三題噺『失敗、迷宮、田舎』
夕方も近いというのに強く照りつける太陽が大地を照らす。
太陽が沈みゆく山の麓へ、一台の古びたバスが停車した。革製の通勤カバンを手にしたスーツ姿の男性が降りてきて恨めしそうに太陽を見る。木陰に入ると上着を脱いだ。
九州を横断する山々と田畑が陽光で輝く平野。どこからともなく、川のせせらぎが聞こえてくる。バス停から1キロは離れているだろう場所に民家が密集して建っていた。
九州の端も端の地域こそ、榊原の赴任先だった。
携帯型通信端末で地図を確認していると「こんにちは。すみません、榊原さんですか」と、歩いてきた青年に話しかけられた。
「はい、こんにちは。私『株式会社ダンジョンクラフト』の榊原と申します」
「やっぱり、ダンクラの。大家の水谷です、どうも」
「今日からお世話になります。しかし、よく私が関係者だとわかりましたね」
水谷は人懐こい笑顔で「スーツを着るような業種の方は、みんな自家用車で通り過ぎてしまいますから」と答えた。
「今日はもう遅いですし、ご自宅に案内しますよ」
「ありがとうございます」
夕日が照らすコンクリートの道を、二人並んで歩く。家はすぐ近くにあった。瓦の屋根が特徴の比較的大きな一軒家は、茜空を背景に佇んでいる。元は家族で住んでいたのだろう、庭には自転車がある。物置の扉は半分ほど開け放たれていた。物置に入れられている土木用の一輪車や大型のシャベルが夕日によって赤く染め上げられて、榊原はどことなく胸が締めつけられた。
「立派なお家ですね」
「ありがとうございます。庭に置いている自転車などは好きに使っていただいて構いません」
会釈して去っていく水谷を見送り、榊原も新居へと入っていった。