が戻ってきたら、すぐに出発してね」
「…?わかった」
意図がわからないトナカイだったが、うなずいた。
「ありがとう」
そう言うと、クリスタは買ったパンとワインを持ち、教会の扉をそっと開けた。キイ、と小さく音がした。クリスタはこっそりと教会の中に入り込むと、そろりそろりと祭壇の前まで進んだ。
どくどくと心臓の打つ音がうるさかった。
クリスタは祭壇の前にたどりついた。祭壇に捧げられていた特別なパンとワインを手に取った、そのとき。
「誰だ?」
クリスタはびくりと飛び上がった。おそるおそる振り返ると、見回りに来ていた神父が、ろうそくを持って立っていた。
神父は振り向いたクリスタを見て、ぎょっとする。
「…っ、なんだ、おまえは!」
神父が叫んだ。
クリスタは、不気味なお面をかぶっていた。木の葉がわさわさとしているお面は、クリスタの顔をしっかりとかくしていた。クリスタはさっき拾った木の枝や板で、お面を作っていたのだった。
ぎょっとした神父にかまわず、一目散に駆け出すクリスタ。そのまま教会から飛び出していった。
神父の叫び声に、他の神父たちが何事かと集まってくる。神父は祭壇の上のパンとワインが変わらずあることを確認すると、ほっと安堵の息をついた。
「なんだったんだ、あれは」
神父は不安げにつぶやいた。
教会を出たクリスタは、トナカイに飛び乗る。するとトナカイは即座に駆け出した。
「よくあんな方法思い付いたね」
感心するトナカイ。
「幼なじみのマランがよくやってたの。大人たちにはいつも怒られていたけどね」
クリスタは楽しそうに、懐かしむように答えた。
クリスタの腕の中には、特別なパンとワインがあった。祭壇の上の特別なパンとワインを、見た目の似ているただのパンとワインにすり替えてきたのだった。
「ありがとう、クリスタ。これで、サンタクロースを復活させられる」
トナカイは嬉しそうに言い、次の目的地へとクリスタをのせて走っていった。
しばらく走ると、別の街に着いた。さっきの街よりもはるかに大きい街だった。
「ここはどこ?」
「サンタクロースが火あぶりにされた街だよ」
「…!」
クリスタはごくりと息を飲んだ。
トナカイはクリスタをつれて、教会の前の広場にやってくる。夜も更けて、人はまったくいなかった。
「ここでサンタクロースは火あぶりにされたの?」
おそるおそるたずねるクリスタ。ここでサンタクロースが火あぶりにされたと思うと、あまりの怖さにぞっとした。
「そうだよ」
「どうしてここに来たの?」
「…サンタクロースは死んじゃったんだ。でもそれは、身体だけ。サンタクロースの魂は死んじゃいない。ここに、残っているんだよ。だからあとは、サンタクロースに身体を与えればいいんだ」
「でも、どうやって?」
首をかしげるクリスタに、トナカイはほほえんだ。
「君が、必要なものはすべて持っているよ」
「私が?」
クリスタは、腕の中の特別なパンとワインを見る。
「うん。それは特別なパンとワインだ。パンは身体に、ワインは血になる。あとは君が祈れば、サンタクロースは復活するよ」
「…わかった」
クリスタはトナカイの背から降りると、広場に特別なパンを並べる。
「ワインはどうすればいいの?」
「パンの上にかければいいよ」
「聖夜に神父様たちがやるのと同じことをするのね」
「見たことあるのかい?」
「ううん。でも、聞いたことはあるの」
クリスタはビンのコルクを力いっぱい引きぬくと、パンの上にワインをかけた。
あとは祈るだけだ。
クリスタが両手を組み、祈ろうとしたそのとき。
「お嬢さん、この聖なる夜に、一体何をしているのかね?」
誰かがクリスタに話しかけた。
ぎくりとするクリスタ。
おそるおそる振り返ると、そこには、身分の高そうな神父が立っていた。
「異端」のサンタクロースを復活させようとしていて、しかも教会からくすねてきた特別なパンとワインを使っている。
まちがいなく、ばれたらまずいやつだ。
焦るクリスタ。
「良い子はお家にいる時間だよ。こんなところで、何をしているのかい?…しかも、トナカイを連れて」
追いつめるかのように、神父がたずねる。
「えっと…」
どうしよう、どうしよう。
トナカイがくぅん、と鼻を鳴らした。それを聞いて、はっと落ち着くクリスタ。
クリスタは笑顔を浮かべた。
「私の大事な人のために、祈っていたんです。…神様は、きっと私の願いを聞いてくださるので」
「…それで、パンとワインを?」
たずねる教父に、うなずくクリスタ。
「どうも、私には君のやっていることが教会の儀礼にそっくりな気がするんだがね」
「まねっこしてます」
「パンとワインも、特別なものに見えるのだが」
「パンとワインは、私がお店で買ったものですよ。特別なパンとワインなんて、私は手に入れられないですもん」
「まあ、それはそうだな。しかし、なぜわざわざ教会の前で?」
