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この程度、悪女に掛かれば造作もないですわ

『ああ、疲れた!あの坊や、たった一度の憑依でわたくしとリアムの違いに気づくなんて!』


 キャロリエンヌは、信じられないと金色の美しい髪を靡かせ宙に浮いてた。

 ずっと心の中で押し留めていた自分の意見を表に出したからだろうか?身体が重くて仕方ない。


『もう少し、言葉遣いをリアムに近づければよかったかしら。せっかくリアムの身体を借りて、リアムとして振る舞ってあげたのに。秒でバレてしまったら意味がないわ』


 私はキャロリエンヌの声を聞きながら、彼女が宙に浮かぶ姿をぼんやりと見つめていた。私の身体を動かしたキャロリエンヌの振る舞いは、希代の悪女と呼ぶに相応しいものだ。

 一度あのように振る舞ったならば。あの場にいた人々は男を誑かす悪女であると、私のことを認識しただろう。


 キャロリエンヌは最高のお膳立てをしてくれた。


 私が虐げられないように。人の上に立つものとして、強い印象を植え付けてくれたのだ。後は私が、キャロリエンヌのように振る舞えばいいだけ。


 どんな顔をしてノルンの元へ戻ればいいかはわからないけれど……。このままごめんなさいと謝罪をして、ノルンの元へ戻らなければならない理由はない。私の帰る場所はノルンの元へではなくシンヘズイ公爵家だ。せっかくキャロリエンヌがお膳立てしてくれたんですもの。身体でもなんでも曝け出して、お金持ちの殿方に擦り寄るのも悪くない。


『王子は国王の次に偉いのだから、このままキープして手玉に取れそうな新しい男を見繕うことから始めるのがよさそうだけれど。リアムがあの坊やと縁を切りたいなら、わたくしはあまり強く言わなくてよ』


 キャロリエンヌのおすすめはどんな男なのだろうかと聞けば、先程色仕掛けを仕掛けた警備隊の男がいいと言っていた。私の貧相な身体にも反応していた辺が、女慣れしていなさそうで扱いやすいのだとか。


『わたくしの身体ではないことをすっかり忘れて胸元を曝け出してみたけれど、リアムとわたくしでは胸の大きさが異なるもの。きっとわたくしの大きさだったら、鼻血を出して倒れていたわね。身体を餌に使えば言う事を聞く従順な犬は好きよ。扱いやすいもの』


 キャロリエンヌがノインのことを坊やと呼んで馬鹿にしているのは、色仕掛けの利かない相手で扱いづらいからなのかもしれない。


 キャロリエンヌに身体を貸したせいかもしれないが、身体が重くてだるい。

 ノインの元に戻る選択肢がないのならば、シンヘズイの家に戻るしかないのだが……。このままずっとこの場所に留まっていたら、遅かれ早かれノインが私を探しにやってきてしまいそうだ。

 できる限り早くこの場を去らなければならないのに、身体は言う事を聞いてくれなくて。どうして私っていつもこうなのかしらと思考が後ろ向きになった時のことだ。


「うわ!オークが来たぞ!」

「化け物王子!」


 近くで誰かを罵倒する声が聞こえる。

 何事かしらと楽しそうに微笑みを深めたキャロリエンヌと目を合わせた私は、重い足を引き摺って立ち上がると、その声がした方へ進む。

 だるい身体を引き摺ってまでその場所へ向かったのは、罵倒されている誰かが助けを求めているかもしれないからだ。


 私はどんなに叫んでも、助けてもらえなかった。


 もしも被害を受けている人間が心の中で助けを求めているならば、助けたい。私はもう、誰かに虐げられるような人間にはならないわ。これからは、弱きものを助け、強きものを踏み潰す。誰もが眉を顰める魔性の女として、生まれ変わるのよ。


『素晴らしい決意表明だわ。リアム。その調子で、クソガキ達を一喝するの。気持ちいいわよ?虐げられるよりもずっとね。ふふふ』


 キャロリエンヌの笑い声に背中を押されるようにして。私は複数人で寄ってたかって一人の少年を罵倒している少年たちの前に姿を表した。


「複数人で寄ってたかって逃げ場を失くし、ストレス発散の道具として利用する……。殿方としてあるまじき蛮行ですわ」

「なんだこいつ」

「女のくせに!」

「ガリガリ女が口出してくんな!」

「まぁ、なんて口の聞き方がなっていない殿方なのかしら。王城に出入りできる子どもならば、それなりに身分は上の立場でしょうに。一体親御さんはどんな教育をしておりますの?」

