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第10話 魔術

 翌日。

 当然僕は、パーシヴァル魔法学院に登校した。

 だけど、教室に向かう階段の途中、面倒な方々に絡まれて、屋上の手前の踊り場へと連行されていた。


「まったく見当がつかないんですけど……何の用でしょうか?」


 人数は三人。男二人、女一人だ。

 加えて、全員この学院の生徒だ。

 雰囲気から察するに……上級生だろう。


 そのうちの一人、緑の髪の男性。森人エルフの美青年が、僕にすごんできた。


「君……シロガネ・シュテル君だっけ? 昨日は、よくもアーギンを傷つけてくれたね」

「アーギン?」

「シュテル君のクラスメイトさ。昨日、決闘をやっただろ」

「あぁ、眼鏡をかけた彼ですか」


 ついでに、イモムシをプレゼントして、その上、ドロップキックもオマケした彼か。


「そうだ。……しかしまぁ、僕達の可愛い後輩の顔に、泥を塗ってくれたそうじゃないか?」

「え、えっと、お知り合いなんでしょうか?」

「もちろん知り合いさ、入学前からの、ね」


 そう笑う森人の先輩は、目が笑っていない。

 間違いなく、キレている。

 急に殴り掛かられても困るし、念のため、僕は身体を警戒態勢に切り替えた。


 もし彼等が戦いを望むようであれば、両手を広げて、ダブルラリアットを繰り出し、先手を取るつもりだ。ちなみに技名は『ファンタジートゥインクル』。

 運が良ければ、二人を階段から転げ落とすことが出来るだろう。危ないけど。

 そして、一対一に持ち込めば、あとはその場の状況次第だ。


 逃げるもよし、"掃除"するもよし、交渉するもよし……。

 ま、彼等が穏便に澄ませてくれるのが一番なんだけど。


「……それで、用件はなんでしょうか?」

「アーギンに図書委員の座を譲って欲しいんだ」


 それで、僕がアーギンの顔に塗った泥を拭えるの?

 そんな事はないと思うんだけどなぁ……。


 もう一度決闘して負けろとか、土下座しろとかなら分かるんだけど、図書委員の座を譲ったところで、はたして何の意味があるんだろうか?

 名誉挽回が目的でなく、アーギンが図書委員になる事自体が目的であるかのような口振りだ。


 疑問を感じ、僕は問うてみた。


「理由を聞いてもいいですか?」

「あいつも大層心が傷んでいるんだ。それを回復させるためにも……」

「そういう表向きのものじゃなくて、本当の理由です。いや、"目的"と言った方が正しいですかね?」

「……」


 途端、露骨に顔が曇った。

 どうやら、答えたくない類のものらしい。


「……シュテル君。世の中には、二つの知識があるんだ。知ると人生が幸せになるものと、知ると不幸が襲い掛かるもの。君が聞いているのは……後者だよ」

「回りくどい言い方はやめて、『後ろめたいことがあるから教えられない』って素直に言ったらどうですか?」

「なっ……!? こ、こんのォッ……」


 電気が流れたみたく眉が跳ね、森人の先輩は、その端正な顔を歪める。

 ぶちギレ寸前だ。


 好奇心と苛立ちに駆られて、僕もちょっと煽りすぎたかも知れない。

 取り返しのつかない事になる前に、退散するとしよう。


「あっ、そろそろチャイムが鳴るんで、失礼しますね……」


 別に、僕の肩を掴んで止めたり、背後から蹴り落されたり、なんて事は起きなかった。

 でも、いや~な予感が、ひしひしと伝わってきた。




 遅めに教室に入ると、ランドルフやリタは、既に登校していた。


「シロっち、登校遅くね? ホームルーム始まる数分前っしょ?」

「間に合ったなら、いいんじゃない? シロにも色々用事があるだろうし。それに、ランドルフみたいに一時間前に登校するのも、逆にどうかと思うよ……」

「いいっしょ! 早く来て損すること、マジでナッシングっ!」


 口調と、性格の真面目さがまったく一致しないね……って、


「え? いつから二人は仲良くなったの?」

「今朝だよ。それこそ、シロの話で意気投合しちゃって」

「シロっち、清掃員に戻るために魔法学院に入ったんだって? 信念固くて、マジ好感~っ!」

「なんだか、馬鹿にしてそうな言い方に聞こえるんだけど……」


 まぁともかく、ランドルフとリタの仲が良くなったようで、かなり嬉しい。

 しかも、僕の話で距離が縮まったようだし、良い事をした気分だ!


