ステータス、オープン
朝食を済ませた頃のこと、メイド長を名乗る人物から一件の通達があった。
「改めまして、私はメイド長を務めさせていただいておりますマイアと申します。これより、皆様を訓練場の方へとお連れいたします。そちらで、我が国最強と名高い王国騎士団長がお待ちです」
というわけで、僕たちは部屋で一度訓練用に用意された動きやすい服に着替えた。布製で素朴な感じだが仕様としては悪く無く、防御用のパッドもあったので肩や胸、足の第二間接に装着して準備完了である。
やってきた訓練場は学校のグラウンドくらい広い場所で、円に囲まれたそこは地面が大地の色に染まっていた。恐らく、より実践に近いフィールドで訓練することを目的としているのだろう。
そして、先陣を切って歩いていたクラスメイトたちの間から見える向こう側、フィールドの中央に仁王立ちをしている人物がいた。恐らくは、あの人こそが僕たちを待っていたという王国騎士団長だろう。
……いや、間違いない。
「奏多、あいつはとんでもなく強いぞ」
「分かってる。僕も、今感じ取った。あの人は、ヤバい。お爺ちゃんと同じか、それ以上に」
入り口でたむろしている人垣が邪魔してまだシルエットしか見えないけれど、ひそひそ声で話す姫神の言う通り「あれ」はヤバい。立っている雰囲気から既に常人とは異なる気配を漂わせており、半径二……いや、三メートルくらいは彼女の間合いになっている。
不用意に近づけば、本来なら斬られてもおかしくない。呼びつけておいて、いきなり斬られることはないだろうけれど、分からないうちは間合いの外にいるべきだろう。
「ようやく来たか、勇者一行。どうした、もっとこちらに来い」
恐らく、騎士団長さんの声なのだろう。少し低いが、女の人っぽい声で少し意外だったがシルエットは確かに細身だったし、姫神も剣術をやっているので別に違和感はなかった。
メイド長のマイアが闘技場入り口の脇へと避け、僕たちに道を譲った。この先は僕たちだけで行かなければならない、そういうことなのだろう。
皆もまだ警戒していたようだったが、西城が先頭に立って騎士団長へ近づいていくと遠藤、そして他のクラスメイトたちが彼に付き従うようについていく。僕と姫神は、少し離れた距離から間合いを測りながら慎重に足を前に進めていく。
そして、彼女の間合いに入るギリギリのところで僕たちは止まり様子を窺うことにする。
他のクラスメイトたちはチラチラこちらを見ていたが、特に不自然な様子などは感じ取れず普通に不仲だから距離を取っているくらいにしか思わなかったのだろう。すぐに騎士団長なる人物に注目して、こちらへの興味は失ったようである。
「何をしている? 早くこちらに来ないのか?」
女の人の声だ、さっきも聞こえた。小さすぎない、しかし非常に耳に響く聞き取りやすい声色である。
僕は姫神と視線でやり取りを交わし、こちらからも確認を取ることにする。
「そちらへ行った方が良いですか? 僕たちは、このままの方が何かと都合が良い気がしますけど」
「構わん。お前たち二人の懸念は何となく察したが、案ずるな。ここでは皆平等、除け者にはさせん。それから、いきなり斬ったりもしないから安心してこちらに来てくれ。話しづらくて困る」
とのことだったので、迷惑そうにするクラスメイト達の視線を浴びながら、彼らとギリギリ距離を空けた位置について彼女の話を拝聴することにした。
近づいたことで、彼女のシルエットがよりはっきりと眼に移り込む。風の色に似た銀色の長髪を靡かせ、それと同じ色をした甲冑をまとった凛とした佇まいは山頂に咲く一凛の花のように美しかった。
しかし、その繊細さとは裏腹に獅子のような迫力を細身に秘めており、更には僕たちにも分け隔てなく接することができる人間性も併せ持った女神のような人物だというのが第一印象である。
「さあ、これで全員だな。私の名前はイリヤ・セントルイス。現王国騎士団長にして、聖剣の二つ名を持つ女騎士だ。これでも王国最強と言われるだけあって、女だと思ってあまく見たら痛い目を見るから気を付けるんだな。早速だが、お前たちには自分の可能性とも言えるステータスを確認してもらう。それによって、訓練内容も個人で変わってくるだろうからな」
「おいおい、いきなり訓練の話かよ。もっと他にないのか?」
「何だ、ヒデキは私に一発芸を所望か? 生憎だが、私は剣一筋の女だからな。そんなものを期待されても困るぞ」
「……どうして、俺の名前を?」
「お前だけではない、ここにいる全員の顔と名前を把握している。これからお前たちの師匠になるんだ、当然のことだろう」
僕たちは一度足りと顔を合わせていないはずだが、よく覚えたものだ。恐らくは、あのお付きのメイドさんたちからの情報共有が主だろうが、監視カメラのようなシステムがあるのだろうか?
