1-3 火星の悪夢
火星宙域での宇宙春節は太陽系全域で最大とも言っても過言ではない。
テラフォーミングを施した火星の地上で行われる大規模な宇宙獅子舞や、人気アイドルグループコンサートなどが毎日行われている。
そんな中で、連邦軍は天津級探査監視艦4隻、出雲級戦闘艦3隻から成る警戒艦隊で単位機械生命体の襲撃を警戒していた。
以前にも説明していると思うが、出雲級戦闘艦は連邦軍の主力艦で、攻撃能力に優れている。
連装レーザー砲が3門装備されたこの船は、艦載機の空母としても機能している。
その為、空間機動戦闘強化服や哨戒攻撃艇を標準配備することが可能となっている。
旗艦となっている出雲級戦闘艦・火星駐屯艦「ムラサメ」のブリッジ内では、緊迫している様子で警戒に当たっていた。
艦長の村吉中佐は、紙コップに注がれた紅茶を飲む。
「敵は本当にこの星域に来るやもしれん。 各艦、最大限の警戒網を張り巡らすように!」
村吉がそう言い放つ。
ブリッジ全体に軽い返礼の声が響き渡る。
火星軌道基地の哨戒攻撃艇部隊も不審な船が無いかどうか3機小隊・24時間体制で警戒している。
哨戒攻撃艇の細長く小さな音速旅客機のような機体がモニターに映し出される。
『哨戒攻撃艇・第1小隊よりムラサメへ』
「こちらムラサメ、どうした?」
通信回線で第1小隊長と村吉は会話する。
『敵の艦隊は本当に来るかわからない状況な上に、春節期間が長いので、部下たちも悲鳴を言っています』
第1小隊長はこの長期間の警戒態勢に不満を言っていた。
無理もない。
市民の安全を守るのが連邦軍である。
この長期間の任務もまた、重要な仕事だ。
「仕方はあるまい。 今回のような事態になったのは、金星宙域での戦いだ。 我々は住民の安心と安全を守るのが仕事だ」
村吉は通信を切ってレーダー画面を見つめる。
天津級の情報集積能力も相まって、大規模な星図が表示され、その中に味方を示す青色のマーカーが幾つか表示された。
「現在の状況は?」
「12時の方向に不審な重力波の乱れを確認。 現在哨戒攻撃艇小隊が調査に向かっています」
女性オペレーターが告げる。
「すでにわれわれは、敵襲を受けているかもしれん! 全艦、第1戦闘態勢! 敵を何としてでも火星に近づけるな! 同時に火星宙域全域に第1級非常事態宣言を出すよう火星知事に伝えろ!」
「了解です!」
村吉の命令を受け、褐色の肌を持つ女性オペレーターが、火星知事庁舎に通信をかける。
その間にも、火星駐屯艦隊は艦載機を発進させて敵艦体の迎撃の準備を始める。
「敵艦隊が間も無く出現します!」
通信士の男性が叫ぶ。
艦隊の正面には、重力ジャンプアウトする際に出てくる特有のホワイトホールが出現している。
人工的にブラックホールを発生させ、そこから生まれる空間のゆがみを使って跳躍する重力ジャンプ技術。
これにより、各星系を短期間で往来できることに成功している。
それを敵が使うと言う事は、既に何らかの形で習得しているか、それとも独自に編み出したか。
そうこうしている内に敵艦隊がジャンプアウトした。
楕円形のボディの上下に6連装レーザー砲。
その数約10隻。
その形が人間の船ではないことを十分に知らしめている。
「提督、敵艦隊にメッセージを送りますか?」
「敵は対話する気が無いかもしれんが一応聞こう。 何故われわれを虐滅するか、と」
村吉がこう述べる。
「こちら地球艦隊、貴様らは何故虐滅するのか。 返電を待つ」
女性オペレーターが敵艦隊にメッセージを送る。
しばらくの沈黙が流れる。
敵は攻撃してくる気配がない。
返電メッセージを考えているのか?
