ファイヤー選手権!
事象を細かく詠唱することにより魔法が発動する世界に転移させられたクラスメイト達。
各々が現代物理の知識を総動員して魔法の腕前を競い合う中、主人公は……?
「君たちは異世界から召喚された勇者だ。我々に協力してくれないかね?」
目が覚めると、そこは教会のようなところで、僕とクラスメイト、それからよく知らない人たちが大きな魔法陣の中に突っ伏していた。
「ここは剣と魔法の世界だ。異世界から召喚されたものは例外なく魔法が使える。我々はその適性を判断し、それぞれにやってほしい事をお願いしている。」
勝手に召喚しておいてやたら上から目線だな。
「勝手に呼んでおいて働けって、そりゃねーだろ」
クラスで一番の暴れん坊、チャイヤンが不平を言う。いいぞ!
「そーだそーだ、横暴だ!」
腰ぎんちゃくのデッパリもそれに続く。
「安心したまえ。君達は一定の仕事を終えると、元の世界への送還術式が起動される。そこでは時間がたっておらず、君達はただの夢だと認識するはずだ」
おや? 魔法が使えてそれって、至れり尽くせりじゃないか。
そりゃあいつでも帰れるって方が協力しようという気になるよな、魔法を使わせてもらえるんだし。
「ふーん、ちょっと面白そうじゃない?」
クラスのアイドル、みずきちゃんがそういうと、何となくみんな協力する雰囲気になってきた。
「では、話を続けてもいいかな? まずは魔法行使のテストをやってもらう。今回のテストは「燃焼魔法」だ。使い方は簡単。君達が考える「燃焼」を詠唱し、最後に「ファイヤー」と叫ぶのだ。ここからは助手のわん子に代わるから、彼女について試験部屋に行ってくれ」
「わん子ナリ。よろしくナリ」
語尾が特徴的で、顔がやたら丸い女の子が自己紹介をする。
「では、こちらについてくるナリ」
◇ ◇ ◇
着いた先は広間だ。中央にアクリルっぽい質感の透明な半球ドームがあり、その中に塊肉が置いてある。
「皆さんには、この肉を魔法で焼いてもらうナリ。このドームはわたしが魔法で作った「絶対防御バリア」ナリ。あらゆる物質とエネルギーを通さないから安心して魔法を使うナリ」
なら何で中が見えるんだ?
「「※イメージ」ナリよ」
あ、そう。
「じゃあ、俺から行くぜ」
チャイヤンが立候補する。早く魔法を使ってみたいんだな。
「知ってんだ。モノを燃やすのは酸素。酸素を集めるイメージが重要なんだろ。定説だぜ」
すごいぞチャイヤン。ラノベ読んでるのか。
「肉の中央に酸素集まりて、その肉を燃やせ! 『ファイヤー!』」
肉が燃えている。バーベキューのレベルで。
「ははっ、魔法すげー! これで俺様も魔法使いだな」
次に立候補したのはデッパリだ。
「チャイヤンは大雑把なんだよ。有機物が燃えるのは、炭素が酸素と結合した方が、結合エネルギーが小さいからだ。だったら直接そう指示した方がいいに決まってるじゃないか。
肉内の炭素原子よ。現在の結合を解き周囲の酸素と結合し給え。『ファイヤー!』」
一瞬すさまじい熱が放出され、肉は跡形もなく消えた。なぜかデッパリも燃え尽きたジョーのようになっている。
「言い忘れたナリ。無茶な詠唱をするほど、魔力が枯渇しやすいから、気を付けるナリよ」
先に言えよ。つまり、少しだけ燃やしたら後は勝手に連鎖するチャイヤンと違って、デッパリはすべての炭素原子に同時に作用したから魔力を使い切ったってことね。
