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本当に歯がゆい


「ねぇ光凛(ひかり)ちゃん。もう一回キスしてもいい?」

「別に構わないけど」

 

 一回では物足りなかったのだろうか。

 次の機会が来れば行為そのものに集中したかった私は、二つ返事で許可を出した。

 二度目は眼を瞑る要求をされない。

 瞳を輝かせる咲那(さな)は、私の頬を両手で挟んだ。

 さっきので慣れたのか、口元を見つめたまま真っ直ぐに飛び込んでくる。

 唇の重なる感触はさっきと同じ。

 だが少し力が強くて、体勢が後ろに反り始めてしまう。

 

「んぐっ!?」

 

 次の瞬間、私は彼女の肩を突き飛ばしてしまった。

 口の中に異物が入ってきたからだ。

 舌と舌が絡まり合う感触はこそばゆく、口内に残る味はほんのりチョコの香りがする。

 好き嫌い以前に、ものすごくくすぐったくて耐えられなかった。

 

「ごめん、ここまでされるのは嫌だった?」

「嫌というか、びっくりした。いきなりだったし」

「ごめんね。なんかドキドキしたら止まらなくなっちゃって……」

 

 そういうものなのか。

 嫌がらせのつもりでやったわけじゃないのは分かるが、どういう心理からキスが激しくなるのか分からなかった。

 性的興奮を覚え、その先に進もうと身体が自然に動くのだろうか。

 今の私には全く共感出来る気がしない。

 だけどそれも知りたい。

 触れ合う喜びというものを感じてみたい。

 しかしそんな自分を想像すら出来ない。

 本当に歯がゆい。

 

「そのドキドキって、どんな感じなの?」

「うーん、簡単に言えば嬉しい緊張って感じかな。もっと光凛ちゃんを知りたいって思ったの」

「貰ったプレゼントの中身が、何が入ってるのかわくわくするような感じ?」

「そう例えられると少し違うような……。もっとこう、人肌を感じたい! って気持ち」

「そうなんだ。複雑な感情なんだね」

「恋をしたことがある人にとっては、すごくシンプルなんだけどね」

 

 もちろんそれは分かってる。

 私だから複雑だと捉えてしまうことも分かる。

 こんな自分を否定するつもりもない。

 だけど何故か気になってしまう。

 分からない自分に分かりたい自分が打ち勝とうとしている。

 彼女と同じ幸せを感じてみたい。

 ドキドキする気持ちを味わってみたい。

 なのに出来る気がしない。

 本当に歯がゆい。

 

「これは練習したらなんとかなるかな?」

「えー、どうなんだろう? もしかしたら触れ合ってる内に私を好きになるかも?」

「じゃあやってみよう」

「でも無理はしなくていいよ? もし光凛ちゃんに嫌われたりしたらやだし」

「それは大丈夫。私から言い出したことだし、もし苦痛を感じたらすぐに言うから」

「まぁ光凛ちゃんなら変にストレス溜めたりしないかな」

 

 それから私と彼女は二人だけの特訓をした。

 来る日も来る日も人目に付かない場所に行っては、軽いキスを重ねていった。

 私は少し焦っていたのかもしれない。

 早く恋愛感情を知って、彼女と同じ所に立ちたかったのかもしれない。

 でも一向に分からなかった。

 キスをする度、なぜ彼女がこんなにも幸せそうな顔を見せるのか。

 なぜこの行為によって、互いの愛情を深められるのか。

 まるで同じ感覚が寄り添って来ない。

 想像は少し出来るが、心の動きまでは見えて来ていない。

 これが私の限界なのだろうか。

 

「光凛ちゃん、だいぶキスに慣れてきたね」

「もう何回したか分からないからね。でもドキドキする感覚が掴めないんだ」

「そっかぁ。今日バイトお休みだったよね?」

「うん、休みだよー。どこか行きたいの?」

「うちに来ない? プライベートな空間でなら、また気分が変わるかも」

 

 一理ある気がした。

 外よりもリラックス出来る環境の方が、それだけに集中出来る。

 咲那の部屋には何度か行ったし、彼女のドキドキする気持ちを直に感じるのに、これほど適した場所もないだろう。

 

「じゃあお邪魔させてもらおうかな」

「うん!」

 

 彼女の部屋はいつ見ても綺麗で、女の子らしい可愛さがある。

 彼女の心を映し出すみたいに、白を基調とした部屋にパステルカラーの家具が並んでいる。

 ベッドの隅に置かれたぬいぐるみもとても可愛らしい。

 ふんわりと漂う花の香りは、心が安らぐ。

 飾り気を求めない私の部屋とは、根本的に別の使い方をされている。

 利便性以上に、好きな物に囲まれる喜びを優先しているみたいだ。

 こうしたプライベートスペースにこそ、当人の思考の源が現れるのだろうか。

 余計なものを省いて生きてきた私には理解が及ばない。

 だけど恋心を余計だとは思えない。

 だからもっと寄り添いたい。

 そのトキメキに近付きたい。

 本当に歯がゆい。

 

「お茶とお菓子持ってきたよー」

「ありがとう。お母さん達は?」

「今日は仕事が長引く日なんだ。お姉ちゃんも最近サークルが忙しくて、中々帰って来ないし」

「そうなんだ。少し寂しいね」

「でも今は嬉しいよ。光凛ちゃんと二人きりだし」

 

 そう言うと彼女はニッコリと微笑む。

 その笑顔を見た瞬間、無意識に唾を飲み込んだ。

 この緊張感はなんなのだろう。

 身の危険でも感じたのだろうか。

 いや違う。

 私は何かに期待している。

 彼女と二人きりなのが嬉しいのか。

 それともチャンスだと思ったのか。

 彼女だけに集中出来れば、私の恋心も芽生える可能性があるからと。

 自分の胸の内さえ、イマイチ理解出来ない。

 

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