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第一章【2】

 プツリと通話が切れる音がして柏木さんの声は聞こえなくなる。何もかも一方的だった。

 完全にこの状況に取り残された千砂がそわそわとこちらの様子を窺っているが、事情を説明するのは困難そうだ。

 

「じゃあ、俺、早退するから先生にそう言っといて」

 

 シュバッと手を上げ千砂に別れを告げる。

 こういうのは素早く手早く明快に、だ。

 ついさっき掛けたばかりのカバンを手に取り、教室を後にする。

 クラスメイトたちの目線は少々痛いが、明日には忘れてくれていることを祈ろう。

 

「ちょっと! 蒼斗ぉ!」

 

 千砂の咎める声を背に廊下をダッシュ。

 あと二分。

 

 廊下は走るなというお決まりの約束事を盛大に無視しながら階下へと急ぐ。

 あと一分。

 

 昇降口、上から三番目、右から十八番目の下駄箱を流れるように開け、昨日強引に変えられた真新しい靴を取って放り出す。

 履いていた上履きは無造作に突っ込んで、靴の踵を踏み潰したまま外へと飛び出した。

 あと三十秒!

 

 校門までの並木道を駆け抜ける。頬をかすめていく風が気持ちいい。

 もうすっかり散ってしまったが桜がキレイなんだここは。

 

 間に合う! 間に合え!

 

「俺! いま青春してる!」

 

 両手を大空に向けていっぱいに広げる。

 学校という枠から外れて知らない世界へと飛び出そうとしている。

 そんな予感を心の底から抱いていた。

 

「あ、現実逃避しても全くもってタイムアウトですので、お疲れさまでした」

 

 学校前に似つかわしくないロングスカートの正統派メイド服姿で、柏木さんは斜め四十五度の丁寧なお辞儀をした。

 

「むしろこの速さでここにきた俺を褒めてほしいけどね!? というか二分三十秒しかないってそもそもおかしくない!? どう考えてももっと早く連絡できましたよねぇ!?」

 

 人生で一番全力で走った長距離走だったと思うよ。

 結果よりも過程の頑張りを見ようよ。そういう強硬な姿勢が若者をダメにするんだよ。あとホウレンソウ大事。

 

「はぁ、そうですか。蒼斗様と口を利く時間が惜しいのでさっさと乗ってもらって良いですか?」

「辛辣ぅうううううっ!!」

 

 柏木さんがポンと手渡してきたのはフルフェイスヘルメット。

 そしてメイド服の柏木さんの隣にあるのはドゥロロロと高圧的なエンジン音を響かせる真っ赤なスーパースポーツバイク。

 男なら一度は夢見、憧れるであろうスポーツカーとスポーツバイク。その片翼が今、俺の目の前に降臨していた。

 

「あの~……これは」

「バイク以外の何に見えます? 眼科行きますか?」

「なぜにバイク!? 迎えにくるなら車でいいでしょうが!」

「私の趣味です。さ、乗ってください」

 

 メイド服姿のまま颯爽とバイクに跨がり、クイッとサムズアップで相乗りを促す。

 ぶっちゃけちょっとカッコいいんだけど、どうも腑に落ちないというか。

 

「嫌な予感がする」

「心の声が漏れてますよ。いいから乗る」

「うぐっ」

 

 柏木さんに無理やりメットを被せられ、乱暴にバイクの後ろに乗せられる。

 しかし、後部座席はあってないような狭さで、どうしても柏木さんと体が密着してしまう。

 

 や、柔らかい……。 

 

 柏木さんの体温やら柔らかさやら良い匂いやらが、俺の思考をどんどんピンク色に支配していく。このままでは不味いということだけは分かるが、抵抗しようもない。

 男子高校生には刺激が強すぎるんですよ!

 そんな俺の気配を察したのか、柏木さんがメット越しに一瞥しつぶやく。

 

「……変態?」

「変態じゃない! むしろ健全だよ!」

 

 そこはしっかり否定しておきたい。我、健全なり。

 

「まぁ、どちらでもいいんですが、それよりもっとしっかり腰に手を回してください。そのままだと振り落とされて死にますよ」

 

 自分からさらに密着しろと!?

 

「俺に死ねというのか……」

「死なないでくださいと言っているんですが」

 

 呆れ顔で溜息を吐く柏木さん。

 

「とにかくもう出発しますよ。死にたくなければしっかり掴まってくださいね」

 

 柏木さんがハンドルを握ると、ただでさえ大人しくないバイクの排気音が地響きを鳴らし、ぞわりと背筋が凍る。

 

「私、少しだけ運転が荒いので」

 

 柔らかい? いい匂い? 恥ずかしい?

 そんなことを考えられなくなるくらいの超高速ハードビートな運転テクニックに、恥をかなぐり捨ててしっかり掴まっていたにも関わらず、俺の魂は半分くらい確実に持っていかれたのだった。



 

「し、死ぬかとおもった……」

 

 セーフティーなしのジェットコースター。命綱をつけないバンジージャンプ。

 いや、あれはパラシュートなしのスカイダイビングだった。

 

 絶対に曲がりきれないだろうというスピードでコーナーぎりぎりに突っ込み、何度、壁に地面に擦られたか途中で数えるのを止めてしまった。

 制服が微妙に焦げ付いているのが、その証明といえるだろう。

 正直、今こうして生きて立っているのも信じられないくらいなのだ。

 

「では、私はバイクを戻してきますので、また後ほど」

 

 青ざめてふらふらな俺とは対照的に、柏木さんは眉一つ動かさないまま、バイクを押して車庫の方へと行ってしまった。

 

「はぁ……いくか」

 

 今すぐにでも横になりたい気分だけど、到着が遅れれば遅れるほどあのワガママお嬢様たちにどやされることが確定しているので仕方なく歩きだす。

 

「「「おかえりなさいませ、蒼斗様」」」

 

 屋敷の玄関先には十人ほどのメイド姿の女性たちが佇んでおり、俺が近づくと一斉に深々と頭を下げた。

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