第1章
私はトラックに轢かれて死んでしまった。
気づいたら何もない白い部屋にいて、目の前には見知らぬ人が立っていた。
ここは死後の世界なのだろうか。
死後の世界だとしたら、私はこれからどうなるのだろうか。
地獄に行くのだろうか?天国に行くのだろうか?
まさか、なろう系の小説のように異世界転生するわけでもない。
知らない人「異世界に転生したければ転生することもできるよ。」
こちらの心を読んだのだろうか。相手が勝手に話して来た。
相手の存在は不明だ。
慎重にいかねばならない。
私は慎重に、なおかつ丁寧に聞いた。
私「えっ、できるの?」
知らない人「できるよ。なろう系の小説のように異世界転生できるよ。」
私「まさか本当にできるとは。」
けれども、冷静に考えれば、重要なことはそこではない。
重要なことはチート能力がもらえるかどうかだ。
チート能力がなく、異世界に転生してもモンスターに無残に殺されるだけだ。
仮に運よく生き残ったとしてもその後のサバイバル生活が地獄だろう。
それでは、異世界転生をする意味がない。
知らない人「チート能力もいいよ。どんな能力がほしいの?」
私「チート能力もいいの?制限はないの?」
知らない人「制限はないよ。いくらでも好きなだけ大丈夫だよ。」
私「何か条件付きだったり、後で大きな代償を払う必要はある?」
知らない人「そんなことはないよ。無条件でいくらでも大丈夫だよ。」
私「生前の行いがそんなに良かったとも思えないけど?徳とか積んでなくても大丈夫なの?」
知らない人「大丈夫だよ。徳があるかどうかは関係ないよ。どんな人でも無制限で好きな世界に行くことができる。」
私「別に自分だけではないの?」
知らない人「そうだよ。どんな人にも次の転生先は自由に選ばせているよ。」
私「例えば、転生じゃなくて。転移もできるの?赤ちゃんからでなくて。例えば、この格好と記憶のまま、チート能力を身につけて、異世界に転移することは可能?」
知らない人「いいよ。全然できるよ。」
私「転移もありなの?じゃあ、例えば、スマートフォンは?文明の利器も一緒に転移できる?」
知らない人「もちろんできるよ。そのスマートフォンを異世界にいながら日本につなぐこともできるよ。他にも、無限に湧くバッテリーとか、絶対に壊れない特性も付けることができるよ。」
私「まず、もう一度確認だけど、自分だけでなくて、全ての人間に自由に選択をさせているんだよね?」
知らない人「そうだよ。」
私「じゃあ、他の人は今までどういう選択をして来たの?成功したパターンとかうまくいかなかったパターンを確認しておきたい。」
知らない人「何を持って成功したとするかによるよね。人によって成功、失敗の定義が違うからなんとも言えないよ。」
私「一言で言えば、その人が幸せになったかどうか。」
知らない人「であれば、それはその人次第ということになるよ。例えば、お金を持っていたとしても不幸な人はいるし、お金を持っていなくても幸せな人はいる。その人の幸せが何かによる。あなたにとっての幸せは何かな?」
私「じゃあ、全く何不自由なく安全で異世界を冒険したい。」
知らない人「だとしたら、そういう設定で転移することはできるよ。どんな危険な目にあってもすぐに助かるように設定するとか、あるいは、お金が必要になったら無条件で大金をくれる人が出てくるとか。ともかく、自由で安全になるように設定することもできるよ。」
私「なるほど。でも、人に嫌われるのは嫌だな。皆から好かれたい。英雄として褒められたい。」
知らない人「まわりの人間から無条件で好感度が高くなるように設定することもできるよ。」
私「でも、それによって仲間同士で喧嘩にならないかな?例えば、自分の事が好きな女の子同士が自分をめぐって修羅場になるとか。」
知らない人「全ての人間がお互いの事を理解し、争いもなく平和に過ごすことができるように設定することもできるよ。」
私「自分の行いで周りの人から軽蔑されることはない?例えば、現実世界では複数の異性と関係を持つとその人の信用が失われることがある。」
知らない人「無条件で好感度が高くなるように設定しているから、好感度が下がることはないよ。周りの人間はあなたのやることであればなんでも喜んでくれるし、尊敬してくれる。あなたが望むことならば、なんでもしてくれるように設定することもできるよ。」
