Tag Of War 編
中学生、普通の富良野くん『プラ』は静かな普通の生活を送っていましたが、2年生になって突如賑やかな集団の渦中に入ります。担任や番長の話では、実はある意味天才なのでした。周りにいる変な人たちがプラくんに影響されたり影響したりして、成長していく…というほどいい話ではないようです。
HR
「ロー、さすがだな。これでいいいんじゃね」
番長の武田が声を掛けて、周囲の生徒も頷いた。番長のわりには高くて、しかしよく通るいい声だ。
「富良野、綱引き必勝法はこれでいいだろうか?」
富良野にむけて訊ねた『ロー』こと広尾は学年トップの成績優秀者にして、次期生徒会長最有力の声が高い2枚目高スペック男子である。いやみのない爽やかな笑顔は1学期半ばにしてすでにクラスの女子の大半を味方につけている。
「そうだ。プラ、これなら文句ないだろう」
武田も後ろの席の『プラ』こと富良野を見た。
目立たないけれど実は背の高い富良野が小さな目を瞬きながら立ち上がった。
「なぜ君たちが僕に話を振るのか、全然わからないけれど、この必勝法はちょっと調べればわかる方法で、元々文句はないよ」
「プラ、優勝には足らないって、顔してるぞ」
武田がニヤニヤ笑いながら、言った。
ボサボサ頭の富良野は困惑しながら続ける。ゆっくりとした中2にしては低めの声である。
「綱引きは力任せで作戦や練習が必要ないと考えているいくつかのクラスには問題ないだろうね。でも例えば4組」
「斉藤軍団か」
広尾が唸る。
「そう、斉藤先生のようなカリスマがこれと同じ作戦で時間をとって練習し、一糸乱れず仕掛けてくれば、総重量と脚力で不利だと思う。ローくらいだって考えつく作戦だからね」
広尾は苦笑して流すだけだが、クラスに多い広尾ファンが富良野を睨む。しかし広尾は富良野にもう一度問いかけた。ここしばらく広尾は明らかに富良野の意見を尊重している。
「プラ、僕も実はそう思う。正攻法は他の我流クラスには通じるけれど、斉藤軍団には分が悪い。あのクラスは多分すでにこのやり方で散々練習を重ねているだろうね」
「鬼軍曹か…」「あそこは斉藤先生の恐怖政治が…」「やりそうだな」「うちも今日の昼休みから練習した方が」
学級のあちこちから、ざわざわと声があがった。
「プラ、練習はきちんとやるとして、何か秘密作戦はないもんか?」
武田が訊ねた。目鼻立ちがくっきりしている番長の武田にまっすぐ見られると、大概の生徒は目をそらすが富良野は気にしない。
幼なじみでもあり、2年になって同じクラスになってからは特に気が合っているようだ。真っ直ぐで短気で少しだけ乱暴な武田と普段は物静かで読書ばかりしている富良野であったが。
「何やってもよければいくつかはあるけど…」
「あるのか?」周囲が注目する。
担任の安達は苦笑を浮かべたまま、とりあえずは黙って聞いている。内心富良野が何を言い出すのか、半分楽しみに、半分は不安に思っているのだ。
「まず、この3本勝負というのを利用する」
「?」教室の誰も富良野の言葉の意味がわからない。
「一本目はスタートのピストルと同時に全員で手を放してみよう」
クラスの真面目さん、三つ編みの神奈川が驚いて咎める。
「何言ってるの?危ないじゃない!」そりゃそうだ。
「そうだ。それで4組の何人かがケガをしてくれれば、2本目3本目は取れるんじゃないかと思う」
「馬鹿な」「汚ねぇ」「面白すぎる」「それはさすがに…」
様々な声が教室のあちこちから漏れた。
「それからこのルール一覧には使用する靴のことは触れられていないから、野球部やサッカー部のスパイクを借りられれば、ぐっと有利になる」
富良野が無表情に続ける。無表情が怖い、と女子からは不評の富良野である。
「プラ…駄目だろ、それは」
広尾が思わず言葉を崩すと、隣の女子学級委員、間瀬もあきれ顔で同意する。
「富良野くん、もうちょっと真面目に考えて」
安達が初めて口出しをする。
「プラ、面白いけど、やっぱ俺の立場がなくなるから、あんまり悪どいのはやめといてくれ」
全員がワッと笑う。ムードはいいのだ。どうにかして学級で協力して勝とうという雰囲気がある。
富良野が無表情に続ける。
「何をもって悪どいというかは、意見が分かれると思いますけどね。アディ…いや安達先生、ホントに手段を選ばないで勝ちにいくんなら、タケちゃんに4組の男子を脅してもらうのが手っ取り早いですよ」
「そうか、その手もあったか」
武田がニヤニヤして言うと、さすがに安達が慌てる。
「おい、プラ!」
安達のほんの少しだけ真面目で、しかし笑顔の注意に富良野が答える。
「ま、それはタケちゃん、武田君の男気が許さないでしょうし。…ではもう少し、悪辣に見えない案ですが…」
「あるんかい!」
となりの席の女子生徒、安楽城が思わずつっこんで、また笑い声が起きる。武田は何だか満足げな表情だ。富良野に『武田の男気』などと言われてちょっといい気分なのかもしれない。
富良野は依然として表情を変えない。女子からはその物言いが概ね不評で、なおかつもっさりした外見である富良野だが奇想天外な意見を淡々と述べると、それでも不思議に学級の誰もがとりあえず黙って聞く姿勢をとる。独特の存在感だ。
「フライングをしよう。ピストルが鳴る前に立ち上がって引っ張ってしまうんだ」
富良野が言うと、広尾がすぐに突っ込む。
「プラ、そりゃ完全に反則だろ!」さすがの広尾もすっかりぞんざいな口調になっている。
