3-1 虐滅への前奏曲
「ふぅ、地球を発ってから12時間か」
昇は艦長私室でコーヒーを飲んでいた。
現在、第1迎撃艦隊は重力ジャンプの真っ只中。
木星宙域到着まで最低でも、2日はかかるのだ。
それまでは自由時間なので、昇は私室でゆっくりと娯楽動画を見ていた。
「失礼します」
レオナが入って来た。
「レオナか。 状況はどうなっている?」
「現在、異常なしです。 順調にいけば1日半後には到着します」
レオナは現在の状況を報告し、昇の隣に座った。
「お、おい!」
「今はプライベートの時間よ。 昇はほんと、ストイックなんだから」
普段の冷静な雰囲気とは違い今のレオナは無邪気に甘え始めた。
こう見えても2人は公私を混同しないカップルで、この時だけは2人きりで過ごしたいと言う願望がある。
「まったく、3時間だけだぞ」
「ええ」
2人は体を寄せ合い、娯楽動画を見始めた。
『それで、うちらは陽気なかしまし娘や』
『ちゃうがな!』
漫才トリオがお笑いをやっている動画の最中、
「こんなご時世に、笑いをとれるなんて」
「こんな時世だからこそ、笑顔を取りたいのだよ」
2人はいい雰囲気になり始めた。
しかし、ここは軍艦。
わきまえては、いるつもりだ。
「あ、もうこんな時間! 昇、帰ったらディナーでもしましょ!」
就寝啓発アラームが響き、レオナは私室に戻り始めた。
「わかった。 いい店を予約しておくから」
そう言いながらレオナを見送った昇は、ベッドに横たわる。
すぐさま、夢と言う形で幻視を見た。
ジュピトリス星域で繰り広げられる哨戒攻撃艇と強化服の部隊。
そんな中、一筋の光がエグニマ艦を貫いた。
ムラクモのブリッジにいた昇は探すよう命令しようとした途端、
『提督、起床時間です』
機械音声に啓発され、昇は起き上がった。
「あの幻視は一体?」
『また幻視ですか? いい加減辞めていただきたいものですね。 《彼女》から送られてくるのは』
腕の端末から聞こえてくる機械音声。
昇の支援啓発AI、「テラ」。
彼は昇にとってのパートナーである。
「テラ、《彼女》からの有力な情報は貴重な私の情報源だ。 愚痴るのはよしてくれ」
『わかっていますよ。 でも、過信は禁物です』
テラにそう言われながら昇は制服に着替えて食堂に向かう。
そんな航海は順調ともいえる。
しかし、これから昇が見た幻視通りに激しい戦いが待ち受けていた。
一方、ジュピトリス女学園は卒業試験がラストスパートを迎えていた。
「皆さん、これより宇宙技能開発カリキュラム最終段階試験を行います」
実技教員が声を高らかに叫ぶ。
はるかたちは、一層の緊張感を持った。
この宇宙技能開発カリキュラム最終段階試験こそが、ジュピトリス女学園卒業試験で最難関を誇るのだ。
第1日は空間機動作業服で物を正確にかつ、美しく運ぶ操縦基礎試験が行われるのだ。
これをクリアしなければ、次の段階に進めないと言う。
それだけに、基礎をしっかりしなければ宇宙空間での作業ではわずかなミスでも命取りになってしまう。
宇宙ではそうした事故がつきものが故に、基礎試験をクリアする。
「皆さんも知っての通りですが、近年は謎の異星種族が私たちの平和を脅かしています。 でも、この星域には我がジュピトリスが誇る最強の自警団が守ってくれます。 安心して試験に臨んでください」
「「はい!」」
生徒たちは安堵した。
これで安心して試験に臨める。
安心感が生徒たちをやる気にさせた。
はるかは、そんな中ある幻視を見た。
自分が基礎試験をトップで通過する。
そんなどうでもいい幻視を見ていたが、
「やっぱり行動するのみ!」
幻視を見ることを制御ができ始めたかの如く、学生用にデチューニングされた機動作業服に乗り込む準備をする。
全高約6mの作業服は、文字通り服のように人が着るような形で乗り込む。
そして、BSS、生体シンクロシステムと体を同調させ、体を動かす感覚で操縦するのが戦闘強化服と機動作業服共通の操縦システムだ。
生徒たちに与えられた課題は、大きなトレイに載せられたティーセットを、紅茶をこぼさず素早く運べるかだ。
こぼした時点で失格、再講習2時間が科せられる厳しい条件の中、生徒たちは思い思いの結果を残す。
ローラーが唸りと砂埃を上げ、鋼の巨人たちは、華麗に紅茶をこぼさずに運ぶ。
中には紅茶をこぼしてしまい、再講習を受ける羽目になってしまう生徒も続出した。
はるかも、何とか及第点以上をたたき出し、基礎試験をクリアした。
「光成さん、お見事!」
教員が称賛すると、
「やっぱりはるか様ですわ!」
「わたくしたちのあこがれですもの!!」
生徒たちは、そう称賛した。
だが、はるかは謙虚に、
「それ程ではありませんわ。 やはり、もっと上を目指さなくては」
お嬢様らしく、凛とした声と口調で答えた。
やはり、お嬢様としてふるまわなければならない。
はるかも、そう自覚していた。
この日の試験は終わり、それぞれが部屋に戻って次に向けた準備を始めた。
ジュピトリス女学院内には、女子高には珍しいVRトレーニングルームが備わっている。
これは、暴漢などの犯罪者から身を守るための護身術をゲーム感覚で学ぶことが出来る優れものだ。
はるかは、夕食までの時間を使って、先程目覚めた力の使い方をマスターしようとしていた。
「モードセレクト、シチュエーション・フリー」
VRスキャンポッドで自由な戦い方を学ぶモードを選び、感覚を電脳空間へダイブさせる。
電脳空間では人型の黒い影周りを取り囲んだ。
「マジカル、チェーンジ!」
はるかはウィオンモールランドで戦った時の姿に変身した。
「おぉ、やっぱ変身できるんだな」
感心するはるかに黒い影が襲い掛かる。
はるかはすかさず弓を展開し、射貫いた。
影は武器を刀に変更して襲い掛かる。
電脳体がダメージを受けると、それが精神ダメージとして現実に反映されるから、油断は禁物。
「ゼロレンジ・コンバット・ショット!」
407号を撃破した技を繰り出して影を沈黙させる。
影たちは怯まず襲い掛かる。
(面倒だね。 まとめて薙ぎ払うか!)
