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5-3 闇のデパートを叩け! (前編)

「退院した子がムラクモに配属されるって、本当ですか!?」

 コズミック・チーズティーを飲みながらはるかは昇に訊ねた。

「事実だ。 両親が黒猫に扱き使われて、今は順調に回復している。 当面彼女は我々が面倒を見ることになると言った途端、本艦への配属を志願してきたんだ」


 そう言いながらはるかの端末に履歴書を転送する。

「和泉フェリーチェ、年齢16歳。 ラグランジュ3の聖アマテラス学園に通っており、両親との家族旅行中、暁の黒猫に襲撃され現在に至る。 彼女は幻視を見ることが出来ることに漬け込まれて利用されていた」


 履歴書の内容を見たはるかは、

「どうして、ムラクモへの配属を希望されたのですか?」

「君に逢いたいと言うのが第1理由だ。 それと、本艦も優秀な人材が欲しかったのが、私の個人的解釈でね」


 昇はそう言いながらコスモポップコーンをつまむ。

 今はやりのハニーフレンチバターが昇の舌にあっているようだ。

「このチーズティー、コスモジャージー牛の生乳チーズクリームだから、地球産の高級茶葉によく合う」


 はるかは、チーズティーをゆっくり飲む。

 塩気のあるチーズクリームと、甘くふくよかな香りの紅茶が混ざりあっていく。

『相棒、私たちの任務を忘れてはなりませんよ』

「わかってるわよ!」


 ペイに言われ、はるかは急いで飲み干す。

 この日、はるかたちは常闇の蛇と繋がる武器密売コネクションを叩き潰す作戦で月面都市に来ていた。

 月面都市は華やかな繁栄を謳歌する影で、盗難品の密売などを生業とする地下組織が蔓延っている。


 その中でも、最大規模を誇る武器密売ネットワークを持つ巨大コネクション「光聖商会みつよししょうかい」だ。

 表向きは月面都市最大の高級百貨店だが、裏では莫大な売上金を使って武器や兵器を密造し、地下組織に売買していると言う。

 さらには、人工肉を高級肉と偽ったり、地下工場で醸造した密造酒を地球産と語って高額販売していたりと、やりたい放題だった。


「でも、なぜ光聖商会が黒だってわかっていたのですか?」

「実はな、元従業員から確定的な情報を聞き出せたんだ。 あの店は地獄のような現場だったと」

 元従業員から聞いた話によれば、光聖商会の内部はかなりな環境だったと言う。

 従業員への過剰な労働要求、賃金が極端に少なく役員に潤沢を与えている。


 他にも、辞表を出せば退職者を地下工場へと送られるなど、正にブラック企業の度が過ぎるほどの極悪ぶりだ。

 そんな地獄から逃げ出せたのは幸いと言っていいだろう。


「でも、なぜ光聖商会を制圧するのですか? 市街戦は条例で禁止されていますよ」

 はるかが懸念しているのは、月面都市では市長の許可が無いと戦闘が許されないと言う条例に反しているかだった。

 これは、市民への被害を減らすための条例であり、安全を確保する。


 前述はあくまで建前だ。

 連邦軍に戦闘をさせないことで裏社会が活性化し、違法薬物の密造や販売、はたまた売春なども日常茶飯事となる。

 それが、月面都市市長が提示した条例の目的だ。