「いや、反則と取られないギリギリのフライングだ」
「…ギリギリのフライング?」
「そうだ。みんなスターターの河野先生の癖を知っているか?」
「体育の河野先生の癖?」
広尾が首をひねった。
「わからないな」
「うん、河野先生はピストルでもホイッスルでもスタートの直前に一瞬グッと胸を張る」
大勢の男子が、ハッとして声をあげた。特に陸上部の面々のくいつきがいい。
「そうだそうだ」「そういえば、そうだ」「わかる!」
「その癖の間を利用する。4組はピストルの音が鳴った瞬間、見事なタイミングでそろって立ち上がり、引っ張りの姿勢に入るだろう。僕らはそのピストルの音よりも一瞬だけ速く引っ張ってしまうんだ。河野胸張り、ピストルの音、その間の一瞬、俺たち引っ張る。KOSO作戦だ」
殊更に真面目な顔で富良野がK…「こうのの」、O…「(ピストルの)音」、S…「その前に」、O…「俺たち引っ張る」…『河野のコーソ作戦』と宣言した。
一瞬の間があって、教室は爆笑の渦に巻き込まれた。
「すげえ!」「できるのか?」「いけるかも!」
「4組の姿勢が整う前に引っ張って崩せば、多少は慌てさせることができるだろう。この位のタイミングだったら周りからはフライングには見えないはずだ」
武田が笑いながら富良野に言う。
「プラ、やっぱりお前は天才だ。今日の昼休みからスタートの練習に全力を注ごう」
「おう!」「それなら何とか…」「いやいや、大丈夫なのか?」
いろいろな声が聞こえるが、富良野は更に続ける。
「でもそれで勝負は五分五分か、いやまだ不利だな」
武田と広尾が目を剥き、自然と声を合わせて富良野に問い質す。
「まだ先が…?」
「うん、それから…」
プラ1
何故かタケちゃんは僕から意見を出させようとするんだ。1年生の時はそんなに目立つようなことはしてないと思うのだけれど、2年生で同じクラスになってからというもの、タケちゃんは何かというと「プラ、どうだ」「プラの考えなら間違いない」とか言う。
このクラスには2年生にして学校の頂点に立った番長タケちゃん、学年トップで次期生徒会長最有力候補にしてイケメンリア充のロー、学校一の美少女だけど何かすげえ不運なアンラッキという3大有名人が揃っている。そんな中で、学年行事の作戦は僕に任せるっていうんだからどうかしてる。
…ま、悪い気分じゃないけどね。
タケ1
綱引き大会作戦会議、…なんてまあホントは俺はどうでもいいんだな。でも勝負はやるんなら本気で勝ちにいったほうが楽しめるからな。その点このクラスは最高だ。なにしろプラがいる。勝つにしろ負けるにしろ、あいつにまかせておけばとにかく面白いんだ。
担任のアディもプラの言うこと咎めたりしないし、優等生のローだってプラに一目置いている。
今回のプラの策略もサイコーだ。見方が面白いんだな。他のやつが思いつかない悪い感じの作戦を平然と言う。そしてクラスのみんなが何故か納得するという、あいつの特殊能力だよな。
何しろ「俺をどう使うか」とかも遠慮がなくて気持ちいい。
「タケちゃんの男気が許さない」とかちゃんと俺を大切にしてるのも好感が持てる。
…それにしてもプラの作戦、結構複雑なんだけど、うまくいくのかな?うまくいかなくても面白くなりそうだから、そりゃそれでいいけどな。
学年会議
新2年生の担任の一人、安達は生徒から「アディ」と呼ばれている。名字からの転用であることは間違いないが、もうひとつ、教科は理科であるのに白衣ではなく、普段からジャージ、概ねあるメーカーのものを着用していることかららしい。
学年一の美少女と名高い安楽城という生徒が授業中にうっかり呼んだことでわかった。安楽城の話では、他に「死体」とか「ゲロリン」とか「貧乏ダンス」というような名を持つ教師もいるそうだから、まずまず悪意のない方の愛称といえるだろう。
そんなアディや死体やゲロリンや鬼軍曹などが所属する学年における、新年度に備えての学級編成会議は昨年度2学期に第1回が開かれた。
学年主任の嶋が成績順を基に機械的に作った暫定クラスを叩き台として検討が始まった。
「このクラスは男子が少し重いのでは…」「いや、こちらは不登校が多くて暗すぎるでしょう」
要するに担任にとって負担の多すぎる編成がないよう「手のかかる生徒」を均等にしたり、同じクラスにすると相乗効果で雰囲気を悪くするであろうコンビやトリオを解散させていくのである。
安達の所属する1年生は比較的落ち着いた学年といえる。
犯罪行為に関わりそうな生徒や、日常的に対教師暴力を起こすような生徒は見当たらない。そして負担の均等化とはいうものの、多くの担任は自分が担当しそうな集団を想定し、扱いやすいクラスにしようとちょっとした駆け引きも発生する。
多くのスタッフの頭にあるのは「番長武田」武田完の存在であろう。
暴れん坊で対教師に暴言浴びせたこともあるこの生徒は2年生や3年生の問題児グループにも目をつけられている。自分のクラスとなればなかなかに手がかかるだろう。
ただし、彼がただの暴力的な問題児でないことは一部の教員の間ではちゃんと評価されている。弱い者いじめはしないし、意味もなく反抗的になることもない。それでも女性教員や1~2年目の若手にとっては扱いずらい乱暴者であることに変わりはないのだろう。
あきらかに自分の担当クラスへ来ることを敬遠するスタッフが多い。
