ドアマットヒロインの華麗なる転身(完)
「全く!油断も隙もない!どいつもこいつもリアムを手籠めにしようと暗躍する……!これでは身体がいくつあっても足りないではないか!」
ノルンはワイゲン警備隊長が姿を消しても怒りが収まらないようで、ガミガミと怒鳴り散らしている。私は彼に抱きしめられながら、その様子がおかしくてくすりと笑った。
「私の手足を縛って、この部屋に閉じ込めようとするのだけはやめてね」
「と、当然だ!我はそのようなことはせぬ!最近、兄者がリアムから引き剥がそうと我を公務に連れ出すのだ。こうしてリアムが部屋に籠もっていても、あちらからやってくるようでは意味がないではないか!やはり外出を強いられる公務は断るべきだ。リアムが危険な目に合うのならば、我は生涯事務仕事だけをする……!」
ノルンはよほど苛立ちを抑えきれないらしく、早口で私に捲し立てると私をベッドへ誘った。どうやら、お昼寝の時間らしい。機嫌の悪い日はいつもこうだ。私を気が済むまで抱きまくらにしないと、機嫌が直らない。
「ノルン。私を抱きまくらにすることで機嫌を治すのはいいけれど……。私とのデートでも、機嫌を治してほしいわ」
「で、デートだと……?」
「ええ。私室に引きこもりがちでは、息が詰まるでしょう。二人で外を歩くだけでも、気分は変わるものよ」
ノルンは私を抱きまくらにして寝る体制に入っていたので、目を白黒させて動揺していた。長い沈黙を終えた時には、真っ赤なりんごのような顔で。彼はぽつりと呟く。
「り、リアムが何処かに……我と共に行きたいと言うのならば……。検討しよう……」
「私も、特別どこがいいと決めているわけではないのだけれど……。行き先を見繕っておくわね」
「ああ……。我は、不安なのだ……。リアムの美しい姿を人前に晒せば、王城で過ごす男たちは皆リアムの虜となる……。我よりももっといい男の元へ嫁いでしまうのではないかと……」
「……売約済みと殿方にアピールする方法が、ないわけではないと思うのだけれど」
ノルンはハッと顔をあげて私を見た。
何度か断られているので、タイミングを掴めないのだろう。
今のタイミングで言われても。プロポーズを受ける気はないけれど。ノルンが自主的にタイミングを見計らい、私に告げるなら。私はそのプロポーズを了承するつもりだった。
「リアム。我は……」
「ノルンが私を自分のものにしたいと心から感じた時、聞きたいわ。それは今ではない。ワイゲン警備隊長に嫉妬してすぐ、ノルンの口からは聞きたくないの」
「……わかった……」
ノルンはしょぼくれていたが、髪を触れて撫で付ければ、数分もせずに静かな吐息を立てて眠ってしまった。
私にはノルンの抱えている不安が理解できない。口から出てこない限り、理解できるはずがないのだ。
私が愛するのはノルンだけ。
私はノルンものよ、と。
心の中で思うことならできるのに──うまく口にするのは難しい。
私はノルンにプロポーズされた時。うまく口から思いを伝えられるのかしら。一抹の不安を抱きながら、私も眠りについた。
*
『お別れね』
暇さえあれば、キャロリエンヌの肖像画を見に来る生活は継続中だ。
私がいつもと変わらぬ彼女の姿を見上げていると、久方ぶりにキャロリエンヌの亡霊が姿を見せた。彼女はドレスの裾を両手で掴むと、美しいカーテシーを披露しながら私へ告げる。
『貴女のお陰で満足したわ。この世にもう、未練はない』
そんなこと言わないでと縋りつけたらどんなによかったことか。キャロリエンヌ姿は透明で、私がいくら手を伸ばしても。彼女の身体に触れることはできなかった。
「キャロリエンヌ!」
『ふふ。いつもは心の中でしか、私を呼ぶ声は聞こえなかったけれど。こうして、直接。わたくしの名を呼ぶ声が聞けると思っていなかったから。なんだか感慨深いわ……』
「ありがとう!私、キャロリエンヌのこと忘れない!これからも、キャロリエンヌの教えを守って、キャロリエンヌのような立派な悪女になると誓うから!」
『坊やと喧嘩しないで、仲良くやるのよ?わたくしの魂が消え失せても。空からご両親と一緒に見守っているわ……』
本当は、行かないでと叫びたかった。
ずっと一緒にいてほしい。私が死ぬまで見守っていてほしいと。けれど、ノルンが言うのだ。この世に未練がない状態で留まり続ければ、悪霊となって一生彷徨い続けることになると。
「キャロリエンヌ……っ!」
『ありがとう、リアム。貴方のお陰で、とっても素敵な最期を迎えられそうよ。もしも生まれ変わることがあるなら、その時は。あなたと姉妹になるか、一番の親友になりたいわ。また、一緒に。悪女となって、男たちを誑かしましょうね』
「もちろん!その時は、私のお姉様になって!約束よ……!」
キラキラと眩い光に包まれて。キャロリエンヌは空に還った。
もう、キャロリエンヌの声は聞こえない。何度心で呼びかけても。彼女は空に還ってしまったから。
「悪霊と、最後に……。何を話していたのだ?」
「生まれ変わったその時は、私の姉か親友になりたいとキャロリエンヌが言うから。私はお姉様になってとお願いしたのよ。もちろん、みんな一緒に転生するの。ノルンは私の婚約者。イエロオークは……。オークではなく、人間の子どもとして生まれてくださいと神様にお願いしなければ。私達は悪女として名を馳せるのよ。男を誑かした悪女として」
「……キャロリエンヌ・アーバンは我の先祖を伴侶として求めたが、当時は誰が彼女と婚姻するか揉めていたらしい。キャロリエンヌ・アーバンのハートを射止めた男が同じ時代に生まれなければ、誰が伴侶になるか揉めるだろうな」
「来世は騒がしくなりそうね」
女狐に虐げられていた時は、苦しくて。つらくて。お父様とお母様の元へ行きたくて仕方なかったけれど。ノルンが私を求めてくれるから。私はこうして、ノルンと歩む幸せな日々を取り戻せた。
「リアム。我と婚姻し、来世でも伴侶として我と歩んでくれるか」
「もちろんよ。今世だけではなく、来世。その先も。私はノルンの伴侶として生きると誓うわ」
私が来世に思いを馳せていると、ノルンは私にプロポーズをした。キャロリエンヌを失った悲しみに付け入る、最低最悪のプロポーズだけれど。不思議と悪い気分はせず、私はノルンの手を取った。
たとえどんなに虐げられたとしても。虐げられた過去のある被害者にだって、幸せになる権利はある。
私はキャロリエンヌのお陰で幸せを掴めたのだ。
来世では、この恩を必ず返すと誓うから。
今は精一杯、ノルンとこの世界を生きていくわ。
「私はカメリアム・ワンダルフォン!第二王子ノルドレッド・ワンダルフォンの妻よ!」
そして私は、希代の悪女。
キャロリエンヌ・アーバンの名を受け継ぐ。弱きものを助け、力あるものを罰する現代の悪女だ。
「私の前で高貴なる身分の弱き者を虐げてご覧なさい!第二王子の妻たる、現代の悪女が直々に天罰を下しますわ!」
胸を張って堂々としていれば、私を虐げるものなど存在しない。
空から見守っていてね。お父様、お母様。キャロリエンヌ。私はもう、誰にも虐げられたりしないわ。弱きものを助ける、強い女性であり続けると誓うから──




