プロローグ【1】 メスガキとの出会いは突然に
小説大賞用に書いた作品です。
電撃1次、MF1次を通過しています。
「さぁ! 背中を掻いてほしかったら私たちのペットになりなさい!」
ツインテールの少女はふんふんと鼻息荒く、腰に手を当てた妙に強気な態度で、俺に何度目になるか分からない問いかけをしてくる。
「いやだ、ノー、だが断る」
俺、天城蒼斗は無表情のまま目を合わせないように、これ以上ないくらいはっきりと少女の誘いを断った。
ったく、ちょっと背中が痒いといったらこれだ。
人の弱みに付け込んでどうこうしようなんて少しおこがましいんじゃないかね。
最近の小学生の倫理観はどうなって……ん? コイツってば中学生か? どっちかわかんないけど。
むず痒い背中が掻けないくらいで俺は絶対に「はい」とは言わないし、この少女はきっと「わかりました」とは言ってくれないんだろう。
なんて不毛なやり取りなんだ、ああ帰りてぇ。
「なんなのよ、コイツさっきからヤダヤダって子供みたいに! ワガママにもほどがあるんじゃないの!?」
ツインテール少女は悔しそうに地団駄を踏み、俺をキッと睨みつけてくる。
いや、たぶんワガママ選手権を開催したら、お前のほうが断トツでワガママだぞ。
まずツインテールでツリ目っていう見た目がワガママだしワガママの権化。
テンプレート感溢れすぎて逆にすごいわ。
これでツンデレなら早くデレてくれよ。
「わたくしも少し侮っていました。手懐けるというのはそんなに簡単ではないということですね」
ツインテール少女の隣に立っていた黒髪少女は難しい顔をしてうんうん頷いている。
手懐けるってなんだろうな。俺はサーカスの猛獣でも飼われたばかりのペットでも無いんだけど。
「早く乃愛と遊んでほしいのになー」
ショートボブのボーイッシュな女の子はしばらく前から暇そうにしている。
へぇ、お嬢ちゃん乃愛って名前なんだね。俺と遊びたいならまずコレをなんとかしてくれないかな。
三人の少女たちに囲まれながら、俺は背中も自分で掻けないくらい動きを制限している手枷を見て思わずぼやいてしまう。
「なんでこんなことになってんだろうなぁ……」
思い起こせば今朝、いつもならとっくに出勤しているはずの親父が珍しくまだ家にいて『蒼斗、気をつけていってこいよ』と、これまた珍しく声をかけられたのが壮大なフラグだったのか。
それは家の門をでた直後のことだった。
俺を待っていたのは可愛い幼馴染でもなく、可愛い彼女でもなく、可愛い妹でもなく、何とも可愛くない黒服の大人たちだった。
あまりに非日常の出来事に驚き動けなかったのはごく普通のごく一般的な高校生なら当たり前のことのように思えるし、ここで咄嗟に家に走り戻れたら今の結果が変わっていたのか確かめようもない。
とにかく、俺は抵抗する間もなく黒服たちによって目隠し手枷足枷の三点セットで自由を奪われ車に放り込まれた。
最初は一応叫んだり暴れたりしてみたが、枷はびくともしないし、周りに誰かいる様子もないし、無駄なことはすぐに分かった。
こんな状況でも妙に冷静になれたのは、車内のシートがすごく柔らかくて心地良かったことと、フレグランスのめちゃくちゃ良い香りが漂っていたおかげだろう。
とりあえず誘拐されたということはすぐに理解できた。
理解できなかったのは何故誘拐されたかということだ。
実は親が多額の借金をしていて「オラァ! お前の息子返してほしけりゃ明日までに金用意しろやコラァ!」みたいな割とありそうな妄想や、以前から俺という特異な(自己評価高め)存在に目をつけていた大富豪が「手荒な真似をして悪かったの。お主をワシの息子にしてやろう。今日から大金持ちじゃぞウハハ」みたいなアホな妄想を巡らせていたが、最終的にはもしかしたらこのまま家に帰れないのかな、と昨日食べそこねた冷蔵庫のプリンが急に惜しくなってしまうのが精々で、結局、俺の貧困な想像力では何も思いつかなかったのだが。
車は体感的に結構な距離を移動し、ようやく動きを止めた。
ガチャリとドアが開き、黒服の気配を感じて緊張が一気に高まる。
「おい、俺をどうする気だよ」
語気強めに俺は言い放つ。
威嚇するべきではないと思ったのだが、無理やり連れ去られた怒りがどうしてもふつふつと湧いてしまうのだ。
当然のように黒服たちはなんの反応も示さず、無言のまま足枷だけを外すと、俺を立ち上がらせ歩くことを促してくる。
「くそ、何だってんだよ……」
目隠しで何も見えないので逃げようにも逃げられないし、この黒服たちに掴まれている両腕がびくともしないところを見ると、暴れてどうにかなるとは思えなかった。
外から建物の中へ。
暗い沈黙の中、大勢の人の歩く音だけが耳に届き、それが絞首台への最終宣告のように聞こえてきて、あぁ俺死ぬのかなぁ、最後にプリン食べたかったなぁと諦めのような気持ちが湧いてくる。
どこか部屋に入ったところで再び足枷をつけられ、そのまま床に跪かされる。
目を覆っていた目隠しが外され、なんとなくこれが終わりの合図なのだと分かった。
俺は目隠しを外されても目を開けることなく深く頭を垂れ続ける。まさに断首を待つ死刑囚だ。
もう一刻も早くどうにかして欲しかった。
死ぬにせよ生きるにせよロクなことにはならないだろう。
だったらさっさと死んで女神に出会って異世界に飛ばされて勇者になって第二の人生を歩み始めたい。
ったく、長すぎるんだよプロローグが。
「やっと来たのね! 雑魚のくせに私たちを待たせるなんて本当にグズなんだから!」
「まぁ、こんな風に縛り上げられて……どんな気持ちかぜひ感想を聞きたいです」
「あはは! 縛られてる! 面白ーい!」
朝、いきなり黒服に攫われて、見知らぬ土地まで連れてこられて、人生の終わりまで覚悟して、そこからさらに想像の千八十度違う展開に、俺はむち打ちになるくらい思い切り首を振り上げる。
俺の前に立っていたのは三人の少女たちだった。
「時間が惜しいわ! アンタ、今すぐ私たちのペットになりなさい!」
「え……嫌です」
少女の意味不明な問いかけにそう咄嗟に答えられたのは、ありえない人生経験を今しがた積んできたおかげだったかもしれない。