第三章【1】メスガキとデートでアミューズメント?
「さようなら、アオ君」
トン、と軽く押されただけで俺の身体は地上五百メートルの空中に放り出された。
立つべき地面は遥か下方にあり、街の全てがミニチュアのように見える。
現実離れした現実。
空に伸ばした手は虚しく空を切り、俺は抗えない重力によって地に堕ちた。
梅雨入り前の初夏の風吹く休日。
正確には茉姫たちのオフ日。
だから今日は土曜日でも日曜日でもなく、ただの水曜日だ。学校はもちろんサボらされた。
昨晩、白雪から急に連絡があり「白雪です。明日はみんなでデートに行きましょう、かしこ」という飾り気のない文面のメールが届いた。
意図は不明だったが少なくとも普通のデートのお誘いではないのは、ここ幾ばくかの付き合いで分かっている。
せめて俺の身が危険に晒されなければ良いんだが。
「で……ここは?」
朝、予定通りに現れた茉姫たちと一緒に車に乗り込み、そこそこの移動時間を経てたどり着いたのは全く人気のない超巨大なビルの前だった。
工事中の看板が散見されるあたり、まだオープン前なのだろうか
。
「ここはわたくしのお父様が作られたアミューズメント総合施設です。来月オープン予定なのですが、テスターとして遊ばせてもらえることになりましたので、今日はみなさんと一緒にと思いまして」
地上八十階、地下二十階に及ぶ超巨大アミューズメント施設『ドメスティックタワー』、通称、メスティー。
数多くの体験型ゲームを有しているというのが最大の特徴で、それ以外にも、動物園、水族館、美術館、博物館、ショッピングモールやレストランなどの商業施設が立ち並び、オープンすれば日本最大規模となるそうだ。
「すべての遊びがここにある。というのがテーマなんです」
「それにしても大きいわねー。一日で回りきれるかしら」
「今はまだ全部が開いているわけではありませんから、今日回る分であれば十分遊びきれると思いますよ」
「乃愛は身体を動かすやつやりたいな!」
「はい、そういうのもたくさんありますよ。後でいきましょう」
「わーい!」
「それはそうと……アオ君?」
「なんだ?」
「わたくしたちを見て、何か言うことはありませんか?」
白雪は春色のスカートをふわりとたなびかせる。
白雪たちを見て言うこと? なぞなぞか?
「んー、特に変わったところはないと思うけど」
いつもどおり、生意気そうなメスガキたちだ。
「はぁ……アオ君には女性のエスコートをもう少し勉強してもらったほうが良さそうです。今朝、わたくしたちに会った時点で気づかないのがおかしいんですけれども」
露骨に溜息を吐かれてしまった。
「アオ君、昨日言ったじゃないですか。今日は『デート』ですよ?」
「あぁ、本当にデートのつもりだったのか……」
今日やることはどっちかっていうと視察じゃないかなぁ。
「だから、アオ君のためにこうしておめかしして来たんです。頑張った女の子はちゃんと褒めてあげないとダメ駄メンズですよ」
めっ、と叱られてしまった。
めんどくせぇ、何だよダメ駄メンズって。
「わ、私は別にいつも通りだけどね!」
「自分で考えないと駄目だよって言われたから、乃愛が自分で着る服選んできたんだよ~。ちゃんと可愛くなってるかなぁ?」
つまり、今日の三人の服装はデート用に気合いを入れてきたということらしい。
「というわけで、アオ君にはわたくしたちの格好をよく観察して褒めてもらいます」
「えぇ……やめようぜ、恥ずかしいし」
「良くないです! デートといえば『ごめん、待った?』『いえ、いま来たところですから』『今日のお前、なんか可愛いな』『え、そ、そうですか?』『あぁ、めちゃくちゃ可愛い。今すぐ食べちゃいたいぜ』『あっ、先輩……』っていうのがぜったい必要なんです!」
あ、白雪の変なスイッチ入ってるわ、コレ。
あとその妄想デート、もしかして男同士じゃない? 大丈夫?
「蒼斗、どうでもいいけど白雪に変に逆らわないほうが良いわよ」
「白雪ちゃんはこうなると止められないからね~」
二人からもそんな認識なのか、憐れ白雪。
だが、逆らわないほうが良いのはもっともだろう。白雪は自分の目的のためなら多少の犠牲を厭わないタイプだ。
白雪が満足するまで延々と『お仕置き』をされたことを思い出し、身が震える。
「そ、そうだな。じゃあやろうか」
「はい! じゃあまずはわたくしからお願いしますね」
白雪が俺の前に一歩出てくる。
とはいえ、弱ったな。自慢ではないがファッションには全く興味がないのだ。
服なんて着られたらなんでも良い派だし、流行りやトレンドなんて一つも知らない。人の姿を見てもだいたい同じような服装に見えてしまう。
今の俺の服だってメイドさんが用意してくれたのをそのまま着てるだけだ。
衣類担当のメイドさんは俺が注文を付けないからか、とても楽しそうに着せ替える服を選んでいるみたいだけど。
「うーん……」
「うふふ、じろじろ見られるのってなんだか気恥ずかしいですね」
だから止めようって言ったのに。もう適当に褒めておけばいいかな。
「あぁー、うん。すっごい可愛いなぁあひあああん♪」
有無を言わさぬ高速の『お仕置き』。
「真面目に、お願いします」
「は、はい」
にっこりと笑っているが、目の奥がまったく笑っていなくて怖い。
これはこれ以上怒らせたら駄目なやつだ。