「母親面すんじゃねーよ!」

「俺は公爵令息だぞ!」


 身分は対等。粋がっているクソガキなど、私が恐れるに値しない。下級生物には、下級生物らしくご退場頂きましょう。


『そう、その調子よ。リアム』


 私はガクガクと足が震える感覚を必死に感じない振りをして、気丈に振る舞った。一回りも大きさが違う口の聞き方がなっていないクソガキなど、たとえ暴力で訴えかけられたとしても。私の方が大人に近いのだから。まったく問題ないわ。キャロリエンヌが耳元で褒めてくれる。彼女が私の姿を見守っていてくれるだけでも、心強い。

 私は肌見放さず持っていた扇を手に取ると、閉じた扇の先端をぴしゃりとしならせ。リーダー格の青年に向けた。


「私は第二王子ノルドレッドの婚約者。カメリアム・シンヘズイ公爵令嬢ですわ。あなたは将来王家に名を連ねる私よりも、上の立場ですの!?」

「ノルドレッドの婚約者……骸骨令嬢じゃねーか!」

「さすがゾンビ令嬢!お仲間だから、オーク王子を庇うんだな!」

「引きこもりのゾンビ令嬢は化け物王子の顔なんて知らなくね?」

「こいつの顔見せてやろうぜ!」

「おら、こっち向け!顔上げろ!兄貴の婚約者が化け物のお前を助けてくれるってよ!」

「お前みたいな化け物の顔なんてみたら、尻尾巻いて逃げていくに決まってるけどな!あーはっはっは!」


 リーダー格の少年は高笑いが随分と様になっている。悪役ごっこに毒されすぎて、秋役のようにしか振る舞えなくなってしまったのだろうか。

 リーダー格の少年が取り巻きたちに命令すると、地面に膝をついていた身なりのいい少年が髪を引っ張られ、無理やり私の方に顔を向けられる。その表情は苦痛に歪んでいるようだ。


 私は咄嗟に少年の髪を引っ張る取り巻きの少年たちへ、やめろと声を掛けることができなかった。

 身なりのいい少年の顔色は、真っ青を通り越して緑色だったからだ。


『あらまぁ。本当に人外なのね。人外だからと言って、罵倒していい理由にはならないけれど』


 キャロリエンヌの言う通りだ。人と違う容姿をしていたとしても。からかわれたり、罵倒されたり。彼が髪を引っ張られる理由にはなり得ない。

 人と違うことだって、個性の一部だと受け入れたらいいだけだわ。


「ははは!やっぱり怯えてんじゃねーか!醜い顔色した化け物王子、大人の女だってドン引きするんだからよ?受け入れて貰える同年代の奴なんか見つかるわけねーだろ!」

「……う……っ」

「やめなさい!私の前で暴力は許さなくてよ!!」

「女に何ができんだよ!?」

「女だからと舐めて掛かった時点で貴方の負けだわ!」

『うふふ。その通り。希代の悪女、キャロリエンヌ・ワンダルフォンがついているのだから。粋がっているクソガキなどに負けるはずがないわ』


 キャロリエンヌは私の耳元で囁くと私に力を貸してくれた。手に持つ扇の先端から、強い突風が吹き荒れる。少年たちを吹き飛ばしたその突風が、私と地面に膝をつく少年に危害を加えるようなことはなかった。


「く、くそ……っ。なんだよ、この風……っ!」

「おい、やべーよ!こいつ忌み子だ!」

「化け物令嬢!」


 少年たちは捨て台詞を吐くとドタバタ音を立ててその場を走り去る。

 後に残るのは、私と顔色が緑色の少年。そして宙を舞うキャロリエンヌだけ。


「その気になればいくらでも言い返せたでしょう。何故何も言い返さなかったんですの?発話に問題があるならば、先に言いなさい。私もこれ以上は追求しませんわ」


 自分のことを棚に上げて、この少年を責める言葉がするすると口から飛び出てくる。どの口が言うのかしら、と自虐しながら笑顔を浮かべれば、少年はバカにされたとでも勘違いしたのだろう。びくりと身体を震わせながら、何かを探すように視線を彷徨わせた。


「何を探していますの?」

「……仮面……」

「かめん?なんですの、それは」

「顔を隠す……。あいつらに取られた……。大人しくしていれば……返すと……」

「それで黙りこくっていましたのね。逆効果もいい所ですわ。自分から弱みを作ってどうしますの?奪われたならば、返してもらうのを待つのではなく。奪い取らなければ。いつまで経っても、彼らのおもちゃからは抜け出せませんわよ」


 悪いのはこの少年ではなく、人間をおもちゃのように扱う集団達だ。加害する方が圧倒的に悪いのだけれど、被害者も改善するべき所があるならば改善しないと。いつまで経っても虐げられ続けてしまう。私のように、辛く悲しい想いを。この子に一生感じて欲しいとは思わない。私の言葉がどの程度伝わっているかは、わからないけれど。


