プロローグ【2】
その後、ツインテール少女から何度も何度も「私たちのペットになれ」と言われ続け、それを断り続けること約一時間。
そんなこんなで今に至るのだが、俺を連れてきた黒服たちはいなくなっているし、誰も状況を説明してくれないしで、先程から一向に事態は進んでいない。
少なくとも死ぬようなことはないだろうと安心したところで緊張感が薄れ、代わりにどっと疲れが出てしまった。
いい加減ツインテール少女との押し問答も疲れてきたし、早く家に帰らせてくれないかな、ということばかり今は考えている。
「ねぇねぇ、ここ? ここが痒いの? どう気持ちいい?」
「あ~、もうちょい右。そこそこ、あ~いいわ~」
少女たちの中で一番子供っぽい見た目をしているボーイッシュ少女の乃愛が俺の背中を掻いてくれている。一生懸命で健気で可愛い。
あとはその優しさを俺の解放というところに向けてくれれば完璧なんだけどな。
「こら乃愛! 背中掻いちゃったら交渉にならないでしょ!」
「まぁまぁ茉姫ちゃん。背中が痒いのは可哀想です。まぁ、痒くて悶える姿もそれはそれで良いものなんですけれど」
うっとり微笑む黒髪少女のおかげでツインテール少女の名前が分かった。
茉姫、か。さすが姫と付くだけあってとんだワガママ娘だな。
ついでに、背中を掻くのがお前の中でどれだけ強い交渉カードになっているんだとツッコミも入れておこう。
「ふぅん、それもそうね。じゃあ乃愛。足でならいいわよ」
おい、いいわけないだろ!
「はーい!」
乃愛は元気よく手を挙げると、俺の背中をゲシゲシと足蹴にしてくる。
「痛い、普通に痛いって!」
加減というものを知らないのかテンションが上がって抑えが効かないのか、年下の少女の力とはいえ結構な痛みが走る。
しかも両手が縛られているので抵抗できないのがまた屈辱的だ。
「あははは! たのしー」
「うふふ、とっても楽しそう。わたくしもやりたいです」
「白雪も相変わらずそういうの好きね。でも私もやるわ!」
「ぐええっ」
最後、黒髪少女の名前が白雪と分かったところで、ここに空前の足蹴りブームが勃発した。
足、足、足。
あっという間に俺の背中は、茉姫、白雪、乃愛の三人の少女たちの足で埋め尽くされてしまう。
圧倒的な圧力に負け、顔面が完全に地面と口づけを交わす頃、ドアが二回控えめにノックされた。
「失礼します」
顔が地面にくっついているため、姿は見えないが落ち着いたクールな女性の声だ。
ここにきて声ありキャラクターが追加とは、もしかしたら、何か進展があるかもしれないとにわかに期待が高まる。
とりあえず、大人ならこの足どもを諌めて退かしてほしい。
「おや、楽しそうですね」
「ってお前もかいィイイイイ!」
思わずツッコミを入れてしまい、俺の大声に驚いた少女たちの足がピタリと止まる。
三人がスッと気まずそうに離れる気配を感じて、なんか俺が滑ったみたいですごく嫌な気分になるんだがどうしてくれる。
「ふ、ふん。雑魚のくせに大声ださないでよ。びっくりしたじゃない」
三人の中で一番距離を取っている茉姫。
精一杯強がっているみたいだけど、ビビったんだなお前。やーい、ガキンチョ。
足の重力から解放されたことでようやく身体を起こせるようになったついでに、ちょっと茉姫をからかってやろうかと顔を上げる。しかし、目に飛び込んできた人物に思わず固まってしまった。
「え、メイドさん?」
茉姫のそばに立っていたのはメイド服を着た女性だった。
黒と白のコントラストの服。メイド服といえばこれでしょと言わんばかりの清楚系ロングスカートとヘッドドレス。
紛うことなきメイドさんだった。
ということは、クールな声の主はこの人だったということになる。
「もしかしてここはメイド喫茶だった?」
「そんなわけないでしょうアホですか。それで、茉姫お嬢様、白雪お嬢様、乃愛お嬢様。状況はいかがですか?」
冷静にキツ目のツッコミ返しされた上に、三人のことをお嬢様と呼ぶメイド。
「ぜんっぜん、ダメダメね。何を言っても話が通じないわ。馬鹿の一つ覚えみたいにノーしか言わないし、とても人間と喋っているとは思えないわね。もしかして脳みそがミトコンドリア級の単細胞生物なのかしら」
ここがメイド喫茶でないのなら、つまりこの三人は本物のお嬢様ということにクソガキお前あとで絶対泣かすミトコンドリア舐めるなよ。
「わたくしはこうして縛られている男の人を見ているだけで楽しいです」
「乃愛はもっとお兄ちゃんを蹴って遊びたいかなぁ」
「あ、それもいいですね~」
きゃっきゃとはしゃぐ白雪と乃愛。
乃愛は無邪気に楽しんでいるだけだと思うからまだマシだが、黒髪少女の白雪はちょこちょこヤバめの性格がチラ見えしてヤバい。具体的に言うと縛られている俺を見る目が怖いんだ。
「そうですか。お茶をご用意しましたので休憩なされますか?」
「いいわね。長期戦になりそうだし一旦休みましょ」
「そうですね、まだまだ折れなさそうですから」
「お腹すいた~」
メイドの提案に三人は破顔し、うんと伸びをして思い思いに緊張を解きほぐす。
確かに俺も疲れてきたし、ここでの休憩は有り難い。