4-2 卒業試験は強盗団退治
昼食を済ませて、はるかたちはご機嫌な様子だ。
「やっぱり、コオロギ唐揚げ定食は美味しかったなぁ……」
「そうか、気に入ってくれたか。 他にも、東京前刺身盛り合わせ定食もお手ごろだが」
昇がそんなことを言うと、
「川島少将、松吉中佐。 参謀本部への出頭命令です」
車から将校が降りて、昇たちに参謀本部へ来るよう命じた。
「その旨を良しとする。 丁度昼飯を食べ終えたところだ」
「また、コオロギ唐揚げですか? 自分は昆虫食は苦手です」
呑気な会話を他所に、
「レオナさん、デザートが食べたいです」
「ダメよ。 出頭命令が来たから我慢しなさい。 それに、参謀長官に貴方のことを話しておかなきゃならないから」
レオナは釘をさす。
光利はどうやら、はるかから事情を聞きたがっているようだ。
「では、こちらに」
将校に誘われ、はるかたちは車に乗り込む。
タイヤが回ると、車は勢いよく走りだす。
目指すは、参謀本部のある中央市街だ。
「しかし少将、自分は何故世間はコオロギ唐揚げが人気なのか、さっぱりわかりません。 自分としては、ラグランジュ2で育ったコスモ・ホロホロ鳥のフライドチキンが好きですが?」
「そう言うな。 昆虫食には他の動物系に比べて栄養価は悪くないぞ。 高級食材だけでは、軍人はやっていけないぞ」
そんな会話をする昇たちに対して、
「レオナさんって、肌がきれいですね。 どうやったらあんなにきれいになれるかな?」
「それは、貴方には早いわ。 もう少し大人になってからじゃないと、わからないわよ」
はるかとレオナは、他愛のない会話を繰り広げていた。
その途端、目前の車が突然爆発した。
「なに!!?」
はるかは余りの出来事に戸惑った。
すると、後方から来た車が横切る。
『連邦に鉄槌を! 社会に混乱を! 我らは平和を憎む《土星の継承者》なり!』
どうやら、土星独立派残党の犯行だ。
「あいつら!」
レオナは怒りをむき出しにするが、
「待ってください」
はるかに抑えられた。
「はるかちゃん?」
「あいつらは、私に任せてもらえませんか?」
そう言って、紅龍を呼び出す。
狙うは、土星の後継者の装甲車。
「シュート!」
引き金を引いて光の矢を発射するが、電磁コーティングされているのか、はじかれてしまう。
「あれ?」
「たいていの装甲車両には、レーザー攻撃を防ぐためのコーティングが施されているの!」
レオナが装甲車両の仕組みについて説明する。
「なるほど。 それなら!」
はるかはあるイメージを張り巡らせた。
思考の波が紅龍に伝わる。
(光の矢でははじかれてしまう! 硬く、そして全てを貫くような弾を!」
そして、紅龍は新たな姿を得た。
天を昇る龍を模った、大きな弓へと姿を変えた。
その弦には、鋼鉄製の矢が番えられていた。
はるかは、それを引っ張る。
バチバチと、紅い稲妻が走る。
テロリストたちは車を止めた。
「な、なんだ!?」
ただならぬ気配を感じていた。
次の瞬間、
「ライトニング・アロー!」
はるかが矢を放つ。
それは赤い閃光のごとく空を切り、テロリスト諸共装甲車を木っ端みじんにした。