安達はというと、それよりもある生徒の方がずっと気にかかっていた。そんな一癖二癖という生徒の中になぜか飄々と佇んでいるといった雰囲気の男子である。
彼の名を富良野太郎という。安達は1年生の時、2学期後半のある事件以来、彼をそれとなく観察していた。特別目立つ外見ではない。成績はせいぜい中の上から中の中、最低限の努力はするけれど目立つほどの頑張りは見せないタイプのようだ。
部活動は陸上部だが、顧問からは「短中長距離、投擲、跳躍どれを試しにやらせてもそこそこで部員の平均から少し上くらい、仕方がないので本人の希望によってハイジャンプを専門にさせたが、上位大会に進めるかどうかギリギリ…別種目に切り替える理由もないので、そのままにしている」という教室中の彼と同じ印象の答えが返ってきた。
安達は何かを感じて、それとなく富良野を注目し始めた。すると不思議なことがいくつか見えてきた。例えば学級で小さなもめ事が起こったとき、困った顔で周囲が頼るのは学級委員でもガキ大将でもなく、富良野なのだ。彼がいると何だかそれで問題の8割が解決するらしい。
彼が飄々とした顔で着席するだけで学級の多くの人間が落ち着くのだという…というのも安達は安楽城に聞いた。どうしてかというと「なぜなんでしょう」と安楽城が答えたので生徒もわからないらしい。
安達自身も富良野の観察を続けるうちに彼の問題解決能力の高さや、ある種の発想能力の豊かさを見いだしていったが、同時にそれで何故、学業も部活も中の上の「何でもそこそこ」なのか解らなかった。
学級編成会議の終わり頃に安達は言った。
「武田完は僕が担当しましょうか」
周囲のスタッフが明らかにホッとした表情となり、主任の嶋も安堵の顔を見せる。
「死体」国語の根元富子が安達の編成カードを見ながら尋ねる。
「安達先生がみてくれれば安心ですけど、結構大変じゃないですか?」
安達が担当する予定の暫定学級名簿にはすでに、結構やんちゃな生徒が多く集まっているように思われる。安達は周りを見渡しながら発言する。
「ええ、大変です。なので他の希望を皆さんに聞いてもらおうと思って」
嶋が「ということは、欲しい生徒がいるんですね?」ときいた。
「鬼軍曹」社会科の斉藤も助けてくれる。
「大丈夫ですよ。これだけ迷惑なやつを貰ってくれるんだから、リクエストしてくれて」
「ゲロリン」技術科森も軽い口調で言う。
「安達クラス、第1回選択希望選手は?」
「今、森先生のとこにいる富良野をこっちにください」
「へっ?富良野?」
「はい、富良野太郎を自分のとこに入れます。森先生、かわりに好きなの抜いてくれていいですよ」
「…全然いいですけど。富良野ねぇ」
森が不思議そうに繰り返す。斉藤がさらに声を掛けた。
「他にもう何人か、いいんじゃないかな」
「そうですか。じゃあ、遠慮なく…根本先生、安楽城をもしよかったら、交換してくれませんか。こっちの中野とか小寺とかと交換で」
根本が目を瞬かせる。
「そんなリーダータイプの子、いいんですか?安楽城さん、確かに可愛いですけど…」
「観賞用もいた方がいいんで」
安達がしれっとひどいことを答えて、周囲が苦笑いをする。
嶋が安達の手元を見て、面白そうに言う。
「番長の武田完、会長候補の広尾希海、薄幸の美少女 安楽城優加、新2年生の有名人勢揃いですね」
「来年度の終わりくらいには4大スターになってますよ」
安達が不敵に笑った。
ロー1
それにしても不思議だ。僕はこんな人間だったのだろうか。自分が集団の中心でなくても、まったく構わないとは。
最初この2年7組を見渡したとき、やっぱり武田のことは目についたよね。あいつとうまくやるのは大変だろうって。でも僕には自信があった。だれとでもうまくやれる。だれがいても自分がリーダーとなってクラスをまとめてみせる。…なんて力んでたんだけど、あれ、と思うほど苦労しなかった。
タケちゃんが実は単なる武闘派じゃないことは1年の時からある程度わかっていたし、安楽城さんが男女問わず、特に女子には絶大な人望があることも知っていた。
だからタケちゃんをおだててアンラッキには誠意を見せ、この2人を使って学級のコントロールを…なんて考えていたんだけど、実はキーマンは一見目立たない富良野だったんだ。
この綱引き作戦会議もいつのまにか、プラを中心に作戦が決まった。しかも何だか悪辣な作戦だ。
僕としたことが…ワクワクするね。
途中、プラは「タケちゃんの男気が許さない」と言った。それはルールに違反しているかどうかじゃなくて、もっとタケちゃんのプライドみたいなものを尊重している雰囲気だった。
それからあのミス・アンラッキの扱いだな。プラが言った「決勝3本目の場所取りジャンケンは重要だから安楽城さんに任せたい」というのは驚いた。
アンラッキといえば1年生の時に3回、2年生になって1回、交通事故に巻き込まれるという不運女子だ。何でだ、というのが学級の雰囲気だったけど、巧みにみんなを納得させていたし、アンラッキはちょっと感動していたようにも思えた。それにしてもアンラッキ、可愛いな。
あの赤ん坊みたいな顔、大きくて黒目がちの瞳、ピンクのほっぺた、ショートだけどサラサラの髪、薄幸なのに(というもっぱらの噂)いつも幸せそうなあの笑顔…優しいから男子にも人気あるけど女子からは「聖女」とか「超絶癒やし系」などと絶大な人望を持っている。
隣のプラが羨ましい。う、僕ってちょっとキモい感じ?