「神様により近いところかと思って」
緊張した空気が広場に流れる。
「…そうかい。信心深くてよろしい。けれど、今夜はもう遅い。早く帰りなさい」
「そんな…」
どうしようと困るクリスタに、トナカイがささやく。
「あとは祈るだけだ。早く祈って」
「そうだね」
クリスタは軽くうなずく。
「もう少しだけ」
「ちょっ…」
クリスタは神父の言うことを無視して祈り始める。
どうか、サンタクロースが復活しますように。
するとパンとワインが動き、形を変え始めた。
「!」
驚くクリスタたち。
パンとワインがひとりでに形を変えていく様から、クリスタたちは目が離せなかった。パンとワインはみるみるうちに人の形となっていく。
一筋の光が人の形となったパンとワインに飛び込んだ。まぶしさに、思わず目をつむる。
おそるおそる目を開けると、目の前に立っていたのは、長い白い髭、緋色の服を見にまとい、優しいほほえみをたずさえた老人だった。
「サンタクロース…!」
クリスタは驚きの声を上げる。そこに立っていたのはまちがいなく、サンタクロースその人だった。
「ご主人様…!」
トナカイは感動で目をうるませた。
「おやおや、私は火あぶりにされたのではなかったのかね?」
目を丸くしながら言うサンタクロース。
「クリスタがご主人様を復活させてくださったんです」
トナカイは興奮ぎみに言った。
「そうなのかい。君が」
サンタクロースはクリスタを見た。ぺこりと頭を下げるクリスタ。
「クリスタ、ありがとう。本当にありがとう。また、ご主人様に会えた。君がくれた、最高の贈り物だよ」
トナカイはぼろぼろと涙を流しながら、クリスタにお礼を言った。
「クリスタ、私からも、本当にありがとう。まさか、復活できるとは…」
サンタクロースも涙ぐみながら感謝を伝える。
「ううん、そんな。トナカイさんが私の手紙を受け取ってくれたからだよ。サンタクロースが復活してよかった」
クリスタは思わず笑顔になった。
「サンタクロース…!異端者め、なぜおまえがここに…!」
信じられない光景にへなへなと地面にへたりこんでいた神父が、動揺と怒りでわなわなと震える。
ふぉっふぉっふぉっと笑うと、神父をほったらかし、サンタクロースはクリスタにたずねる。
「思いやりのある、困っている人を助けられるいい子には、ごほうびの贈り物をしてやらんとな。君のほしいものは何かね?」
「!」
クリスタは自分の目的を思い出した。
「…私は、私の幼なじみのマランに会いたいんです。去年の聖夜に、姿を消してしまって…」
しょんぼりと答えるクリスタに、サンタクロースは優しく笑いかける。
「そうかい。君の願いを、叶えてやろう」
そう言うと、サンタクロースは指笛を吹く。すると、七頭のトナカイがどこからかそりを引いてやってきた。
「わあ…!」
クリスタは思わず声をあげた。絵でしか見たことのない、聖夜の夢のような光景だった。
「ご主人様…!復活されたんですね…!」
七頭のトナカイたちはサンタクロースの復活に喜び、サンタクロースのまわりで嬉しそうに跳ね回った。
サンタクロースはトナカイたちの頭をなでてやると、そりの中に置かれた白い袋を取り出した。そして両手を組むと、そこに祈りを捧げた。
サンタクロースはクリスタの方を向く。
「クリスタ、袋の中をのぞいてごらん」
「?」
おそるおそるのぞきこむクリスタ。中身を見て、クリスタは目を見開いた。
「マラン…!」
そこには、幼なじみのマランがいた。
クリスタの視界がぼやけた。
「あれ…?俺、何が…」
目をぱちくりとさせるマラン。
マランを袋から出させると、クリスタはマランに抱きついた。
「!」
びっくりするマラン。
「マラン…!また会えてよかった…!突然いなくなっちゃうんだもん、すっごく、すっごく、心配したんだからね!」
クリスタは泣きながら言った。
「クリスタ…」
マランもクリスタをぎゅっと抱きしめた。
「ごめんね、クリスタ。心配かけちゃって。俺も、またクリスタに会えて、本当によかった…っ」
マランの声がつまる。
わんわんと泣く二人を、サンタクロースとトナカイたちはほほえましく見守っていた。
「クリスタが俺を助けてくれたの?」
たずねるマランに、クリスタはうなずいた。
「ありがとう、クリスタ。本当に、ありがとう…!」
「ううん。…ねえマラン。マランは今までどこにいたの?」
クリスタは少しとまどってから、マランにたずねた。
「大人たちはね、もうマランは死んだんだって言ってたの。…マランは、死んじゃってたの?」
マランはクリスタの目をまっすぐに見つめた。
「…どうなんだろう。よく覚えていないんだ。怖い夢を見ているみたいだった。でも」
マランは言葉を切った。
「最後はまるで、天国で眠っているみたいだった」
「マラン…」
「もしかしたら、死んでたのかもね。ありがとね、クリスタ。俺を助けてくれて」
