キナコとばっちゃ。
「ばっちゃ。ばっちゃ。今日からウチ幼稚園児や」
「これ、キナコ、走ったら危なかよ」
「危なくなかもん。今日から大人やし、転んでも泣かんよ」
そう言うと、キナコは背中に手を伸ばしお婆ちゃんに問いかけた。
「なー。ばっちゃ。やっぱり尻尾は隠さんといかのかな?服の中に入れてるからモゾモゾして痒いんよ」
「キナコの尻尾は特別やから隠しとかんとお友達がびっくりしてしまうやろ?お友達がびっくりするのはキナコは嫌じゃない?」
「そうだね、ウチも急にカマキリが頭に落ちてきた時はビックリして腰抜かしたから、ビックリするのは嫌だ。分かった。我慢する」
キナコは小さい頃にこの自然豊かな村の奥地にある神社の片隅に捨てられていた子供であり、ばっちゃんがキナコを拾って大切に育てていた。
「ばっちゃ、ここか?今日からウチが行く幼稚園は。あんみつ屋の店よりでっけーな。」
キナコは初めて見る大きい幼稚園に興奮した様に顔を上げ、自分の何倍もある建物を見上げていた。
「ばっちゃ、今日はいい天気で良かったな。あの雲、ばっちゃの作る餅みたいにまんまるだ」
後ろから追いついたばっちゃんは息を切らせながらキナコを肩を握ると、
「もうキナコは大人じゃね。もうばっちゃは敵わんよ」
「じゃろー?」
キナコはニコニコ白い歯を見せながら肩に乗せたばっちゃんの手を握ると2人仲良く幼稚園に入って言った。
ばっちゃんが幼稚園の先生に挨拶をし、キナコをお友達がいる教室まで先生と送り届け、先生に挨拶をし、帰ろうとすると、
「よし、今日は終わりかね?ばっちゃ、帰ろうか?」
っと沢山の同じ歳の子供たちを見てそう言った。
「キナコ、今日から夕方までここのお友達と遊ぶんだよ?」
ばっちゃんがそう言うと、「嫌だ。帰って一緒に畑に行く」
っとさっきまでニコニコしていた口はへの字にまがり駄々を捏ねだした。
「嫌じゃ。嫌じゃ。ばっちゃと帰る。」
キナコは小さく座りそこから動かなくなってしまった。
先生とばっちゃんは困り果てなら、お昼に迎えに来るからと言っても、嫌だっと両手を膝の前に抱えるとカチカチに動かなくなった。こうなってしまったらキナコは動かないと知っているばっちゃんは連れて帰ろうか。っと考えていた時、キナコの前にボールが転がってきた。それを取りに来たお友達が、「僕、ユウキ。名前なんて言うの?」っとキナコに話しかけた。
「キナコ。」っと小さな声で言うと、「キナコちゃん。甘いお菓子みたいな名前だね。あっちで遊ぼうよ」
っと、言われるとキナコはばっちゃんの顔を見ると「ばっちゃ、絶対迎えに来てね」っと言いカチカチになった手が解かれ、キナコはユウキ君の所に向かって遊び始めた。
安心したばっちゃんは「はい。はい。」っと言って先生に一礼すると、幼稚園を後にした。
夕方ばっちゃんが、馴染めているのか?とか心配しながらキナコを迎えに行くと
「ばっちゃ、早かったね。もう少し後でも良かったとよ」
っと朝の不安は拭えた様で、幼稚園には馴染めそうだなと安心した。
その夜、ご飯を食べているとキナコは幼稚園の話をずっとしていた。
「今日、お友達が沢山できたんよ。ユウキくんじゃろ、サナちゃんじゃろ、アヤノちゃんじゃろ、あの子は名前なんやったやろか?明日聞いてみようかね」
小さな指折りながら、天井から吊るされている電気を見ながら数えていた。
「キナコは今日から一つ大人になったけ、偉かね」
「じゃろ。今日から一人で夜トイレに行けるかもしれん」
「なら、夜ばっちゃんを起こしたらいけんよ?」
「でも、ばっちゃんが夜怖くてトイレに行けん様になったら、おねしょするけ、夜ウチがトイレに行きたくなったら起こしちゃるけ。」
キナコは尻尾をピンっと伸ばしながら慌てる様に言った。
「なら、その時は大人のキナコにお世話になりますよ」
ばっちゃんが気を利かせて言うと
「任しとき」っと、ピンっと張った尻尾は萎れフニャフニャになると、ご飯を食べだした。
「やっぱり、ばっちゃのきゅうりの漬物はうまかね」
ポリポリと食べる音がなる音が部屋に小さく響き2人の楽しい食卓は進んだ。
それから、キナコは大きい病気にも罹る事なく、すくすくとお友達も沢山でき何不自由もなく育った。
幼稚園も年長に上がる頃、キナコが捨てられていた、神社の奉納祭が行われた。
ばっちゃんと2人で奉納祭に行く所、キナコが捨てられいた所を通り過ぎた時、
「ばっちゃ、ここにキナコがおったんよね?」
っとキナコはばっちゃんに言ったのだが、ばっちゃんは今まで、その事をキナコに話したことは無かった。
「キナコは覚えてるのかい?」
ばっちゃんがキナコに聞くと、
「少しじゃけど、覚えてるよ?キツネにここに置かれてたんよ。そしたらばっちゃが来てウチを家に連れてってくれたんよ。」
ばっちゃんはもう少し先に話そうかと思っていたのだが、キナコに「キナコの言う通りさ、でも、それだとしても、ばっちゃはキナコのばっちゃたい」っとキナコの頭を撫でるとキナコは「当たり前たい」っとばっちゃんの手を力いっぱい握った。
神社に着くと若いカップルが沢山いた。
「何か、花の曲がる匂いがするの。」
「これは、香水たい。キナコは嗅いだことないけ臭かったら鼻を摘んどき」
ばっちゃんにそう言われ、キナコは鼻を摘んで境内にお参りを終わらせると、来た道をまた帰って言った。
「ばっちゃ、帰ったら風呂入ろう。汗かいたばい」
「なら、風呂の支度するからそれまでは寝るんじゃないよ」
「当たり前じゃ、背中ば流しちゃるけ」
そして、家に帰りお風呂の支度を終え、キノコのいる居間に行くと、キナコは自分の尻尾に抱きつきスヤスヤと眠っていた。
「ありゃ。ありゃ。」
ばっちゃんは寝室からタオルケットを持って来てキナコに被せると、寝顔を見ながらお茶を飲んだ。
〜つづく〜
-tano-