「ば、化け物だ!!」
命が惜しいのか、生き残ったテロリストたちは逃げ出した。
「あらら、やりすぎたかな?」
派手にテロリストの車を吹き飛ばしたはるか。
それが後で大変なことになろうとは知る由もなかった。
参謀本部に着いたのは、夕方6時を回っていた時だった。
「うぅ……、始末書、怖い。 始末書、怖い」
先ほどの件で始末書20枚を書かされたはるかは、ガタガタと震えていた。
「無理もない。 あれだけ派手にやったんだ。 これでも軽い方だ」
昇は、はるかにデコピンを喰らわせる。
軽い衝撃と痛みが走る。
額を抑えるはるかを見て、レオナはふふっと笑う。
「参謀長官、川島昇少将以下2名、出頭いたしました」
「入りたまえ」
光利の執務室に昇たちは足を踏み入れた。
「川島君、初陣の勝利は見事なものだった。 私も鼻が高いよ」
「恐れながら、自分も奇跡としか言いようがありません」
昇が返礼するのを確認し、
「君が、光成知事のご息女だね?」
はるかに近寄った。
はるかは少しびくっとした。
「あぁ、そのままでよろしい。 私は地球連邦軍参謀長官の武田光利だ。 お父上には、世話になっているよ」
「は、はぁ……」
少し顔を赤めるはるかは、緊張して固まってしまった。
「さて、報告によれば多数の死傷者が出たと言うのは、非常に残念なことだ。 しかし、ジュピトリスがまさか極秘裏にあれを開発していたとなれば」
「今の状況を打開できる切り札になると言う事は、確信しています」
赤星が完成していたことについて光利はしばし沈黙を置いた。
そして、口を開く。
「彼女の操縦センスは、類いまれだ。 しかし、戦いの基礎が成っていないと言うのは事実。 川島君、君の案ではあの3日間を受けさせると言うのは、本当かね?」
「はい。 現状であの幻視通りに行く可能性としては、十分あるのかと」
「うーむ、丁度いいか悪いかの知らせだ」
光利はある状況を思い出した。
「何か良くない知らせでも?」
「実はな、ラグランジュ5で宇宙強盗団が頻繁に出現している。 アジトを突き止め、すぐに艦隊を出動させているが、奴らの抵抗が激しく、苦戦を強いられている」
ここ最近地球圏では、亀山級5隻を有する宇宙強盗団『暁の黒猫』が各ラグランジュポイントを襲い、略奪や女性や子供の人身売買で得られた利益を貪っていた。
連邦軍も直ちに対処したが、相手は逃げ足が速く、神出鬼没な戦法も相まって取り逃がしてしまう事が多々あった。
しかし、暁の黒猫のアジトが判明したことで一気に叩き潰す作戦に出た。
しかし、敵は予想外の反撃に出たため、苦戦を強いられ、現在は膠着状態だ。
今回の3日間は、その状況を打開すると言う狙いがあった。
「たしかに、奴らを叩き潰すにはこの状況を利用しなければならない、と言う事ですね!」
「そういうことだよ。 試験官には本作戦と並行するよう、話はつけておいた。 君たち迎撃艦隊も参加してもらう!」
たしかに、この状況を利用すれば、暁の黒猫を一網打尽に出来る。
それはまたとないチャンスだった。
そんな中、はるかは不意に幻聴に襲われた。
(助けて……!)
(え? 誰!?)