 さっき怖い目に遭っちゃたから、これでチャラかな? と考えていると、


「はーい、ホームルーム始めるよぉー」


 メレトス先生が教室に入ってきた。

 爆発したかのように、長い髪がボサボサだ。

 どうやら昨日は、きちんと整えていたらしい……。




 何はともあれ、ホームルームは問題なく終わった。

 そしてホームルームが終われば──もちろん、授業だ。


 午前の教科は"魔術"。

 魔法の三大分野の中で、最もオーソドックスなものだ。

 その担当講師が教室に入ろうとして、


「失礼しま……あだっ! うぅ、痛い……」


 扉の上に額を思いっきりぶつけ、入口の前でうずくまった。


「だ、大丈夫かな、あの先生?」

「色んな意味で、ね……」


 不安がる僕とリタ。

 先生は、おでこを押さえながら、教卓の前に立った。


「ごめんなさいね、皆さん。なにぶん、先生になりたてのものでして……」


 どうやら先生は、悪魔の一種、蛮人オーガの男性のようだ。

 肌の色は薄っすらと赤く、頭部はツルツル。

 しかし、シャツがパツパツになるほど筋骨隆々で、その身長は2メートル越え。


 明らかに……魔法使いの体格じゃない。

 魔法(物理)とか、勘弁だよ……。


「まずは自己紹介からですね。これから一年間、皆さんのクラスで魔術の授業をさせていただく、ガイゼラル・ブロッキンガードと申します。気軽に、ブロ先生と呼んでください」


 ぜ、善処します……。


「それでは早速、授業の方に入っていきましょうか」


 と、魔術の授業が始まった。

 ブロ……ッキンガード先生は教科書を開き、チョークを手に持つ。


「魔法というのはですね、賢術や聖術とは違い、短い"単語"から構成されています」


 黒板にすらすらと、《アクア》・《上方(スプラ―)》・《射出イエセレ》の三単語を書き綴る。

 すると──黒板から水球が発生し、天井に向かって飛んでいく。


 びちゃ! 見事命中し、天井を魔法で濡らした。

 否、濡らしてしまった。


「おぉ、おっと! 怒られます……!」


 先生はポケットからハンカチを取り出し、急いで天井と床を拭く。

 巨体ゆえに、背伸びすれば天井に届くというのが、本当に恐ろしい。

 だけど逆に、這いつくばって床を拭く様は、なんだかおかしかった。


 そして十数秒後。

 ようやく授業が再会した。


「すみません。なにぶん、先生になりたてのものでして……」


 その言葉、便利な免罪符と思ってない……?


「それでは気を取り直しまして……。魔術は、大まかに分けて三種類存在します。はい、じゃあそこの君、答えてくれるかな?」


 指されたのは、眼鏡の男。アーギンだ。

 彼は席を立ち、さも当然の事実かのように答える。


「音を用いた音声魔術、文字を用いた刻印魔術、思考を用いた思惟魔術。この三種類です」

「正解です。座っていいですよ」


 アーギンは、なぜか勝ち誇った笑みで腰を下ろした。

 なんか、ウザいけど憎めないな、あいつ。


「えー、全然違う三つですね。でも、基本的なシステムは全て同じなんですよ」


 先生は「ん゛、ん゛っ」と低い声で咳払いして、左手を返す。


「《イグニ》・《固定フィックス》」


 拳大の火が、手の平の上に出現。

 先生が手をどけても、その火はその場で燃え続ける。


「やっぱり、日常的な事に関しては、魔術が一番便利ですね」


 そう言いつつ、空中の火を素手で掴み、無理やり消火する。

 あれは多分……魔術じゃない。


「魔術というのは、特殊な単語のみで文を構成し、魔法を行使するものです。上手い人になればなるほど、思惟魔術で単語数を減らしますし、詠唱が最も早いです。その分、威力には劣りますけどね」


 つまり、《イグニ》とか、《上方(スプラ―)》とかの単語を組み合わせて行う魔法が"魔術"、という事だ。

 しかも、単語だけだから詠唱は早い。

 だが、魔法文の正確性が低いから威力はでない。と……。


 ふむふむ。さすがは名門校・パーシヴァル魔法学院だ。

 実際にテクニックを見せつつ、理論をわかりやすく教えてくれる。

 これなら、最近の魔術をそれほど知らない僕でも、すぐに上達できそうだ!

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