「次は俺だ!」
手を挙げたのは、チャイヤンと番長の座を争っているシシドリルだ。ちなみに肉はなくなるたびに床からせりあがってきているので問題ない。
「そもそも酸素がないと燃えないんじゃ魔法として不完全だろ。だから俺は違う方法で行くぜ」
「塊肉よ、その分子間力を解き放ち給え。『ファイヤー!』」
ぶっ、気化しやがった。それってもはやファイヤーじゃないだろ。
肉は跡形もなくなった。
「ちょっと、それずるくない? それなら私にも考えがあるわ」
これまで黙っていたクラス二大美女の一人、みこちゃんが前に出る。
「塊肉内の分子よ、その共有結合を解き放ち給え。『ファイヤー!』」
肉は一瞬にして消え、原油のような気味が悪い物体が残った。
一回結合を解いたせいで、無茶苦茶な配列の分子が再構成されたのか? イマイチだな。
「それじゃあ俺も。塊肉内の原子よ、その核力を解き放ち給え。『ファイヤー!』」
モブお前、それはまずいって。
プラズマ化した原子が再度核力によって結合する。その際の質量欠損がエネルギーとなりドーム内を埋め尽くす。超高温の世界。
明らかにこれまでで最強のファイヤーだったが、核力への作用負担が大き過ぎたのか、モブは白い灰になった。元の世界で無事に目が覚めることを祈るよ。
「僕も似たような感じなんだけど、いいかな?」
眼鏡をクイッとしながら現れたのは槍杉君だ。
「塊肉内中性子のダウンクォークよ、一つだけアップクォークに変換され給え。『ファイヤー!』」
中性子のダウンクォークの一つがアップクォークに変わると、陽子になる。
だったらそういえばいいのに、わざわざクォークで指示するあたりにこだわりを感じる。
先ほどのモブと同様、超高温の世界が実現される。しかし槍杉君は無事だ。
そうか、連鎖反応か。塊肉の原子を陽子過剰にしてα崩壊を起こし、その連鎖反応で次々と反応を起こしていく。核力をすべて引きはがすより、はるかに省エネだ。
こりゃあ彼が優勝かな?
「待ってくれ。ボクも試してみたいことがあるんだ」
皆を引き留めたのはゲキレツ君だ。常にバイザーを付けている変わり者だ。
「塊肉内のクォークよ、自身を束縛する強い相互作用を打ち破り給え。『ファイヤー!』」
原初の宇宙。
二兆度の世界。
宇宙が晴れ上がるよりも遥か昔。人が視ること能わざる領域。
強い相互作用はクォーク同士を結合させている力だ。その力は非常に強く、人間の力では引き剥がすことができない。ゲキレツ君はそれを引き剥がすエネルギーをクォークに与えたんだ。
さすがはゲキレツ君だ。他の人には真似できないことをサラッとやってのける。
だが、その代償はどれほどのものだったのか、彼は塵一つ残っていない。
彼の質量そのものすらすべて魔力に変換されてしまったのだろうか。
彼が優勝だ。皆がそう思ったその時、なんとも渋い、不敵な笑い声がこだました。
「ククク……実に愉快。人がその身を賭した魔法を用いても、なお破れぬか」
声の主は、みずきちゃん、いや、今はみずき君と呼ぶべきか。みずき君は続ける。
「思えば最初からヒントは示されていた。「絶対防御バリア」なる超物理的な存在がある以上、我々は科学で勝負してはならない。はじめから概念で幻想を超越すべきだとは思わないか?」
みずき君、なにをする気だ。
「喰らえ!
