5-2 常闇の蛇の最期
「小癪なり」
松濤が右手を差し出す。
掌の大口径荷電粒子砲に光が宿る。
「ヤバい!!」
「全軍退避!!」
哨戒攻撃艇部隊が回避行動をとり始める。
「受けよ、神の裁きを!!」
粒子ビームが放たれる。
回避が間に合わない敵味方は、その光に焼き尽くされた。
骨の欠片も残らずに。
「マジでやばいんですけど!?」
あまりの破壊力にはるかは冷や汗をかく。
ノーマルスーツ内の乳房がその汗で蒸れてきた。
『洗体、したいですね』
「余計な事を言わないで!!」
ペイの場違いな発言にツッコミを入れつつ、はるかは目前の敵に集中した。
あの巨体は並の強化服では歯が立たないことは知っている。
加えて全身重武装、機動性が悪い分、火力と防御力は正に要塞ともいえる。
『しかし、迦楼羅が敵の手に渡っていたとは、すでに解体されていたと思っていたが、痛いですね』
ペイは残念そうな口調だ。
機動要塞服は戦略兵器計画の1つで進められた大型兵器だ。
強化服を大型サイズにしてそこにありったけの火力と防御力を詰め込むと言う、なんとも単純な設計理論が通り、開発にこぎ着けた。
ただ、開発や運用コストが莫大なため、計画は頓挫してしまうと言う疎き目に遭った。
その後、完成した迦楼羅は解体され、設計データは消去されたかに思えた。
何故か部品などがジャンク屋経由で常闇の蛇に渡り、切り札として運用されているのだ。
この事実は、遺憾と言うにも程がある。
とにかく、今はそれを倒さなければ、味方が不利な状況に陥ってしまう。
はるかも、思考をフル回転させた。
「試しに!」
はるかが紅龍を構える。
「アストロ・シュート!」
基本的な射撃魔法で様子を見る。
「小癪!」
左手を払って弾き飛ばす。
「あらら、やっぱダメ?」
はるかは別の攻撃方法を探る。
(あいつの装甲はデカい分硬くて攻撃が通じない!)
攻撃をかわしながら必死に思考をフル回転させる。
掌の荷電粒子砲は厄介だ。
(硬い装甲を破るには、それなりのパワーが必要! パワー系の武器と言えば!!)
イメージが固まり始まる。
攻撃がとめどなく続く。
イメージが固まる。
常闇の蛇が襲い掛かる。
させんぞ、と言わんばかりの気迫が伝わる。
冷や汗がスーツ内を蒸らす。
早く終わらせてシャワーを浴びたい。
喉がひりつくように渇く。
奥歯がギリギリとこすれあう。
とにかく、目の前の敵を片付ける。
爆発する強化服。
はるかの脳は、状況整理とイメージ構築を並行処理する。
敵が襲い掛かる。
味方がそれを撃ち落とす。
松濤は高みの見物をしている。
それが、はるかに怒りの感情を湧きあがらせる。
イメージの大半が固まって来た。
はるかは、それを実行に移す。
脳内のイメージを紅龍に転送する。
そして、はるかは新たな力を手に入れた。
「おりゃあああああっ!!」
力いっぱい振り下ろす。
突っ込んできた常闇の蛇の13式が脳天から叩き潰される。
赤星が手にしている紅龍の新たな姿。
それは、如何にも漫画にも出てきそうな大きなハンマーだった。
片側が平たく、そこから飛び出ている無数の小型ドリルが厳つく、横には《紅龍》と大きく書かれていた。
「すべては、私の想像力通りに!!」
ハンマーモードの紅龍を野球のトップよろしく、右フルスイングで常闇の蛇構成員を吹っ飛ばす。
勢いよく吹っ飛ばされた構成員は迦楼羅の右肩に激突、大爆発を起こした。
恐らく、右肩にはミサイルが積まれていたのか、それが誘爆した結果だ。
「おのれ、小賢しき力を!!」
松濤が激高し、
「持ってはならぬのだ!!」
両足のすねからミサイルを放つ。
破壊の嵐が、連邦軍に襲い掛かる。
「攻撃だけが魔法じゃない!」
はるかが両手を突き出す。
「ラジカル・レーザー・シールド!」
魔法陣が展開され、其処を中心に大きな光の壁が出現した。
その壁がミサイル攻撃を防ぐ。
壁に阻まれたことに、怒りを露わにする松濤。
右腕を動かすが、先程のダメージが響いて、動きがぎこちなかった。
「先程のダメージか! 小賢しきことを!!」
「だったら!」
はるかが猛スピードで迦楼羅に突っ込む。
目指すは左肩の大型レールキャノン。
「左右対称に、してあげるわ!!」
紅龍を思い切り振り下ろす。
小型ドリルが唸りを上げる。
それが大型レールキャノンの機関部にダメージを与え、大破させた。
その衝撃が、左肩駆動部を歪曲させる。
「おのれ!! 姑息なり!!」
松濤が怒り心頭になる。
左肩がきしむ。
右腕のパワーラインはほぼ使い物にならない。
それでも、松濤は怒りと気合で乗り切ろうとする。
「さて、せっかくだからもう一つの姿、お見せしますか!」
はるかは、そう言いながらイメージを構築し始めた。
松濤が左掌の荷電粒子砲を起動させる。
プラズマ反応炉が唸りを上げる。
プラズマ粒子が縮退状態で掌に煌めきだす。
そして、
「滅ぶがいい!!」
松濤の怒号と共に粒子ビームが放たれる。
先程よりは細く、出力低下が否めなかった。
それでも、小惑星数個を焼き尽くすには、十分な威力だった。
急いでイメージを構築させる。
はるかは冷静にかつ、機敏な動きを取りつつ構成員たちを蹴散らす。
ソードモードの紅龍の刃が強化服を切り裂く。
鮮血とオイルが混じった爆風が漆黒の宇宙を彩る。
(ハンマーモードじゃダメ! あいつの装甲を木っ端みじんにするには、強力な破壊力が必要! その為には!!)