村吉たちは、凄まじいほどの緊迫感を感じていた。
そして、
「敵艦隊より返電!」
女性オペレーターが返電メッセージの受信を知らせる。
「内容は?」
「《有機知性体の存在する意義を否定させ、虐滅させることで我々の存在意義を肯定する。 抵抗者諸共虐滅を開始する。 平和的生存権は我々が剥脱する、以上》とのことです。 返電は?」
メッセージの内容を聞いた村吉は、
「人類は滅びないと言ってやれ。 奴らに一泡吹かせてやれ!」
滅びないことを敵艦隊に言うよう命令する。
「地球艦隊より返電、《人類は滅びない》、以上!」
女性オペレーターが返電する。
敵もそれを理解したのか、艦載機を発進させる。
「敵艦隊より戦闘機の発信を確認!」
「哨戒攻撃艇部隊、直ちに迎撃せよ!」
村吉の命令で哨戒攻撃艇の大群が敵艦載機を迎え撃つ。
攻撃艇機首のレーザー速射砲が火を噴く。
敵艦載機も誘導レーザーで迎え撃つ。
お互い、一歩も譲らない。
敵の旗艦は9時方向の僚艦に通信を繋ぐ。
『1番艦より3番艦へ、惑星虐滅兵器投下。これを以て知性体すべてを虐滅せよ』
『3番艦、了解』
やはり単位機械生命体は、船そのものに自我があるようだ。
敵艦隊3番艦は、降下用カプセルを底部後方から複数射出する。
「敵艦隊、降下用カプセルを射出!」
「撃ち落とせ! 何としても住民の犠牲を出させるな!」
村吉が叫んだ途端、閃光がブリッジを焼き払った。
敵艦隊の主砲が警戒艦隊を壊滅させた。
その余波で、火星軌道基地も壊滅的なダメージを受けてしまった。
『抵抗者、虐滅完了』
2番艦が報告する。
これを合図に、僚艦たちが艦載機の入った降下カプセルを射出。
『これより、祝賀行動の強制終了を実行する。 奏でよう、虐滅のハーモニーを』
単位機械生命体艦隊は火星宙域での虐滅を始めた。
火星の地表は、正に地獄絵図を描くかのようだった。
逃げ惑う人々を誘導レーザーで蒸発させたり、脚に内蔵されたモーターブレードで無慈悲に切り刻む円盤形の兵器たち。
ふとカメラの視線を変えた先には、店主が逃げているのか、もぬけの殻となったカフェが映っていた。
『摂食物品の提供施設と断定。 消滅させる』
誘導レーザーで店を焼き払う。
内装は炎に包まれ、皿の料理は消し炭と化した。
『上位決定者の下に、有機知性体は排除する』
『我らの意義を示し、有機知性体に鉄槌を』
兵器たちはそう言いながら火星の地上を血と断末魔に染め上げる。
火星のコロニー群も同様に惨状に見舞われた。
コロニー外壁に打ち込まれるプラズマ光子ミサイル。
膨れ上がる青白いプラズマの炎が外壁に穴を開ける。
そこから空気が吸い出され、人々はそれに巻き込まれる。
そんな彼らも、敵の無人兵器たちの餌食にされる。
『全知性体の生体反応消滅を確認』
4番艦が虐滅完了を報告する。
火星に住む人々は、1人残らず殺されてしまった。
この日、宇宙に激震が走った。
火星宙域で単位機械生命体が人間たちを虐滅したと言うのだ。
以後この惨劇を「火星の悪夢」と呼ばれることになり、連邦軍は徹底応戦の意思を示すことになった。
その事件から3日後、昇は光利の下へ来ていた。
「とうとう、敵が火星で……!」
「市民が不安を隠せないのも無理はない。 生命を虐滅すると言うのはこう言う事だと示してきたのだ」
光利はコーヒーを飲む。
苦い味が何故か舌障りに感じた。
「失礼します」
秘書が光利たちの下に駆け寄った。
「例の話か?」
「川嶋大佐に辞令をお持ちしました」
秘書は昇に辞令を渡す。
「これは?」