世界を構成せし四元素。その姿を現し給え。
万物は転移し、元の形に留まること能わず。
気は水へ湿り、水は土へ冷える。
土は火へと昇華し、火は終焉となり、全てを滅す。
『ファイヤー!』」
「ダメです、そんな曖昧な主語では、この世界が……」
高みの見物をしてたナリ助(名前忘れた)が自分の語尾を忘れて叫ぶ。
しかし言い終わらないうちに肉が燃えはじめ、その炎は一瞬で燃え広がり、アクリルのようなドームを灰にしていく。
熱い。
よく見ると自分たちも燃えている。この広間もだ。みずき君を見ると、満足そうに高笑いをしている。厨二病が止まらない。
「フハハハハ。やはりそうか。では我はこの炎を喰らい、更に高みへと至るのみ。
全てを滅す黒炎よ、龍となりて我が身に纏わり、我が力の礎となり給え。『邪王……』」
「(著作権的に)やらせないナリ!」
ナリ助が最期の力を振り絞ってみずき君を止める。そのまま二人はもみ合い、やがてまとめて灰になった。
「そもそも四元素説で消滅の象徴である火をイメージしといて、なんで灰が残るんだよ。認識甘いんじゃないのか?」
そうぼやきながら、私も意識を手放した。
◇ ◇ ◇
ジリリリリ……
よく見る天井だ。変な夢を見た気がするけど、なんだっけ? あ、クラスのアイドルみずきちゃんから連絡が来てる。なになに?
「ファイヤー選手権、優勝はわたしでしょ?」
お読みいただきありがとうございます!
が、内容が余りに説明不足で、分かる人にしかわからない作品だとは思いませんか?
ただ、コメディって勢いが大事かなーと思うので、こちらでそれぞれの詠唱について、補足してみます。ご興味ある方は読んでいってください!
「肉の中央に酸素集まりて、その肉を燃やせ!」
→BBQで炭に団扇をパタパタしてるイメージ。肉の内側は燃えない
「肉内の炭素原子よ。現在の結合を解き周囲の酸素と結合し給え。」
→直接燃えた後の状態に変化させる。つまり一瞬で燃え尽きる。
「塊肉よ、その分子間力を解き放ち給え。」
→個体は分子がお互い引き合って固まってる状態。お互いを引っ張り合う力をなくすと、気体になる
「塊肉内の分子よ、その共有結合を解き放ち給え。」
→肉の分子は炭素やチッ素や酸素が集まってできている。この集まっている力をなくすと、近くの別の原子と適当にくっついて未知の分子ができる
「塊肉内の原子よ、その核力を解き放ち給え。」
→原子の核は、陽子と中性子から出来ていて、同じくらいの量じゃないと核が分裂して、すごいエネルギーがでる。一旦バラバラにすると、適当にくっついて崩壊しやすい原子核ができそう?と思いました(自信なし
「塊肉内中性子のダウンクォークよ、一つだけアップクォークに変換され給え。」
→陽子はアップクォーク2個とダウンクォーク1個、中性子はアップクォーク1個とダウンクォーク2個からできてるので、この詠唱で中性子は陽子に変わる。後は上と一緒と思ったけど、原子核がオール陽子とかだとなにが起こるかよーわからんから、原子核の中の中性子1〜2個ずつが現実的(現実とは?
今気づいたけど、原子量小さいから核融合させるようにしないといけないんじゃね? あーもうダメだ……
「塊肉内のクォークよ、自身を束縛する強い相互作用を打ち破り給え。」
→わたしのかんがえた最強のファイヤー。
陽子とかを構成するクォークは物凄い力(まんま強い相互作用と呼ばれます)でくっついていて、引き剥がせないから見えないと言われてます(「クォークの閉じ込め」)。見えないけどある!って事になってますが、宇宙誕生から数マイクロ秒は、とてつもない熱量(2兆度)の世界で、そこではクォークがそのまま動き回っていたそうです。それを魔法で作り出すために、ゲキレツ君は工夫して、強い力を無くすのではなく、打ち破るように詠唱したんですね!
ちなみに、宇宙の晴れ上がり(宇宙の端っことして私たちが普段見てる空の真っ暗な部分)は、誕生から30万年後らしいので、全然スケールが違いますね!
遠い場所ほど昔が見えるという相対性理論ですが、この宇宙で見える最も古いところがそこです。
四元素論→Wikipedia……
以上となります。お楽しみいただけたでしょうか? えっ、全然わからんぞこのヤロー? おあとがよろしいようで……