突然の出来事に、はるかは戸惑いを隠せない。
立て続けに、幻視のメッセージが飛び込んでくる。
『お前は俺たちにとって、いい道具なんだよ! 助けなんか呼ぶなよ……!』
幻視に移る男は、暁の黒猫のメンバーだろうか、体格が大きかった。
そして、振るわれる暴力の嵐。
幻視はここで途切れた。
「はるかちゃん、どうしたの?」
レオナが心配そうにはるかを見た。
「あの、武田さん!」
「何かね?」
光利は首をかしげる。
はるかは、自分が見た幻視などのことを話した。
「やはりそうか。 君もあの力の持ち主だったとは……!」
「あの力って?」
「不特定の時期に発現する幻視の力だ。 それは、川島君や松吉君にも発現できてる。 だが、その力には謎が多いのが現状だ」
利光ははるかの言葉に納得し、現状ではこの力は謎が多いことを語る。
「だが、うまく行けば理論上ではあるが、ある程度のコントロールは可能らしい。 君には大いに期待しているよ」
「はい!」
はるかは期待を背負って頑張ることを誓った。
「では、休暇明けに迎撃艦隊は練習艦隊と出撃します!」
昇たちは参謀本部を後にする。
はるかも、兵士として一層の覚悟を強くした。
この戦いで、親友と言える少女と出会うことを知らずに。
アステロイドベルトに浮かぶ大型小惑星。
それは、暁の黒猫が根城にしているかつての資源衛星だった。
「おら! 休まず働け!!」
団員たちが、厳しく労働者たちを叱咤する。
中には、もうダメだと言って斬り殺される人も少なくなかった。
暁の黒猫は構成員200人の大強盗団。
哨戒攻撃艇を多数配備し、機動力では小規模連邦艦隊に引けを取らない実力を持つ。
また、現政権に対する反感もあり、連邦を倒して自分たちの理想を実現するために戦う信念を持っている。
彼らは、「女性の社会進出の廃止」と、「教育義務の廃止」をモットーに、子供や女性を奴隷として売りさばき、男性は強制労働に従事させたりと、やりたい放題だ。
そんな彼らも、連邦との戦いで疲弊しつつあった。
「お頭、連邦が攻撃しない今がチャンスですぜ! この際、一気に追い払いましょう!」
「このまま膠着したら、こっちが疲弊します! 俺らだって、この状況は流石にきついです」
団員たちが不平を言う。
無理もない。
この状況は、正に籠城戦に近かった。
「慌てることはない。 奴らだってわかっているはずだ。 増援が来る前に手は打っといた」
暁の黒猫団長、村沢茂人は葉巻を吸って答える。
立ち込める煙が、団員にとっては最高だった。
「流石お頭!」
「これなら安心ですな!」
団員たちは大いに喜んだ。
しばらくは怯えずに済むうえに物資調達も出来るからだ。
「彼女のおかげで、俺たちは連邦を恐れずに済みましたしね!」
「これで、俺たちの理想も実現できますな!」
大いに喜ぶ中、
「そう言う事だ。 俺たちは、平等で自由な暮らしのある時代を終わらせ、力こそが全ての世界を作る! それが我ら暁の黒猫だ!」
「「あいあいさー!!」」
団員たちは、茂人の言葉に感極まった。
「彼女から何か聞けましたか?」
「ああ、連邦の補給部隊がこの宙域に入ってくるってな。 そこを襲い、物資を調達する!」
茂人たちが今後の方針を話し合う中、かけ離れた独房地区、その一角に、1人の少女がいた。
容姿は美少女と言ったところか、程よいスタイルと透き通るような白い肌が印象深い。
バッサリと斬られた黒髪は、暁の黒猫の暴力を物語っている。
手足には痣が痛々しく浮かぶ。
「私は、なぜこんな事に……」
暴力に怯える。
青と白の虹彩異色の瞳から涙があふれた。
「助けて……!」
その声は誰にも届かなかったが、この1週間後、それが叶う時が来た。
1週間後、地球連邦士官学校第42期生たちは、卒業試験を迎えた。
「諸君! 2年間の訓練、ご苦労だった!」
教官の前多祐樹は高らかに叫ぶ。
はるかもそのそばにいた。
実は、はるかはこの1週間で前多からみっちりしごかれていた。
「立て! そうでなければ、地獄の3日間は生き残れないぞ!」
「はい、お願いします!!」
前多のしごきに、必死に食らいついたことを嫌が応にも思い出す。
「では諸君! これより、暁の黒猫を叩き潰す! それが今回の卒業試験だ! 各自健闘を祈る!!」
はるかの最初の試練が始まろうとしていた。
遂に始まる卒業試験!
果たして、はるかは無事にクリアできるのか!?
2020 4月23日 サブタイトル変更しました。