マランはほほえんだ。口の端が、かすかに震えていた。
「ううん。私が願ったことだから。それに、マランを復活させてくれたのは、サンタクロースだよ」
クリスタとマランはサンタクロースの方を見る。
「ありがとう、サンタクロース」
サンタクロースにお礼を言って感謝する二人。サンタクロースはふぉっふぉっふぉと笑う。
「子どもたちに贈り物をするのが私の仕事だよ。君らに喜んでもらえてよかった」
そしてサンタクロースはマランに言う。
「マラン、いたずらはやりすぎちゃいけないよ」
サンタクロースはいたずらっ子のように笑う。
「うん。気をつける」
マランは気恥ずかしそうに、頭をかきながら答えた。
そんな光景を、怒りに震えながら見ている人物がいた。
神父だった。
サンタクロースの起こした奇跡に教父は怒り狂って、サンタクロースにどなる。
「この、悪魔め!そんなに神の作りたもうた平穏な世界を壊したいのか!」
「悪魔…?」
サンタクロースは、はて、と首をかしげる。
「私は年に一度、子どもたちに贈り物をしてまわるだけの、ただの老人だが?私が悪魔だとしたら、それはおまえさんたちが私を悪魔だと言い出したからではないのかね?」
「何を…っ」
顔を真っ赤にして、口をぱくぱくとさせる神父。
サンタクロースはそれにかまわずそりに乗る。
「子どもたちが待っているから、私は行くよ」
サンタクロースはにこっと笑う。
「クリスタ、マラン、君たちもそりに乗って」
トナカイがクリスタたちに言う。
「私たちも?」
「うん。家まで送るよ。いいですよね、ご主人様?」
「もちろん。クリスタ、マラン、そりにお乗り」
「ありがとう」
クリスタとマランはそりに乗りこむ。はじめてのサンタクロースのそりに、クリスタとマランはわくわくをおさえられなかった。
目をキラキラとさせる二人を見て、サンタクロースはふぉっふぉっふぉっと楽しそうに笑う。
「それじゃあ、行こうか。聖夜の夜の、冒険に」
サンタクロースは手綱を軽く引く。するとトナカイたちがいっせいに駆け出し、そりは空へと浮き上がった。
「!」
クリスタとマランは、驚きで目を見開く。
そりは白い雪の舞う夜空へと、どんどん駆けていく。
クリスタはそりの下を見下ろした。キラキラと輝く街はみるみるうちに小さくなっていった。その中に、呆気にとられてそりを見送る神父が見えて、思わずくすりと笑ってしまった。
「クリスタ、すごいよ!俺たち、空を飛んでるよ!」
マランが興奮した声で言う。
「だね!まさか、空を飛べるなんて思ってなかった」
クリスタもはじめての空に気持ちが高ぶっていた。
「ねえ、トナカイさん」
クリスタはそりを引くトナカイに話しかける。
「なんだい?」
「トナカイさん、私を聖夜の冒険に連れてきてありがとう。トナカイさんが連れてきてくれたから、私はマランにまた会えた」
「どういたしまして。ご主人様も復活したし、クリスタの願いも叶ってよかった。クリスタも、ついてきてくれてありがとう」
クリスタとトナカイは、たがいを見合わせてほほえんだ。
「クリスタ、冒険してきたの?」
マランがたずねる。
「うん。私、悪い子になったんだよ」
いたずらっ子のように笑うクリスタ。
「え、クリスタが?何それ、詳しく聞かせてよ」
食いつくマラン。
「えへへ、実はね…」
クリスタは恥ずかしそうにしながら話し始めた。
雪の舞う夜空に、クリスタとマランの話し声が響く。
そして、いつのまにか、サンタクロースのそりの上でクリスタとマランはねむりこんでしまっていた。
翌朝。
まわりが騒がしくて、クリスタは目を覚ました。
「…?」
目を開けると、目の前には村の大人たちがいた。
「クリスタ!起きたか!」
「?おはよう」
「マランも起きたぞ!」
何事かとキョロキョロするクリスタ。隣には、同じく起きたばかりでまだ眠そうなマランがいた。
マランが戻ってきたのは、夢じゃなかった。
ほっとするクリスタ。
大人たちはクリスタとマランのまわりで騒がしくしていた。クリスタとマランは、村のはずれにいた。雪の中、ねむりこんでいたらしい。
「無事に戻ってきてよかった…!」
大人たちは泣いて安心していた。
クリスタとマランは目を見合わせる。そして、大人たちにむかって言った。
「サンタクロースが、願いを聞き届けてくれたんだよ」
その年の聖夜には、子どもたちにサンタクロースから贈り物が届けられた。
サンタクロースの復活に驚きとまどいを覚える大人たちだったが、喜ぶ子どもたちを見て、サンタクロースが復活してよかったと口々に言った。
次の年からも、サンタクロースは子どもたちに贈り物を届け、子どもたちは喜んだのだった。
めでたし、めでたし。
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