独占力の強い男は嫌われるわよ
「……だから言っただろう。君の考えは間違っている」
「あら、私こそがいつだって正義でしてよ」
「イエロオーク!貴様、仮面はどうしたのだ!リアムの前で貴様の醜い素顔を晒すなどありえん!貴様は素顔を晒すだけでも女子供を怖がらせる化け物である自覚を、もっと持つべきだ!」
「……ノルン。彼には彼の事情がありますのよ。彼は私を怖がらせる為に素顔を晒したわけではありませんわ。彼はしっかりと理解しているのよ。自らの素顔がどれほど人々を怖がらせる、恐ろしい顔をしていたと」
「リアム!?何故イエロオークを庇う!家族でさえも受け難い、異形の姿をしているのだぞ!?イエロオークはその気がなくとも人々に怪我をさせる凶暴な人間なのだ!病み上がりのリアムに何かあったらどう責任を取る!?」
「……シンヘズイ公爵令嬢……」
「リアムでいいと許可しましたわ」
「なんだと!?呼ぶなイエロオーク!彼女をリアムと呼んでいいのは、亡きご両親にリアムを頼まれた我だけである!」
ノルンは無理矢理私の腰を抱いて自分の元へと引き寄せ、イエロオークと強制的に距離を取らせた。イエロオークは大きな図体を小さく丸め、顔が見えないように膝を抱えて俯く。普段はああして自分の身を守っているらしい。
「仮面は使用人に用意させる。もう二度とリアムに近づくな!」
「ノイン!あんまりですわ!イエロオークが近づいて来たのではありません!私がイエロオークに声を掛けましたの!彼を責めないで!」
「リアムは心やさしいからな。イエロオークが異形の化け物であったとしても、気にする素振りを見せないだけだ。内心は当然、皆と同じように恐れているに決まっておる。リアムは我のものだ。お前が生まれる前より我の婚約者として名を連ねている。誰にも渡さん。たとえ、リアムが貴様を望んだとしても……」
話が飛躍している。私は自由を奪われるのは嫌だと散々訴えたのに。彼は私の言葉を一ミリも理解できていないようだ。私とこのまま婚姻するか、婚約者としてつながりを持ち続ける以外の選択肢は、持っていないのかもしれない。
「ノイン、離して!離しなさい!」
「嫌だ。離したらイエロオークの元へ向かうのだろう!?浮気など許さん。リアムは我のものだ!」
「浮気?なんの話ですの?私はただ、同じ境遇の彼を助け出したいと──」
「リアムとイエロオークのどこが同じ境遇なのだ!」
「弟の置かれている状況を全く理解していませんのね!彼は公爵令息とその取り巻きから暴行を受けていたわ!彼は貴方の弟。第三王子なのでしょう!?まさか、私のように見て見ぬふりをしていたわけではないですわよね?血を分けた兄弟が被害にあっているのに!見捨てるなんてあんまりですわ!」
「先程から何を言っている!あの得体のしれないものに記憶を弄られたのか!?いつもの可憐で優しいリアムに戻れ……!」
可憐で優しい?私のどこが、今まで可憐で優しく映っていたのかしら。ノルンに口答えせず、ずっと黙っていた所を見てそう感じていたならば。口答えをしない愛玩人形を求めていただけなんだわ。
ノルンもあの女狐達と大差ない。
私のためを思ってと。優しい言葉だけを紡いで、自分の言動を都合のいいように正当化するけれど。自分の都合がいい玩具を探しているだけなのよ。そこに愛も無ければ、人間扱いすらしてくれない。私はもううんざりなのよ。都合のいい道具として、暇潰しに暴言や暴力を受けるサウンドバックとして生きていくこと。自由意志を奪われ、縛り付けられるのも。
「ノルン!いい加減にして!」
「いい加減にするのはリアムの方だ!部屋に戻るぞ。眠って思考をリセットすれば、きっと今まで通りの関係に戻れる!」
「私はもう、誰かに加害される為に生きるカメリアム・シンへズイではありませんの!誰かを加害するカメリアム・シンへズイに生まれ変わりましたのよ!どうして祝福してくださらないんですの!?私に一生、誰かからいわれのない悪意を向けられ、暴力を振るわれ続けろと言うんですの!?」
「我がそのようなこと思うわけないだろう!我は心配なのだ。リアム。頼むから、我の手が届く場所に居てくれ。もう二度と、あのような悲劇に見舞われぬように……」
あのような悲劇?