さて、安達先生…アディは最初からそのつもりだったみたいだ。プラの考えで僕が計画を作り、タケちゃんやアンラッキが実行していく。
プラはナチュラルにタケちゃんやアンラッキを自分のペースに巻き込んでいる。そして僕もいつのまにか…だ。以前の僕だったら、反発したに違いない。
でも何でだろう。とにかく心地いいんだ。プラにはこれはいいこと、これは悪いことという基準があんまりないようにも思える。
面白いかどうかが重要なのかな?よくわからないけど。それは僕にとっては新鮮で心躍ることだった。もう少し天才プラにつきあってみよう。面白い1年間が送れそうな気がする。
アンラッキ1
いきなり3本目のジャンケンを任されたのはびっくりしました。綱引き大会とか正直言うと何の興味も持てないのだけれど、いつの間にか夢中になってましたね。
私はとにかく不運なことで有名な『薄幸の美少女』…なんて自分で言ってみましたが。
だから司会のローくんあたりから「安楽城さんがジャンケン担当?不運担当なのに?」とか失礼だと思っても、言い返せなかったのです。
でも富良野くんは言いました。「交通事故に4回も遭遇して、ここに無事にいる安楽城さんが不運担当だなんて僕にはとても思えないね。どう考えても彼女は幸運の女神だよ」
そんなこと言われたのは初めてだし、自分でも思ったことがなかった。それにしても「女神」とか、照れちゃいますね。
ちょっと感動して富良野くん、いえ、プラくんを見たんだけど、無表情って言うかそれどころか野菜か果物でも見るような視線でこっちを見てましたね。
…プラってサイボーグ?天然?馬鹿なの?
綱引き決勝1
2年生学級対抗綱引き大会は予想通り『最強』4組斉藤軍団と『悪党』の7組が決勝を戦うこととなった。ここで7組担任安達が水分補給の休憩を提案し、学年主任の嶋に採用される。
2年の職員が生徒を木陰の多いスタンドに移動させてから、時間の流れと進行を確認する。安達が発言する。
「どうせ、後は決勝のみですし、残りの生徒はここで見学させたまま、このスタンド前で競技を実施したらどうでしょう」
対戦中に条件が変更されるわけではないのだから、4組・7組のどちらかに不利になるわけではない。時間の短縮と生徒の健康安全と言われれば、特に反対する理由は誰も見つけられなかったが、斉藤だけは何か安達の思惑を感じて、眉をひそめた。
学年主任の島はどちらかといえば、勝敗よりも時間内に終わることを気にして、「特にご意見がなければ、河野先生、ラインを簡単でいいので引き直してくれますか」と声を掛けた。
「承知しました」
河野が素早く近くの体育係の生徒にラインカーを移動させるよう指示した。
数分後決勝の開始が河野によって告げられ、決勝進出の両クラスが移動を始める。学級委員の広尾が4組の男子学級委員大塚を見つけて、両クラスの中央で声を掛ける。
「よろしく頼む」
続けて7組男子の真ん中にいた武田が「4組最強伝説を終わらせるぜ!」と声をあげた。大塚は軽く笑って、それから広尾の後方にいる武田を中心としたやんちゃ男子も見渡して言う。
「ローも大変だな。このギャングみたいな集団のリーダーとは」
「一糸乱れぬ斉藤軍団ほど面倒くさくもないさ」
平然とした広尾の返事に大塚が顔をしかめた。
1本目、富良野のいう「ほんの少しだけ有利な南側」には4組が陣取る。
4組が担任の斉藤を囲んで円陣を組み、大塚の大声が檄を飛ばす。
「このまま優勝するぞーっ!」「オーッ!」「4組最強ーっ!」「オーッ」
それを見て7組もどこかゆがんだ円陣を組んだ。
「俺たちも…やる?」
広尾がコソコソと声を掛ける。
「1本目は北側だ。打ち合わせ通り、あんまり力を使いすぎないように最初の30秒くらいで負けるぞ」
女子達がクスクス笑う。
「こんな円陣聞いたことないわ」「負けるぞって。(笑)」
富良野がぼそりと
「やっぱり、手を放して転がしちゃわないか…。その方が手っ取り早い」
武田が聞き取って呆れた笑いを浮かべた。
「プラ、作戦通り2本目を全力で取りに行こうぜ。アンラッキ、かけ声かけろ!」
何故か武田に唐突な指名を受けた安楽城が慌てて可愛い声を出す。
「え?えっ?…何かよくわかんないけど、そこそこ頑張るぜーっ!」
苦笑交じりに円陣が揺れて、「おーっ!」という声が出たが、「へい」とか「いぇい」とか適当な声も混じったようだ。斉藤が呆れた顔を安達に向けた。
「よくこれで決勝までこれたもんだ」
「俺もそう思いますよ。斉藤先生」
4組と7組、両担任が笑い合って、いよいよ1本目のピストルが鳴らされた。
「よいしょっ!」4組斉藤軍団が見事なタイミングで立ち上がり、体を反らした。それだけで7組はすでにバランスを崩してしまい、そのままズルズルと1メートル引きずられた。
予想以上の圧力に7組の面々が一瞬蒼白になったが、富良野や武田、広尾は平然としたものだ。安楽城はなぜかニコニコしていたが。
「アンラッキ、なんでうれしそうなのよ?」女子学級委員の間瀬が問いかけた。
「力をこめると何故か笑顔になっちゃうのよ、ごめんなさい」ニコニコ。
安楽城の顔に気が抜けたような気持ちになりながら、間瀬が女子に声を掛ける。
「次が本番よ!頑張ろう!」「おーっ!」
安楽城の笑顔で力を抜いた女子が大きな声を出した。4組が不思議そうな顔をしている。1本目惨敗したのに、戦意が衰えない7組を不気味そうに見ている。
