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日陰の者は闇と踊る  作者: 黒ノ時計
第二章 〜王城生活〜
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スキルの優劣

 気が付くと、自分の頬や手の平に冷たいザラザラとしたものが密着していた。最初は雪山で修業した時の感覚と似ていたので雪の上にでも寝転んでいるのかと錯覚したが、実際に目を見開いてみると自分が単なる地面の上で寝ていただけだと分かった。


 視線だけを上下左右に泳がせてみると、すぐ近くには姫神を始めとした屍がいくつも転がっており、自分もまたその一つであることを自覚できたのは久しく呼吸の感覚を取り戻したときだった。


 すると、今度は爆弾が爆発したみたいに口の中にぶわっと広がったので、反射的に咳を出してそれらを吐き出した。いつの間にか土を口の端に滴った唾液と交換する形で吸い込んでいたらしい、久々に思い出した修行の味は青春ではなく艱難辛苦を凝縮した実に美味しくないものだった。


 おかげで意識もはっきりしてきて、ようやく自分のかれた状況を思い出すことができた。


 あの後、イリヤは本当に僕たちへグラウンド百周を課した。冗談でも何でもなく、百周終わるまでは帰さないとまで言われて死ぬ気で走ることになったわけだけど。


 僕たちは異世界に召喚されたことで、身体能力があっちに居た時よりも上昇しているらしくフルマラソン一周分は全員が何とか走り切ることができた。


 とはいえ、能力は推測通り元の世界に居た時の数値を参考にしているようで、インドアな人たちから順番に倒れていき、最後まで完走できたのは僕や姫神を含めて五人ほどだった。


 向こうで厳しい修行は軒並み経験したつもりだったけれど、まさか初日から地面に倒されるほどしごかれることになるとは思ってもみなかった。今思い出すと、頭の中でイリヤの「諦めるな! もっと熱くなれ!」と母国の太陽を連想させる御仁の言葉と共に三途の川の畔を走らされていた気がする……。


 この世界はステータスに支配され、神なる存在も示唆されるような場所……。そうなると、僕タイの世界の常識は所々通じない風になってくることを再認識することができたのは僥倖だった。


「そろそろ、起きないとな……」


 肩で息をしながら何とか筋肉に針金を通すみたいに集中して、一気に力を込めると手足が動いてくれた。これでも相当無理をしているので、体力が残っているうちに部屋へ戻りたい。


「はっ、てめえら情けねえな! そんなんで勇者なんて大役が務まんのかよ?」


 聞き覚えのある口調と声に反応して視線をそちらへ送ると、そこにはまだまだピンピンしているらしい西城の姿があった。疲れている様子がないどころか、息すらも乱していないのが明らかに不自然だったが、その原因は何となく予想することができた。


「おいおい、最初に起きたのは殺人鬼かよ。だが、お前も疲れることがあんだな。日陰流だっけか? 更生のために入ったって話だが、本当にちゃんと修行してたのかよ?」


 彼はこちらまで自信満々な足取りでやってくると、腹に思いっきり蹴りを入れてきた。今の僕ではガードすることもできず、後ろに大きく倒れ込んでしまう。向けられているのは明確な殺意だ、教室に居た時のようないたぶるのを目的としたものじゃない。


 殺される、このままだと。躊躇なく、徹底的にやられてしまう……!


 しかし、僕にはもう立ち上がって反撃するような力なんて残っていない。それでも、諦めずに立たないといけないのに体が思うように動いてくれない……。


 彼の右足が徐々に持ち上がり、僕へと照準を定めた。身体能力が向上しているということは、単なる蹴りだけでも人の体くらいだったら穴を空けられる可能性だってあるのだからいよいよマズい。


 死にたくない、動け! 動け!


「良い機会だ、この場でお前を始末しておくか。これだけ弱ってりゃ、少し痛めつけるだけで事足りそうだしな。皆も、それを望んでる。オラ!」


 彼の足裏が直前まで迫り、守らないといけないという命令が動いたのが原因だったのだろう。奏多が下敷きにしていたはずの陰が蠢き、彼の足へと飛び掛かる……!


