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日陰の者は闇と踊る  作者: 黒ノ時計
第一章 〜異世界召喚〜
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父親〇しのレッテル

 僕、日陰奏多は父親殺しである。


 これは、既に全国ニュースでも報道された覆らない事実であり、高校生となった今でもなお後ろ指を刺され続ける最恐最悪のレッテルである。


 六歳くらいのときから、父さんからDVを受けていた僕と母さん。あの日、十歳だった僕は、父親の暴力に対して生きようと抵抗した結果、逆に殺してしまうという事態を招いてしまった。


 あの後、警察がやってきて事情聴取を受けたが殺した時の記憶は全くなく、後になって気づいたと証言。実際、その通りだったし、でも僕がやったという事実から逃げようとは思わなかった。


 だって、それもまた事実なのだから。汚く酷い現実から目を背けた人間が、他者に怒りをぶつけて憂さを晴らそうとした末路を自分がよく知っているからこそ、僕はそんな人間には死んでもなりたくないと思ったのだ。


 とはいえ、肉親を一人、自分の手で殺害してしまっているというのは大きな問題だった。まだ小学生で少年法で守られている、しかも今回の場合は正当防衛……だったとしても、この歳で大の大人を殺害できてしまったことの方が問題だったのかもしれなかった。


 当時の僕の身長は父親の百九十もあった身長の半分にも満たない大きさだったにも関わらず、死因は後頭部を金属バットで殴打したことだった。普通に考えれば、子供にとってそこそこ重量のあるバットを持って自分の倍以上の身長がある相手を殴るなどできやしない。


 金属バットの長さを考慮しても、到底後頭部になど届きはしないのだ。にも拘わらず、それができたということは、僕が意識を失っている間にとんでもないジャンプ力を発揮し、相手の後頭部をどこからか叩きつけたということになるのではないだろうか。


 最終的に、肉団子みたいにしてしまったところからも普通の子供には見られない凶暴性があると判断された。警察の間では色々な憶測が飛び交い続けたようだが、問題は流れ流れて、僕をどう処理するかというところに焦点が当たることになる。


 本来なら、あのまま少年院でも送られるところだったのだろう。しかし、そこで待ったをかけたのが僕の母方のお父さんである「お爺ちゃん」だった。


 お爺ちゃんである日陰源十郎は剣術と体術を自在に操る「日陰流」の現当主であり、地元ではとても信頼のおける豪傑かつ誠実な人物であった。


 お爺ちゃんは、僕が血縁者であること、また自分が立派な道場の主であることを理由に無理矢理に僕のことを引き取り、社会復帰できるよう更生すると約束した。


 と言っても、「更生」というのは建前に過ぎず、本命は僕を引き取り門下生として育てることにあった。彼はどうやら、十歳で大人殺しを成し遂げてしまった僕に才能を感じて育ててみたいと思っていたらしく、僕を引き取った瞬間にえげつない修行を課してきた。


 ある日、朝起きたら滝の下を自由落下していたり、山の中に連れて来られたと思ったら一ヶ月以上も放置されて生き延びる羽目になったり、ある時は朝から晩まで組手やら素振りやら……。


 逃げ出したいと思ったときは一度や二度じゃなかったけれど、結果的に更生はできたと思う。強い鋼の肉体と、健康な精神を育むことができたのだから。


 それに、感謝だってしている。街を歩いたり、ちょっと買い物をしたりするだけでも周囲から好奇や煙たがるような視線を向けられるが、お爺ちゃんが自分の味方だと思うと特に気にならなくなったから。


 お爺ちゃんの偉大さに傘を着ているような感じもするけれど、別にそれでも構わない。こうして普通に生活できていること、人間社会に溶け込めることを皆に少しずつ分かってもらえれば、いつかは堂々と人間社会での生活を全うできるはずだから。


 ……そう、思っていた。高校に、入学するまでは。


「親殺しだ!」


「まだ学校にいるよ、いついなくなるの?」


「怖い、私も殺されるんじゃ……」


「やめてよ、冗談でもそんなこと言うの!」


 更生期間が明けると同時に、僕は地元の高校に入学させられることになった。お爺ちゃんからすれば、まだまだ僕は門下生であり、更生が終わっても立派な卒業生になるまでは地元を出さないつもりらしかった。