2本目のスタンバイが完了し、両クラスが綱のサイドにしゃがみ込む。先頭の武田と隣の広尾が目を合わせてうなずき合った。
その後方の間瀬が河野注目!と後ろの女子に向かって手を振る。安楽城はそれを見て周囲の女子にかけ声を掛けた。
「作戦どおりにね!」
「しっ!黙って」「アンラッキ、ばれる!」と数人の女子から苦笑いで注意された。
スターターの河野が両クラスの様子を確認してから、ゆっくりピストルを持った右手をあげた。7組の全員が河野の上半身に注目している。4組はピストルの音に集中しているようだ。
河野が胸を張った。その瞬間、武田のかけ声が響く。
「おいっしゃーっ!」
7組が立ち上がって綱をグンと引っ張るのとピストルの音はほぼ同時だった。ほんのわずかだけ4組が前につんのめった格好で立ち上がった。
「おおーっ!」
見学している他クラスの生徒がどよめく。ここまで無敵の4組が一瞬でも劣勢になったのは初めてなのだ。
「そのまま!そのままっ!」広尾の大声が響いた。
それに呼応して武田が怒鳴る。
「ホールド!」
安楽城も女子に大きな声を出した。
「ホーミー、ダーリン!」意味不明である。
「やめて!」「笑わせないで!アンラッキ!」女子が悲鳴混じりに安楽城に言った。
綱がほんの少し7組側に寄ったところで動かなくなった。斉藤が真っ赤な顔で怒鳴る。
「胸張れ!膝に力入れろ!」
4組の生徒も懸命に体を反らせて綱を引き寄せようとするが、真ん中の印である赤い布はギリギリ7組側に入ったまま動かない。周囲の見学生徒も騒ぎ始めた。
「すげえっ!頑張れ!7組!」
武田が大きな声を出す。
「あと少し!耐えろっ!」
安達がそれに応えて生徒に檄を飛ばす。
「ラスト10秒!ホールド!ホールド!」
本来なら地力は数段上だろうが、劣勢となったことがない4組にやや乱れが生じたのか、なかなか綱は動かない。4組の重量級生徒が顔を真っ赤にして、声を上げる。
「負けるな!引張れ!」
広尾が安達のサインで大声を出す。
「力抜くな!体勢崩すな!あと5秒!」
安楽城はただただ頑張っているが、その分真っ赤な笑顔で、声は可愛く「う~ん。う~ん」とうなっている。
「ププッ」「ウグググ」周囲の女生徒がそれを見て、笑いをこらえながらも、踏ん張る。7組の面々には長い時間に感じたが、間もなく終了のホイッスルが響き、審判の河野が7組側に旗を揚げた。
大きな歓声と武田の雄叫びが響き、7組の生徒が歓喜の声をあげた。
斉藤が河野にすぐ抗議する。
「今、7組のスタートはフライングじゃありませんか?」
河野が首を傾げながら答える。
「いや、うーん、どうだろう。早いことは早かったけど…フライングと言うほどでは…」
4組の生徒が口々に言い募った。
「早かったです」「フライング!あんなのないよ!」
安達は落ち着き払って、斉藤に言う。
「フライングとは思いませんけど…4組の皆さんが文句があるようなら、仕方ありません。私たちは堂々と頑張ったつもりですけど…4組の皆さんがやり直せ!というなら、残念ですけど、最初からやりますか?最強4組斉藤軍団が、そうおっしゃるなら」
斉藤と4組学級委員大塚が顔を顰めて黙り込んだ。これで本当にやり直しをさせたなら、4組がごり押しして勝ったと言われかねない。斉藤が安達に申し入れた。
「…いや、結構ですよ。ただし、ほんの少しだけタイミングが早すぎたようにも見えましたから、生徒には注意してくださいね」
4組番頭の大塚も赤い顔で頷いて、「1対1でいいです。場所決めのジャンケンをしましょう」
4組は大塚が3本目のジャンケンをするようで、構えた。
その姿を見定めて、武田と広尾が笑いながら大声で呼ぶ。
「お~い!アンラッキ!出番だ!」
「ウェッ?!は、は~い!い、今行きます!」
安楽城が返事をして前に走り出るが、両クラスの中央になぜか置いてあったラインカーに蹴つまづいた。
「うわっ!あたたった!あたた」
かろうじて転ばず前へおっとっとと、よろめきながら出てくるタイミングにあわせて広尾が声をかけた。
「最初はグー!」
「えっ?えっ?」
安楽城と大塚がその声に合わせて、ジャンケンのかけ声をあわせる。安楽城はつまずいて、前へよろけながらのまま、慌てて手を出した。
「ジャンケン、ポイ!」
バランスを崩したままの安楽城はジャンケンでパーを出したまま、前に転びかけた。それをなぜかそこにいた富良野が後ろから抱きとめてしれっと棒読みで言う。
「いや、危ない。間に合ってよかった」
大塚を見ると、大声で声をかけた武田と広尾、転びかけた安楽城、なぜかそれを支えた富良野の4人を目を丸くして見たまま手を出していた。グーだった。
アディ1
予想通り4組との決勝となった。斉藤先生、はちまきまで締めてるなあ。恐ろしいクラスだ。
とりあえず、ここまでは予定通り。プラの作戦というか反則スレスレというか、ほぼ反則で1vs1のタイだ。
4組の生徒ざわついてるなぁ。そりゃそうだ、1本取られるとは予想外だったろうからね。
プラの作戦その2は綱引き競技場の小さな移動だ。決勝になったら斉藤先生に申し入れる。
「東西ではなく南北に向きを変えましょう」
斉藤先生と体育の河野先生のめんどくさそうな顔を無視して、俺はプラに指示されたとおりのことを言う。
