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悪女の亡霊と手を取って

『ノルドレッド王子があたしを気にかけてくださったわ!』


 義姉は夜会終了後。私にドレスを脱がせるように命令すると、夜会で私の婚約者であるノルンが義姉に優しく接してくれたのだと叫んだ。自慢話に付き合わされるのは何度目か。勘弁してほしい。


 惨めで惨めで仕方なかった。


 本来であれば私も、絢爛豪華なドレスを着て夜会に出席するはずだったのに。女狐とその娘は私をクローゼットに閉じ込め、二人で夜会を楽しんでいる。


『ノルドレッド王子は本当に素敵な殿方ね。どうしてあんたみたいな女と婚約しているのかしら!あたしの方がよっぽど相応しいのに。ねぇ、そうでしょ?そうって言えよ!』


 ノルンの婚約者は私だ。

 誰にも渡さない。誰にも渡して溜まるもんですか。貴方のような性格ブスに、ノルンが心を許すわけがないわ。ノルンは私を好きだと言ってくれた。私だけを愛してくれると言ってくれたの。貴女にノルンは渡さない。貴女には。貴女にだけは……。


『は、は……ぃ……』

『声が小さいのよ!あたしがノルドレッドレッド様に相応しくないと思っているんでしょ!?』

『い、やぁ……っ。ごめんなさ、ごめんなさい……!私よりも、お義姉様がノルドレッド様に相応しいです……!』

『ふん。最初からそれくらい大声でいいなさいよね!』


 痛いのも苦しいのも嫌だった私は、早く楽になりたくて心にもないことを言った。きっとその罰が当たったんだわ。心にもないことを言ったから、ノルンは私を助けてくれなかった。

 あの時女狐の娘に歯向かっていれば。私はノルンの愛を疑うことなどなかったかもしれないのに──


 *


『やっとお目覚めかしら?眠り姫はすぐに眠ってしまうから困るわ』


 パチリと重たい瞼を開く。

 肩と背中がずっしりと重いのは、ノルンの前で目覚めたときとそう変わりはない。この重みが心地よく感じ始めているのは、一体どんな心境の変化か。


「……ぅ……」

『無理に声を出す必要はなくてよ。わたくしは人間だけれど、人間ではないの。心の中で語り掛けてくだされば、わたくしとの会話は成立するわ』


 耳元で囁く妖艶な、声の持ち主は姿が見えない。きょろきょろと辺りを見渡す元気もないけれど。


『わたくしを探したって無駄よ。今の貴女では、わたくしの声しか聞こえないわ。これからもっと元気になって、魔力を自由に使いこなせるようになれば、違うかもしれないけれど』


 魔力?まるで本の中に出てくるおとぎ話のような話だ。私は不思議に思いながら、私の耳元で囁く妖艶な声に耳を傾けた。


『ワンダルフォンの歴史に名を連ねる希代の悪女。キャロリエンヌ・ワンダルフォンの名はご存知?』


 ワンダルフォンと言えば、ノルンの家名である。

 ワンダルフォンには、最低最悪と呼ばれる魔女が存在した。彼女の名はキャロリエンヌ・アーバン。美男子たちを複数同時進行で骨抜きにしたかと思えば、老若男女問わず魅了の魔法を使って言うことを聞かせ。王族すらも傅かせたと噂の悪女。


 彼女はワンダルフォンの名を持つ王と婚姻したが、何らかの原因で魅了の力を封印されてしまい。同時に行われた魔女狩りによって火炙りにされたと言い伝えられていたはずだが……。伝承によれば、彼女の姿はこの世のものとは思えぬ美女であると記載があった。

 私は彼女の声を聞けても姿を確認できない。今の所、この声の主は自称キャロリエンヌ・アーバンの域を出なかった。


『自称キャロリエンヌ・アーバン?失礼ね!わたくしは正真正銘本人よ!貴女が健康体になった暁には、貴方の身体を借りて。わたくしがキャロリエンヌ・アーバンであることを教えて差し上げるわ』


 魔力、身体を借りる?


