本当に気持ちが悪い
毎朝遅刻しないように登校し、教室への最初の一歩を踏みしめると、部屋の空気が淀んだ色に変わってしまう。
理由は当然、私がその空間に入ったからだ。
私の見た目や身体が不潔なわけでなく、いや恐らく本当にそんな理由ではなくて、原因はもっと別のところにある。
「三隅さんおはよー」
「あ、うん。おはよ」
「今日も学校まで八巻さんと来たの?」
「そりゃ私の彼女だからね」
こんな会話で渋い顔をされるのももう慣れた。
別に理解を求めているわけでもないのに、周囲の人間は自分と同じ価値観を求める。
だから私達の関係を認めようとしない。
むしろこちら側に引きずり込もうとする意思が表立っている。
本当に気持ちが悪い。
「ねぇ三隅さん。本当にそれでいいの?」
「ん? なにが?」
「三隅さん何回か告られてるよね? でも八巻さんがいるから断ってるんでしょ?」
「そうだけど、それが何かおかしいかな?」
「普通に男の子と付き合えばいいじゃん」
私は普通という言葉が嫌いだ。
何を基準に普通だと捉えるのか。
小学校の図工の授業で、同じ絵を描けなんて習わない。
例え同じ物をテーマにしても、自分なりの想像力で色や形を描いた絵画が評価される。
つまり個性こそ尊重されるべきと教わるはずだ。
だけど少なくとも私の周囲にある人間社会は違う。
個性なんてものを求められたりはしない。
普通という曖昧な基準に縛られた順応こそが善とされる。
それに断固として屈服しない私は、彼女達にとっての異物であるはずだ。
なら構わず放っておけばいいのに。
本当に気持ちが悪い。
「好きでもない人と付き合うのが普通なの?」
「そんなこと言わないけど……。でも八巻さんのことが本気で好きなの?」
「少なくとも告白してくれた人の中で一番好きだよ」
「それは友達としてでしょ? 恋愛感情でもないのに、女同士で付き合うのは変だよ」
「それは私の勝手だよね。あの子とは契約してるの」
「契約? なんの?」
「私に恋愛感情を教えてくれること」
そう、私はあの子と付き合う条件として契約を交わした。
恋人になる代わりに友達としての好きと、あなたが私を好きな気持ちの違いを教えて欲しいと。
私は恋焦がれるという感情を知りたかった。
だから恋するあの子に教えてもらいたかった。
あの子は喜んでOKしてくれた。
だから私も恋人でいると決めている。
「そんなの、男友達とかでもよくない?」
「それこそ友達同士なのに、何が分かるの?」
「付き合ってみたら好きになるかもしれないじゃん」
まず考え方から間違ってると思う。
友達から恋愛感情を学べるなら、無理して恋人同士になる必要は無いはず。
私に告白した人の中で、その可能性を感じたのはあの子だけ。
それを否定する理由にはならない。
「そう思ったからあの子を選んだの。それでも問題あるの?」
ムスッと口を噤んだ彼女は、私のことを鋭い視線で睨み始めた。
隣にいる彼女の友人は、さすがに場の空気が悪いと感じたのか、退散を促している。
「もういいよカナちゃん。三隅さんには何言っても無駄だよ」
「……じゃあ絶対久保くんには色目使わないで」
「むしろ色目の使い方を教えて欲しいくらいだけど」
彼女が突っかかってきた理由が分かった。
クラスメートの久保くんに対し、彼女は好意を抱いているのだろう。
そして勘違いだったら恥ずかしいけど、恐らく久保くんが私に興味を持っている。
私にとって彼はただのクラスメートで、恋人になる可能性は微塵もないのだが。
女同士で付き合っていても、ほとんどの人が本気にしない。
以前あの子と付き合ってることを知った上で、告白してきた男子もいた。
そうなる危険性を危惧した彼女は、私をどうしても他の男とくっ付けたかったのだろう。
本当に気持ちが悪い。
私の皮肉を真に受けた彼女は、友人に連れられ不機嫌そうに目の前から離れていった。
せいせいした私は自分の席に着くが、そこでようやく冷たい視線に気付く。
一部始終を見ていたクラスの女子達は、完全に私を悪者として認識したらしい。
不本意にもただの腫れ物から敵認定されたわけだが、これで余計なお世話も減ってくれるだろうか。