第5話 入学
入学式の進行は単純だ。
まず、ハゲた地人の教頭がテキトーに挨拶し、次にお爺ちゃん校長が長ったらしく"語る"。
もっとも、理事長・リリーの出番は無く、レディーススーツ姿の彼女は、隅の席で面倒くさそうに欠伸していた。
その後、音楽部っぽい方達が、魔力を増幅させる讃美歌を唱歌。
心地よい気分が冷めやらないうちに、在校生代表が歓迎の言葉を贈る。
そして迎えるのは、進行の最後だ。
"新入生"代表が宣誓をしに、登壇した。
「おいおい、アレって……」
「あ、あぁ、マジかよ。もしかして、推薦組か?」
「いや、軍からわざわざこないだろ。特別選考だろ」
ざわつきだす会場。
彼・彼女等の視線は、登壇した新入生代表に集中している。
両側頭部から、翡翠色の髪の毛を掻き分けるようにして生えた、鹿のごとき二本の角。
短めのスカートから伸びる、鱗のついた深緑の尻尾。
……うん。間違いない。
ぱっと見、人間の少女のような姿をしてはいるが、彼女は最強種族・龍だ。
「エー……。センセイ!」
龍の少女は右腕を掲げ、カタコトで宣誓……って今、"先生"って発音しなかった!?
しかも手を掲げるのは運動会だしっ!
入学式の時って普通、紙を広げてそれを読むよね!?
だけど、僕の心の中ツッコミは届くはずもなく、龍の少女は宣誓を続ける。
「紫桜が咲きハジメル緑ユタカなー、春ランマンの日に……。え、エット……」
つ、詰まらないで……!
緊張するのはわかるけど、頑張って……!
「わっ、私達、侵入勢のタメに、セーダイな就活死期を凶行してイタダキ……。あわっ、え、エット……」
あまりの酷さに、僕は手で顔を覆い、俯いていた。
共感性羞恥というやつだろうか? それに、緊張感から来る笑いが加わり、今にも噴き出しそうだ。
「ありがテェ、ごゼェやす」
「……ッ!」
耐えろ! 耐えるんだ、僕ッ!
彼女が言い間違えるたびに、身体が震え、皮膚に指が食い込んでいく。
だけど、そんな地獄の時間もそう長くは続かなかった。
完全に続きを忘れたのか、彼女は中途半端なところで切り上げた。
「あの、え、エェ……。……よろしくおねがいしマス。真空デス代表、ジンユー・シャンウェイ」
そうして龍の少女は、自分の席に帰っていった。
名前からして、彼女は明らかに龍だ。それも真祖の龍にかなり近い血統だろう。
言葉が拙かったのは、血統ゆえに、人間達の生活圏であまり過ごしていなかったからだろう。
ならば、その魔力や魔法は、人間のそれとは遥かに次元が違うはずだ。
断言できる、彼女は"目立つ"。
良い意味でも、悪い意味でも。
そして、その分、僕が目立たなくなる。
彼女には悪いけど……ありがたいかぎりだ。
「それでは、これで入学式を終わります」
と、ハゲた教頭が告げ、入学式は終了した。
リタに軽く挨拶して、僕は家に帰った。
◇◇◇
「どう、似合ってる?」
制服である黒いコートに袖を通し、くるりとその場で回転。
裾を翻しながら、リリーにそんな事を聞いてみた。
「剣の一振り……いや、二振りあれば完璧じゃの。ま、似合っておるぞ、襲いたいくらい」
「もうっ! 今から学院に行くんだから、やめてよ!」
するる……と伸びるリリーの尻尾を払い落とし、教科書の詰まった鞄を肩に掛ける。
今日は、入学式の日から三日。
休日をまたいで、初の登校日となる。
気分一新、心機一転、学院生活を楽しもう! と、その前に、
「で、用件ってなんなの? 前に言ってた、"入学の代わりに頼むこと"ってやつ?」
「さようじゃ。簡潔に伝えると、図書委員になって欲しいのじゃ」
「理由を聞いてもいいかな?」
「おいそれと話す内容ではない。時宜を得れば、そのとき伝える」
「ふーん。まぁ、わかったよ」
なにかしらの理由があるのは明白だけど、別に興味はないし、その時になったら教えてもらおう。
意気揚々と玄関の靴を履き、扉を開いた。
「じゃ、行ってくるねー」
「行ってらっしゃいなのじゃ」
今日のスケジュールは確か、魔力を測って、簡単な授業を受けて、委員決めをして……。って感じだ。
校門をくぐり、教室に向かうと、既に生徒はそれなりの数いた。
でも、初日だからか、あまり会話がないようだ。
旧知の仲っぽい平民二人や、面識があるらしい貴族二人が、互いに話している程度だ。
これから、なんとなくでグループができて、趣味とか嗜好でコミュニティが形成されて、最後に上級生の派閥に取り込まれるんだろうな……。僕には未来が見える。
そのとき、教室の隅で意味もなく一人で黄昏れたり、本の虫となったりしないように気を付けよう。
ってか、友達を作ろう!
ま、今日は初日だし、お手柔らかに……。
僕は黒板に貼り出された紙、その席の場所を見て、自分の席に座った。
「いいのか、悪いのか……」
場所は窓際の隅だった。
気楽だし、陽が当たるし、良い席ではあるんだけど……周囲に三席しかない。
前と、右斜め前と、右だ。
全周が他の生徒で、八席もあるVIP席と比べると……友達出来る率、脅威の37.5パーセントッ!
これじゃ、二階席・三階席どころか、通路の立ち見だよ!
なんて独りで考えていると、
「あれ、シロ?」
右側から、ふと女の子に声を掛けられた。
「は、はひっ! し、シロガネ・シュテルだよ……って、リタ!」
まだ記憶に新しい、丸い緋色の眼と、橙色のポニーテール。
入学式で隣の席だった、リタ・アーネットだ。
「シロ、同じクラスだったんだ、嬉しー! 知ってる人がいないから、けっこう不安だったんだ」
「それ、本当同感」
いやー、リタがいて良かったぁ……!
それも隣の席だなんて! 僕、ついてるね。
清掃員として、善行ポイントみたいなのを積んでたからかな?
それから僕とリタは、「今日、楽しみだねー」とか「先生どんな人だろ?」みたいな、いかにも学生らしい雑談に花を咲かせた。
そして、トーキングすること数分。
教室前方の扉が開かれ、青いローブ姿の男性が教室に入ってきた。
「おはよぉー」
その黒髪は肩を越すほど長く、瞳はくすんだ茶色。
顔立ち自体はよく整っていて、美青年と言えるのだけど……薄っすらと生えた無精ヒゲがマイナスポイントだ。
多分、根っからの研究者タイプなのだろう。
服装とか、髪型とか、そういうところに頓着しないタイプだ。
青いローブ姿からも察せられるように、彼は魔法使いのうちの一種・賢者に属する人物だ。
状況からして、彼がこのクラスの担任なのだろう。
「えー、初めまして皆さん」
賢者のお兄さんは教卓の前に立ち、髪を掻きながら挨拶を始める。
「今日から一年間、このクラスを担当するメレトスとぉ申します。担当教科は賢術で、賢術の中でも特に、偉大なアエリストの残した文献の研究……と、この話はいいか。えぇっと、ま、よろしくねぇー」
すごくテキトーで間の抜けた自己紹介だけど、一応の礼儀だ。僕含めた生徒たちは"一応"頭を下げる。
「じゃあ、魔力の測定に行こうかぁ」
メレトス先生に引き連れられ、僕らは測定が行われる第一体育館へと向かった。