 よくわからない単語ばかりを囁く妖艶な声の持ち主。キャロリエンヌは、姿が見えていたならば。肩を竦めていただろうと思わずにはいられない声音で私へ告げる。


『この世界には、一握りだけれど魔力を生まれ持つ人々がいるのよ。魔力を持って生まれた人間は、その事実が明るみに出ると王城の管理下に置かれたわ』


 キャロリエンヌが言うには、王族は稀有な存在である魔力持ちの存在を秘匿していたらしい。持たざるものが大多数なこの世界では、魔力持ちが迫害されたり、魔力を持ったものが持たざるものに魔力を振りかざし、魔法で支配することを恐れたようだ。


『ワンダルフォンには今、3人の王子がいるわね。第一王子ブルズメイカー、第二王子ノルドレッド。第三王子イエロオーク……そして第二王子の婚約者であるカメリアム・シンへズイ公爵令嬢。今名前を上げた4人は全員魔力持ちよ』


 私とノルンが、魔力持ち……?

 にわかには信じがたい話だけれど、魔力持ちであるからこそ、私はキャロリエンヌの声が聞けるらしい。


 でも、だったらどうして。

 ノルンがキャロリエンヌの声を気にした様子はなかったわ。


『あの坊やには聞こえないわ。私が会話を聞かせたいと強く願えば、難しいことではないけれど。まず相性が悪いわね。ワンダルフォンの連中は光属性。リアムは闇属性ですもの。わたくしと相性が抜群なのよ。悪いものも、呼び寄せてしまっているようだけれど』


 悪いもの、と言われても。キャロリエンヌが希代の悪女と名高い女性であったならば、もうすでに悪いものは呼び寄せてしまっている。もっと他にもたくさん、私の周りには悪いものが近寄ってきているのだろうか。


『そうよ?うじゃうじゃ、うじゃうじゃと。どこからともなく掃いて捨てるほど湧いてきているのよ。貴女の破滅願望は、霊的な存在にとっては都合がいいの。リアムは幸運よ。王城の霊的な存在としてトップに君臨するわたくしが、貴女をパートナーとして認めたんですもの。下級霊はまず近寄ろうとはしないわ』


 キャロリエンヌは自身が霊的な存在であるとはっきり私に告げた。薄々そうではないかと思ってはいたけれど……。私は魔力持ちだからこそ、死者の声を聞けるようになったのだろうか。


『魔力持ちが魔力を外に開放するには、劇的な出来事が必要なのよ。リアムの場合は誰にも愛されていないと絶望した上で、死を望むほどに虐げられた経験が、魔力を外に開放する条件を満たしたの。坊やはまだ条件を満たしていないから、魔力は使えないわ。宝の持ち腐れね。貴女がこれからご両親の願い通り健やかに、幸せな生活を送るとするならば。あの坊やは一生魔力を外へ放出する術を持たずに生きていくでしょうね』


 私が健やかに生涯を過ごしたならば。キャロリエンヌは引っかかる会話ばかりをする。キャロリエンヌにとっての常識が私にとっての常識とは限らない。生きていた時代が違う私達の価値観が異なるのは当然かもしれないが……。キャロリエンヌの言い分では、ノルンが魔力を開放する為には私がさらなる危機に晒される必要があるようなことを言うので、戦々恐々とした。


『今は1から100まで理解しようと思わなくたっていいのよ。リアムはまだ目覚めたばかりですもの。これからゆっくり、教えてあげるわ。リアム。貴女の身体には、魔力が宿っている。今は衰弱していて、うまくコントロールできていないようだけれど……これから時間を掛けて、健康な肉体を手に入れたのならば。死者の声を聞く貴女は、自らの身体に死者の魂を宿せるわ。憑依、神降ろし──言い方は様々だけれど、貴方は世界を救う女神にもなれるし、世界を滅ぼす死神にもなれる。貴女の考え一つ次第で、世界がより良い方向に進むのか、滅亡するのかが決まるのよ』


 私はつい最近まで、あの女狐と娘に5年間もほぼ無抵抗で監禁されて自由を奪われていた女だと言うのに……。その辛く悲しい経験が、世界を滅ぼす強大な力を操る死神として覚醒するため必要なことだったのだと後々言われても、私は納得できなかった。世界を滅ぼす力などいらないから、お父様とお母様を返してほしい。それができないのならば、世界そのものではなくあの女狐と娘に私と同じかそれ以上の苦しみを味あわせる力が欲しかった。