私「素晴らしいね。この設定で転移することは可能なの?」
知らない人「できないよ。」
私「えっ?最初はできるって言ってたのに。」
知らない人「どんな願いでも受け入れるけど、矛盾した願いは叶えられないよ。例えば、太りたいと痩せたいは同時に叶えることはできない。太らせてから痩せさせるとか、部分的に太らせて、部分的に痩せさせる事はできるけど。」
私「どの部分が矛盾しているの?」
知らない人「『全く何不自由なく安全で異世界を冒険したい』と言っていたけど、リスクがあるのが冒険だからね。幼い子どもが一人で公園に行くのは冒険になっても、大人が一人で公園にいくのは冒険にならない。」
私「じゃあ、『冒険』の部分がそんなに気になるのであれば『全く何不自由なく安全で異世界で暮らしたい』でもいいよ。」
知らない人「そしたら、あなたの言う異世界では魔王やその配下はいるの?」
私「いるね。当然いる。それも矛盾になるの?」
知らない人「矛盾になるよ。場合によればだけど。まず、その魔王たちはあなたの事を憎んでいる?」
私「なるほど。魔王が敵だとすると『全ての人間の好感度が無条件で高くなる』と矛盾するのか。だとしたら、魔王のような存在は例外。むしろ、魔王のような存在を倒してくれるから英雄として尊敬される。」
知らない人「そしたら、今度はまた別の矛盾が発生する。『魔王のような存在を倒してくれるから英雄として尊敬される』だと、その場合は無条件ではなくて条件付きになる。『無条件で好感度が高くなる』と矛盾する。」
私「分かった。だとしたら、その部分もなしでいいよ。」
知らない人「敵がいるということは、『全く何不自由なく安全』と矛盾するよね。」
私「敵はいるけども、簡単に倒すことができるので、『全く何不自由なく安全』とは矛盾しないと思うけど。」
知らない人「敵が弱いとしても弱いなりにいろいろと策を練って来るよ。あなたの大事な人を人質にしたり、大事な人を傷つけてあなたを精神的に追い詰めようとしたりするよ。」
私「分かった。ややこしくなるから。『敵はいない』でいいよ。」
知らない人「それでも、まだ、矛盾が生じるよ。」
私「他に何があるの?」
知らない人「『異世界』と『全く何不自由なく安全』は相いれないよ。」
私「どうして?チート能力があれば別に問題ないと思うけど。」
知らない人「でも、異世界はあなたにとって全く違う文化圏だからね。外国旅行がどんなに楽しくても何がしかの不自由は感じるでしょ?文化が違うから。海外が好きな人はあえて違った文化を楽しむのかもしれないけど、『全く何不自由なく安全』を求める人にとっては不都合になる。」
私「でも、あえて、物価の安い国に行ったり、自然の多い国に行ったりして、自分にとっての『安全』や『自由』を求めることはあるよね?」
知らない人「その場合は、そういう選択肢しか存在しない場合だよね?日本で同じ事ができれば、日本にいるはずだよ。異文化は本来、不自由に感じるもの。あえて、異世界に行く理由はある?」
私「あるよ。魔法も使いたいし、エルフやドワーフ、ドラゴンにも会いたい。ファンタジーの世界でしかいないようなかわいい女の子ともラブロマンスをしたい。」
知らない人「どちらにせよ。その願いは全て『全く何不自由なく安全』とは相いれないんだよ。エルフやドワーフ、ドラゴンはあなたの価値観とは全くかけ離れているよ。そういう存在がいるということ自体あなたにとっては『自由』ではなく『不自由』になる。ラブロマンスも同じだよね。全ての人間が無条件であなたに好感度を持つ。そうなると、そもそも恋のかけひきがないからラブロマンスは成立しない。」
私「そう言われたら、そうだねとしか言いようがないけどね。自分のイメージをうまく伝えるのが難しい。」
知らない人「あなたの願いは2つある。『全く何不自由なく安全に暮らすこと』と『異世界を冒険したい』ということ。けれど、この願いは矛盾しているので叶えることはできない。」
私「なるほど。だとしたら、『全く何不自由なく安全に暮らすこと』だけでいいよ。この際、異世界は諦めよう。」
知らない人「だとしたら、その場合は簡単だよ。転生しなければいいから。」