精いっぱいの贅沢
「も、もういいでしょう…べつに誰か追ってきてるわけじゃ…。」
女の子に言われて我に返った。俺は、まだ小学生の女の子の小さな手を取り、周りから抜け出そうとしばらく間走っていたのだ。誰も追ってきてないのに、なぜこんなに一生懸命走っていたのか。見かけだけの俺には、本当の理由は知る由もなかった。
「この間ぶりですね。配達屋さんの、お兄さん。ところで、私に何か用ですか?」女の子は自分が無理矢理連れてこられたのにもかかわらず、冷静で、取り返しのつかないことをしたかもしれない俺を、慰めるようにゆっくりと話し始めた。
「ごめん。この間みた女の子だなって、気づいたら…連れ去ってて…俺最低だな…」
「そんなことないですよ。よしよし、落ち着いてくださいな。私はまた会えて嬉しいですよ。配達屋さんのお兄さん」女の子は、しゃがみ込む俺の背中をさすった。俺に母親はいないが、母親のような安心感に俺は元気づけられ、やっと言えた。「俺もまた会えて嬉しいよ!!こんなかたちになったけど、近くのカフェで一緒にお茶してくれないか。」
「えへへ…よろこんで。」
女の子はスカートの裾をぴっと持ち上げ、いいところのお嬢様のように可愛くお辞儀をした。もちろん俺は、膝を地面に立てお嬢様の手を取るのだった。
新しくできたカフェは、主にこげ茶色の木材で建てられていて、円形の窓に飾られているサボテンの植木鉢がこじんまりとしたカフェの雰囲気をより引き出している。入ってすぐにはケーキが並べられてたが、小さな町でお客さんがあまり来ていないのか、ケーキはまだまだたくさん残っていた。
「こちらにお座りください。お嬢様。」さっきの可愛いお辞儀が忘れられなくて、ついつい変な口調になってしまった。俺が女の子のために椅子をひいたのをみて、最初恥ずかしそうにしたが、すぐにひかれた椅子に座った。「私、ほんとうにお嬢様になったみたいです。」なんでも好きなもの選んでくださいな、と、余裕そうな顔で俺はお嬢様の向かいの椅子に座り、渡されたメニューに目を通し始める。
「じゃあ、じゃあ、いちごのショートケーキ!食べたいです!」お嬢様は目をキラキラさせながら、机に少し乗り上げた。
「いいけど。あの大きいお屋敷に住んでいるんだから、そんなの毎日のように食べてるんじゃないのか。」「あ、私はその…また別なので。あまり、ケーキを食べたことないんです!だから、えへへ、ちょっと贅沢、です!」
失敗した。