ノルンにとってはもう、私が監禁されていたことは過去のことなのね。おかしくて堪らないわ。あの女狐と娘はまだ捕まってすらいないのに!あの女狐と娘の首を刎ねるまでは精算などさせないわ。身体を元に戻すまで1年掛かった。私の苦しみ、悲しみが全く理解できていないようで、私は苛立ちを抑えきれなかった。
「あなたがそうして私を腕に閉じ込めれば閉じ込めるほど、私はあなたが嫌いになるわよ」
「構わぬ。リアムが生きて、我の腕に抱かれてくれさえすれば……」
そう。私の意思など。もうノインには関係ないのね。私は何を言っても無駄だと、腕の中で抵抗するのをやめた。
急に大人しくなった私の姿を覗き込んだノルンは、私の身体に異常がないことを確認すると、ゆっくりと私を抱き上げその場をあとにする。
「イエロオーク様。予備の仮面にございます」
「……ああ……」
ノルンが王城内に続く扉へ手をかけた時、イエロオークの姿が見えた。彼は使用人から仮面を受け取ると、顔につけてこちらを見つめていた。真っ白な仮面は、目元だけが顕になるようくり抜かれているようだ。アイスブルーの美しい瞳が、私達を見つめ揺れている。
そんなに悲しそうな顔をする必要はないのに。
助けてもらえそうだったのに、ノインのせいで縁が切れたとがっかりしているのかもしれないが。私は残念ながら、諦めが悪いのだ。イエロオークが助けを求めなくなっても、私は彼に手を伸ばすことをやめるつもりはなかった。
「リアム。何があったのだ。我に話してみよ」
「…………」
「悪魔に取り憑かれたのだろう?大丈夫だ。我が触れたなら、悪魔は浄化される。我は浄化が得意なのでな」
「…………」
「リアム。お願いだ。なにか言ってくれ。美しい声を聞かせてくれ……」
部屋に戻ったノインは、キングベッドに私を横たえると、自らもベッドに横たわり私の腰に手を回して密着してきた。抱きまくらに人間の言葉など必要ないはずだが、彼は私の声を求めているらしい。
「ノインなんて嫌いですわ」
「リアム」
「嫌い」
「我はリアムが大事だ」
「思ってもないことを言わないで」
「本当だ。我の気持ちは一度も変わっておらん。リアムの伴侶は、我だけだ。あのような異形の化け物に、リアムは渡さぬ……」
腹違いと言えども血の繋がった弟に対して酷い言い様だ。イエロオークの話を聞いたことがない時点で察するべきだったのかもしれないが……。
どうやら二人の仲はあまりよくないらしい。
『まぁ。自分勝手な王子ですこと。ご両親は何をもって、この坊やと添い遂げればリアムは幸せになれると言ったのかしら……。さっぱり理解できないわ』
ノルンは私を抱きしめたまま、これ以上の話し合いは無用とばかりに目を閉じた。まだ日は高く燦々と輝いているが、お昼寝でもする気だろうか。
キャロリエンヌからはクレームの声が上がっている。私もそう思う。ノルンとの信頼関係はすでに崩壊している。彼と再び並んで歩く未来など、今の私には考えられなかった。
『この坊やと第三王子ならば、後者の方がよさそうよ。オークは身体の色こそ緑色だけれど、強靭な肉体は戦士として重宝されているの。後は精神力をどうにかすればいいだけね。きっと化けるわよ』
精神面はこれから私がどうにかしなければならないのが難点だけれど。こうして縁ができた以上、見て見ぬふりなどできないわ。
イエロオークは言っていた。仕返しをしようものなら、加害者を殺害してしまうと。きっと、幼い頃わけも分からず仕返しをした結果、取り返しの付かないことになったのがトラウマになってしまったのだわ。力のコントロールさえ訓練すれば、彼は私の従順なる奴隷になってくれそうだ。