 それを警戒した彼が後ろへと大きく飛び退き、陰が反逆の意思を持ったように追跡しようとしたそのときだった。


「やめないか!」


 鼓膜の内側を揺らすほどに大きな声がグラウンドへ響き、集中が途切れて陰が息を潜めた。西城の敵意もまた、この殺戮ショーを邪魔した当人であるイリヤへと向かう。


 彼女はこちらへと近づいてきて、僕を庇うように前へと立ち塞がる。白銀の背中が僕の盾のように見えた時、彼女の背中がお爺ちゃんのように大きなものだと錯覚した。


「彼もまた、勇者の一人だ。勝手に殺すなど、許されるわけがないだろう」


「そうかよ。でもな、こいつにいなくなってほしいって思ってる奴はこのクラスのほぼ全員だ。なら、こいつを倒して経験値にでもするのが有益だろ。殺しってやつにも、慣れとかねえとな」


「だとしても、駄目だ。何の覚悟も正当性もなく殺すなど、間違っている。少なくとも私は、彼がまだ何か悪いことをしたところを見ていない。それに、彼は殺人鬼呼ばわれされるほど、濁った目はしていないようだしな」


「何かあってからじゃあ遅いだろうが! 責任取れんのか!」


「取るさ。私は、君たちの監督役だからな。彼が君たちの意向に沿わないことをした場合は、私が責任を持って彼の首を刎ねよう。そして、それ相応に私も罪を償わせてもらう」


「……ちっ、約束だからな。忘れんな」


「ああ。忘れないさ」


 暫く互いの睨み合い続いたようだったが、西城は僕に手出しができないと分かるとすぐに引き下がって競技場を去っていった。王国最強に対して一歩も引かずに口論を交わしたのは大したものだが、素直に称賛できないのは言うまでもなく彼への好感度の問題だろう。


 イリヤは彼が出ていくまでずっと視線を離さなかったが、脅威が去ったことを確認すると僕の方まで歩み寄ってきてくれた。


「大丈夫か? 確か、ヒカゲ・カナタだったな? カナタでいいか?」


「ええ、いいですよ。好きに呼んでいただいて」


「なら、カナタ。手を貸そう。立てるか?」


「ええ、何とか」


 彼女の手を掴むと、非常に硬い感触に思わず目を見開いた。剣を振るい続けた者だけに現れる岩肌のような手、見た目は齢二十過ぎくらいなのに一体どれだけの修羅場を潜ってきたのか。


 華奢な体に引っ張られる、いや釣り上げられる形で立ち上がると、体に付いた土を軽く払って居住まいを正した。


「ありがとうございます、助けていただいて」


「いいんだ、あれくらいは当然のことだろう。やはり、勇者として力が増したことを自覚したことで傲慢さを助長したやつが現れた。よりにもよって、この集団のリーダーが最初とは思わなかったが」


「彼は元々、そういう奴です。むしろ、今まで殺されなかったのは元の世界が殺人にとんでもなく厳しい世の中だったからでしょうけど」


「はあ……。君も災難だったな。にしても、君とあの少女は何者だ?」


 イリヤがとても不思議そうな顔で訪ねてきたので、僕も頭の上に疑問符を浮かべてしまう。


「何者、というのは?」


「私の間合いがあの距離だったことを見抜いただろう? それに、今握手をして確信した。お前、剣が使えるな?」


「はい、仰る通りです。僕は、日陰流という剣術を学んでいます」


「ほう、聞きなれない流派だな。我ら、リンドブルグ王国騎士団の用いる宮廷流騎士剣術とどちらが強いか、試してみたい」


「ぜひ、機会があればお相手していただけると嬉しいです」


 やはり、強者を見ると戦いたくなるという気持ちは武術を学ぶ者なら共通して持つものらしい。僕もまた、彼女と一度手合わせをしたいと思う気持ちでウズウズしているところだ。


 あちらの世界では中々自分の腕を試せる相手が現れないから、こうして知らない流派の、手の内が分からない相手と巡り合えたのは一先ず良かったのかもしれない。


「うむ、その返事が聞けて何よりだ。もしも、今回のようなことがあれば私に言うといい。必ず、助けてやろう」


「それは、僕たちの顧問としてということですか?」


「今はまだ、な。だが、いずれは良き好敵手になることを願う」


 まさか、イリヤとお近づきになれるとは思わなかったが良い兆候だ。これで少しだけ、こちらの生活も良くなると思いたい。


 ついでに、副産物も貰うことができないかを試してみようか。


「では、その好敵手になるための質問に答えていただけませんか?」


「ほう? まあ、構わない。私に答えられることなら、答えるぞ」


「あの西城……。もしかして、彼があまり疲れていなかったのはスキルのおかげですか?」


 僕が聞きたかったこと、それはスキルについてだ。第一にどんなスキルが存在するのか、一つでも多く知っていれば戦略の幅も格段に広がるはず。


「察しの通り、あれは恐らく『超回復』だろうな」


「超回復?」


「どんな疲労や傷も、瞬時に修復してしまうスキルだ。主に、聖騎士や聖剣、勇者の天職を持つ者に現れやすいとされている。そんなことが聞きたかったのか?」


「いえ、これはあくまでも参考に過ぎません。スキルにはどういったものがあるのか、それを知りたいと思ったんです」


「なるほどな。と言っても、スキルは千差万別、効果が知られているものもあれば未知のものもあるのでな。例えば、この世界にやってきた勇者らは『言語理解』と『解析鑑定』を必ず持っている。それぞれ、あらゆる言語を理解し話すことができる、あらゆる物のステータスを確認できるという代物だ」