『リアムが世界そのものに興味がないのならば、それはそれで構わなくてよ。覚醒を促した女どもの命を奪うなど、完全なる魔力を使役するようになれば、赤子の手をひねるようなものですもの。心配はいらないわ。私がちゃんと、あなたのお願いを叶えてあげる』


 私は、信じてもいいのだろうか。

 姿の見えない自称幽霊を。

 私が魔力持ちであること、望めばなんでも手に入ると囁く希代の悪女が、本物の幽霊であるかどうかなど証明のしようがない。実は人間がどこかで録音した音声をリアルタイムで流していて、私がすっかり信じ込んだのを確認した瞬間に飛び出てきて「ドッキリ大成功」とパネルを持って出てくるかもしれない。


 ぜんぶ嘘だったのと言われるだけならまだいい。世間知らずのお嬢様はノルンにふさわしくないと、ノルンから引き離され婚約破棄などされたら。私は今度こそ、誰にも頼ることもできずたった一人。無一文で街をさまよい歩くことになるだろう。


 助けてくれる人なんて誰もいない。

 私には一人で生きる勇気が足りなかった。一歩外に出ればノルンが私を愛し、家に帰ればお父様とお母様が暖かく抱きしめてくれる。私はずっとその優しさに甘え、同じくらいの愛を返せなかったのだ。


 私は誰にも頼らず生きていかなければならなかった。

 自分一人の力で立って歩く。キャロリエンヌとノルンに頼るのは体力が戻るまでのことだ。健康体を取り戻したら、私は一人で生きていく。


『誰も信頼できないから、誰にも頼らずたった一人で生きていく。そう決めた貴女の意志は否定しないわ。貴女は磨けば妖しく輝くブラックダイヤモンドの原石よ。磨かなければただの石ころ。誰かに加害され、蹴飛ばされ道端に倒れることしかできない』

「……っ!」

『そう。その憎悪よ。忘れないで。憎悪は何よりも貴女を手助けする力になるわ。今までずっと、よく我慢できたわね。これからは、我慢などする必要がないのよ。思いっきり開放しましょう。貴女は蹴りつけられ、踏まれる石ころなんかじゃない。誰もが喉から手が出るほど欲しがる高級なブラックダイヤモンドとして、キラキラ輝くの。わたくしが、貴女が輝く為にたくさんのことを教えるためには、契約をしなければならないの。わたくしを頼りにしてくださるかしら』


 キャロリエンヌのことは信頼できない。簡単に信頼して足を掬われ、あとで泣き叫ぶことになるのは自分だ。

 自称亡霊のキャロリエンヌは希代の悪女。もしも彼女が本物で、私に持てるすべての力を直々に教えてくださると言うのならば。人々を魅了するその妖艶さは、私の武器にもなり得るだろう。


 困るのは、キャロリエンヌの名を騙る、詐欺師の幽霊であった場合だ。私は何の成果も得られないどころか、都合のいい人間として利用されてしまう。


『成長したわね、リアム。その調子よ。優しい言葉を囁く人間には必ず裏がある。笑顔で話を聞きながら、仮面の裏に隠された真実を探し出すのよ。さぁ。わたくしは、リアムにとって信頼に足りうる人物かしら』


 肯定ならば名前を呼びなさい。

 否定をするならば、消えろと強く願えばいいわ。


 キャロリエンヌは私の選択を強制しなかった。


 女狐とその娘はいつも私の都合などお構いなく、命令していたのに。

 少なくとも彼女は、たった一つの選択肢だけを与え。それを必ず選び取るように強制するのではなく。最低でも2つ以上の選択肢を与え、その中から決めるように私へ言った。


 誰かの言いなりになどならなくていい。私の人生は私のもの。どんな人生を歩むのか。どんな選択肢を選び取るのかだって、私自身が決めることよ。


 ──キャロリエンヌ・ワンダルフォン。貴女は私に強制しなかった。自分で選んでいいと、私が独り立ちできるように協力してくれると言ってくれたのは、お父様とお母様以外ではあなたが初めてよ。貴女ならば。心を許してもいいと思えたの。


『賢明な判断だわ。カメリアム・シンへズイ公爵令嬢。契約は結ばれた。わたくしは、貴女のよき理解者であるよう務めるわ』


 そうして、私は生前。希代の悪女と名高い死者と契約した。

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