第一章【1】メスガキと戯れの時間は続くよどこまでも
「っぁあああああ…………っ」
机に突っ伏し、声にならないため息を吐く。
久しぶりの机の硬く冷たい感触に上半身を預けながら、そのまま教室内に目をやった。
挨拶をかわしたり、談笑をしたり、ノートを貸し借りしたり。
クラスメイトたちが楽しそうに過ごしている姿を見て、ここが本当に日常なんだと思い知らされていた。
この場所には自分のことを気にする人間なんて誰もいない。
罵ってくる奴も、危ない奴も、無邪気に傷つけてくる奴もいないのだ。
そう思ってしまうとあまりの開放感ににやけ顔が止まらなくなってしまう。
「学校って…………最高」
噛みしめる。俺は学生で人間で自由なのだと。
「ちょっと蒼斗!」
今なら何かとやかましい幼馴染、若葉千砂の声もこんなにも心地よく聞こえるってものだ。自由って本当に素晴らしい。
「なんだろうか、千砂君。俺は今猛烈に感動しているところなんだ。日常という名の平和に」
「はぁ……? そんなことより! 蒼斗は一週間も学校休んで何してたの!?」
そんなこととは失礼な奴め。お前に俺の気持ちなんて分かんないだろうな。
「なんか蒼斗の家は工事してるし、蒼斗は学校こないし、電話しても繋がらないし、メールしても返信ないし……。すっごい心配したんだからぁ……ぐすん」
千砂は怒ったような安心したような複雑な表情でにじむ涙を拭っていた。
確かに。俺の置かれた状況を考えたら一家蒸発にしか見えなかっただろう。
思い起こすは一週間前のこと。
俺は登校中に変な黒服の集団に襲われ、なすすべなく誘拐されてしまった。
そして連れて行かれた大きな屋敷で小生意気な三人の少女たちに散々な精神汚染を受けた後、目つきの悪いメイドに少女たちのペットになれという宣告を受けてしまったのだ。
その後、さんざん少女たちに振り回され、今日からようやく学校に通えるようになったといったところだ。
以上、回想終了。
「そうか、心配させて悪かったな」
千砂の頭をぽんぽんと撫でてやった。
昔からこうすれば泣き止むことを知っている。
「蒼斗……」
「親父たちは今頃フィリピンあたりで楽しく観光中だ。たぶん世界一周したら帰ってくるよ。あの家は取り壊してタワマンにするらしいぞ」
全部、柏木さんから伝え聞いた話だけど。
ぶっちゃけ二度とあの親どもには会いたくねぇ。俺を金で売り払った張本人だからな。
老後の世話には期待すんなよ、マジで。孫も抱かせないからな!
「蒼斗は? 今どこに住んでるの? ちゃんとご飯食べてるの?」
「俺は……」
ピピピピピッ!
千砂にどう説明したものかと悩んでいると、俺の首に巻かれた機械から電子音が鳴り響く。
「ちょっ! いくらなんでも早すぎだろ! まだ登校して一時間も経ってないぞ!」
俺は絶望の知らせに思わず叫び声をあげる。
俺がペットになったあの日につけられた、少女たちのペットである証。それがこの白銀の首輪だった。
軽量にして防水防塵ムレ防止。ハンズフリーで通話も出来るし、無駄に歩数計や体調管理機能も付いている高性能首輪。
ただしGPS付きで居場所はモロばれ、自分では外せないという厄介なシロモノだ。
「蒼斗それは……?」
「これは何ていうか、俺がどうしようもない状況に置かれているっていう証拠みたいなもんかなぁ」
十秒たっぷり電子音を響かせた首輪が鳴り止み、教室中の視線を一身に集めたところで俺は大きくため息を吐いた。さっきとは全然違う悲しみのため息だ。
そう、俺はどうしようもない状況に置かれている。
この首輪が鳴ったということは少女たちに呼び出されたということで。
その呼び出しに応じて今すぐ行かなければならないということに他ならないのだ。
「こんなの無視してもいいよね?」
『ダメです』
無機質な音声が首輪から発せられ、俺の心の声に即座にツッコミを入れてくる。
「おかしいな、心の声が漏れてただろうか」
『ダダ漏れですが何か?』
抑揚のない呆れ声。首輪から聞こえてくるこの音声はシリでもアレクサでもない。
あのメスガキどもの世話役のメイド長、柏木彼方のものだ。
「今ちょ~っと忙しいからさ、後で掛け直していいか? 首輪からいけるよね?」
『そんな機能はついてません』
「そっちからしか繋がらんのかい! 不便すぎるわ!」
『はぁ、蒼斗様から連絡されても迷惑ですので……』
「直球ぅううううううー!」
繋いだ覚えもないのに勝手に通話状態になるこの首輪。ただし返信不能とか機能が一方通行すぎるだろ。
「え? 蒼斗、誰と話してるの? 女の人?」
千砂は首輪と会話している俺に驚いているようだ。
ただでさえ複雑な俺の状況だが、どんどん説明が面倒になっていく。
「あ~、これはだなぁ」
『あと二分三十秒で到着しますのでご準備を』
俺の言葉を遮ってカウントダウンを宣告する柏木さん。
「ちなみに行かなかったら……?」
『首輪が爆発します』
「こっわ! 嘘だろ!?」
『嘘です』
笑うでもなく淡々とボケるのは嘘か本当か分からないから止めていただきたい。
想像して股間がヒュンってしたわ。
『では後ほど』