表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/25

第4話 会場

「うわぁー……。思ってたより立派だ」


 目の前にそびえ立つ巨大な建物──パーシヴァル魔法学院の校舎を見て、僕はそう呟いた。


 さすがは、三百年前の大戦の時に、幾人もの英雄を送り出し、魔法省の官僚を、今も多く輩出している名門校だ。

 校舎からして規模が並外れている。


 聞いた話によると、生徒は千人強で、教師・講師の人材も豊富。

 魔法教育に必要不可欠な施設や設備も十分に整っており、ティーブレイク用の東屋や、泊まり込むための宿舎、はては隷属魔用の牧場まで存在するらしい。

 もちろん、貴族や聖職者も多く在籍しており、王族もいるとかいないとか……。


 詳しいことは、実際に学校生活が始まらないと分からない。

 だけど、一つ確かに言えることがある。


「僕みたいに、清掃員の制服を着た人は誰もいない……!」


 周囲を見回してみると、生徒たちは、みんな高級そうな服装だ。


 あぁ、あそこのイケメン、身に付けている宝飾品が煌めきすぎてて、顔がまったく見えない!

 ぐおぅ! あそこの美女、ドレスの刺繍が細かすぎて、見ていてこっちの目が疲れる!


 対して僕は、見るからに労働者っぽいシャツとズボン。

 一応、汚れの少ないものを選んで、上にベストを羽織っているけど、周りの生徒から浮いてしまっている。恥ずかしい……。


 なんて考えていると、どんッ! と、背後から肩をぶつけられた。


「ご、ごめん……っ!」


 ばっと振り返って、素直に謝ったけど、


「立ち止まってんじゃねぇよ、チビ。邪魔なんだよ」


 返ってくるのは罵倒だった。


「なんだ、その服装は? ……あぁ、新入生じゃなくて、清掃員だったのか、ははは!」

「いや、僕も新入生なんだ」

「はっ! 皮肉だよ、馬鹿が」


 突っかかってきた男は、憎たらしい笑みを湛え、去っていった。


 ぐぬぬ……。嘲笑されたのだ。

 高貴で高慢な貴族様にとって、見すぼらしい僕は、気に食わない存在なのだろう。

 だから、あえて肩をぶつけ、その上で罵倒したのだ。ムカつく……!


 当然、馬鹿にされたこちらとしては苛立ちを覚える。

 だけど、絶対に目立ちたくないし、大人しく入学式の会場へと向かった。




 入学式は、他の学校と同じように講堂で行われる。

 無論、パーシヴァル魔法学院は講堂の大きさも凄まじい。

 僕は圧倒されてしまった。


「理事長って、すっげー……っと、棒立ちしてたら、また怒られちゃう」


 周りをきょろきょろとしながらも、中に入り、手頃な席に腰掛けたところで、ほっと一息。


「ふぅ……みんな服装が派手だし、どことなく空気がピリついてて怖いな……」


 なんて、特に意味も無く呟いたのだけど、


「それ、私も同感かな」


 隣の席の、並人ヒュームの少女に拾われた。


 見れば、少女も質素な服装だ。

 別段珍しい訳ではないけど、平民出、それも一般家庭の出身なのだろう。

 緋色の瞳は丸々として大きく、橙色の髪もポニーテールに纏められていて、とても活発的。

 健康さや元気さが大事になってくる平民ゆえなのかもしれない。


 と、頭で感じたが、思いもよらない同調に、僕は変な声を漏らす。


「んぬぅっ!?」

「大丈夫!?」

「だっ、大丈夫だよ……! さっき少し嫌な事があったから、それを思い出して……」

「あぁ……見てたよ。校門の近くで、肩をぶつけられてたよね」

「いいや、外の太陽光が眩しかったから」

「えぇ!? そっち!? いや……太陽光!?」


 僕以上に素っ頓狂な声を上げて、少女は驚いた。

 その様子に、周囲から好奇の視線が集まる。


「ちょ、ちょっと、声を抑えて」

「ごめんっ」


 恥ずかしそうに口を覆って縮こまる少女。

 集中していた視線は外れていった。

 少女は居住まいを正し、僕に名前を問う。


「ふぅ……で、君の名前はなんて言うの?」

「僕はシロガネ。シロガネ・フォ……シロガネ・シュテルだよ。気軽にシロって呼んで、よろしくね」

「私の名前はリタ・アーネット。こちらこそよろしくね」


 ものすごく簡単な自己紹介を終え、僕たちは軽く握手した。

 すると直後。気になったのか、服装について聞かれる。


「その服装……"ライテン掃除屋さん"の制服だよね?」

「うん。数か月前まで清掃員だったんだ」

「数か月前まで?」


 と、首を傾げるリタだったが、事情を察したのか、一人で相槌を打つ。


「あぁ! 魔法学院に入るために辞めたのね」

「いいや、解雇だよ」

「えぇ!?」


 リタにとっては驚きの連続だ。

 予想外の返答に、また素っ頓狂な声を出した。

 僕は彼女を落ち着かせようと、事情をきちんと説明する。


「元々、魔法が使える人の方が優遇されてたんだけど、今年度からそれが更に厳しくなっちゃって……ついに解雇されちゃったんだ、『初級魔法の資格が無ければ、清掃員に非ず』って」


 そう、昨今は厳しいのだ。

 あらゆる職で、魔法が使えるか否かが問われる。

 軍事関係や土木は当然、ベビーシッターや性産業でさえ魔法が使えるだけで給与が倍になる。

 僕の元いた清掃会社でも、迅速かつ丁寧な清掃のために、最低限の魔法技術が求められるようになったのだ。


「……もしかして、清掃員に戻るために魔法を学びにきたの?」

「うん」

「別に魔法を必要としない職なんていっぱいあるのに……。それに、パーシヴァル魔法学校を卒業すれば引く手あまたなのに……。世の中、色んな人がいるものね」


 信じられない、と言わんばかりに顔を引き攣らせるリタ。


「逆に、リタはなんで魔法学校に入ったの?」

「あー……。私はね……」


 と、話しかけたところで、


「新入生の皆さん、始めまして」


 入学式が始まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