些細、しかし大きな亀裂
「勇者殿、申し訳ないがそれはできない」
「何でだ? こっちの男は父親殺しの殺人鬼で、そっちの女はそれを擁護するような奴だ! 魔王を討伐する前に俺たちが討伐されて経験値にでもされちまうだろ!」
「そうだね」
「確かに、西城君の言う通りかも」
「異世界なら、日本の法律とか通用しなさそうだし」
「呆気なく寝首をかかれたり……?」
そんなことするわけない。などと僕が言ったところで、彼らは信じるようなことはしないだろう。
魔王討伐を掲げるような世界だ、命の重さだって元居た世界と比べても軽いはず。そんな状況下で人殺しの経験があるような人間と一緒にいたいとは思わないのだろう。
追放したいならすればいい。なんて、半ば投げ槍に言いかけたが直前になって言葉を飲み込むことに成功する。
後ろの姫神の機嫌が悪化していくのが刺々しくなる空気感で何となく分かるから正気を保てたのもあるが、そもそもバーナードは僕たちを追放する事態を良しとしていないからだ。
「勇者殿らの事情は何となく察したが、何をどう言われようとも、そこの二人を追放することはできん」
「何でだ!?」
西城は思い通りにならないことへの苛立ちに声を荒げて脅しにかかるも、バーナードは凛とした姿勢を崩す気配もない。さっき西城の拳を塞いで見せたことと言い、まるでお城そのものが聳え立っているかのような貫禄がある。
「我々は、古きより人族が危機に陥ったときは異世界より勇者を召喚し天災を流れてきた。初代の勇者を召喚した際、当時の王族が彼らと異世界人を無碍に扱わないことを盟約で結んでおる。今となっては単なる口約束に過ぎんが、それでも守ってきた伝統は守られるべきだ。勇者自身が使命を放棄したならばいざ知らず、使命を全うしようとする者を無理に追い出す真似などできん」
「なら、俺たちにこの先ずっと殺人鬼と一緒に生活しろって言いたいのか?」
「そうとも言わん。勇者殿らには、一ヶ月後に魔王討伐への希望を国民に知らしめるための凱旋パレードに出席してもらうことになっておるせいで王都を離れることを許可できんが、それが済めば後は自由だ。ここを拠点にしてダンジョンでレベル上げをするも良し、色々な場所に旅に出て魔物や魔族と戦うも良し。そこは、勇者殿らで話し合って決めるといい。魔王討伐が成されるのであれば、我々は口出しをせん」
「……つまり、一ヶ月の辛抱ってわけだな?」
「ああ。そういう認識で構わない」
西城はバーナードの言葉を噛み砕くためか暫く黙っていたが、やがて小さく舌打ちをしてこちらを睨みつけた。
「てめぇら、運が良かったな。一ヶ月間だけは、俺たちも我慢してやるよ。だが、パレードが終わったらお前たちは出ていく。話し合いは、残った奴らでする。それで問題ねえな?」
「僕は別に、それでいい」
「私も異論はない。こんな不愉快な連中といるより、よっぽど生活しやすそうだ」
「決まりだな。それまでは、おせっせとかすんじゃねえぞ! キモイだけだからな!」
「いいじゃないですか、西城君。はぐれもの同士、お似合いですし。本能に従う獣らしくて……ぷ、くく」
「「「クスクス」」」
とても不愉快極まりない会話に加え、そこらから聞こえる笑い声も耳障りだったが心頭滅却して今は堪えた。仮にも、勇者として召喚された身分で仲間割れなどみっともない。
「では、勇者殿らに部屋を用意するのだ。今日は疲れているであろうから、ステータスの確認や魔王討伐に向けた訓練計画の話し合いなどは明日からにせよ」
「「「かしこまりました、国王陛下」」」
バーナードの号令で後ろの扉が開かれると、そこにはずらっとメイドさんが並んでいた。萌え萌えきゅんをしているコンカフェのそれではなく、気品さと高貴さを兼ね備えた本物のメイドさんたち、十人……いや廊下の向こうに分かるだけでも十八人はいるらしい。
「勇者様方、遠方より遥々ようこそおいでくださいました。これより、このお城にて生活するためのお部屋へご案内致しますので、我々についてきてください」
先頭に立ったメイドさんが挨拶をすると、一同が示し合わせたかのように同時にお辞儀をした。全くブレがなく、プロの雑技団の演技を見ているみたいでちょっと感動した。
「勇者一行のお通りだ。殺人鬼とその一味は一番後ろをこそこそついてこりゃいいんだよ」
「西城君の言う通りです。すっこんでろ、です」
姫神が突っかかりそうだったので、彼女の袖を掴んで通路を空けた。クラスメイトたちの様々な目の形から発せられる迷惑そうな視線を一身に浴びて、全員が扉の外に出るのを待った。
彼らが見えなくなった後、僕は彼女の袖を離したが、すぐに神速の太刀の構えに入った。
「すうぅ……。……はぁぁぁ!」
「姫神、ダメだって」
「きゃん!?」
神速の太刀の要となる重心を、首根っこをグッと引っ張ることで崩して不発に終わらせる。子犬みたいな随分と可愛らしい声を発して、今は「ばたんきゅー」と足元で伸びてしまっている。
しかし、すぐに正気を取り戻すと下から突き上げるようにこちらを睨みつけてきた。
「何故、邪魔をする!? 言いたいことを言わせるだけ言わせて、少し調子に乗りすぎだぞ!」
「そんなこと言っても、まさか仲間同士で争うわけにはいかないだろ。まさか、こんな狭い場所で戦争でもする気か?」
「私はそのつもりだったぞ。何なら、城の一つくらい斬り刻んでも良いと思っていた」
「そんなことしたら、僕たちは良くてもここに住んでる人たちが困るでしょ。城ってことは国の象徴だろうし、国民もついでに困らせることになりそうだからダメ」
