The Decisive Battle: The Top of the School編 ⑦
いよいよ屋上での決闘シーンです。
屋上
富良野たちが屋上へのドアを開けると、そこには4人の3年生が待っていた。武田と富良野がまず屋上に出る。武田がニッと笑って、3年生のボスと見られる京田にあいさつする。
「ちわっス」
京田はその下級生の緊張を微塵も感じさせない態度にあからさまな不快感を示し、尖った視線を向けて言う。
「遅えぞ。ビビったか。タケ」
富良野は自分にも向けられた3年生4人の凶暴な視線に迷惑そうな顔をしながら、後ろを振り返り広尾に合図した。すぐに広尾と安楽城が屋上に出てきて、京田を含め3年生4人は目をまるくした。
「タケ、何で女がいるんだ。なめてんのか、テメ」
「あれ?1対1でしょ。見届け人が誰だって、関係ないですよね、先輩」
武田が敬語で問いかけると3年生の一人が何ともいえない顔で京田の方を伺う。突然、安楽城が口を開き早口で言う。
「京田先輩、すみません。武田くんが男同士の真のタイマンバトルを見せてやるから、来いって。私は遠慮したんですけど、武田くんが『俺も強いが武田センパイも超強い。男の中の男オブザイヤー決定戦だ。』とか言うんで、つい来ちゃいました。本当にすみません」
京田が呆気にとられた顔で後ろの3人の3年生を見渡した。明らかに動揺している。その中の一人が富良野や広尾を見て、睨みながら言う。
「お前らは手を出さないんだな。そこのひょろ長モジャモジャ」
「立会人として来ました。手は出しません。モジャ」
ブッと安楽城が噴き出してから、手で口を押さえる。広尾も緊張しながら言う。
「僕も立会人です。武田くんから学校最強の男が呼んでいるので、殺される前に止めて欲しい、倒れた自分を運んで欲しいと頼まれました。殺さないでください」
また安楽城がブブッと噴き出しかけ、肩を震わせながら後ろを向いた。
京田は下級生に馬鹿にされたように感じたのか、顔を真っ赤にしながら武田を睨む。
「よし、タイマンだ。やってやろうじゃないか」
「予定とは違う、って顔ですよ、センパイ」
「うるせぇ、ぶっとばす!」
「やってみろ、狂犬!」
京田が殴りかかったが、頭にきて大きく振り回した右のパンチを武田が軽くかわし、右足を真っ直ぐに突き出して京田の左脇腹に当てた。
「げふっ」
京田が脇腹を抱え前屈みになると、武田はすかさず両手で背中を押さえて腹に膝を入れた。
「がはっ」
崩れ落ちる京田を見て、3年生の一人がたまらず武田に詰め寄ろうとしたが、富良野が足を出したため、引っかかって派手に転倒する。
「何だ、お前、手を出さねえって言っただろ!」
「出したの足です」
富良野が平然と答えると、残りの2人の3年生もいきり立って、飛びかかろうとした。しかし転がされた3年生に素早く蹴りを入れた武田がスッと間に出てきたため、怖じ気づいたように止まった。
広尾は安楽城を背後にかくまって、屋上ドアのすぐ近くまで下がった。青ざめて膝も震えているが、何故か安楽城はニヤニヤしている。
富良野が落ち着いた声で3年生に呼びかける。
「どうですか。降参するので、終わりにしませんか」
まだ倒れて脇腹を押さえたままの京田と残りの3年生3人の前でファイティングポーズをとっていた武田が目を瞬かせて、富良野を見た。
「おーい、プラ、俺の負けなの?」
「うん。僕が手を出して約束を破ったし、負けでいいんじゃないか。京田先輩にはこれからも学校の顔として校内の平和を守ってもらったほうがありがたい」
京田が唖然として、そしてまだ痛そうに腹を押さえながら立ち上がる。
「意味がわかんねえよ。お前、…プラ?か。この状態で俺の勝ちって、なめてんのか」
「違いますよ。タケちゃんはまだまだ学校ナンバー1としては力不足です。というか、京田先輩が勝って『タケには勝ったがいい勝負だった。これでもうあいつには手を出すな。俺の後継者だ。』とか言ってくれるのが、誰も損しない結末だと思いませんか」
武田がニヤリと笑って頷き、京田に手を差し出す。
「京田さん、卒業までお願いしますよ。俺たちの間で平和条約を結びましょう」