弓を真上に構える。
「アストロ・スコール!」
叫びながら矢を撃つ。
放たれた矢が一定の高度に達すると、複数に分散し、影たちを次々と射抜いた。
『シミュレーション終了、お風呂に入って汗を流しましょう』
啓発アナウンスが流れて、はるかは現実へログアウトした。
「さて、お風呂に入りますか!」
はるかは、とりあえず大浴場へと向かうことにした。
しかし、彼女はまだ知らない。
敵がすぐそこまで忍び寄っている事実に。
その頃、順調に航海を続ける第1迎撃艦隊は、敵が出現した時に備えてブリーフィングを行っていた。
場所はアステロイドベルトにある連邦軍第7宇宙基地。
そこで補給がてら今後の打ち合わせをしたいと言う各艦の艦長の要望を受けたからだ。
「敵はどのあたりから出現するのか、全く見当もつかない」
「それを逆手にとって待ち伏せすると言うのは?」
艦長たちは、各々の意見を出し合う中、
「諸君らの言い分は分かる。 だが、悠長に言ってはいられないのは、わかっているはずです」
昇はこの場をなだめる。
敵はいつ、どこから出てくるかわからない状況で、紛糾していては対処できるものも対処できない。
それは、艦長たちも理解していた。
「では、川島提督。 何か作戦はあるのかね?」
2番艦マサムネの艦長、本郷昭が昇に訊ねた。
「それはですね……、」
昇は一通り作戦内容を説明する。
その作戦内容に、他の艦長たちは、
「なるほど、これは考えていませんでしたな!」
「やはりあなたこそが提督に相応しい!」
称賛した。
よほど自信のある作戦なのか、昇は胸をなでおろした。
ムラクモに戻り、補給リストの再確認と敵のシミュレート作業を並行して行う。
やはり、敵はどんな方法で攻撃してくるかわからない。
綿密にシミュレートを重ねるのも、艦長として、提督としても重要な仕事だ。
「昇、あんまり切羽詰まらないで」
レオナが昼食のサンドイッチとコーヒーを持ってきた。
「すまない、助かるよ」
昇はどこか嬉しそうだった。
「ねぇ、貴方が見たあれって、この作戦を示してるのかしら?」
「まさか君も?」
昇にとっては初耳だ。
レオナが、あの幻視を見るようになったと言う事実に。
「ええ。 私の場合は、アンノウンの強化服を部下が回収してるところだったけど?」
「もしかしたら、《彼女》が不特定多数に送ってくるのか?」
その言葉に、レオナは首をかしげる。
「《彼女》って?」
「幻視を送ってくる存在だ。 女性的な声から、そう呼んでいる」
2人は、そんな会話を続ける中、
「提督、間も無く出航のお時間です」
クルーの1人が昇たちに駆け寄った。
「わかった。 すぐにブリッジに向かう」
「了解です」
昇たちは直ぐにブリッジに向かった。
そしてこの後、第1迎撃艦隊は出航し、ジュピトリス星域で驚愕の光景を目の当たりにする事になる。
昇とレオナが見た幻視通りの光景を。
卒業試験6日目。
この日は機動作業服による護身術評価試験を行っていた。
これは、海賊や強盗などが作業中に襲い掛かって来た時を想定して、これまで学んだ護身術を使って相手役の教員と組み手をするものだ。
この護身術には、ある理由がある。
それは、人類が宇宙に進出して間もないころ、地球圏の覇権をめぐる大規模戦争があったからだ。
現在は一見すると平和に見えるが、戦争こそがすべてと言う過激な思想を持った輩が、作業現場を襲い、略奪などを横行している。
そのため、自分の身は自分で守るという、教育方針が根付いている。
「それではこれより、護身術評価試験を始めます。 一同、礼!」
「「お願いします!!」」
生徒たちは練習用作業服に乗り込む。
「まず、1番・鈴木さん!」
「はい!」
鈴木は学年の中でも操縦技能は優秀な生徒だ。
相手役は、ジュピトリス自警団の優秀な団員。
「覚悟しておけよ。 本気でやるからな」
「その言葉、お返しいたしますわ!」
お互いが全力でぶつかり合う。
団員が乗る13式空間機動戦闘強化服は旧式の感は否めないが、使い方次第では20式にも負けないポテンシャルを持っている。
組み手用に武装は外されているが、模擬戦用のペイント銃の装備が許可されている。
鈴木の機体も同様に護身用射撃武装として、ペイント銃が装備されている。
最終段階試験は順調に進んでいく中、脅威は静かに忍び寄っていた。
遂に始まりました。
怒涛の第3話!
と言う事でまずは、評価試験を行っていますが、人型機械の操縦にはやはり、それなりの技量が必要ですよね?
次回からは、怒涛の展開を予定しているので、お楽しみに!!