「むぅ……」
風船みたいに頬を膨らませて不貞腐れても、許可できません。というか、姫神の性格を考慮すると僕が止めなかったら今頃、大量の肉片と瓦礫の山が出来上がっていただろうから本気で止めて良かったと安堵しているくらいだ。
彼女の特技である神速の太刀は、その名の通り、通常の人間では認識できないほどの速さで敵を斬る必殺技だ。
重心を少し落とし、胸部にありったけの空気を溜め込んでから肺活量を活かして体温を上げ、血流を速くする。
蒸気機関の応用版みたいなものだろうか? 僕はモノにできなかったからよくは知らないんだけど、ちゃんと鍛錬をしていないと体が破裂したり、全身の穴という穴から様々な液体を撒き散らしたり、複雑骨折をしてそのまま逝ったりするらしい。
ともかく、とてつもないエネルギーを体に溜め込むので発散した運動エネルギーを利用すれば刀などの獲物がなくても相手を一刀両断できたりする。彼女の場合、一度でもモードに入れば止められるのは彼女自身だけとなり、ひたすら暴れ続けることになる。
逆に言えば、最初の一回で僕がしたみたいに構えを崩すことができれば発動できず、逆に動きが暫く鈍くなる諸刃の剣だ。今の彼女はこれを克服することを目標にしているらしいけど、この様子だとまだまだ先は長そうだ。
「ともかく、僕たちも行こう。もう皆んなはとっくに部屋に着いているだろうし、置いてかれたら地図のない僕らにとっては迷宮そのものになる」
「……まだ動けないのだが?」
「なら、僕がおんぶするよ」
「重いって言ったら許さんからな」
「人ひとりくらい、お爺ちゃんから出される課題に比べたら何てことないよ」
僕は彼女を軽く片手で持ち上げると、軽く浮かせるように放ったら背負うことに成功した。
「きゃあ!? 私、一応女の子なんだが? リュックを背負うみたいに雑に扱って欲しくないんだが?」
「荷物だと思った方が、色々と都合がいいんだよ」
「それはどういう……。か、かか、奏多!? お前、まさかスケベェなことを考えてるのか!?」
「それが嫌だから言わなかったのに……」
彼女、胸は歳不相応に大きいし、揺れる黒髪が手とかに触れるとくすぐったいし、おまけに良い匂いだし……。あまり、煩悩に意識を削ぎたくはないんだよ。
「か、奏多はその……。私を、女の子として意識したくない、のか?」
「何だ、藪から棒に。何もそこまでは言ってないだろう」
「なら、わ、私を……」
「ちょっと! お二人さん! いつまでぼーっと突っ立ってるおつもりですか! 良い雰囲気だから邪魔したら悪いと思って見てましたが、やっぱりお邪魔しますね!」
姫神が何かを言おうとしたのを遮る形で、目の前までやってきていた人物は声を張り上げた。元の世界ではあり得ない桃色髪のショートヘアで、青色の瞳を持ったメイドさん。
身長は僕と同じくらいあるけど、童顔でさっきの並んでいたメイドさんの中で比べると幼く見える。けど、それを差し引いても美人だし、さっきのメイドさんたちと言い流石は王宮に仕える人たちなんだなぁと思った。
「ごめんね、もたもたして。この通り、連れが動けなくなっちゃったからさ。君が、僕たちを案内してくれるの?」
「はい。私、メアリー・メメントモリと申します。メイドの中では一番下っ端ではありますが、メイド長の下でちゃんと三年ほど修行を積んでおりますのでご安心を。本当はあの西城って人に付きたかったんですけど、メイド長に一番最後に来る人たちを世話をするよう言い付けられましたので」
「つまり、イヤイヤってこと?」
「そういうわけではないですよ。ただ、私も人ですから好みがあるというだけの話です」
「要するに、一番活躍しそうな人物のお世話をしたっていう実績が欲しいんだ?」
「そうそう、そういう……って、勝手に人の心を読まないでもらえますか? ご主人様」
彼女に指摘されて、初めて自分たちがまだ名乗ってなかったことに気付かされる。彼女が挨拶してくれたのに、こちらが礼を欠いたら日陰流の名折れとなってしまう。
「僕は日陰奏多。背中に背負ってるのが、姫神桃花」
「……よろしく頼む」
姫神も、ようやく口を開いたかと思えば素っ気なく挨拶した。ここに来てから簡単に信用できない人物ばかりを相手にしているせいか、警戒心はマックスらしい。
「よろしくお願い致します、カナタ様。モモカ様。これより、メアリー・メメントモリはお二人の専属メイドとして仕えさせていただきます。お二人がどういったお人柄であろうと、最後まで必ず責任を持って面倒を見させていただきますので悪しからず」
どういったお人柄であろうと、というところを強調している辺り、さっきの会話は全部聞かれていたと思って良いらしい。まあ、事情が分からない得体の知れない人物を相手にするよりは余程良いだろうし、こちらとしても把握してくれているなら気が楽だ。
「そう言ってもらえるとありがたい。けど、僕が父親を殺したっていうのは本当の話だから勘違いしないでね」
「あの、人がせっかく味方になるって言ってるんですからそういう追い討ちはいらないんですよ。まあ、私も同じ穴の狢って感じですからいいですけど。ほら、お二人ともついてきてください。お部屋の方にご案内いたしますので」
「うん、よろしく頼むよ」
彼女の過去について少し興味があったが、こういうデリケートな問題は人から掘られるのを嫌う。自分から話したくなるくらい信頼関係を築けたら、そのときに改めて聞いてみようと思い、今は彼女の後に大人しくついていくのだった。