京田が両手で学生服のズボンをパンパンと払いながら、考え込む。それからフッと表情を緩め、武田の手を握った。
「いいだろう。この先も俺の顔を立てるのなら、もうお前に3年の呼び出しは来ねえよ」
「ありがとうございます。さすがですね。人間の器が大きい」
武田が笑いながら、手を握り返し二人はうなずき合った。手を放して、京田が富良野を見る。
「プラ、でも何かお前は気にくわねえ。俺の前には顔を見せるな」
「同じ学校ですからなかなか難しいですが、努力します」
富良野も微笑む。他の3年生3人が呆然と見ている。京田が振り返って、3人に言った。
「おい、どんな闘いで俺がギリギリ勝ったか、今から打ち合わせするぞ」
武田も続ける。
「ここでの取り決めを破ったら、俺と京田先輩両方から説教がくるぞ!…でいいっすか?」
「おうっ!構わん。わかったか?」
3人が焦った顔で何度も頷く。この2人から同時に呼び出されたら、とは考えたくないだろう。ここまでのやりとりを見守っていた広尾がようやくホッとした顔で、体から力を抜いた。
「じゃあな」
京田たち3年生が屋上から階下へ降りていくのを見送った。広尾が大きくため息をつき、武田は伸びをした。富良野が無表情であくびをするのを見て安楽城が睨んだ。
「怖かった…。何で私が『男同士の闘いが見たい』とか言わなくちゃいけないんですか。そんなのいっこも見たくないですよ!」
「アンラッキがついてきてくれたら、穏便に終わるって言っただろ。お陰でタケちゃんと闘ったのは狂犬一匹だ。乱闘になったら何が起こるかわからないし、うまく終わらせられるか不安だったんだ」
広尾が目を丸くした。
「最初からアンラッキの役割は決まってたのか?プラ?」
「そんなわけないだろ。ホントにローがアンラッキを止めてくれるかと思ってたんだ。アンラッキとは2時間目の終わりにちょっとだけ打ち合わせしたけど…」
安楽城が富良野をもう一度睨み、それから表情を緩め、少しだけ困った顔になる。
「男子に屋上呼び出されたの、初めてだったし…」
武田と広尾が同時に口を開ける。
「どういう思考回路だよ」「呼び出しの意味が違うよ、アンラッキ」
富良野がハアとため息をついて、学生ズボンのポケットから靴下を丸めた塊を出す。
武田がまじまじとそれを見、広尾がきょとんとした顔で尋ねる。
「プラ、何だい、それ」
「万が一、危なくなったらアンラッキに渡そうと思って、さっき急いで作ったんだ」
「まさか…」
広尾が口を開け、武田が笑い出した。
「ワハハハハ。プラ、ホントに作ったんだな。靴下の中に小銭」
広尾も笑い出して、安楽城は興味深そうにのぞき込む。
「本当はこんなもの渡さなくてもアンラッキは僕よりずっと強くて凶暴だけどね、ぐっ」
安楽城が富良野の腰骨に膝を当てて、富良野がうめく。安楽城が富良野から武器を取り上げた。
「まあ、私を心配してくれたらしい、ということは少しはわかりましたけどね。うん…?」
靴下に小銭を入れたその武器をじっと見てから、苦悶の顔でそれを放り出した。
「ぐっ、く、臭い!」
「放り出すなよ!中に入ってるのは僕の小遣いだ。靴下は使用済みだけど、脱ぎたてだからまだ3日目だ」
「…み、3日目?」
「靴下、洗濯に出すの忘れてて、母さんから怒られてね、できるだけ匂いのしないのをはいてきたんだ。ね?」
「…何が『ね?』ですか!」
「あうっ!」
もう一度安楽城から膝を入れられた富良野が前へつんのめる。
爆笑した武田が富良野を助け起こし、広尾は落ちていた靴下を指でつまんで富良野に渡す。
「靴下は毎日替えろ、プラ」「そうだ、アンラッキに失礼だぞ」
武田が安楽城と広尾に笑いかける。
「あらためて、1年よろしくな。アンラッキ、ロー」
「僕こそよろしく、タケちゃん」と広尾。
「楽しいクラスになりそうですね、タケさん」と安楽城。
富良野が3人を見て呟く。
「落ち着かない1年になりそうだなぁ」
武田がまた笑い、安楽城も微笑む。広尾が言った。
「さて、アディとの面談に行きますか」
ネチネチと乱闘シーンを書こうと思ったのですが、難しかったです。この後、4人がアディ先生と面談します。それぞれ面談前に何をしていたか、言い訳をします。