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日陰の者は闇と踊る  作者: 黒ノ時計
第二章 〜王城生活〜
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訓練、それは生き残るために

「魔王討伐のための訓練っつうのは、つまり筋力トレーニングでもするってことか?」


「ああ、そういうことだ。召喚される勇者らは、そのほとんどが戦うことに対して疎い、あるいは全く経験がないとされている。戦闘訓練をすることによって、来たる魔王討伐に備えるのだ。至って、単純な話だろう?」


 西城の質問にイリヤはそれらしい回答を渡した。僕も疑問に思っていたのだけれど、日本人が異世界に召喚されたり、行き来したりできるようになって、どうして急に魔物みたいな怪物と戦う……つまり、殺すことができるようになるのかってね。


 魔王討伐なんて一言で言うけれど、実際は血なまぐさい戦闘になることが想定される。僕や姫神はイノシシや熊みたいな大型動物の殺傷経験があるが、父親殺しを除けば僕に殺人の経験は無いし、姫神に至っては人を殺したことなどないはずだ。


「お前たち勇者は、召喚されて特別な力を得た途端に凄く強くなった、何でもできると勘違いする輩が多い。そうして、多くの勇者が命を落としている」


「そんな、嘘でしょ……」


「それって、死ぬってことか?」


「そんなのやだ!」


「静粛に! まだ経験してもいないことに取り乱すな!」


 ざわつき始めたのを、イリヤが一喝して全員を静かにさせた。しかし、場の空気は雪山にいるときのように凍り付いた雰囲気で、そこにはもう勇者召喚による浮かれは全く存在しなかった。


 少なくとも、今の時点で騒いだ人間には少なからず死への怯えがある。これを乗り越えられるか、それとも挫折するかでこの先の人生も決まってくるだろう。


「ようやく、お前たちはこれが命懸けの戦いだということを認識したわけだ。少なくとも、声を上げた奴は死にたくないと思っているはずだ。だが、それでいい。むしろ、その感覚を忘れるな」


「いいのでござるか? 死にたくないと、思っても?」


「当然だ。我々は、この先の未来を生きるために訓練をしたり、戦ったりしている。勝てない敵に遭遇したら逃げる、大いに結構。死にたくない、だから隠れてやり過ごす。それもまたよし。私の部下にも、言い聞かせていることだ。自分の命を、仲間の命を、何より大事にしろとな」


 へえ、勇者を召喚した一味なら脳筋軍隊よろしくの「魔王討伐のために死ぬ気で戦え!」とか言うのかと思った。けれど実際は、イリヤに関しては命の扱い方を弁えているお爺ちゃんみたいな人らしい。


 それを聞いた渡辺も安心したようで、胸をほっと撫でおろしている。


「だが、逃げ隠れするだけで生き残れるほど世の中は甘くない。突然、敵に襲われて囲まれたら逃げられないかもしれない。そんなとき、戦う術を知っていれば自分が生き残れる可能性が生まれる。この訓練は、お前たちが将来を生きるために行うものだと知れ。いいな?」


「「「「はい!」」」」


 なんだかんだ言って、初対面のはずのクラスメイトたちをこうもあっさりと一致団結させた。王国騎士団長に所属するだけあって、リーダーとしてのカリスマ性も実に優れているようだ。


「魔王討伐、やってみようかな」


「どうせ戻れないんだ、できることはやっておこう!」


「イリヤさん! 一生ついていきます!」


 クラスメイトたちが互いにワイワイと異世界への展望を話している中、僕もまた一人考えにふける。


 彼女も言っていた通り、死にたくないと思うことは大事なことだ。死にたくない、もっと生きたい、それが人間の活力に繋がることをこの手が、目が、そして記憶が覚えている。


 だから、僕は生き残ってみせよう。あの父親を殺した時から僕は、父親殺しの贖罪として「どんなに辛く、苦しいことがあっても、決して生きることを諦めない」と心に誓ったのだから。


「奏多」


「どうしたの、姫神?」


 隣に座っていた彼女は体育座りをした福与かな桃に少女らしい顔をちょこんと乗せ、綺麗な黒目に水面に反射する陽光のような奥ゆかしさを反映させながら言った。


「共に頑張ろう。そして、最後まで生き残ろう。一緒に、元の世界に帰ろう」


「……うん。そうだね。そうしよう」


 今の僕には、姫神という心強い味方もいる。僕一人だったら少しだけ心細かっただろうけれど、彼女と一緒ならどんな戦場だって生き残れる……そんな予感がして、嬉しさのあまり口元が緩むのを止めきれなかったのだった。


「では! これより基礎体力作りの訓練を行う! 一週間はこれで様子を見て、そこから各々の天職に合わせた訓練も導入していく! 一か月後のパレードの後、初のダンジョン攻略に臨むための準備期間と思って励むように!」


「「「「はい!」」」」


「良い返事だ! それでは、最初の訓練内容は……このグラウンドを外回りで百周!」


「「「「はい……ええええええええ!??」」」」


 クラスメイトたちの士気が天高く高揚しかけていたのが、一気に地下深くまで墜落したのを声のトーンから察した。このグラウンドは外周で1キロメートル近くあるのに、それを百周分なんてフルマラソンを二周以上できてしまう。


 僕と姫神もお互い顔を見合わせ、思わず溜息を吐くくらいにはえげつない内容だ。そして訂正、イリヤの本質はどうやらガチムチな脳筋で間違いなかったようである。


 こうして、僕たちにとっては地獄に等しい訓練生活が幕を開けたのだった。

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