「市長は間も無く秘密警察が摘発してくれる。さぁ、今夜から忙しくなる。 ゆっくり休んで置け」

 昇は、そう言うと車を回して来た。

 はるかはそれに乗ると、目的地に向けてひた走った。


 到着したのは光聖デパート、その上層階には光聖商会のオフィスが入った巨大な建造物だ。

 既に先着していた連邦のカーゴトラックが待機していた。

「提督お疲れ様です。 既に兵たちはカーゴ内で休んでいます」

 突入部隊の隊長が敬礼する。


 連邦のカーゴトラックは、最大10人小隊を収容できるカーゴスペースがあり、炊事施設や仮眠室も備えた、小さな動く前線基地である。

「今夜2100時に決行する。 それまで休むように!」

『『了解!!』』

 隊員たちは返礼して、この日の夕食を作り始めた。


 今日の夕食は、ラグランジュ2産コスモアンガスビーフと地球産季節野菜のスパイシーカレー。

 市販のルーのスパイシーな香りが食欲をそそる。

「これ、連邦が毎週金曜日に良く出す奴ですよね?」

「そうだ。 宇宙では曜日感覚が分からなくなってしまうから、大昔の海軍の風習に倣っているんだ」


 昇はそう言いながら自らの取り分を器によそう。

 ちなみに、連邦軍のカレー習慣におけるレシピは、各部隊が独自に考えて作られ、年に一度開かれる「連邦カレーフェスタ」と言う、毎年大盛況を極めるイベントも行われる。

 そんなわけで、夕食を摂り、はるかは作戦決行までの自由時間を過ごすことにした。


 携帯端末を起動し、支給アプリのニュース欄を見た。

「ラグランジュ3でゲーム規制条例が施行され、オンラインなどを含め、1日1時間、長くても3時間とすることを決めた? これ、マジなの?」

 はるかは口を苦くした。

 ラグランジュ3では、ゲームやSNS依存対策の一環として時間を規制し、青少年の健全育成を促進する条例を可決施行した。


 これには、住民も反対が多かったが、ラグランジュ3知事は、「反対意見は原則却下する。 反対意見者は即刻追放する」と脅迫に近い提言をした。

 しかし、規制されて黙っていられるかと言わんばかりに、大昔のアナログカードゲームや、ペーパーレターと言ったレトロな遊びや文通手段が広がっている。


 極めつけは、メイドバルと言う地球の侍女文化をモチーフとした居酒屋をオープンさせ、一代で財を成し遂げた飲食チェーン店もある。

 これには、ラグランジュ3知事も裏を掻かれたと、対応に追われる始末になった。


 話を戻そう。

 はるかは音楽アプリを起動させ、お気に入りのアイドルの失恋ソングを聴いた。

「まなみちゃんと、よく聴いていたなぁ……」

 亡き友との思い出に浸り、少し涙を流した。


 しかし、友はもういない。

 あの無慈悲な虐殺者に殺されたのだから。

「でも、常闇の蛇と光聖商会のつながりって、何だろう?」

『それは、常闇の蛇が光聖商会のお得意様ですよ相棒』


 ペイがはるかの質問に反応した。

「そう言えば、裏社会で光聖商会は格好のスポンサーだったよね? それがどうかしたの?」

『武器の密造や密売、違法薬物の取引紹介などで利益を得ています。 その上、食品偽造から偽造ブランド品の販売にまで手を付けているので、たちが悪いです。 加えて月面都市市長と癒着しているので、速やかな対処が求められます』