決勝で見学生徒が多いこと、だから熱中症予防のため日陰のスタンドに移動させたいこと、したがって全員給水タイムの間に綱引きの綱の向きを90度変えて生徒が見やすいように動かしたいこと。結局その通りになった。プラが学年主任のジマさんだったらほぼ間違いなくOKが出るだろうと予想した通りってことだ。
プラによればこのグランド、ほんの少しだけ南側に低く傾斜してるんだそうだ。見てもよくわからないけどね。で自分たちが南側になったときにKOSO作戦開始ってわけだ。
面白いもんだね。わずかに体勢を崩された4組の重量級軍団がフォームを整えた時には、タケの指示でがっちり「ホールド」の体勢だ。
ローが言うには、この体勢を全員がきちんと取れば、相当力の差がないと動かせないそうだ。うちと4組は結構実力差あると思うんだけど、そこは南側の優位+不利な体勢になったことのない動揺が効いてくる…と俺、なんかプラの思うように動いてるな。
恐るべし天才プラ、担任教師までも操る男。
そのまま1分の時間切れで優勢勝ち、4組の男子たちの呆然とした顔と、斉藤先生の顔色を窺う表情が面白かった。タケがクラスの周りをジャンプしながら飛び回って、何言ってるんだかわからない雄叫びで盛り上げたら、ローもアンラッキも周囲のやつらとハイタッチだ。
アンラッキはハイタッチのタイミングがいまひとつ合わなくてすかされていたけどね。
…プラはというとあいかわらず、じとっとした目で無表情だ。
斉藤先生のクレームも無事やり過ごした。あー、面白い、このクラス最高だ。しかしこれで何とか1対1…決勝の1本だ。あ、場所取りジャンケン、これが重要なんだよね。絶対勝たないと。南側取れるかどうかが勝負の分かれ目…とプラが言ってたからな。
何かよくわかんないけどアンラッキが転びそうになって手を出したら、ジャンケン勝った。すごいね、だいたいプラの言うとおりに進んでるよ。もしかしたら、本当にあいつ大天才かも。
しかし何でアンラッキ、転びそうになって、それをプラが予想したかのように助けてんだ。足引っかけたラインカーも変なとこに置いてあったなぁ。あらら、アンラッキ真っ赤じゃん。あれは惚れたかな?
プラ2
こんなものはたいがい、運だ。フライング作戦がうまくいったのも、アディの言い分が通って競技場所が変わったり、フライングのあの適当な言い訳や3本目への誘導が受け入れられたりしたのも、そして極めつけのアンラッキのジャンケン勝利も全部、運だよ。
でもクラスで「これこれこうだから、こうなる」っていうのをちゃんと話しておくと、動きに迷いがなくなるんだ。僕は何となく知ってる。色々策略を練るのもいいんだけど、それ以上にやるべきことに迷いがなくて、「自分たちには策があり、勝利の要素がある」と信じてることが大切なんだね。
その積み重ねが結果的に運をこちらに寄せてくる、たぶん。
アディが全部任せて、その役割を演じてくれるとはビックリした。信用されて居るんだよね…?
アンラッキのジャンケン、あいつ多分転びそうになったら、手を開くだろ?4組の大塚、あいつは単純だから慌てて、あせってジャンケンやるとグーになるんじゃないのか、と思った通り。できすぎだね。
そりゃそうと、せっかく支えてやったアンラッキが真っ赤な顔でにらんでるんだけど。
綱引き決勝2
3本目、決勝の場所取りジャンケンは7組が勝ち、富良野がいうところの「ほんとにちょっとだけ有利な南側」を取った。
斉藤も実はこの2本で、うすうす場所に有利不利があることに気がついている。それでもきちんと準備ができれば7組に負けるなどとは思えない。
1本目は彼の感触では7組が計画した「間近で集中して見ていないと気がつかない程度の、しかし意図的なフライング」なのだ。その戦略だけは消しておかねばならない。
斉藤は安達にもう一度釘を刺す。
「しっかりと開始の合図でスタートさせてください。お互い気持ちよく終われるように」
安達も頷いて笑顔で斉藤に返す。
「うちの生徒俊敏なんですよね。でもそんな風に言われるのはやはり残念ですから、しっかりピストルの音を聴いてから立ち上がれ、と言い聞かせますね」
斉藤は「わざとではないのか?」と一瞬自分の疑いを考え直すが、先程のどう考えても練習を重ねたであろう全員一致の見事なスタートダッシュを思い出し、やはり担任学級ぐるみの確信犯であろうと推測した。
安達が7組の生徒を集めて、注意を始めた。
「さっきのスタートが少し早いんじゃないかと注意を受けた。しっかりピストルの音を聴いて立ち上がるんだぞ」
「はい!」「わかりました」「みんなスタート注意しようぜ!」「ゆっくり立ち上がりますぅ」
最後のは安楽城である。少しわざとらしすぎないかと斉藤はもうどこまでも疑っている。
「おーい、そろそろ急いでくれ。時間がないからな」
嶋の声で河野が両クラスをポジションに急がせた。
全員がしゃがんで、いよいよ3本目の開始である。斉藤はほんの少し、違和感を感じた。それが何なのかよくわからない。ただ確かに7組の男子数人が余分な動きをしたように思えた。
しかし位置についた彼らを見ても特におかしな点はない。両担任が河野にOKサインを出して、河野が大きな声を発した。
「位置について!」
SHR
