第一章【4】
とにかく、柏木さんの説得により三人は一旦帰宅し、気が向いたときにこの屋敷に遊びに来るという形をとることになったのが昨日の話。
なのにいくらなんでも。
「昨日の今日はないわぁ」
「心の声が漏れてるわよ、蒼斗」
「うぐ」
最近、心の声が溢れ出しちゃうんだよなぁ。ストレスかなぁ。
「ふん、ちょっと暇だから来ただけよ。べ、別にアンタと遊ぶのが楽しかったわけじゃないんだからね!」
茉姫が顔を赤くしてぷいっとそっぽを向く。
「わーツンデレだー」
「心の声! あとツンデレじゃない! おしおき!」
「うひゃぁん♪」
そのボタンだけは本当にやめろ!
「うふふ、そういうわけなので今日もアオ君で遊ぶのです」
今、アオ君『で』って言ったよね? 聞き間違いじゃないよね?
「まぁいいか……来ちゃったもんはしょうがないし。で、何するの」
「もちろんゲームよ!」
「お部屋でお話したいことがあるんです」
「お庭でいーっぱい遊びたい!」
「見事にばらばらじゃねーか……知ってるけど」
見たままだが三人は趣味が全く違う。
それに加えてお嬢様らしく我も強いので皆で仲良く遊ぶ、誰かに合わせるという発想があまりないらしい。
このせいで個別に対応するしかなく先の一週間がデスマーチになったのだ。
「で……」
誰から始めようか。と言う前に、三人が寄ってたかって俺を掴み引っ張り合いを始めてしまう。
「蒼斗、もちろん私が先よね!」
「アオ君、わたくしが先ですよね?」
「アオ兄ぃは乃愛と遊ぶんだよね! ね!」
「引っ張るなって! 制服が伸びる! 腕がちぎれる!」
もちろんそこに譲り合いなど存在しない。絶対に自分の意見を通すのだという強い意志。
こういうワンマンさが金持ちたる所以なのか、ただのワガママなのかは分からないが、大岡越前だったらお前ら余裕で裁かれてるぞ。
「では、こうしてはいかかでしょうか」
「うわっ、びっくりした!」
バイクをしまい車庫から戻ったのだろう、柏木さんが音も気配もなく現れる。
「人心を掌握するにはアメとムチの使い分けが何よりも重要です。とりわけ平民はちょっと金目のものを与えるだけで喜んで浅ましくしっぽを振るのが世の常」
なにその暴論。一般の方々に怒られるぞ。
「というわけで、お嬢様たちには蒼斗様が喜びそうなご褒美を考えていただき、いちばん蒼斗様の心を動かせた方から順番に蒼斗様がお相手いたします」
なるほど、柏木さんはこのゲームを通じて上流階級としての心得のようなものを学ばせようとしているらしい。
やっぱりメイド長だし色々考えてるんだろう。
「その名も『雑魚貧民の心を掴め選手権』です」
「ちょっとでも関心した俺がバカだったよ!」
大炎上してそのまま爆発してしまえ!
「面白そうね、やるわ!」
「アオ君が好きなものって何かしら、うふふ」
「乃愛、ぜったい負けないよー」
「蒼斗様は十点満点で採点してください。それでは乃愛様からどうぞ」
「よーし、まかせて!」
乃愛がむんと気合いを入れて俺の前に立つ。
乃愛はたまにやりすぎてしまうきらいがあるが、基本的には無邪気で子供っぽいしそんなに変なことは言わないはずだ。
たぶんお菓子とか玩具とかそんな感じだろう。
「アオ兄ぃ! セブ島の無人島を一個あげるから乃愛と遊ぼ!」
「セレブリティッ!」
セブ島ってなにそれどこ。高校生が無人島をもらってどうしろっていうの。
「セブ島は日本からも比較的近いですし、乃愛様、なかなか良いチョイスですね」
「えへへー」
「では、蒼斗様、判定をどうぞ」
「うーん……とりあえず三点くらいで」
「えー! なんか低くない!? アオ兄ぃ無人島いらないの?」
「いるかいらないかで言ったら欲しくはないな」
「むー」
乃愛は点数の低さに不満げだが、これでも俺の中ではだいぶ苦慮した結果だ。
今後のこともあるから基準点としての三点であることを知ってもらいたい。
ぶっちゃけ一点でもいいくらいなんだぞ。
「次は白雪様。お願いします」
「はい、頑張ります」
両手をぐっと握ってポーズを取る白雪。気合いは十分だ。
白雪か。
こいつは根っからのドSだけど三人の中では一番常識人だからきっと大丈夫だろう。そこそこ無難なやつを選んでくれるはずだ。たぶんきっと。
「アオ君には遊園地のアトラクションになる権利をあげます」
「ん? どういう意味だ?」
「正確にはアオ君をモチーフにしたアトラクションを作るってことですね。具体的に言うと四つん這いのアオ君の等身大フィギュアを作って、その背中に乗って遊ぶメリーゴーランドみたいなのが良いと思います、あと、お尻をムチで叩くと速度が速くなりますっ」
「馬車馬っ!」
なんだよその悪趣味なメリーゴーランドは。
あとすごく早口ですごく気持ち悪いよ、キミ。
「白雪様らしい発想ですね。その筋にはとてもウケると思います。では採点をどうぞ」
「一点で」
「ガーン、すごく低いです」
こっちがガーンだよ。
『我々の業界ではご褒美です』を地で行く人なんているわけないだろ。
「ふっふーん! いよいよ真打ちの登場ね! すっごいの思いついちゃったから私の勝ちで間違いないわ!」
「すごく嫌な予感しかしないけど一応聞いてやるよ」
茉姫は色々ぶっとんでるから何を言っても驚かないが、流石に人間を馬にする白雪を越えてくることはないだろう。
「世界一周旅行なんてケチなことは言わないわ。世界百周旅行をプレゼントよ! どうすごいでしょ!?」
「え、日本から出てけってこと? じゃあ零点で」
「なんでよ!? アンタ頭がどうにかしてるんじゃないの!?」
二度と故郷の地を踏めないような旅行をプレゼントするやつのほうがどうかしてるよ。
「さて、結果ですが。乃愛様が三点。白雪様が一点。茉姫様が零点ということになりましたので、蒼斗様がお相手をする順番は乃愛様、白雪様、茉姫様の順でよろしくおねがいします」
あぁ、そういうゲームだったっけ。趣旨を忘れてた。
「わーい、乃愛が一番!」
「チッ、これだから雑魚貧民は」
「お馬さんごっこ、そんなに駄目でしょうか……」
あれらを本気でご褒美だと思っているところを見ると、やっぱり金持ちってやつはどこか頭のネジが外れているのだと再認識させられる。こっちの常識なんてまったく通じないのだ。
「じゃあアオ兄ぃ今すぐ遊ぼう! 時間がもったいないよ~」
「あ、あぁ分かったよ」
「それでは、残りのお二方は私が勉強を見ますので書斎の方に行きましょう。勉強をしていない一週間分を取り戻さないといけませんから」
こうして俺の長い一日は始まった。
しかし、俺は学校にいつになったらいけるようになるのだろうか……?