イメージの半分が構築された。
構成員たちは、気迫を出して襲ってくる。
味方の部隊が、援軍に駆け付けた。
「少尉! さっさとしてください! 雑魚は俺たちに任せて、親玉にきっついお灸を添えてください!!」
友軍部隊がはるかを援護する。
その助けも相まって、はるかはイメージ構築を完了させた。
脳から紅龍へイメージを転送する。
イメージを受け取った紅龍が姿を変える。
その姿は大型のパイルバンカーだった。
「どっせええええええええいっ!!」
パイルバンカーモードの紅龍を構え、赤星は突撃する。
迦楼羅が近づけさせないと言わんばかりにすべての武器を放つ。
レーザーシールドを張り、防ぎつつ前進する。
松濤は、焦りを感じ始めた。
無理もない。
この敵は、何かとんでもない力を持っている。
焦るのは当然だ。
「何故だ、何故貴様は異能の力を持つ!?」
「何故かは知らないけど、生まれながらに!」
はるかは紅龍をどてっぱらに突き立て、
「これが私の力なんです!!」
引き金を引く。
魔力の炸裂と電磁加速で撃ち出された杭が迦楼羅を貫いた。
その破壊力は凄まじく、直径15mはあろうかの大穴を作り上げた。
「な、こんな事が……!」
松濤は、驚愕した。
「この迦楼羅が敗れるなどと!」
反応炉が暴走し始める。
「我が遺志を継ぐ者たちよ、決してみだらな女を世に出してはならぬ! 女こそが世界を堕落させるのだ!!」
その言葉を最後に、迦楼羅は爆散した。
こうして、常闇の蛇との戦いは幕を閉じた。
しかし、戦いはそれだけではなかった。
後に彼らの遺志を継いだシンジケートたちが息をひそめていると言う事を。
土星星域コロニーの1つ「ガド」。
そこに伊藤たちが捉われていると言う。
はるかたちは、其処に潜入して行方を捜していた。
既にテロリストたちは殆ど出払っており、好都合だった。
しかし、シンジケートたちは襲ってくるかわからないのが現状だ。
「レオナ中佐、シンジケートたちは、どんな奴らなんですか?」
同伴していたレオナに、こんな質問をぶつけた。
「奴らは最低な連中よ。 女を敵と思っているから。 そら、お出迎えが来たわ!!」
そう言い終えた途端、シンジケートたちを乗せた装甲車がレオナたちを出迎えた。
「教祖様のために!!」
「みだらな女に、鉄槌を!!」
シンジケートたちが突撃銃を乱射する。
はるかも、紅龍で応戦する。
放たれた光の矢が、シンジケートを1人貫いた。
「おのれ、異能者!!」
「異能者に滅びを!」
怒りを露わにして、はるかたちに襲い掛かる。
が、別動隊の援軍がシンジケートを蹴散らしてくれた。
「ここは俺たちに任せて、松吉中佐たちは救助を!!」
「恩に着るわ!!」
レオナたちは、常闇の蛇総本山へ急いだ。
「行かせるか!」
シンジケートたちが追いかける。
「まぁまぁ、そう慌てなさんな!」
連邦軍が、それを阻む。
常闇の蛇との戦いは、間も無く佳境を迎えようとしていた。
常闇の蛇本部、其処は既にもぬけの殻に等しく、囚われた人々が身を寄せ合っていた。
「みなさん、地球連邦です! あなた方を助けに来ました!」
レオナの言葉に、安堵する人々。
だが、はるかは油断しなかった。
「中佐、まだ敵がいるかもしれません! こんな風に!」
そう言って紅龍を暗闇に向けて撃つ。
使ったのは炸裂性の高い光弾。
「ぎゃあああああっ!!」
潜伏していた構成員が断末魔を上げて黒焦げになった。
「ば、化け物だ!!」
「逃げろ!!」
怖じ気付いた構成員たちが逃げ去る。
すると、
『こちら第3機動小隊。 敵のシンジケートの殲滅を完了した。 もう土星の治安は明るい方向に行きそうだ』
土星星域の長きにわたる戦いは、こうして終わりを告げた。
囚われた人々は救助され、帰路へ向かう第1迎撃艦隊。
「貴方凄いわよ! 敵の親玉を倒すなんてさ!」
食堂でレオナははるかをそう称えた。
単機で敵の首領を撃破するのはそうそう滅多にいなかった。
はるかがたたき出した功績は、大きなものがあった。
「そんな事はありませんよ。 私だって、あいつらと戦いたいんです。 私の大切なものを奪った、あいつらを……!」
はるかは、怒りと共に奥歯をこすれ合わせた。
あんなに明るく振舞っている彼女だが、エグニマへの復讐心は根強く持っていた。
「まぁ、気持ちはわかるわ。 でも、憎しみで戦ったらその連鎖が出来てしまう。 どんなに辛くても、歯を食いしばって生きた方がましな方よ」
レオナはそう言ってはるかを優しく抱きしめる。
はるかは、この日だけは年相応の少女として、レオナに甘えた。
自分を受け入れる人がいてくれたことが、何よりも嬉しかった。
それを遠くから見ていた昇は、タブレット端末を見る。
そこには、暁の黒猫から解放された少女が、退院するや否や、軍に志願していたと言う参謀本部からの辞令が表示されていた。
やっと来ました。
結構きつい…