7組の帰りの短学活、いわゆる帰りの会は始まる前から盛り上がっていた。学年綱引き大会は見事7組の優勝である。しかも大本命といわれた「鉄の団結・恐怖の斉藤軍団」4組を破っての勝利であった。
安達が学年優勝トロフィーを持って、教室に現れると全員が拍手と大歓声でそれを迎えた。
「やったーっ!」「うぇーい!」「ばんざーい!」「7組さいこーっ」
最後の「7組最高」という台詞こそ安達が1学期のうちに、たくさんの生徒から言わせたいと考えていた言葉だったので、彼もにんまりとして教室に声を掛けた。
「7組最高っ!おまえら最高っ!」また全員が大盛り上がりで立ち上がり、歓声をあげた。
武田「ワハハハハハ、このクラス最高っ!俺も最高っ!」
広尾「ありがとう!僕のために頑張ってくれてありがとう!」
安楽城「もしかして私って本当に幸運の女神?」
富良野「…違うと思う。たぶん」
タケ2
3本目、まさかホントに取れるとは思ってなかったね。さすがプラだ。
3本目のスタートも『フライング作戦』発動かと思ったら、プラが「それはやめといた方がいい。斉藤先生は意外とそういうとこ鋭いぜ」って止めたんだ。
だからアディもわざとらしく俺たちに注意したんだ。「しっかりピストル聴け」ってね。それが作戦中止の合図だったんだけど、そこまで読んでるとはさすがプラだ。
でもプラにはもうひとつ秘密の反則ギリギリ作戦があった。作戦会議でプラは言った。
「グランドにほんのわずか傾斜があることはさっき言ったけど、もうひとつ、うちのグランドには滑りやすいという特徴がある」
うん、確かに踏ん張っても運動靴じゃズルズルって滑ってくんだよな。だからやっぱりスパイク持ってくのか訊いたら、それはやはり目立つからやめてくれってアディが笑った。
「そこで最終の戦いでは自分たちの陣地をほんの少し湿らせて、踏ん張りやすい状態にしたいと思う」
びっくりしたな。スパイクより無理なんじゃないかと思ったけど、プラの作戦は現実的だった。
「決勝前の水分補給の時、真ん中辺の男子は短パンを水でビショビショに濡らしてくれ」って、なんだそりゃって笑っちゃったよ。ローも驚いてたなあ。
「パンツまでビショビショにして、できたらタオルかなんかポケットにさして水分を蓄えさせる。それで3本目の前に陣地を湿らせる。ビショビショである必要はないんだ。そして全員がやる必要もない。目立たないように列の中央付近の男子がポジションについたら、座り込んで足下を濡らそう。これでずいぶん踏ん張りやすくなるはずだ。どのくらい効果があるか、何人くらいやるか、実験はした方がいいと思うけど」
…効果あったよ。確かに真ん中付近の男子たちが1本目2本目より踏ん張れているのがよくわかったからな。グランド南側の利点と、この足下加湿作戦で7組は見事優勝したんだ。
それにしても、斉藤鬼軍曹のあの顔、面白かったなぁ。学級委員の「番頭」大塚も目を見開いて7組と軍曹を見比べていた。ついつい大声で「軍曹、敗北だぜーっ!」って叫んだのはまずかったな。アディ、後から「うちの生徒が調子に乗ってすいません」とか謝るんだろうな。
まあ、学級結成最初の放課後にコソッと「お前、調子に乗っていいから、ドンドン自分の頭で考えて『いいと思うこと』をやれ」って言われたから気にしなくていいか。その後の「何を本当に『いいこと』と思うかっていうのはお前の1年間の宿題な」とも言われたけどね。
俺が「難しいなあ」って訊いたら、
「ローが頷いたら『やってもいいこと』で、アンラッキが笑ったら『周りが幸せになること』、それから…プラが感謝したら『いいこと』でいいぞ」だってさ。わかったような、わからないような。
ロー2
まさか綱引きで体操服のハーフパンツをビショビショに濡らすことになるとは思わなかったよ。ハーフパンツどころか下着もビショビショだ。
あらかじめ決められていた作戦だったから着替えは用意してたけど、いざビショビショ泥だらけのハーフパンツをトイレで着替えてみたらひどい作戦だと思ったね。
でもま、全然いいっていうか、むしろこんな面白い行事は初めてだった。一体感っていうか、クラスでちょっと秘密の作戦(しかもギリギリセーフ?いや微妙にアウト?の陰謀)を共有した「悪いやつ仲間」な雰囲気も新鮮だった。
中には罪悪感感じた人はいるのかな?帰りの会の雰囲気ではそういう感じはしなかったけどね。プラはどうみても善悪の基準、ずれているようにしか見えないし(変人だ)、タケちゃんは肝が座ってて善悪併せ呑む雰囲気ハンパないし(大物だよね)、アンラッキはいつでも幸せそうだしね(やっぱ可愛い)。
それにしてもアディはあんなんで職員室で何か言われないのかな。そういえば1学期の最初の方で放課後に職員室呼ばれて、言われたこと思い出すな。未だに意味不明だけどね。
「クラスの舵取りはまかせるけど、間違った選択を恐れるな。ワクワクする方を選べばいいんだ」
「ワクワク…ですか。考えたことなかったな…」
「タケが前のめりになったらドキドキ、アンラッキが前のめりのときはウキウキだよ」
「ワクワクは…誰ですか」
「お前自身だ。お前の胸の鼓動を訊いてみろ」
「先生、何言ってんだかよくわかんないです」
「プラに振ってみな。何か解決したいことがあったら、プラに振れ。その中からお前がワクワクできることを学級の方針や作戦や陰謀にしてけば、いいさ」
「陰謀…」
うーん、あの先生、僕をどうしたいんだろう?
