本当に理解に苦しむ
「えっと……さ、何をしに来たの?」
「気持ち悪いゴミ虫の掃除だけど」
「こんなことしてなんのメリットがあるの?」
「八巻さんていつもヘラヘラしてるし、見てるとイラつくのよね」
「それで?」
「手を出そうにも、陸田が目を光らせてて邪魔なのよ。だから居ない内に彼女から教育しておこうかと思って」
まるで話が見えてこない。
咲那ちゃんが気に入らないのは分かった。
ヒロくんが密かに助けていたのも分かる。
それで私一人の時にジュースをぶっ掛けて、彼女達は憂さ晴らしでも出来るのだろうか。
せめて咲那ちゃんが隣に居る時の方が、色んな意味で効果があったのではと思ってしまう。
本当に理解に苦しむ。
「少なくとも、あなた達に教わる事なんて思い当たらないんだけど」
「その態度から変えてくれない? 変人の癖に」
「そう思うなら関わらなければいいよね。無駄な労力だと思うよ」
「無駄じゃないわ。八巻さんが苦しむもの」
「よく分からないなぁ。とりあえずこのブラウスどうしてくれるの?」
あからさまに頭にきてるのが分かった。
根本の表情はみるみる怒りに染まっていき、つかつかとこちらに歩いてくる。
そして今度は横面を叩かれた。
痺れる左頬は多少痛むが、服のベタつきよりは何とでもなる。
顔は洗えばいいけど、透けたブラウスは乾いたところで着ていられない。
「はぁ。もうジャージに着替えるから、気が済んだならどこかに行ってくれないかな?」
「あんた本当に肝が据わってるのね。あの八方美人紛いが気に入るわけだわ」
「それって咲那ちゃんのこと?」
「他にいるの? あんな他人の顔色伺ってばかりの人間。それでいてレズとか笑っちゃうわ」
「私もびっくりしたけどさ、周りがとやかく言う権利無いよね」
「言うわよ。見ていて気分悪いから消えて欲しいもの」
全然話しが通じない。
そこまで彼女に固執するなんて、実は好きなんじゃないかとさえ思えてくる。
だけどこんなのがクラスメートに居たら、きっと咲那も苦労しているのだろう。
彼女の気持ちに応える為に恋人契約として告白を了承したが、あまり良い判断ではなかったのかもしれない。
それにしても、正面に居る三人は一向に散る気配が無い。
これ以上何を訴えたいのか。
本当に理解に苦しむ。
「あ、いたいた! おーい三隅!」
遠くから聞こえてくる男子の声は、すぐにヒロくんのものだと分かった。
わざと大きめの声を出してくれたことで、ようやく根本達は悔しそうに退散していく。
クラスでも人気者らしい彼には逆らえないのだろう。
それで私にちょっかいを出す思考もイマイチ分からないけど。
「大丈夫だったか三隅!? っておい!」
「あ、うん。あんまり見ないでもらえると助かるかな。やっぱり恥ずかしいから」
「ご、ごめん! こっち向いてるわ」
駆け付けてくれたヒロくんは、私の下着が目に付いてしまったらしく、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
手で顔を覆い隠す後ろ姿は、まるで子どもみたいだ。
わざわざ助けに来てくれたのは素直に嬉しい。
「ありがとねヒロくん。私一人だったらどうにも出来なかったよ」
「いや、遅くなって悪い」
「ううん。こうなる懸念があったから、ご飯に誘ってくれたんでしょ?」
「あいつら八巻を目の敵にしてたんだよ。だから三隅が一人になったら危ないかなとは思ってた。ちゃんと言えば良かったな」
「それはそれでリスクあるでしょ。十分助けられたよ」
背中を向ける彼は耳まで赤い。
きっと照れ臭いのだろう。
咲那もこんな風にあたたかい気持ちになって、私を好きになったのだろうか。
私が彼に抱く好意はあくまでも友人として。
それに変わりはないけど、嬉しくなることははっきり分かった。
救いの手を差し伸べてもらえるのは、申し訳なさよりも喜びが勝る。
彼には感謝の気持ちを伝えられただろうか。
「着替えとかあるか?」
「ジャージなら教室にあるけど」
「分かった。取ってくるからとりあえずこれ着とけ!」
「え、ちょっと!」
ヒロくんは唐突にワイシャツのボタンを外し、私の目の前に差し出した。
戸惑いながらも受け取ると、自身はTシャツにスラックスという不格好で走り出す。
渡されたワイシャツは羽織るべきなのか。
でも密着させたら、サイダーが染みてしまう。
体を縮めて胸の前で広げ、透けてる部分を上手く誤魔化した。
しかし彼の行動はなんだったのだろう。
あんな姿で教室まで行けば、奇妙な目で見られるのは火を見るより明らかだ。
本当に理解に苦しむ。
「お待たせ!」
「あ、ありがとう。じゃあワイシャツは返すね」
「ごめん、汗臭くて着られなかったか」
「そうじゃないの。ジュースの汚れが移っちゃうから」
「なんだよ、そんなこと気にすんなって」
「いや気にするよ」
息を切らして帰ってきた彼は、私に体育で使うジャージを手渡す。
その時も目線は逸らしてくれた。
私は奥の木の影で着替える。
下はスカートのままだが、校則違反ではないし構わないだろう。
だいぶ不愉快な目に合わされたが、色々知ることができた。
咲那の置かれている状況。
ヒロくんの立ち位置。
救われる有り難さ。
改善方法が見付からなければ、契約解除も視野に入れる必要がある。
とりあえずお見舞いは辞めておこう。
この姿を見せれば、心配させてしまうから。