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日陰の者は闇と踊る  作者: 黒ノ時計
第一章 〜異世界召喚〜
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異世界召喚

「……なた! 奏多!」


 耳元から脳内を掻き回すかのような騒々しい音が聴こえてくる。だけど、それが自分の名前だと認識できるようになると、声を頼りに体全体で踠くイメージを繰り返すようになった。


 そうしていると段々と意識がはっきりしてきて、手足の感覚が戻るとほぼ同時に瞼も自然と開いてくれた。


「奏多! 良かった、目が覚めたようだな!」


 二重になった視界が背景と統合されて浮かび上がった像は、互いの息がかかるほどに近づいた姫神の顔だった。


 こうして近くで見るのは初めてだけど、まつ毛が大きく、きめ細やかな白い肌とバッライトを反射するほどに手入れの行き届いた黒髪の三点セットを兼ね備えた彼女はこの世に無二の芸術作品のようだった。


 ……といけない。早く起き上がらないとな。


「お、おい! 急に体を起こす……」


「「いたっ!?」」


 一瞬だけ漂ってきた覚えのある甘い香りを堪能する間も無く、額から走った軽い痛みに集中させられる。焦って起きようとした代償としては少しお高い気がしたが、お陰で寝ぼけていた頭もスッキリした。


「ごめん、姫神。大丈夫か?」


「あ、うん。こっちは問題ない。むしろ、こちらの方こそすまなかった。私が退かないと起きられないことくらい分かっていただろうに」


「それだけ、僕のことを心配してくれたんだろう? こちらこそ、ありがとう」


「う、うん。そういうことなら、もう気にしないでおこう。それより、だ。周りを見てみてくれ」


 姫神に促されて周囲に視線を巡らせてみると、すぐに異変に気がついた。さっきまで机や椅子に囲まれていたはずの空間には空白が生まれており、代わりに縦にも横にも、ついでに天井も高い大広間にやってきていたからだ。


 想像するのが一番簡単なのは、宮殿のような場所だろう。出入り口と思われる扉までは数十メートルもある上、その扉も人の背丈の何倍もノッポだ。


 手で触れている床は青色のフカフカな高級カーペットで、入り口から向こうの終着点までずっと延びている。まるで、その道を貴族のようなお偉いさんが通るみたいに。


 壁や床はどう見ても大理石だし、使われている灯りが電球ではなくキャンドルランプであるところからも僕たちのいた場所とは世界観からガラリと異なっているのが分かる。


「どっからどう見ても、教室からヨーロッパ辺りにでもテレポートしたみたいな感じだけど。先に起きてた姫神は、誰かに会わなかったか?」


「いや、ここにいたのは私たちだけだ。一応言っておくと、クラスメイト全員の姿を確認している」


「ということは、あの教室にいた人たちだけがこんな場所に連れてこられたってことか」


「全く、犯人も大胆なことをするものだ。生徒を軟禁して動揺を誘い、床に仕込んでいたらしいフラッシュで我々を昏倒させてから攫うとは」


「そうなのかな? 本当にただの誘拐?」


「そうでないなら、なんだと言うのだ。ともかく、ここから出よう。我々だけでも脱出して助けを呼ぶんだ」


 僕はとりあえず同意して、姫神と一緒に立ち上がった。さっきはよく見えなかったが、こうして改めて下の方を見渡すと確かにクラスメイトたちと思われる面々が意識を失った状態で伸びてしまっていた。


「一応聞くけど、起こさなくていいの?」


「別によかろうて。こいつらも赤ちゃんではないんだ、時期に目が覚めたら勝手に状況くらい理解する。行こう」


 僕たちは彼らを踏まないよう器用に避けながら出口と思われる扉まで歩いていく。そして、僕たちは息を合わせて大扉にもたれかかるように全体重を乗せて、ようやく人ひとりが倒れる程度の隙間を作ることに成功した。


 僕は率先して外の気配を探り、誰もいないことを確認すると彼女に合図して順番に外へ出た。


「何だ、ここは」


「どうやら、廊下のようだな。どれ、窓からの景色でも見てみるか」


 目の前にあった工芸品と思われるガラス窓に近づき外を見てみると、すぐそこには噴水と植木がたくさんされている綺麗な庭園が見えた。左奥の方にある通路を進めば、簡単に出られそうだ。


「外に出てみよう。人もいないようだし、警備体制はザルなのだろう。もしかしたら、案外簡単に逃げられるやもしれん」


「それはいいけど、彼らは置いていくの?」


「見つかって連れ戻されるより、チャンスがある時に逃げた方が長生きできるだろう。私たちは今、右も左も分からない場所に連れてこられてるんだ。足踏みしてる場合ではない」


「……まあ、そうだけど。でも、逃せそうだったら一緒に逃すからね」


 彼女は僕のお人よしな意見を聞いて、恐らく心の底からと思われる大きな溜息を吐いた。自分でも危険なことを言ってることは重々承知だけれど、見知った相手を見捨てるということをしたくないと直感的に思ってしまったのだから仕方ないじゃないか。


「仮にも、彼らは君を虐げてきた存在だ。直接でなくとも、主犯と同調しているなら同罪だろう。そんな奴らを、君は助けたいと言うのか?」


「そんなことを言ったら、僕だって父親を殺してる。それでも君は助けてくれただろう? 彼らがどんな罪を背負っているかじゃない、単に僕が助けたいと思っただけなんだ。それじゃ、ダメかな?」


「……分かった。だが、自分たちを最優先するんだぞ。少なくとも私は奏多を置いていく気はないから、いざとなったら首根っこを掴んででも逃げるからな?」


「それで構わない。僕のせいで、姫神を逆に危険な目に遭わせるわけにはいかないから」


「よし、決まりだ。では、庭園に出てみよう」


「うん。そうしよう」

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