「効果を知っているのは、イリヤさんもそのスキルを持っているからでしょうか?」


「いや、書物や人の口から伝え聞いたからだ。ステータスプレートがあるだろう? そこから、スキルの内容を確認できる」


 僕はステータスプレートを取り出し、スキルの書いてある場所をタップする。すると、確かに彼女がした説明と同じような文面が載っていた。


「確かに、そのようですね。そして、僕の予想が正しければ……」


 僕は頭の中で『解析鑑定』を使いたいと考えた。すると、イリヤのステータスを覗き見ることができたではないか。


名前:イリヤ・セントルイス 年齢:26歳

レベル:63

攻撃力:249

防御力:231

素早さ:278

持久力:282

魔力 :142

スキル

『聖剣』、『身体強化』、『縮地』、『ガードブレイク』、『限界突破』、『聖なる裁き』

天職『聖騎士』


 うわ、このステータスは……。僕の五倍近くある上に、どのスキルも非常に強そうなものばかりだ。


 確かにこれなら、王国最強と謳われるのも納得だ。なのに、それでも勇者を召喚しないといけないなんて、魔王は一体どれだけの強さを持っているのか想像しただけでもゾクゾクしてくる。


「お前、私のステータスを見たな?」


「分かるんですか?」


「ああ。解析鑑定を使われると、それが相手に伝わる。本来、相手のステータスを覗き見るのはマナー違反だからな、そういうことは親しい間柄では避けろ」


「すみませんでした、そうとは知らず」


「いや、構わない。どの道、明日にでも全員のステータス情報を共有するつもりだったのだからな。お互いに背中を預けて戦うかもしれんのだ、仲間の力は知っておいた方がいい」


 彼女は寛容な心で謝罪を受け入れてくれ、聖母のように柔らかく微笑んだ。本当に良い人というか、何というか……これでは、とても申し訳なく思わざるを得ない。


「では、私のステータスもお教えします」


「いいのか?」


「どの道、共有するのでしょう? それに、いずれ手合わせする相手の情報だけを持っていると言うのは心地が悪い」


 僕は強引に彼女へと自分のステータスを見せた。これでお互いにフェアな立場になれたと思えば、特に後悔は存在しない。


「陰法術に、陰術師か……。君はてっきり剣士だと思っていたから、少し残念だ」


「どういうことですか?」


 彼女の表情が一気に暗くなっていく時点で、何か嫌な予感がする。これから僕は、どんな審判が下されるというのだろうか。


「陰法術は本来、陰の形を自由に操るだけで戦闘向きではない。雑技団に入り、プロの影絵になるくらいしか取り柄の無いとされているスキルのはずだ」


「そうなんですか?」


 まさか、そんな頼りのないスキルだとは露も思わなかった。しかし、彼女の言葉にはどうやら続きがあるらしいし、その可能性には何となく僕も気づいていた。


「お前も、実はもう気づいているのだろう? スキルというのは、未知なる部分も多い。私たちはこちらの世界での常識に囚われているが、君たちならもしや、もっと別の使い方ができるのかもしれない。私たちが勇者を召喚するのは、そういった期待も含まれている。頑張れ、カナタ」


「はい!」


「君も疲れているだろう。そろそろ部屋に戻って、夕食の時間まではゆっくり休むといい」


「そう言えば、お昼もまだでしたね」


「これだけ走ったのだ、皆もお腹を空かせているだろう。私は、メイド隊と協力して彼らを運ぶのを手伝ってくる。ではな」


 こうして僕は彼女と別れ、やってきたメアリーと一緒に姫神を部屋まで運んでから自分も床に着いた。その日はとにかく疲れていて、そのまま眠ることになったので他の人がどうなったのかは全く分からない。


 泥のように眠り自分の体力が回復しきるのをただ待つばかりだったのだが、今この瞬間にも僕に忍び寄る魔の手が存在することを僕は知る由もなかった。

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