「……化け物なのは、事実だ」

「そうやって自分の弱さを認めて何もしなければ。一生虐げられ続けますわよ」

「……君は……。怖くないのか……」

「恐ろしいよりも、驚きの方が大きいですわ。私、つい先日まで化け物令嬢と呼ばれていましたの。お揃いですわね」

「……どこにでもいる、普通の令嬢だろう」


 少年は私の言葉を信じられないようで、眉を顰める。どうやら彼が通常の人間と異なる部分は緑色の肌だけらしく、表情豊かではあるようだ。苦しければ苦痛に顔を歪めるし、理解できない話をすれば眉を顰める。


「この状態に戻るまで、1年近く掛かりましたわ。婚約者の部屋に私、長い間軟禁されていましたの。私は化け物令嬢と噂になっていたはずですけれど……聞いたことはなくて?」

「噂を立てられる側の人間に、他人の情報など回ってこない。俺は孤独だ。なんの後ろ盾もない。公爵令息にすら馬鹿にされる。お飾り王子だ……」

「貴方は王子ですの?」

「……第三王子。イエロオーク・ゴーノーツ」

「ワンダルフォンではありませんのね」

「兄上とは、母親が異なる。俺の母親はオークであることを隠し、国王と交わった。その結果がこれだ。俺は醜い身体を持って生まれ……王子とは名ばかりの化け物として生き長らえている。ワンダルフォンを名乗ることは許されなかった……」


 本人の話によると、彼はノルンの弟らしい。異種と交わって生まれた異形の王子。第三王子なら、すぐ下の弟だ。ノルンに弟が生まれたなど、私が監禁される前聞いたことはなかった。彼は体付きや体格からして5歳よりは上だろう。異種と交わって生まれた第三王子の存在は、物心つくまで秘匿されていたのかもしれない。


「王城で暮らすことを許されているだけで、充分恵まれておりますわ」

「……俺には王家の血が流れている。見えない所で繁殖されては困るのだろう。最も、王家の血を欲しがる女ですら……俺の身体を見れば。誰もが恐れ、怖がるが……」

「……たとえ貴方の姿を恐れる娘が居たとしても。自分より下の存在に虐げられている限り、貴方の婚約者になりたいと立候補する娘は現れませんわ」

「……俺が抵抗すれば、加害してきた人間を殺めてしまう」

「なんですって?」

「オークは力が強い。優しく触れたつもりでも、骨を折ってしまう。俺の身体は屈強だ。どんなに殴る蹴るの暴行を受けたとしても、人間程度の力では。蟻が攻撃してくるようなもの……」

「仕返ししようものなら、加害者を傷つけてしまうと恐れて。されるがままになっておりますの?その優しさは命取りになりますわよ。この世界で生きていく上では、優しさなど必要ありませんの。優しさを捨てたくないならば、まずは信頼できる仲間を見つけることから始めませんと」

「信頼……」

「優しい人間は加害者にとって、格好の的ですの。一人でその辺をうろついていたならば、気に食わないと声を上げた加害者たちが集まって攻撃してきますわ。群れなければ何もできない低俗な人間共から身を守るには、後ろ盾を増やす必要がありますの。絶対裏切らない、信頼できる人を」

「……君は……見つけたのか……」

「ええ。生きている人間では、ないですけれど」


 キャロリエンヌの存在を匂わせるようなことは言うべきではないと彼女も眉を顰めているようだが、私が彼を恐れていないとアピールするためにも、これは必要なことだろう。


 人外だからなんですの?

 私は現在進行系で幽霊と会話していますけれど。


 キャロリエンヌが私の前に姿を見せなければ。私はイエロオークに手を差し伸べることはしなかっただろう。

 彼にも信頼できる人を見つけて、今の環境から抜け出してほしい。その足掛かりとして私が利用されることに、文句を言うつもりはなかった。


「シンヘズイ……公爵令嬢……」

「リアムで構いませんわ。私、親しい者達からはそう呼ばれておりますの」

「……俺は君と、親しくなれるのだろうか……」

「あなたが望むのなら」

「しかし君は……兄上の……婚約者だろう……」

「婚約者は交友関係に口出しできますの?初耳ですわ」

「婚約者を差し置いて、異性の男と仲良くする姿を目にしたなら、兄上は……」

「問題ありませんわ。私達、すでに関係は破綻しておりますの。先程私達は大喧嘩をして──」

「イエロオーク!!!リアムから離れろ!!」


 噂をすればなんとやらと、よく言うけれど。このタイミングで駆けつけてくることないのに。イエロオークはずっと座ったまま、私を見上げている。私と彼の間には手を伸ばしても触れ合えないほどの距離があるのだけれど。遠く離れた場所から怒鳴りつけてこちらにやってくるノルンには、遠近法で私達が至近距離にいると勘違いしたようだ。


 ノルンはイエロオークを怒鳴りつけると、ずかずかと大股開きでこちらまでやってきた。

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