「おめでとう、君は記念すべき第1迎撃艦隊の提督に着任することが正式に決まったと同時に少将への特進が決まったのだよ」
利光に言われて、昇は事例の封筒を開ける。
その中には、少将を示す襟章と特進を命じる旨が書かれた書類が入っていた。
「それと、君のムラクモの他にマサムネ、オニマルとオオカネヒラ、天津級からはオニキリが第1迎撃艦隊として編入された」
「歴戦の武勲艦ばかりじゃないですか!」
昇は驚きを隠せなかった。
歴戦を勝ち抜いた船がこの艦隊に集まってくる。
頼もしい見方が集まってくれるのは心強い。
「これからの活躍、期待しているよ」
「期待に応えるよう、全力で任を全うします!」
昇は、急ぎ足でムラクモへと向かう。
たどり着いた宇宙港には、ムラクモを始めとした第1迎撃艦隊の一員として共に戦うであろう戦士たちが温かく出迎えてくれた。
「諸君、私がこの第1迎撃艦隊提督を務める川島昇少将だ」
「総員、川島少将に敬礼!」
レオナの掛け声で乗員たちが一斉に敬礼した。
「諸君も知ってはいるだろうが、火星の悪夢によって、我々人類は劣悪極まりない異星種族と戦わざるを得なくなった!」
「自分は、火星で暮らしていた家族が殺されました!」
「自分はその種族を断じて許すわけにはいかないであります!!」
部下たちは憤りの声を上げるが、
「気持ちは分かる。 だが、その憤りは戦場でぶつけるべきであろう」
昇は一旦言葉を切って周りをなだめる。
「君たちは私の部下だ。 だからこそ言おう、絶対に死ぬなと!」
その言葉に、戦士たちは気合を一層入れ、これからの戦いに臨むことにした。
その思いに賛同しない者なんて1人もいなかった。
「これより6時間後、我が艦隊は訓練を行った後、ジュピトリス自治領へと向かう! 既に光成知事には話を通してある!」
その言葉に全員がおぉっとなる。
「これは、我が艦隊の記念すべき初任務である。 総員、これは訓練ではない! 気を引き締めてかかるように!」
昇に言われ、乗員たちはそれぞれの乗艦に乗り込んだ。
「提督、お聞きしてよろしいでしょうか?」
レオナが近寄って来た。
「なんだ?」
「敵は何故、火星宙域で人類を滅ぼしたのでしょうか?」
その発言に対して、昇は考える。
そして、
「我々に、対話する必要はない。 戦うことで自分たちの意義を示す、と言うのが現状での結論だ」
この時点で最も妥当な結論に、
「それなら、火星を襲うのも合点がいくわね」
レオナも納得した。
「提督、ムラクモへ搭乗してください。 装備の最終確認と最終準備を行いますので」
「わかった」
オペレーターに言われ、昇とレオナはムラクモへと向かった。
この数日後、第1迎撃艦隊は木星宙域へと向けて発進する。
この日から数日後、昇は運命の出会いを果たすことになる。
自分の艦に乗りたいと願う少女・はるかとの出会いが。
そんなジュピトリス自治領は、火星の悪夢を受けて、自警団艦隊に一層の警戒を行うと言う措置をとっていた。
「はるかちゃん、今日はいつに増して自警団が見張ってるから」
学院へ向かう途中、まなみは不安になるはるかを励ます。
「そうだね。 心配しても何も変わらないからね!」
はるかは元気を取り戻し、学院へと向かう。
しかし、この数日後、はるかが見たあの幻視は現実のものと化す。
恐るべき敵との戦いに巻き込まれ、その戦いに身を投じていくことになる。
と言うわけで起承転結の転の部分がUPしました。
しかし、物語は壮大なスケールになって行き、書ききれるのか不安になりつつも、頑張っていきます!!
2月11日、内容の一部を修正しました。