 それに、地元の方が幾分か住みやすかろうという計らいもあった。正直、僕も最初はその方が良いのだろうと本気で思っていたのだが……。


 ご覧の通り、周囲の人からしたら僕は親を殺した殺人犯で、状況はどうあれ人を殺した事実を塗り替えることはできない。結果、周囲から爪弾きにされてしまうことになった。


 そして、極めつけは……。


「殺人犯は、成敗しないとな!」


「学校から消えてください! この人殺し!」


 突如、頭部からしっとりとした感触と、遅れて冷たさが全身へと広がっていくのが分かった。目の前のノートは水浸しで、せっかく書いた文字がもうぐちゃぐちゃだ。


 少し顔を上げれば、そこにはバケツを片手に持った男子生徒が二人いた。一人は茶髪でキザキザ頭を持つ男の西城秀樹。細身に見えるがしっかりと鍛えられているのが分かる筋肉の隆起、ルックスの良さと運動神経の良さから割とモテる男である。


 もう一人は敬語を話す少し小柄で、片目が金髪で隠れた遠藤正明。西城秀樹の腰ぎんちゃくで、いつも一緒に居る。運動神経はあまり良くないがその分だけ頭が良く、成績は学年でも上位クラスでおまけに学級委員長だ。


 彼らの決定はクラスの総意であり、引いては学年でも……。ともかく、僕は彼らに何かすることもできないのでノートから雑巾絞りの要領で水をできるだけ絞り出し、鞄の中にしまう。


「もうお勉強は終わりか?」


「帰る気になったのなら、さっさと帰るのです!」


「……そうさせてもらう」


 僕はクスクスと笑う声を聞き流しながら、ずぶ濡れで重くなった体を持ち上げる。どうせ今日は午後の授業しか残っていないし、こんな状態では移動教室をした先まで水浸しにして汚しそうだったからだ。


「あなたたち、何してるの! やめなさい!」


 その時だ、扉の外から教室内に駆けてくる一つの足音が僕の目の前にやってきた。視界が一つに束ねられた長い黒髪と白く大きな背中、そして形の良い臀部に遮られる。


「……またお前か。姫神、桃花……」


「あ、あなた! 僕と同じ学級委員なら、この殺人犯を成敗してくださいよ! どうしてこんな奴の味方をするんです!」


 二人は苛立ち交じりに彼女を睨みつけ、感情に任せて激しく抗議する。しかし、彼女は引き下がるどころか僕の盾となるように立ち塞がり、逆に言葉の刃を振りかざした。


「どうしてはこっちの台詞! あなたたちこそ、彼の何を知ってるの!? 自分の命が危ういときに、自分の命を守ることの何が悪いの!?」


「っ! う、うるさい! 自分を守るために人を殺していいなら、何でもできちまうだろうが!」


「そうです、そうです! 人を殺すくらいなら、僕だったらその場で死んでやりますです!」


「……なら、試してみる?」


 姫神桃花の体から、濃密なまでに凝縮された死の気配が漂い始めた。空気に触れた瞬間に自分の肌が焦がされているかのような錯覚を覚える。


 肺から入って来る空気が毒のようで、すぐに息が苦しくなって新しい空気を求めるも、むしろ苦しさが増していく……。


 これが、殺気だ。姫神桃花は僕と同じ「日陰流」の門下生であり、僕と唯一対等に並び立つ実力を持った女の子だ。普段は顔立ちの整った所作の美しい物静かな大和撫子だが、彼女の本性はむしろこちら側。


 お爺ちゃんの下で鍛えられた何物にも動じない鋼の精神と、強靭な肉体を兼ね備えた神速の抜刀術の使い手。それが彼女、姫神桃花である。


「お、覚えてろよ!」


「今日は、これくらいで勘弁してやるです!」


 二人は歯をガタガタと鳴らしながらも、その覇気に飲まれることなくその場を離れた。それと同時にチャイムが鳴り、クラスメイトのほぼ全員が移動教室のためにここを去っていった。


 ただ一人、姫神を除いては。


「大丈夫か? 日陰……いや、奏多」


 先ほどまで殺気を放っていたとは思えないくらい美しく温かい笑顔を浮かべながら、僕自身を包み込むように話しかけてきたのだった。

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