 ペイがそう言い終えると、支給アプリが通知を知らせた。

「月面都市市長、秘密警察が確保。 これより作戦を開始する。 了解です!!」

 はるかはすぐさまに支給のサブマシンガンを手に取り、突入部隊と合流した。

 そこには、すでに突入部隊が準備を済ませていた。

「これより、光聖商会の掃討を開始する!」


 司令官を昇が勤めるのか、一層の緊張が醸し出される。

「非正規雇用者は全員救助、幹部従業員等は射殺を許可する!」

「提督、それ以外は?」


 はるかが質問する。

「客の大半が犯罪組織だ。 躊躇も慈悲も与えるな!」

『『了解!!』』

 全員が気迫を出す。


 そして、

「突入!!」

 昇の掛け声で、はるかたちは光聖商会の商業本社ビルへ突入した。

「緊急事態発生! 連邦軍の摘発だ!!」

 男性コンシェルジュが悲鳴のように叫ぶ。


 正規従業員たちが武装して応戦する。

 しかし、はるかが先陣を切っていた。

「アストロ・シュート!!」

 紅龍を右手に、サブマシンガンを左手に構えて掃射する。


 光弾と実弾の雨に、正規従業員たちはなす術もなく斃れる。

「進路確保!」

「光成、余り飛び出すな! 我々は地下工場を制圧する! 貴官は松吉中佐と共に行動し、光聖会長を叩き潰せ!!」

 突入部隊隊長に促され、はるかはレオナの部隊と共に上層階へとめざした。

 この戦いが、エグニマとの戦いに少なからず関わることを、はるかはまだ知らなかった。


 その頃、連邦軍戦略技術研究所では、利光が査察に訪れていた。

「ところで、例の機体の開発は順調かね?」

「ええ。 やっと部品の組み立てが始まったばかりです。 共産党の反発がいまだに根強くて」

 研究員は申し訳なさそうに頭を掻いた。


 無理もない。

 反戦主義を貫く共産党にとって、新型強化服開発は何としてでも中止に追い込みたいと言うのが心情だ。

 それでも、開発にこぎ着けたのは民主党の協力があってこそと言える。

「動力はあれかね?」

 利光はあることを尋ねる。


「確かに、試作段階の反物質リアクターを予定しています。 強化服に搭載できる大きさまでにサイズダウンすることに成功したのですが、本当にそれでいいのですか?」

「構わんよ。 あれが完成すれば、エグニマとの戦いに於いて、重要な切り札になる」

 利光は白いあごひげをつまみながらそう答える。

 エグニマとの戦いは、これから先一層激しくなるだろう。


 その為には、新型機を開発しなければならない。

 それは、連邦軍にとっての最重要課題だから。

 途端、メインモニターの1部が乱れ始める。

「彼女からか?」

「画像モニターに出力します!!」


 研究員がキーボードを操作する。

 すると、女性らしき影が映し出された。

『未来に生きる人類の皆様、この度はお願いがあってまかり通ってまいります』


 声は女性なのか、品があって優しげに聞こえた。

「君は何者で、何処から来たのかを知りたい」

 利光は素朴な疑問をぶつけた。


『私は、はるか未来からこの時代にメッセージを送っている者です。 エグニマと言う恐ろしい虐殺者の蔓延る時代を終わらせるため、あなた方にお力添えをいただきたく存じます』

 《彼女》と呼ばれた存在は、その理由を告げ始めた。

 どうやら、はるかたちに送った幻視は、彼女からのメッセージであることを利光たちは確信できた。


「では、教えていただきたい。 何故我々にあの幻視を送ったのか、そして我々はどう対処したらいいのか。 君は何故未来からコンタクトをとったのかを」

『残念ですが、今の段階ではお話しできません。 ですが、これだけは言います。 私がいるあなた方にとっての未来は、エグニマによって生命を管理し、不要な生命を虐滅する地獄のような世界であることを』


 そう言って彼女はある映像を送った。

 その様子に利光たちは絶句した。

 そこにはとある惑星で、ネコ型異星種族がエニグマに虐殺される様子が映し出されていた。


『有機知性体は存在を抹消する。 それがお前たちの運命。 抵抗は無意味である』

 エグニマの虐滅兵器たちが異星種族たちを虐殺する。


 スピーカーから響く断末魔、画面に広がる無惨な光景。

『上位決定者の名のもとに、全ての有機知性体の虐滅を』

『真の存在意義は我らにあり』

 映像はそこで途切れ、彼女からの通信は終わった。

「何と言う事だ」

「これが、我々が戦うべき敵なのでしょうか?」


 研究員たちは余りに凄惨な光景を目の当たりにして、どよめいた。

「諸君、見てしまった以上は悠長に悩む時間はない!」

 利光はこの場を一喝した。


「直ちに開発を進め、来るべき戦いに備えよ!!」

 その言葉を合図に、研究所は慌ただしくなった。

 エグニマとの戦いは、始まったばかりだから。

やっと投稿しました。

《彼女》の存在と敵の目的も明らかになり始めましたよ!!

3月27日 内容の一部を修正しました。

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