『ふふふ。同士ではなく奴隷なんて発想が出てくる辺りが、わたくしに毒されてきたわね』
キャロリエンヌは私の思考を読み取って笑い飛ばす。ノルンは私を守ってくれるかもしれないけれど、私がしたいことまで制限してくる。イエロオークが自由に自らが持つ力をコントロールできるようになったなら。私達に歯向かうものを退けてくれるだろう。
誰彼構わず無条件に退け、私の自由を奪い守った気になっているノルン。
強靭な肉体を持て余している彼を手懐けたなら、強力な味方になってくれそうなイエロオーク。
どちらがいいかなど明白だ。
ノルンはとにかく我が強い。唯我独尊の王子様然としているが、イエロオークはその複雑な生い立ちと立場により随分と大人しいようだった。これからの言動次第だが、イエロオークを見ていると。私がもう一人いるようで……見ていられないのだ。
『恋愛対象が増えるのはいいことよ。将来を誓い合った婚約者がいたって、必ずその婚約者と婚姻しなければならない法律はないもの。もちろん、婚姻した後は旦那様に尽くすべきだけれど──婚姻するまでは、思う存分楽しめばいいのよ』
キャロリエンヌは、悪女になるなら男を手玉に取ってなんぼと私の背中を押す。理由もなく男性へ声を掛けるのはキャロリエンヌそっくりな悪女になる為だと言われても気乗りしないけれど、私が二度と虐げられないように。仲間集めの一環ならば悪くはない。
第一王子は婚姻者がいると聞くわ。彼と婚姻者の仲を引き裂いてこその悪女かもしれないけれど……。第二王子ノルン
の婚約者として、第三王子に発破を掛ける程度が限界でしょう。これからどうなるかは分からないが、ノルンかイエロオーク。どちらにしろ王子なのだから、私が王子と婚姻しなければならないならばどちらかを選べばいいだけの話だ。
『いいとこどりを狙って、全てを失わないようにさえ気をつければいいのよ。二股、同時進行がおすすめね。余裕があれば警備隊の騎士も手玉に取りなさい。きっとリアムの力になってくれるわ』
私はキャロリエンヌの言葉に小さく頷く。ノルンにしっかりと腰に手を回され抱きまくら扱いされているのに、キャロリエンヌが黒い靄になった悪意の塊達と同じく霧散する様子はない。姿が見えなくなっているのは、ノルンの魔力が作用しているからなのだろうか?
『いい着眼点ね。この坊やにわたくしの姿と声は聞こえないし見えないはずなのだけれど。わたくしがリアムのそばにいることは把握しているみたいなのよ。必要以上にリアムへ触れるのは、わたくしを退けるためでもあるのでしょうね』
ノルンは私がキャロリエンヌへ身体を貸した際にもすぐに些細な言葉遣いと立ち振舞いで、別人であると判断していたくらいだ。キャロリエンヌが私の身体に宿っていなくても、なんとなくそこにいるかいないかくらいはわかるのだろう。
『今はこうして声だけでもノルンへ届かせられるけれど……。この坊やが光の魔力に完全覚醒したら。リアムの魔力次第では浄化されてしまうわ』
浄化されたらどうなるのだろうかと聞けば、キャロリエンヌは消えるしかない。キャロリエンヌがこのまま私の側に居続ける為には、ノルンよりも強い魔力を得る必要があるようだ。私にとって魔力を増強させる手段は、怒りや憎悪の感情を抑圧せずに表へ出すことらしい。
『坊やがなりふり構わずリアムを手に入れる為、魔力を完全覚醒させる前に。手となり足となる男を誘い込むの。悪い者に加害されぬよう。わたくしがずっと見守っているわ。安心して眠りなさい』
ノルンに眠れと言われても、寝る気にはなれなかったけれど。キャロリエンヌに言われると途端に緊張の糸が切れる。私はぷっつりと張り詰めていた糸を切り、深い眠りに誘われた。