何にせよ、僕たちは自分たちが認識できていない場所からも一挙手一投足を見られていると思って良いようだ。軽率な行動は控え、こちらも探りを入れながら行動しないといけないな。
「イリヤ様、ステータスプレートをお持ち致しました」
「ありがとう、マイア。相変わらず、予定通りだね」
「それが私のお仕事ですから。それでは、失礼致します」
マイアは台車にステータスプレートとやらを積んで持って来てくれたようだけれど、自分の仕事を終えると優雅にお辞儀をして闘技場の入り口の方へと消えて行った。若干、後方にまだ気配が残っているので、ここで何かあったときに対応してくれるつもりなのだろうと察した。
「諸君、これがステータスプレートだ。全員に行き渡るよう後ろへ回して行ってくれ」
彼女が手にしたそれは、鉄のようなもので作られた免許証くらいのサイズの板だった。あんなものがどんな役に立つのか興味をそそられたが、案の定、僕たちの前にいた生徒たちは僕ら二人にそれを渡す気はないらしく手を止めた。
「おい、そこ! 後ろまで渡すように私は言ったぞ! プレートは人数分あるから、早く後ろへ回してくれ!」
前にいた生徒……女子だったが名前が思い出せない。ともかく、Aさんはイリヤの威圧を受けて怯えながらも僕らにそれを渡してくれた。
「ありがとう」
「っ! ご、ごめんな、さい……」
単にお礼を言っただけなのに、委縮されただけでなく謝罪までされてしまった。何か僕たちが悪いことをしたみたいで気分は良くなかったけれど、今更なことだったので気にしないことにした。
姫神にもプレートを手渡し、「ありがと」という言葉と交換してから物をよく観察する。手触りも普通の金属と遜色なく、裏表も特に存在しないようである。
叩いたり、撫でたりしてみても変化は見られず、説明を受けないと使い方が皆目見当もつかないものらしかったので、今はイリヤの言葉を待つことにした。
「さて、これで全員に行き渡ったな。これはステータスプレートと言って、各個人の能力値を確認するための道具だ。あまりごたごたと説明するより、使ってみるが早いだろう。プレートに自分の体液を垂らせば、登録は完了する。血や唾液といったのが効果的だ、やってみろ」
僕はこれを舐めるような勇気もなかったので、自分の左手人差し指を少し噛んで血を出させてプレートに塗り込むように撫でた。すると、SF映画のような薄いモニターが目の前に浮かび上がった。
他の人の様子も確認してみるが、特に画面が浮いているような演出はない。不思議なことに、これが見えているのは登録した本人だけというシステムらしい。
見えている画面に書かれた文字は見たこともないものだったが、何故か読むことが出来る。というか、こっちに来てから会話自体に困ったことがないことから、きっとこれのおかげなのだろう。
名前:日陰奏多 年齢:17歳
レベル:1
攻撃力:61
防御力:47
素早さ:55
持久力:58
魔力 :126
スキル
『言語理解』、『解析鑑定』、『陰法術』
天職『陰術師』
ゲームの画面みたいに自分の能力を把握することができた。どうやら、これがステータスと呼ばれるもので、これからこの世界で生きていく上で重要になってくる物のようだ。
周囲のクラスメイトらや姫神も自身のステータスを確認できたらしく、各々が一生懸命に虚空を見つめては頷いたり、小さく声を上げたりしている。
「どうやら、全員が無事にステータスを見れたようだな。では、これからステータスについて簡単に説明する。よく聞くように。まず、名前と年齢に関しては実名、実年齢が表示されている。これを偽造することはできないので注意しろ。また、失くした場合は冒険者ギルドで再発行できるが、これを持っていないと何かと不便だろうから失くさないように」
要約すると、このステータスプレートがこの世界において身分が存在しなかった僕たちの身分証明証の代わりになってくれるということだ。身元が分からない人間を受け入れてくれる施設や国はそうそうないだろうし、名前さえ確認すれば召喚された勇者の一人であることも分かるはずだ。
しかし、偽造できないということは偽名を名乗る際などには十分な注意が必要だろう。迂闊に名乗って職務質問などを受けたら困るし、無いとは思うけど指名手配などをされたら逃げるのが困難になりそうだ。
「次にレベルだ。これは魔物などの生物を倒すと上げることができ、自分より強い相手を倒せばより早く上がる。これと連動して、攻撃力以下基本の五種類のステータスが上がる。ただ、この五種類のステータスに関しては成長に個人差があるので、レベルを上げても上がりにくい奴もいるだろうが気にしないでほしい」
これは完全にゲームのような感覚に近く、言わば、よくあるRPGのシステム仕様とそっくりなものだ。何となくではあるけれど、初期ステータスの数値は自分の身体能力を参考にしているようである。
今頭の中で走らせている様々な可能性を試したい限りだが、まだ彼女の話は続いているようなので耳を傾けておくことにする。
「最後にスキルと天職だ。天職は自身の適性を表すもので、これもステータスの上昇や獲得できるスキルに影響を与える。そして、スキルは神より与えられし特別な技能で、君たちの魔王討伐に大いに役に立つだろう。スキルの獲得条件にも個人差があったり、天職の適正によっては獲得できないスキルもあるから注意するように」
スキルもまた、ゲーム同様のシステムと仮定すると個々人が持つ特技や必殺技みたいなものなのだろう。個体同士で覚えられる技が違うように、この世界に住む人々の数だけ覚えられるスキルの組み合わせは異なるということになる。
魔王討伐という目標を達成する上で、スキルの獲得条件を探り手に入れることや皆んなと違う行動を取ることで新しいスキルの獲得を誘発することが肝になってくるのかもしれない。これも追々、探っていくしかなさそうだ。
「大まかな説明は以上となる。質問はあるか?」
流石に説明を聞いたばかりでは質問も思い浮かばないのか、皆は特に反応を示すことはなかった。イリヤは視線を一巡させて一通り確認を済ませると、フッと口角を上げて桜色の唇を動かした。
「では、これにてステータスの説明は終わりとする。個別で質問があれば、私に答えられるものならいつでも答えよう。では、次に魔王討伐に向けた訓練内容について説明する!」
ここまではチュートリアルで、本番はここからのようだ。王国最強の騎士団長が課す訓練とは一体どれだけ厳しいものなのか、ほんの少しだけ楽しみだ。