アンラッキ2
私、自分のクラスが行事で優勝するの、初めてです。今までたいがい何かアクシデントが起きて負けてたのに。
リレーをやればトップを走ってきたアンカーが転び、合唱コンをやれば超絶いい仕上がりだったのにコンクール当日、指揮者が風邪を引いて欠席し、そういえば入学式、私が生徒代表あいさつしたら何故かマイクが故障して恐ろしい音でピーピー鳴り止まなくなりましたね、負けっていうかなんかですが。
タケさんが私の3本目のジャンケンが決め手だったから、お前がMVPの5番手くらいだって、微妙な褒め方してましたけど、ああいう時ジャンケンで勝ったことなんかないですし。私の「薄幸の美少女感」…また自分で美少女とかいいましたが、まあ、それはともかく不運の連鎖は終わったのでしょうか。
そういえばジャンケン直前、転びそうになったとき、プラに後ろから抱きとめられたのはビックリでした。さすがにドキドキしましたね。あそこにプラがいたのも不思議と言えば不思議ですけど。だから後でプラに訊いたんですね。
「私にジャンケン任せたのってやっぱり、あの、『幸運の美少女、いえ女神』というの、本気でした?」
「もちろん。君は交通事故にあうけど、ケガはしない。リレーで負けるけどアンカーが転ぶのはゴール直前で、転がりこんで2位になる、合唱の指揮者は休むけど、偶然そんなに難しくない曲目で準グランプリ、入学式、君のあいさつが放送事故みたいになったのは大笑いしたけど、それで僕は君の顔を覚えた」
「…プラ?」
「つまり君は『不幸中の幸いの女神』ってことだよね。だから何かに蹴つまづいて転んだら、そのついでのジャンケンはきっと勝つんじゃないかと思ったんだ」
「まさか、あのラインカー…」
「そうそう、よくわかったね。僕が君の通り道に置いといたんだ。慌てて出てくるとは思ったけど、まさかホントにつまづくとはねえ。転んでケガしても気の毒だから、受け止めてあげようとあの辺にいたんだけど、いや、お礼はいらないよ」
いつもは無表情をトレードマークにしているくせに、満面の笑顔です。こいつは許せませんね。
「ふーん、そうだったの。でも、お礼はさせてもらわないと」
私はスッとプラの後ろに回って思いっきりお尻に回し蹴りをしました。バチンといい音がしました。
「ギャッ!」馬鹿プラが悲鳴をあげて、前に転がりました。
このやりとりを見聞きしていたタケさんとローが大笑いして、前に倒れたプラを助け起こします。
「いや、プラこれはお前が悪い」「うん、僕もそう思う。アンラッキの純情に謝るべきだ」
プラは馬鹿なの?それとも大馬鹿?…実は天才?
そういえばアディ先生が4月に私を呼んで「今後も情報提供頼むね」って仰いましたね。今日のことも報告した方がいいのでしょうか。あと、変なことも言ってましたけど。
「このクラスで存分に楽しんでね。君の幸運を感じられるはずだよ。…それからあと…プラがみんなに見つかるようにしてほしいんだ」
「富良野くん?見つけさせるんですか?…よくわからないのですけど…私に何ができるでしょうか?」
「うん。できる。できる。富良野は天才だけど馬鹿だから、君みたいな子が必要なんだ」
「…全然意味がわからないのですけど」
「だからね、タケとローが支えるから、安楽城が背中を押してやってくれ」
確かに今、タケさんとローが支えてますね。私は背中押すんじゃなくて、お尻思いっきり蹴飛ばしちゃいましたけど。
アディ2
大概思い通りにいった日は自分の居場所である理科準備室、でいい豆のコーヒーを飲むことにしているのだ。
本日も我がクラスの生徒達の「7組最高」を聞いてご機嫌の俺はビーカーにミネラルウォーターを入れ、アルコールランプに火をつけて温め始めた。マグカップにドリッパーと紙のフィルターをセットしてしばらく待つ。
3本目が取れた場面は今でも笑ってしまう。プラからはこの理科室でこっそり「3本目、南側が取れれば、たぶん大丈夫」とは聞いていたが、「普通にやったら南側でも、加湿してもやっぱり不利」と言っていた。すなわち、やつは他に何かやったということだろうか。
4組の担任斉藤が3本目終了時、じっと7組の生徒を見ていたが、結局何も言わなかった。地面が湿ってるところ見つからなかったのか、それとも気がついていても黙っていてくれたのか。まあ、たぶん気がついてないだろうが、何か発見しても黙っていてくれたように思える。あれで意外と斉藤は後輩を育てようとする人なのだ。
少しずつプラが発見されかかっている。7組はすでにプラを中心に回っているといっても過言ではない、いや少し過言か。
それでもやつは自分の居場所を確保したといっていいだろう。でもこれからだ。プラの天才ぶりを世界が見つけるのはこれからだ。
待ってろプラ、お前はもっと自分を主人公にしなくちゃいけない。俺が引きずり出してやるからな。ドリッパーからいい匂いが漂ってきた。
職員室
放課後の職員室で斉藤がお茶を一口飲み、「フーッ」と息を吐き出した。学年主任の嶋が笑いながら声を掛ける。
「斉藤先生、お疲れ様でした。面白かったですね」
「7組が優勝とはちょっと驚きましたが、まとまってましたね、やつら」
斉藤は少しだけ苦笑いをして、武田完の笑顔を思い出す。何度声を大きくして注意しても、言うことを聞かなかったやんちゃ坊主が、仲間のために懸命に声を出し、競技に取り組んでいる姿は感動的でさえあった。
とはいえ、何か引っかかる。自分や自分のクラスを分析され、策略を巡らされ、そして弱点をつかれて負けたような爽やかさのない敗北である。特にあの中団にいた背の高いモジャモジャが気に入らない。富良野といったか…。
斉藤が考え込んでいると、嶋はそんな斉藤の思いを知ってか知らずか、口をはさんだ。
「王道体育会系、無敵斉藤軍団と寄せ集め個性派集団、チーム安達…2学期はじめの体育大会が楽しみです」
斉藤は嶋に向かってというより、2階にある理科準備室の方向へ顔をあげてぼそりと言う。
「安達もちょっと心配だな。少し生徒のカラーに引きずられ過ぎてないかな」
嶋も少しぬるくなった番茶を啜り、同じように上を見上げた。
(Tag Of War編 終わり)
綱引き大会、どうでしたでしょう。次は中2のタケちゃんがどうやって学校の頂点に立ったのかというエピソードか、ローが夏休みにアンラッキちゃんを市民プールに誘って断られる話とか書きたいです。